NOSIGNER・太刀川英輔 ─ 創造性によって、社会はサステナビリティに向かう
防災ハンドブック「東京防災」やソーシャルディスタンスサイネージ「SOCIAL HARMONY」など、さまざまな企業や自治体と共創し、プロダクトや建築、グラフィックなど領域を越えてソーシャルデザインの可能性を提示するNOSIGNER。その新オフィスが2021年5月に開設されました。空間には軽量鉄骨や廃材入りのタイル、リサイクルされた工業用アルミ箔などが使われ、サステナブルを体現したオフィスになっています。
今回は代表の太刀川英輔さんとともに、新オフィス開設の経緯を伺いながら、そこに込められた思想、サステナビリティを実現するためのヒントを探ります。後編では、サステナビリティに必要な「クラフト的」視点、誰もが持つ創造力の可能性について伺います。
デザインは連綿と受け継がれ、受け継いでいくもの
WORK MILL:高度にシステム化された社会において、いまからそれを覆すのは容易ではないと感じます。
太刀川:この軽量鉄骨の背景を思えば、どこかでチャンスはあったはずだと思うんです。地球上にあるどこかの鉱山で採掘され、高温で溶かされ、製錬され成形され、倉庫で保管されここまで輸送され、壁の裏側に用いられていた。その壁が破壊され、軽量鉄骨が表に出てきて、また輸送されて溶かされて別のものになるはずだった。そういった細かいプロセスのなかには、工夫次第で都度見直すチャンスはいつでもあるはずです。
─太刀川 英輔(たちかわ・えいすけ) NOSIGNER代表 / JIDA理事長 / 進化思考提唱者 / デザインストラテジスト / 慶應義塾大学特別招聘准教授
希望ある未来をデザインし、創造性教育の更新を目指すデザインストラテジスト。産学官の様々なセクターの中に美しい未来をつくる変革者を育むため、生物の進化という自然現象から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、創造的な教育を普及させる活動を続ける。プロダクト、グラフィック、建築などの高いデザインの表現力を活かし、SDGs、地域活性などを扱う数々のプロジェクトで総合的な戦略を描く。国内外を問わず100以上のデザイン賞を受賞し、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任。主なプロジェクトにOLIVE、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。
著書に学術賞「山本七平賞」を受賞した『進化思考』(海士の風、2021年)、『デザインと革新』(パイ インターナショナル、2016年)がある。
本来、日本の家屋はモジュールで構成されていて、畳やふすま、扉などを別の場所で転用することも可能でした。土壁を壊して、それを再利用することもできます。つまり、次にどう使われるかを見越したうえで、狭い範囲で循環するようにものがつくられているわけです。そういったプリミティブな仕組みには、資源の最適配置を考えるうえでのヒントがあります。
WORK MILL:かつての営みを振り返れば、地域社会で経済圏が成り立ち、そこで暮らす人がものや家をつくり、農作物もつくっていました。それが経済成長につれ効率化され、外部に切り出されることで利便性が高まった側面もあります。それをどこまで原点回帰するのか、あるいは別の方法を探るのか……なかなか悩ましいですね。
太刀川:そういう意味では、軽量鉄骨もケイカル板も、現代におけるモジュールと言えるんです。日本家屋で基調とされてきた木造住宅ですが、大震災や空襲を経て、人の命を守るためにも、循環させることよりも燃えない素材にすることが、優先度も高くなっていきました。それで軽量鉄骨やケイカル板が普及していった背景があるのですが、その廃材に改めて創造力を注ぐことで、軽量鉄骨が内装材になることもあるし、もしかしたらケイカル板にも何か使いみちがあるかもしれない。
実際、この空間に使われている「SOLIDO」というタイルは、開発段階で受容性調査などに関わっていたのですが、材料に廃材が使われているんです。不均質でムラがあるから、一般的な大量生産品で考えると「シミがある」「汚れている」とみなされてしまうかもしれない。けれどもクラフト的な視点から見れば「味がある」と言えるのではないでしょうか。
そういうふうにプロセスごとに一つひとつ読み解いていって、新しい方法を延々と提案しつづけていけば、モジュール的ではない素材も新たなモジュールとしてつくりかえられるかもしれないし、軽量鉄骨自体のデザインを再利用しやすいものにアップデートされるかもしれない。このオフィスがそういったケースになることで、廃棄物を使ったオフィスをつくってみようと、他の人の背中を押せたらいいなと思うんです。
WORK MILL:実例が生まれることで、他にも事例が出てくるかもしれない、と。
太刀川:まったく同じやり方で転用してもいいし、このやり方にヒントを得て別のやり方を試してみてもいい。すべての建築に携わることは不可能ですから、ケースをつくっておくことで広げていくのが現実的だと思うんです。
僕が一貫してスタイルやオリジナリティに興味がないのは、僕自身のオリジナリティもきっと、デザインの系統進化のなかで連綿と受け継がれてきたもので、この先にもほかの誰かに受け継がれていくものだから。その受け継ぐもののなかに前例がなければ、空白を埋めるようにケースをつくって、また次に受け継いでいく。僕がやりたいのはそんな前例づくりです。このオフィスは自分でリスクを負えるから、いろんなトライアルをしていけたらと思うんです。
サステナビリティを実現するには「クラフト的視点」を
WORK MILL:これからどんどんそういったケースが生まれていくのでしょうね。
太刀川:ちょうど新オフィスをつくるのと同時期に、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)の研究員と合弁で、サーキュラー・エコノミー専門のコンサルティングファーム「ZENLOOP」を創業したんです。KMDとはさまざまなプロジェクトを共創してきたのですが、企業と地域それぞれに関わっていきたいと考えています。
たとえば福井県鯖江市では、これまでNOSIGNERとしても越前漆器のリブランディングなどに携わっていたのですが、産業そのものを持続可能な仕組みにアップデートする挑戦をしています。
越前漆器は伝統工芸として知られていますが、実は旅館や飲食店向けの業務用漆器も製造していて、約8割ものシェアを占めています。ただ、近年需要が低下し、脱プラスチックの気運も高まり、不良在庫を抱えるメーカーも少なくありません。
そこで漆器産業を「塗装産業」と再定義し、漆器だけでなくさまざまなプロダクトに応用しようとしています。たとえば不良在庫として残っている合成漆器のお盆や大きな杯を再塗装し、ムーブメントを取り付けて時計としてアップサイクルするプロジェクトを行なっています。
WORK MILL:素敵ですね。
太刀川:先ほど「クラフト的な視点」と言いましたが、サステナビリティやアップサイクルを実現するうえで、クラフト的な視点が不可欠になると考えているんです。大量生産したものを大量かつ均質に循環させていくというより、それぞれの場所で「どんなゴミが出るかわからない」みたいなところからスタートしなければなりません。
そんなとき、クラフト的な観点から「直せるかもしれない」「こうしよう」「こんなふうに使えるかも」と、自らの創造力を発揮して、手を使って形にしていく。このオフィスで軽量鉄骨を配置してくれたのも、地元で活動する美術家の稲吉稔さんという方なんです。工務店では引き受けてもらえなくて。
WORK MILL:設計図や仕様書がないと、動きようがないでしょうからね。それがある意味効率化ということだと思うのですが、一方でそれは「自分で考える」ことを手放してしまっているとも言える。クラフト的な視点を持つことは、創造力をまた自分の手元に取り戻す、ということなのかもしれません。
太刀川:まさにそうですね。創造性によって、僕らはサステナビリティに向かうことができる。サステナビリティというと、次世代エネルギーや新素材開発などが挙がります。もちろんそれらも重要ですが、本当に変わらなければいけないのは、僕らなんです。僕らが無駄を許容しつづけて……本当は価値あるものかもしれないものを、目の前で捨てつづけても平気なマインドのままでいることが、実はいちばん問題なのではないかと思うんです。
たとえば、粗大ごみの日に「今日は街じゅうが巨大なフリーマーケットになる」みたいな価値観を社会で共有できたら、世界が変わるような気がしません?
WORK MILL:確かに。もったいないですよね。いまは回収費を自治体に支払って、シールを貼って回収してもらうから、勝手に持ち帰るのは違法とみなされることもありますし。
太刀川:でもきちんとバトンを渡せる仕組みがあれば、それはゴミにならなかったかもしれない。そういうことを一つひとつ見直していくと、本来こうあってしかるべきことはたくさんある。仕組みを変えることもデザインなんです。
僕らはつい、いまの社会の仕組みが当たり前だと思ってしまいますが、産業革命から約260年、日本の高度成長期からはせいぜい5、60年ほどです。日本は住居しかり着物しかり、もともとモジュール化に長けていたのではないかと思いますが、それらは一朝一夕に生まれたものではないはずです。江戸時代だけでも約300年ありましたし、それ以前から連綿と受け継がれ、そのときどきで人が工夫をこらした結果、畳や反物の規格が定まり、ほかでも転用されることが織り込み済みの仕様になったはず。
それならば、この世界のありようを変え、もっとサステナブルな仕組みを再発明することは、僕らは本来得意な民族かもしれない。それがいまの僕らにとっての共通命題であり、まさにその転換期にいる。その転換を起こせるのか、そこまで文明が持たないのか、その瀬戸際にいるということです。
だからこそ生活の再発明をそこかしこで起こすことが重要だし、そのために必要な創造力は、一人ひとりのなかにある。子どもの頃、街なかでワクワクしながら石とかテレビとかを拾ったような記憶は誰でもあると思うんです。そうやって「こうすれば使える」「こうしたらいいかな」と考える創造力は、全員が持っているはずです。
その創造力を発揮するためのヒントとして、進化思考や僕らの提示するケースが参考になれば光栄です。創造力を発揮することそのものが、誰にとってもごく普通の、当たり前のことに戻せたらいいなと考えています。
2021年12月28日更新
2021年11月取材
テキスト:大矢幸世
写真:加藤甫
写真提供:NOSIGNER