放送現場に特化したストップウォッチが、何者でもない自分を“プロ”にしてくれた(ライター・放送作家 天谷窓大さん)
業務効率化やリラックス、こだわり。仕事道具には、そんないろいろな期待が込められています。長い仕事経験を経て、絶対に欠かせなくなったまさに「相棒」。そんな「相棒」たる仕事道具との思い出を、ライター・放送作家の天谷窓大さんに教えてもらいました。
ほとんどパソコンで完結できる時代だからこそ大きい「専用ギア」の役割
フリーランスとして独立してから早3年。いまだに自分が何の仕事をしているのか、一言で言い表すことができません。
ライター、放送作家、インタビュアー、イベントディレクター、さつまいもアンバサダー、熱波師……。現在やっている仕事をすべて書き出してみると、その数じつに10以上。最近はこれに加え、巨漢である自分自身を1時間2,000円でレンタルする「デブカリ」というお仕事も始めました。
いえいえ、「これだけ手広くやっています!」と自慢しているわけではないのです。興味があることに片っ端からチャレンジしてみたら、ありがたいことに、それぞれ一応プロとしてお金をいただけるようになったということで……。
特に不安定なフリーランス稼業、ひとつでも「肩書き」があればあるほど、それが収入につながるわけで、ある意味「名乗ったもの勝ち」の世界とも言えるかもしれません。
そうだ。自分はこの仕事をしています、と一言で言いづらい理由を思い出しました。ほとんどの仕事で何をしているかというと、基本的にパソコンに向かっているのです。
ライターにしろ、イベントディレクターにしても、99%はパソコンに向かってパチパチパチ、とひたすらキーボードを打つ仕事。もちろんその先にはワープロソフトがあったり、表計算ソフトがあったりといろいろあるのですが、端から見ると何をしているのか分からないという点も、自分の職業を説明しづらい理由かもしれません。
でも裏を返せば、ほとんどがパソコンの中で完結してしまうからこそ、残り1%の部分で使われる「専用ギア」は、「これでなければいけない」必然性を帯びたものであることに気づきました。その一つが、放送作家の仕事で使っているストップウォッチです。
“秒刻み”の放送業界で使うことに特化したストップウォッチ
私が使っているのは、セイコーの「SOUND PRODUCER」というストップウォッチ。放送業界、具体的にはラジオディレクターやDJ、ナレーターなど、音の仕事に関わる人々のほとんどが持ちものとしている、まさに業界人の証ともいえるアイテムです。
決められた時間に寸分の狂いなく番組が送り出される放送の世界では、そのすべてが秒刻み。時間がくれば、「APC(Auto Program Controller:番組自動運行システム)」というシステムによって強制的に放送枠が切り替えられるため、1秒たりともオーバーすることができません。1時間の放送枠であればぴったり1時間を埋める必要があり、現場ではつねに秒単位の時間調整が必要とされます。
「SOUND PRODUCER」は、そんな放送現場における時間調整に特化したストップウォッチ。一般的なストップウォッチは秒よりも細かい「カンマ秒」まで計測することができますが、この機種で計れるのは時・分・秒まで。
陸上競技のタイムを計ることはできませんが、その代わりにストップウォッチとしては珍しいテンキーが装備されており、通常の時間カウントに加えて、指定した時間からのカウントダウン機能や、普通の電卓では行うことのできない「時間計算」を素早く済ませることができます。
30秒のラジオCMのナレーション台本を書いたら、モードスイッチを「TIMER」に切り替え、「30」「秒」とキーを押してスタート。あとは画面を見ながら台本を読み上げ、時間内にぴったり収まることを確認したうえで、ナレーターさんに台本を渡します。
ラジオ番組のなかでは曲やCMが入るため、1時間番組だったとしても、あらかじめ確定したタイムスケジュールにあわせて、パズルのように素材を組み立てる必要があります。
そんなときに役立つのが、「CALC.(時間計算)」モード。時・分・秒の“60進計算”を手で行うと頭が混乱してしまいますが、このモードを使えば、「10分のコーナーで曲を3分25秒かけたら、トークを何分何秒以内に収めなければいけないか」を瞬時に算出することができるのです。
専用ツールとして設計されているため、いちいちアプリを立ち上げたりする必要はありません。「あと何秒あるか」を知りたくなったら、指を動かすだけでOK。
操作に慣れてくると、この「SOUND PRODUCER」へ手が伸び、文字通り“肌身”で時間をやりくりできるようになります。(この原稿も、「SOUND PRODUCER」の「TIMER」モードを利用して、残り時間を見ながら書いています)
“ワナビー”だった自分をここまで連れてきてくれた相棒
さて、「バリバリ現場で使いこなしているぜ」という顔をしてここまで語ってきましたが、この「SOUND PRODUCER」を手に入れた5年前、まだ自分はラジオの仕事に携わっていませんでした。
当時の自分は、まったく関係のない仕事をしながら「ラジオの仕事がしたい……」と願うばかりの、いわゆる“ワナビー”。夢を叶える方法もわからず、悶々とした日々を送るなか、「ラジオの現場で実際に使われているストップウォッチだ」という理由だけで、使うあてもなく購入したのです。
思い返せば辛いことばかりでしたが、それでもこの「SOUND PRODUCER」を触っていると、頭の中ではラジオのスタジオでキューを振る自分を想像することができました。
この「形から入る」ことが、結果として良い方向にはたらき、その後さまざまなご縁をいただき、念願だったラジオの仕事をいただけるようになりました。いまでもスタジオでこの無骨なボディを握りしめるたびにあの頃の自分を思い出し、初心に返っています。
あらゆることがパソコンでできてしまうこの時代。だからこそ、「操作している」感覚を手に感じることのできる「SOUND PRODUCER」は、まさに自分にとってかけがえのない“仕事の相棒”。今日もスイッチを押し、未来の自分に向かって時を進めています。