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多様な生業と長屋的中間共同体の再興 “新しい働き方”が問い直す近代社会 ― ジャーナリスト・佐々木俊尚

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。

日本政府が副業・兼業を推進するなど、現代ではパラレルワークなどの“新しい働き方”が強く求められている。その歴史的背景や過去に遡って得られる知見について、ジャーナリストの佐々木俊尚に話を聞いた。

ー佐々木俊尚(ささき・としなお)
作家・ジャーナリスト。新聞社や出版社を経て、03年よりフリージャーナリストとして活躍。『読む力 最新スキル大全』(東洋経済新報社)や『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『仕事するのにオフィスはいらない』(光文社)など、著書多数。

江戸時代には副業を行う下級武士や、肩に担いだ天秤棒で食材や日用品を売り歩く“棒手振”など、今で言うパラレルワークやフリーランス的に働いていた人々が多くいたとされる。こうした働き方が令和における“新しい働き方”と呼応し、再び注目を集めている。2009年に著書『仕事するのにオフィスはいらない』でノマドワーキングの概念を示し、自身も3拠点生活を送るなど、“新しい働き方”を提唱・実践してきたジャーナリストの佐々木俊尚が、日本の働き方を概括する。

みんなが幸せになるための課題

佐々木俊尚(以下、佐々木)近年の働き方をめぐっては2つの方向性が挙げられます。ひとつは労働基準法を改正し正社員の解雇規制を緩和するなど、人材の流動性を高め、企業の固定費を下げようとするリバタリアン的な考え方です。しかし、これにはより競争の激化した社会になるといった危惧も示されています。

もうひとつは、第二次安倍政権以降の「正社員を増やす」という方向性です。事実、大学生の就職率は2011年以降、顕著に改善しています。一方で19年に政府は就職氷河期世代支援の達成目標として「今後3年間で正社員を30万人増やす」という目標を掲げましたが、こちらは2年間で3万人の増加にとどまっています。

現状、答えが見つからない中で、「この状況を変えないとみんなが幸せになれない」という課題が共有されているのです。

“ 新しい働き方”では、厚生労働省が「働き方改革実行計画」を踏まえて、18年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(20年に改定)を発表するなど、政府もパラレルワークを推し進めています。

佐々木 江戸時代に限らず、近代に入るまで商人や農民はその時に売れるあらゆるモノを生産・販売するという生き方が当たり前でした。歴史的に見ても、戦前日本で正社員という存在は財閥系企業に勤める一部のエリートだけでしたし、それぞれが専門化した店を構える商店街が多く生まれたのも昭和中期以降です。日本人の働き方は、さまざまな小さい仕事をたくさんやって食べていくというのが圧倒的に主流でした。

江戸の町は店奉公だけでなく、棒手振などの物売り、修理屋といった職人、今でいう新聞の「読売」などで往来がにぎわっていた。

パーソル総合研究所が21年に発表した「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」では、「副業者(他社で雇用されている人材)の受け入れ状況」として、現時点での「受け入れなし」は76.2%と、いまだに副業者を受け入れていない企業が大半です。

佐々木 日本では終身雇用制度の下、主にメンバーシップ型雇用を採用してきました。これが高度経済成長期に日本の産業界を牽引した集団の力とされ、それもまた事実だと思います。今の日本企業の役員世代にはこうした経験や企業文化があるため、全体を見渡せるポジションを取ろうとリモートワークを忌避する傾向があります。パラレルワークについても同様です。

一方、リモートワーク制度の非導入や、終身雇用制度自体が揺らぐ中で副業禁止規定に抵抗を持つ若者は多い。こうした状況で、一括採用モデルといった既存の会社の仕組みだけを維持しようとするのが矛盾しています。

就業年齢が延びて雇用の流動性が高まるなか、若い人や上の世代にとっても、必然的にセカンドキャリア形成が問題となっています。どこの会社に行っても通用する専門スキルを磨くジョブ型やパラレルワークなど、新しい働き方を実践する必要に駆られています。

しかし、全員がこうした新しい働き方に向いているわけではありません。昭和の時代には、コミュニケーション能力が低くても黙々と与えられた仕事をして生活の中で幸せを得る人もたくさんいた。日本全体を新しい働き方に適応できた人のみが生き残れる社会にしてしまうと、それもまた多様性を喪失し、みんなが幸せにはなれません。 

そこで、すべての人を対象とした社会包摂に関する議論も巻き起こっています。

長屋的コミュニティの再興

パラレルキャリアには就業だけでなく、NPO活動や地域コミュニティへの参加といった社会的な活動も含まれます。個人のやりがいやワーク・ライフ・バランスなど、すべての人が幸せに生きていける方法が模索されています。

佐々木 人間は社会的動物といわれるように、数十人~100人前後の中間共同体に所属する感覚をもたずに生きていくことはできません。 

江戸時代の長屋や農村などの地域共同体は、戦後の高度経済成長期に人々が都市に流入して消失していきました。また、終身雇用制度の崩壊や非正規雇用の増大で、企業が担っていた中間共同体としての機能も減退しています。その結果として、現在の我々は一人ひとりが孤立した個人となってしまっている。今の若い世代を見ると、シェアハウスやオンラインサロンなど、オンラインを含めて新しい時代の中間共同体を求める動きも顕著です。これは長屋的なコミュニティ感覚の再興ともいえるでしょう。 

江戸時代には長屋や寺などが地域コミュニティの拠点となっていた。井戸や厠といった生活インフラも共有されていたため、住民同士の交流も自然発生していたのだ。

佐々木  ただし、実際の江戸時代は新田開発にも限界があり、寒村では大飢饉や女性の身売りが起こるなど、決して持続可能な社会ではありませんでした。そういう意味でも、江戸時代は終わるべくして終わったのです。 

それでも過去から連綿と続く日本の国民性には共通する部分があり、そこから学ぶべきところも多く存在しています。安易な江戸回帰に陥るのでなく、適切な知見をつまんで学んでいく意識をもつべきでしょう。

2022年5月取材

テキスト:須賀原みち
編集:間瀬智彦