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アルコールの有無より、「その日、どう楽しみたいか」を。LOW-NON-BAR髙橋弘晃さんに聞く、ノンアルコールのコミュニケーション

コロナ禍を経て、仕事の仲間とお酒を飲む機会は減少しました。最近は、あえて飲まない選択をする「ソバーキュリアス」というスタイルも浸透してきています。

しかし、「職場の忘年会で『お酒を飲まない』を突き通すのはちょっと自信がない……」「一人だけ盛り上がれなかったらどうしよう?」と不安な方もいるはず。

秋葉原・神田エリアにある「LOW-NON-BAR」は、日本初のノンアルコール・低アルコールバー。あくまでもバーであり、メニューはバーテンダーが創作したクリエティブでおしゃれなモクテルやローアルコールカクテルです。

アルコールの有無にかかわらず、職場の仲間や取引先とのよいコミュニケーションをとるヒントを、数多くのノンアルコールの席を見てきたバーテンダーの髙橋弘晃さんと一緒に考えていきます。

―髙橋弘晃(たかはし・ひろあき)
日本初のノンアルコール・低アルコールバー「LOW-NON-BAR」のバーテンダー。BRICK 銀座店を経て、2020年3月のオープン時から「LOW-NON-BAR」でバーテンダーを務めている。

ノンアルコールは世界のトレンド

「LOW-NON-BAR」はどんなお店ですか?

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髙橋

日本初となる本格ノンアルコール・低アルコールバーです。2020年3月に日本橋で始まり、2021年7月から秋葉原・神田エリアへ移転しました。

ノンアルコール・低アルコールですが、あくまでもバーの空間で、バーテンダーが創作するクリエイティブなローアルコールとモクテル(ノンアルコールカクテル)を提供しています。

秋葉原駅から徒歩4分。マーチエキュート神田万世橋に店を構える。ノンアルコールでも、あくまでもBAR。

髙橋

僕はお酒が好きで愛着がありますし、当店でもお客様のご希望があればお酒を提供しています。

ただ、世界最先端のバーのトレンドはノンアルコールに向かっているのも感じていたんですよね。

ノンアルコールのトレンドがあるんですね。

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髙橋

「LOW-NON-BAR」をオープンする前の2019年に、当店のオーナーがドイツで開催される見本市「BCB Berlin」に参加したとき、ノンアルコールのブースが一番のトレンドになっていたんですよ。

それで、「ドイツやイギリスを中心とした世界のトレンドは、3〜4年後に日本にやってくるので、これは先にやっておこう」と。

もともとオーナー自身もお酒が好きで飲んでいたのですが、徐々にあまり飲めなくなっていたことの影響も少なからずありました。

最近は、日本でもお酒を飲まないことを選ぶ人たちが増えていますね。自分の意思でお酒を飲まないスタイルを指す「ソバーキュリアス」(※)といった言葉も聞くようになりました。

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(※)「Sober(シラフ)」と「Curious(好奇心の強い)」を組み合わせた造語。イギリス出身ジャーナリストのルビー・ウォリントンが著書『飲まない生き方 ソバーキュリアス Sober Curious』(方丈社)などで提唱している。

髙橋

飲み会に行くと、お酒を飲めない人はマイノリティと感じがちなんですが、実際は違うんですよね。

欧米人と比べると日本人はもともとお酒をあまり飲めない方が多い地域。実は、全く飲めない人は成人のなかに4%ほど、お酒に弱い人で言えば50%ほどいるとされているんですよ。

髙橋

アルコールを体内で分解するときには2つの酵素が必要で、それらが少ないと頭痛や二日酔いになりやすいと言われています。

欧米人は酵素が強い傾向があるので、頭痛や二日酔いになりにくく、気持ちいい状態が長く続きます。だからこそ、アルコール中毒が社会問題になりやすかった。それで、2014年頃から「ソバーキュリアス」というスタイルが注目されてきた経緯があります。

なるほど……。一方、日本でも市販のノンアルコールビールやモクテルが広まってきている印象です。

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髙橋

コロナ禍で一気に加速しましたよね。

リモートワークが広まって、会社に出勤しても「飲みに行くぞ」「飯食いに行こう」と言われづらくなり、酒が苦手でも誘いを断わりにくかった人たちも、断りやすい状況になりました。

これまでは無理をしてお酒を飲んでいた人も、「飲み会もないし、家でも別に飲まなくていいよね」となった。これは、本来の自然な状態に戻ったんだと思っています。

お酒がなくてもリラックスしたコミュニケーションはできる

バーテンダーとしてたくさんのお客さんを見てきた髙橋さんから見て、それでもお酒はコミュニケーションにとってやっぱり大事だと感じますか?

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髙橋

たしかにお酒があると、リラックスしたコミュニケーションを取るには便利ですよね。

アルコールにはアドレナリンを遮断して理性を司る部分を麻痺させる作用があるので、警戒心や敵対心が解けてリラックスしやすいのでしょう。

それに、お酒は人間の文化でもあります。大昔から、異なる部族間で親睦を深めるためには、お酒が重要なツールになっていたそうです。

カウンターの中で作業をしながら、いろいろなお話をしてくださる髙橋さん。

今、お酒を介したコミュニケーション、特に仕事上の付き合いには苦手意識を感じている人もたくさんいます。

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髙橋

お酒を飲める上司のチームに新人が入ってきたら、「まず歓迎会をやろう」となることは多いですよね。

上司としては、「緊張しないで仲間になろうよ」「一緒に頑張っていこうよ」という意味で、決して悪気なく誘っているのでしょうが……。

飲み会で上司の酒癖が悪かったら仲良くやっていくイメージはもちろん湧かないし、お酒を飲んで具合が悪くなる人だったら、特に行きたくなくなりますよね。

「LOW-NON-BAR」ではノンアルコール・低アルコールで楽しまれているお客様がたくさんいらっしゃると思います。アルコールなしで、どのようにコミュニケーションを楽しんでいるのでしょうか?

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髙橋

先ほど、お酒は警戒心や敵対心を解くと言いました。

ですが、カウンターから見ていると、店に来てから30分後お酒を飲むお客様と飲んでいないお客様に大きな差ありません

どちらもリラックスして、落ち着いて飲んでいるイメージで。つまり、お酒ではないモクテルを飲んでいても、一緒に時間を楽しむことができるんです。

それは、どうしてだと思いますか?

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髙橋

お酒はそのものが嗜好品。だから、カクテルにお酒を入れてしまえば何でも嗜好品になります。

けれど、LOW-NON-BARではアルコールなしでも嗜好品としてモクテルを楽しんでもらえるよう、メニューに工夫をしているんです。

オリジナルに開発されたノンアルコール・低アルコールのメニューたち。

髙橋

例えば、アロマウォーターや香辛料など非日常的な味や香りの「違和感」を入れたり、いわゆる「ソフトドリンク」では飲まないような素材を入れたりします

こちらの「ゴッホ」は、お茶を入れたモヒートで、ちょっと枯れたイメージを出しています。

浮世絵の影響を強く受けた画家ゴッホにちなんで、お茶とモヒートを使った「ゴッホ」(税込1,540円)。

こんなノンアルコールドリンクがあるんですね!

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髙橋

実は、アルコールが入っているかどうかは本質ではないんです。

「今日はもう何も考えたくない」と、お酒を飲んでダメになりたいときもあるじゃないですか(笑)。そんなときは、お酒の力を借りても全然いいと思うんですよ。

ただ、常に不安な人生を送っているとは限りませんから。バーという空間とモクテルで、上質な時間を楽しむという選択肢もある。

嗜好品として、アルコールの入ったカクテルを選ぶ人もいれば、ノンアルコールのモクテルを選ぶ人もいる。そんな世界観を目指したいです。

強い・弱いの問題ではなくて、どういう楽しみ方を選ぶか

「飲み会でお酒を飲んでいなかったら、飲んでいる人からちょっと嫌味を言われた」という話を聞いたことがあります。こういう時、どうすればいいと思いますか?

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髙橋

僕なら、飲まないときは「今日は飲まないんです」とはっきり言ってしまいますね。お酒を飲める人は飲みたいときに飲めばいいし、飲みたくない人は飲まなければいいんですよ。

会社の飲み会が苦手で困っている方もいるはずなので、いろいろな過ごし方の選択があることがもっと受け入れられていくといいですね。

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髙橋

そうですね。例えば、居酒屋さんはお酒や食事を楽しむための場所です。ただ栄養を摂取するだけなら、コンビニでもスーパーでもいいわけですが、盛り上がるためにあえて居酒屋さんに集まる。

一方で、僕たちのようにお酒のプロがいるバーであれば、最近だと「チルする」と言われるように、落ち着いて楽しむ場所です。それぞれの気分に合わせて、選ぶことができるんです。

ただ、お互いが一緒に楽しめる空間はまだ少ないので、「LOW-NON-BAR」では、そんな空間を作りたいと思っています。

数種類のベリーとビネガーに、パプリカ・シュラブ・ローズマリーをあしらったモクテル「LOW-NON-BAR」(税込1,430円)。「カクテル(Cock-Tail)」の語源にちなんで使われている鳥のグラスを指名する人も多いそう。

髙橋

当店のお客様は「初めてバーに来ました」と言う20代前半の方も結構多いんです。

ノンアルコールを提供しているので、会話のきっかけとして「お酒飲めないんですか?」と聞いたりするのですが、「めっちゃ強いっすよ」と言うお客様もいて。

「めっちゃ強い」けれど、飲まないんですね。

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髙橋

そうです。お酒は強い。でも、好きではないから、今日は飲まない、と。「好きじゃないから飲まない」と改めて言われると、ハッとさせられますね。

私の聞き方もよくなかったと反省して、最近は「お酒飲めないんですか?」ではなくて「お酒飲まないんですか?」という言い方をするようにしていますね。

大事なのは、お酒に強い・弱いの問題ではなくて、「その日に、どういう楽しみ方を選ぶか」ですから。

来店者の楽しみ方もいろいろ。好みのグラスを選ぶのも楽しそう。

「強い・弱い」や「飲める・飲めない」ではなくて、本人の選択を尊重できる環境が増えていくといいですね。逆に「アルコールは飲まないけれど、飲み会には参加したい」と思う方も増えるかもしれません。

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髙橋

アルコールを飲まなくてもコミュニケーションを楽しむことはできるし、お店の世界観をエンターテインメントとして楽しむこともできます

それから、若いお客様のお話を聞いていると、コミュニティの広さを感じます。例えば、SNSで高校時代の友達とずっとつながっていたり、通話しながらゲームをする仲間がいたり、共通の趣味がある人と仲良くしていたり。

会社のコミュニティにどっぷり浸からなくても人間関係やコミュニケーションがあるので、飲まずに楽しめる選択も広がっているのだと思います。

いい変化ですね。

WORK MILL

髙橋

バーテンダーやお客様のなかにも、好みの問題や病気や薬の影響で、お酒を飲むのをやめる人もいるんです。

そんな人たちが、お酒を飲まなくなったことを理由に、バーに入りづらくなってしまったのを見たことがあります。

でも、本人もまた行きたいし、そのコミュニティにいる人のほうも「最近、具合悪いのかな」「また来てほしいな」と思っているのに。アルコールが飲めないだけで、そんなすれ違いが起きてしまうのは嫌ですね。

今は元気にお酒を楽しんでいる人も他人事と思わず、お酒のないコミュニケーションについて、一度考えてみるのはどうでしょうか。

2022年12月取材

取材・文=遠藤光太
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト