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現場に出て戸惑い、新たな発見を得る。人類学者の目をビジネスにインストールする方法(メッシュワーク)

「人類学者の目をインストールする」をミッションに掲げ、人類学者を中心に立ち上げられた合同会社メッシュワーク。アカデミックではなくビジネスの現場で、人類学の考え方や姿勢を活かす取り組みを行っています。

UR都市機構と協働し、団地に住んで生活をともにしながら現状を把握して活性化に繋げたり、組織課題を社員の徹底的な観察をもとに施策に落とし込んだりするなど、「参与観察」に代表される人類学者ならではの手法は、現場に新たな視点をもたらしています。

人類学の考え方は、ビジネスの現場にどんなことをもたらしてくれるのでしょうか。私たちが他者と働く上で生じがちな課題は、いかに解決できるのか。そして私たちも人類学の視点を身につけることはできるのか。メッシュワークの共同創業者である比嘉夏子さんと水上優さんに伺います。

自分たちの意志と行動で、衰退に「待った!」をかける

おふたりは京都大学大学院で人類学を研究され、今は起業されてビジネスを行っている珍しいキャリアです。

まずは、人類学とはどんな学問なのか教えてください。

比嘉

「人類学」とは、社会のなかで制度化されていたり明文化されていたりする領域のむしろ外部というか、そこからこぼれ落ちたり私たちが見おとしてしまうような物事に目を向けながら、個別の人びとの具体的な実践を丁寧に集め、思考するような学問です。

たとえば、人類学的な調査はフィールドワークに代表されますが、なかでも「参与観察」と呼ばれるような、調査者が現地の人びとや社会のなかに入りこみ、内側から理解するようなアプローチを取ります。

私はオセアニアのトンガで、足掛け20年ほどフィールドワークをしています。現地の人々と一緒に生活しながら、彼らの贈与とふるまいについて調査しました。そこで得られる生身の経験から、論文をまとめていきます。

比嘉夏子さん:山梨県立大学 特任准教授。一般社団法人みつかる+わかる 理事。京都大学研究員、北陸先端科学技術大学院大学助教を経て、アカデミアとビジネスの知を架橋すべくメッシュワークを創設。著書に『贈与とふるまいの人類学―トンガ王国の〈経済〉実践』(単著、京都大学学術出版会)などがある。

水上

人類学は、現場に出向き、フィールドワークをするところから理論を作っていきます。

私は学部時代、経済学などの学問を学んだ際、モデルが先にあって、そのモデルを検証するために人間を扱う方法を学び、自分のやりたいこととはちょっと違うな、と思っていました。

そんなときに人類学の授業を取ってみて、「自分はこっちをやりたい」と。修士課程では、アフリカのエチオピアに行って、斧や鎌を作る鍛冶職人の家にホームステイをして、フィールドワークをしました。

水上優さん:メッシュワークにて、人類学的アプローチに関する研修・ワークショップの主催や、フィールドワークを伴うリサーチの実施や伴走を担当。人類学的視点を企業活動や芸術活動に取り入れるため、実践・研究・コラボレーションを進めている。国際基督教大学、京都大学大学院を経て、日本オラクルにて勤務後、株式会社ビービットにてコンサルタント・特別研究員として、大手メーカー等のUX企画に携わった後、メッシュワークを創業。

比嘉

生身の経験から、理論を立ち上げていくという、抽象的な思考まで実践するのが、人類学のおもしろいところ。ただ現場を見ているだけでもなく、ただ本を読んでいるだけでもなくて。

私も最初に興味を持ったのは、学部のときでした。人類学の先生たちが、探検やフィールドワークの話をとても生き生きとお話しされるんですよね。

たとえば、病に倒れながらテントを張って、現地の人たちに近寄っていったエピソードを嬉々として話すので、良い意味で「この人たち、ちょっと頭おかしいな」と思って(笑)、自分もやりたいと思いました。

人類学とビジネスは、一見遠いもののようにも感じます。なぜ研究からビジネスの世界に足を踏み入れたんですか?

水上

私は大学院生の頃から、人類学的な態度や考え方が、アカデミアの外にも広がったほうが良いと感じていました。

私自身、人類学に出会ったことで、世界へのまなざしや人に対する態度が大きく変わった経験がありました。そういった経験を、アカデミアの中だけでしか得られないのはもったいない。

確かに。

水上

人類学の視点を伝えていきたいと考えたときに、やはりアカデミアの言葉だけでは遠くまではなかなか伝わらないんだろうと感じました。そこで、彼らの現実を知るために、ある種の参与観察として、一般企業に就職したんです。

参与観察として……! 比嘉さんはなぜビジネスへ?

比嘉

私たちの会社メッシュワークを立ち上げる直前まで、大学教員をしていて、研究者・教育者として人類学に取り組んでいました。

私が学生の頃から「人類学なんてもう食えない学問だから」と言われてしまうような風潮がありましたし、自分もそう思い続けていて。

もちろんビジネスと離れて、学問として深めていくことは大事です。でも一方で、研究者として特権的な場所から世の中を見るような態度もおかしいんじゃないか、と自分に対して思っていました

なるほど。

比嘉

私にとってトンガの人たちは家族のような存在で、とても大切に思っています。

一方で、自分の身近に暮らす日本の人たちとの縁は薄かったり、普通に企業に勤めている人たちなどとはあまり接点がなかったりして……。そういう構造が不思議で、変なことだと感じ始めたんです。

水上

私も、企業で働いていて、人類学の視点からすると違和感を抱くことがありました。

UX(ユーザー・エクスペリエンス)リサーチの会社で働いていたとき、ウェブサイトやアプリの改善をやっていたのですが……。

実験室のような会議室にユーザーの人を連れてきて、アプリを使ってもらって、それを観察して改善する。有効ではあるのですが、ある種、人をモノのように扱っているような感覚も芽生えてきました。

確かに、ビジネスや仕事の場では、どうしても相手をモノと見てしまうシーンが発生しがちです。

水上

それがすごく嫌だったんです。

私がエチオピアにいたときのように、生活の場で人間と人間とが出会って、その人たちのことをわかっていく行為とかなり遠いと感じてしまったんです。 人間とビジネスの文脈においても、フィールドワークのような関係性を作っていくためには、一介のコンサルタントだと難しいと感じて。次第に「自らその関係性のモデルを作っていけたら」と起業へ向かっていきました。

比嘉

私も似ています。大学教員の頃から、企業と共同研究を行うこともありました。でも、大学の教員はどうしてもアドバイザーのような関わりで終わりがちです。

本当は、企業のみなさんと一緒に身体を動かして、プロダクトやサービスを作りたい。その最後のところまで伴走させていただきたい。そう考えると、起業するしかない、と。

実際に現場で参与観察する

そうしてメッシュワークを立ち上げてから、どのようなプロジェクトをしてきましたか?

比嘉

UR都市機構さんと一緒に行ったプロジェクトでは、私たちが団地に2カ月間住んで、住人の方々がどんな生活をしているのか、調査しました。

対象となる団地で調査を行なっている様子(提供写真)

やはり住んで“参与観察”するんですね。

水上

別のプロジェクトでは、あるクライアント企業に長時間労働が問題になっている部署があり、まずはその部署で働く社員の業務を具体的に把握し、理解することを目指しました。

本社人事部の方も一緒にフィールドワークを行い、1週間にわたって現場の状況を経験してもらったんです。すると、人事部の社員の方々の現場への理解度がみるみるうちに上がっていくんですね。

すごい……!

水上

現場に来る前は、どうしてこんなに忙しいのかわからなかった。でも、実際に現場を経験することで、デスクにいるだけではわからなかった忙しさを理解することができた、と。

デスクリサーチをしているだけ、または部署の偉い人にヒアリングするだけの話ではわからないことが、フィールドワークだから見えてくるんです。

フィールドワークを行ったからこその視点が生まれそうですね。

水上

そうやって自分自身が体を使って、経験したり得たりする感覚をもとに議論を始めることで、解決に向けて新たな説得力が生まれてくるわけです。

フィールドワークをしてみると、表情が豊かになったり、発見が多くなったり、彼ら自身もどんどん変化していく感覚があって。

すごい。変化していく様子を見てみたいし、体験してみたくなりますね。

水上

現場に実際入っていって、そこにいる人たちとの経験や関係性を深く作っていくと、やっぱり見えてくるものが全然違うんですよね。

ビジネスにおいて、生き生きとした状態で働いたり、人々と関係性を築いたりすることは、意外と避けられているのかもしれません。

でも、人類学的な態度をビジネスの場に持ち込んでみると、自分の能力を発見したり、自分を変化させたり、ある種の開放のようなことが起きたりして、良い影響を与えていると感じます。

フィールドワークに出ると、自分の身体性が発揮される

クライアント企業と一緒にプロジェクトをする際、どんなことを大切にして調査をされていますか?

比嘉

私たちは「人類学者の目をインストールする」をミッションに掲げています。

私たちだけがフィールドワークをして気づいたことを報告するスタイルよりも、クライアントの社員の方やリサーチャーの方と一緒になって現場に入っていく

それによって「人類学者の人はこうやって見るんだ」「じゃあ私たちもこうやって気づけるんだ」というように、みなさんが人類学的な態度を身につけていくことができます。

一緒に調査を行う、というのがポイントですね。

比嘉

それぞれの気づきを、チームのみんなで重ね合わせていくと、「現場でこんなことが起きているね」「この辺りおもしろそうだね」と、どんどん対話が生まれる。

そうやって、「私のこの小さな気づきでいいんだ」といった肯定感のようなものを、いろんな方に持ってもらうのが大事。その支援をしているのだと思っています。

人類学は、構造そのものからして「共創」なんです。

どういうことでしょうか? ビジネスの共創に活かすためのヒントをいただきたいです!

比嘉

フィールドワークは、私たちが一方的に分析するのではありません。調査対象になった人たちの側に、すでに「ローカルな知」のようなものが存在している。私たちはよそものとして、それを教わっているにすぎません。

それによって、私たちが何かに気づき、それを彼らにまた返していく。そうして対話が生まれていきます。この構造自体が共創ですよね。

なるほど。先ほど話されていたように、「人間をモノやモデルとして考える」といった姿勢とはまったく異なりますね。

比嘉

そうですね。私たちが実施する研修などで、「気になるところを見てきてください」と放り出されると、普段は企業の偉い役職の方が途端に戸惑ったりするんです(笑)。

その戸惑いが大事です。「普段とは違う発想をしなきゃいけないんだ」「自分の身体性が発揮されるんだ」といった気づきが生まれてきます。

みなさんそれぞれのセンサーを働かせて、自分が気になった場所に行ったり、自分なりのやり方で人との関わりを作ったりしています。

水上

ビジネスの文脈だと、基本的に人間を「機能」として見ることが多いと思います。

ただし、ゼロから共創して今まで見たことのない価値を作っていきたいのであれば、機能として人間を見るだけでは不十分。その人の人間的なおもしろさや思想や視点をうまく発露し合う状態が大切です。

機能ではなく、人間と人間が出会うということを私は大切に思っています。

人間と人間が出会う。改めて自分のことを振り返ってみると、全然できていない気がします。

比嘉

私が昔からずっと不思議に思っていることがあります。「イノベーションを起こしたい」と言いながら、いつも同じ会議室の中でアイデアを出し合うようなことって、ありますよね(笑)。

それでは、イノベーションは起きないのも「そりゃそうだろう」と思うんです。

自分たちが出会ったことのない人たちに出会ったり、行ったことのない場所に足を運んだりしてみてください。最初は戸惑うでしょう。そこから、イノベーションや共創が生まれていくかもしれませんよ。

2025年4月取材

取材・執筆=遠藤光太
写真=小野奈那子
編集=桒田萌(ノオト)