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働き方研究者がおすすめするビジネス書 ―『進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』

はじめに

「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。

働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。 

進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」

著 太刀川英輔
発行
英治出版 2021年4月発行

この本のおすすめポイント

「変異・適応・進化思考」

  1. そもそも「ヒトが創造する生き物」なのはなぜか、その根源的な謎を解明する
  2. ダーウィンの「種の起源」を参考に変異と適応から進化の謎を紐解く
  3. 生物の進化と「人」だけが持つ創造性の関連を解説する
  4. 創造性を磨くには何をすれば良いか解説、練習問題も交えて考えていく構成
  5. コンセプトの建て方を変異と適応の各項目で、理論と事例を使って解説

本書は、「創造とは何か」の問いかけで始まる。私たちは、道具や物などの創造する対象のことは考えているが創造するという行為そのものを考えることは殆んどないのではないだろうか。学校や会社でも物理的なこと技術的な課題の解決などが主である。例えば来年発売予定の生活用品や機器のデザイン・機能を考え作り方(技術的)は考えても、人がそれらを必要としている本来の理由や在り方はたいして考えずに今までの物ありきで考えているのではないでしょうか。椅子は座る物、テーブルは食事をする物という常識に支配され、それぞれのデザイン・機能は追及しても、周囲との関連性・成り立ちはあまり考えないのではないでしょうか。

本書の第一章は、「進化と思考の構造」として「バカと秀才と天才」の違いを採り上げ、そのことが常識を脱却する考え方の解説となっている。「バカと天才は紙一重」のたとえである。

第二章「変異」・第三章「適応」では、創造の手法と思考の要素を具体的に採り上げ、項目ごとに事例と基本的な考え方の解説をしている。「創造性」という形のないものをこのように懇切丁寧に解説しているものは今まで見たことがない。本文のなかでも練習課題を項目解説の最後に設け、読んで終わりではなく創造性の訓練になる。

筆者が進化思考の大元としているのはダーウィンの「種の起源」である。地球に生物が誕生して、類人猿から現代人にいたるまでの思考と進化を考察し「創造性」の神秘を紐解こうとしている。

第四章「コンセプト」では、創造性の原則を変異と適応という観点から解説し、終章の「創造性の進化」へとつなげている。 「創造とはなにか」から「創造性の進化」まで全編ダーウィンの「進化論」が軸となって、人の創造性に関する具体的項目を新しい視点で体系化し、読みやすく分かり易い本である。何かを創造・設計したり、企画を練ったりしている人にはぜひ一読してもらいたい実践的な内容と言える。

進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」 』の読後感は?

本書は、ダーウィンの「進化論」に注目し真正面から「創造とはなにか」を解き明かそうとした書籍です。主題として取り上げた「変異と適応」という言葉は、進化論からヒントを得てのことでしょう。創造という形のないものに対する取り組みとして、そこに掲げた項目は注目に値します。全体の構成・取り上げ方・構造は十分に実践的な活用が出来るレベルです。筆者は過去の消費経済を中心とした社会から「もはや創造の課題は人間中心のデザインではなく、未来や自然の生態系との共生のデザインにかわってしまった。」と地球環境への配慮をすべきと指摘しています。くしくも、COVID-19で世界中が自粛生活を余儀なくされ、経済が停滞している現在の状況を、新しい展開へと前に進めてくれる予感がする実践的な内容の書籍である。

著者プロフィール

ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。 

2021年2月3日更新

テキスト:田尾悦夫(オカムラ)
イラスト:前田豆コ