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「アクティベーション」が心身ともに健康に働き続けるカギ ― 環境神経学研究所・藤本靖

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。

コロナ禍を経て、今私たちの“働く体”には少しずつ異変が起き始めているという。現代社会の様相が人体に及ぼしている影響について、神経生理学およびボディワークの専門家が提示する新たな知見とは。

ー藤本靖(ふじもと・やすし)
環境神経学研究所代表。長野県立大学客員准教授、上智大学兼任講師。「神経系の自己調整力」に基づく「快適で自由な心と身体になるためのメソッド」を開発。グーグル米国本社の研修プログラムで取り上げられる。

「現代における『健全な心身』のあり方を探るためには、まずは自分たちの心身の状態を正しく理解することが重要です」 

ボディワーカーの藤本靖は、そう口火を切る。人間が本来もつ「神経系の自己調整力」を高めるメソッドの開発・普及に注力している氏が、現代人の心身の特徴としてまず指摘するのは「神経の凍りつき」だ。一般的に健康本などでは、交感神経優位、つまり現代人は過度な緊張・ストレス状態にあるという前提で、自律神経のバランスを保つためにリラックスを奨励するものが多い。しかし藤本は、「現代の日本人の心身はむしろ、迷走神経(副交感神経の一部)の過剰亢進による『低活性』状態が顕著になりつつある」と指摘する。端的に表現するならば、交感神経はアクセルで迷走神経はブレーキ。神経が身体にブレーキをかけ過ぎてアクセルがかからなくなるとエネルギーが出にくくなる。そのような状態を「凍りつき」と表現する。

「神経の凍りつきは、無感覚、感情の希薄化などを招きます。さらに症状が進むと、人間らしさや自分が存在している感覚が失われたり、モチベーションの低下や目標に向かって物事に取り組む気力が削がれてしまったりという状態に陥ります。問題なく社会生活に順応しているようにみえて、実は会社に行けなくなってしまう一歩手前の状態にあるというケースが結構多い。凍りつき状態にある現代人がどのくらいの比率を占めているのか、職業別・年齢別など詳しく調査を進めているところです」 

神経の凍りつきは、社会的な不安状況が続き、緊張状態が慢性化すると顕著になりやすい。神経の高まりがこれ以上になると生命の危機と判断して、神経系自らがシャットダウンすることで機能不全が起こる。

藤本は、2011年の東日本大震災以降、この傾向が多く見られるようになったという。人の行動を制限したコロナ禍はこの傾向をさらに加速させたとも考えられる。 

また、ストレスによる過剰な緊張状態が凍りつきの原因となっている一方で、特に最近の若年層に見られる傾向として、そもそも“アクセルをふかす力”が弱っているのでは、という問題意識も提示する。デジタルデバイスの普及が関連している可能性がある。

「デジタルデバイスは手軽に活性を高めてくれる。モヤモヤした時にスマホを見ると気分が落ち着くが、あれは神経系の活性を高めているから。しかし依存性が高まると、人間が持つ活性を高める機能そのものが失われてしまうリスクがある」 

本来であれば、自律神経の活性は、緊張とリラックスの状態を行き来して揺らいでいる状態がベスト。ただ、外の刺激に活性を依存することにより、自らアクセルをふかすことができず、“低止まり”した状態が続いてしまうのだ。

心と身体を目覚めさせるアクティベーション

では、どうすれば凍りついた神経を活性化し、揺らぎのある状態をとり戻すことができるのか。藤本は神経を活性化する、動かなくなった神経のスイッチを入れなおすことを「アクティベーション(活性化)」と呼び、「その方法はたくさんある」という。ただし、スイッチを入れなおすにはコツがあるそうだ。 

例えば、都会で暮らす人々が自然環境に入ること自体がアクティベーションになる。自然の中に行くだけでも、多くの場合、リフレッシュして元気になる。ただ、デジタル漬けで外の世界に対して無感覚になってしまっているビジネスパーソンの場合、森の中で静かに過ごすよりも、ラフティング(川下り)をはじめとした、遊びの要素が高く、活性化を促すようなアクティビティを行って、まずは凍りつきを解くことが重要。そうすることでその後の自然体験もより深く効果的になるという。 

また、自然体験には「予測不可能性=サプライズ」と出会うという効用もある。

「適切な安全・安心が担保された中で、未知のものと出会う。これは外の環境に対して“防衛的”にならざるをえない都市生活ではあまり体験できないこと。自然の中で人間本来の“探索的に”世界と出会うという感覚を取り戻すことが、重要なアクティベーションとなる」 

予測不可能性は今後のオフィス環境においても重要なコンセプトになる可能性がある。

「これまで、オフィス環境は予測可能性の中で予定調和である必要があるとされてきた。しかし、そのような環境に長くいると、神経は不活性化し、外の世界を探索する意欲を失ってしまう。予測不可能性やアクティベーションのコンセプトは、コロナ禍以降、オフィスデザインや働き方などにおいて、追求すべき新たなテーマとなっていくでしょう」 

コロナ禍をきっかけに、仕事や職場環境、はたまた生活のDXは一気に進みつつある。そんな時代だからこそ、人間が本来の能力や“身体性”には注意を向ける必要がある。両者の融合こそが、フューチャーヘルスの答えのひとつになるかもしれない。

「ヘルスケアデバイスは健康状態を可視化する便利なツールである一方、依存すれば、自らそれに気づく能力を失いかねません。テクノロジーと身体性の関係はどうあるべきか。その追求が未来の健康の鍵です」

2022年5月取材