自分も会社も垣根を越えるべし! 問いを共有する「SPCS」からプロジェクトやビジネスを発酵させていく(ロフトワーク・浦野奈美さん)
仕事でもっと自分の力を活かしたい。新しいプロジェクトを立ち上げてみたい。でも、どう進めれば良いのでしょうか?
株式会社ロフトワークのマーケティング部に所属する浦野奈美さん自身も、そう悩んでいた一人。現在は、さまざまな生態系とのコラボレーションの可能性を探るコミュニティ「SPCS(スピーシーズ)」を立ち上げ、企画・運営を担当しています。
生まれたきっかけは、クリエイターや研究者など、さまざまなジャンルの人々がともにビジネスを生み出す瞬間を目の当たりにしたことでした。 チャレンジは社内だけじゃなくて、社外を巻き込んじゃうのもありなんです! 自分の強みを活かしながら、社内外を巻き込みビジネスを発酵させる方法について、浦野さんにお話を伺いました。
浦野奈美(うらの・なみ)
株式会社ロフトワーク マーケティング部に所属。これまでイベントやコミュニティの企画運営、FabCafe Kyotoのレジデンスプログラム「COUNTERPOINT」の立ち上げなどに携わる。現在は、コミュニティ「SPCS」の立ち上げと企画運営を担当。
バクテリアで染色!? ジャンルを超えて、答えを導き出していく
浦野さんが運営されている共創関係を探究するコミュニティ「SPCS(スピーシーズ)」の、具体的な活動について教えてください。
浦野
自然科学やエンジニアリング、デザイン、アートなどさまざまな領域を横断するコミュニティです。2022年9月に、ロフトワーク取締役 COOの寺井翔茉と立ち上げました。
テーマは、生物多様性や自然と共創する可能性を探究すること。不定期でワークショップやトークイベント、スピンオフで生まれたプロジェクトを開催しています。
過去開催のイベント名も「Living Dye」「不安定をデザインする」など、気になるネーミングが多いです。どんなことをやっているのでしょうか?
浦野
Living Dayでは、バクテリアを使った繊維染色の実験ワークショップをやりました。
え、バクテリアを使った染色ですか?
浦野
はい。一般的に、布を染めたい時は仕上がりの色とパターンを正確に決めてから染色します。けれど、このワークショップでは、仕上がりを決められません。
人間が一方的にコントロールするのではなく、生きたバクテリアと協調しながら染色してみようという4日間のチャレンジです。
参加者には、研究者やクリエイター、公務員、学生などさまざまな分野の方が参加し、一緒に頭をひねってワークしました。
理科の実験みたいで面白そうです。
浦野
トークイベントでは、海外の研究者が来日されていたタイミングで、生態系を活かした都市デザインについてディスカッションする機会もありました。
まちづくりのリサーチのために、参加者も交えてフィールドワークをしました。まだ日本で一般的に知られていない知識や技術も、できるだけ軽やかに紹介したいと思っています。
視点がユニークですよね。参加型で、知識や技術を教えてもらうだけじゃないといいますか。
浦野
そうなんです。「問い」を投げかけて、その結果や答えを一緒に探していく活動です。
運営者である私たち自身も、正解を持たずに参加者と共に考える余地を残している点が新しい部分かもしれません。
「なんで、総務部なの?」って、当時は悔しかったんですよね
浦野さんは現在マーケティング部署の活動として、「SPCS」の活動をしていらっしゃいますよね。
ここに至るまでは、どんなお仕事をされていたのですか?
浦野
ロフトワークに新卒入社して、アシスタントディレクターからスタートしました。1年目で全く芽が出ず……。うまくいかないな、と思っていました。
そんな中で、総務部に異動になり。当時は「え??」とかなり悔しい思いをしました(笑)。
誰でも、いろんな時代がありますよね。
浦野
総務部に配属されてから、私が一番力を入れていた活動のひとつがパーティーの開催でした。
パーティー!?
浦野
元々、会社ではクライアントやクリエイター、パートナーをお呼びして盛大にパーティーをする文化がありました。
企画は、社外のクリエイターと一緒に作り上げていくんですが、ある意味、部活っぽい活動です。 そういう場所で生まれる悪ふざけや遊び心が、斜め上のクリエイティブなアウトプットに繋がってグルーブ感が生まれるという経験が楽しくて。今思うと、この時にできた関係性や経験が、SPCSにつながっていると思います。
あはは、いいですね。
浦野
そんな中、アメリカのマサチューセッツ工科大学にある研究所「MITメディアラボ」と連携する日本企業のコミュニケーション支援をロフトワークが行うことに。私は初年度から5年間担当しました。
この期間中にMITで見た風景がSPCSの原体験のひとつになりました。
どんな体験だったんでしょうか?
浦野
「MITメディアラボ」はアートや教育、テクノロジーが、ごちゃ混ぜになった研究所。ジャンルを超えてさまざまなイノベーションが起こっていて。
理系文系の区別もなく、互いに人を巻き込みながら、どんどんムーブメントが高まっていく現場でした。「なんだろう、このエネルギーは?」と驚きました。
この頃から、ここで繋がった方々や機会から数珠繋ぎのように、ダイナミックな活動を知ったり関わる機会が増えてきたと思います。
この頃の具体的なプロジェクトなどはあるのでしょうか?
浦野
ひとつはSafecastの活動。東日本大震災の直後、放射線量に関する情報が錯綜していて、多くの人が正しい情報にアクセスできているのかどうか不確定でした。
そこで、市民自ら放射線量を測り、オープンデータとして皆で共有できる仕組みを作りました。
政府に頼らずに、市民が正確な情報の下で行動・判断(Civic Action)できるようにしようという想いからです。 そして、震災の1週間後に多国籍なエンジニアがボランティアで集まり、放射線測量機と、それをオープンソースとして共有できるアプリケーションを開発したんです。
イノベーションが生まれていたんですね。
浦野
そうなんです。こんな風に領域や言語、肩書きなどの垣根を越えて、クリエイティブに社会に働きかけていきたい、と。
そうすればムーブメントが生まれて、もっと世の中が楽しくなって、社会的に意義のある活動ができていくのではと想像しました。
なるほど。
浦野
もうひとつ感化された活動は「BioClub」です。バイオアーティストのゲオアグ・トレメルが主宰するバイオテクノロジーの市民ラボです。
「経済活動に役に立つ・売れるためのバイオテクノロジー」ではなく、社会に問いを投げかけたり、市民がバイオテクノロジーへの知識と興味を高めたりするための機会を提供しています。
技術は一部の限られた人のためのものではない。開いていくことによって、新しい活動が生まれていくという、「SPCS」の活動を進める上で参考となりました。
「SPCS」は会社の外に接続して、フラットな関係で、探求する場
ここからは、ロフトワークの取締役 COOであり、「SPCS」の共同発起人でもある寺井翔茉さんも取材に参加。社内でプロジェクトを育てる浦野さんの仕事ぶりや、そこから見えてくる働き方のヒントを語っていただきました。
寺井さんは、ロフトワークの取締役でもいらっしゃいますよね。
会社として、「SPCS」はどんな立ち位置にあるのでしょうか?
寺井
「SPCS」はプロジェクトでもあり、新規事業でもあり、マーケティングでもあります。
……というと?
寺井
通常の仕事関係ではないオープンな場で、新しいアウトプットの形を探そうという実験的な場所です。
SPCSのテーマである「生物や自然との共創」に興味のあるクリエイティブな人たちと一緒にコミュニティを作り、実験しながらテーマを掘り下げていくんです。
なんなら、人間以外の他の生き物の手も借りてクリエイションをしてみよう、と。この視点は、ビジネスの新しい領域として、今後大切になっていくと思うんですよ。その事例を「SPCS」でつくっていきたいなと。
「さまざまな分野の人々がごちゃ混ぜになる瞬間に感動した」という浦野さんの原体験が、「クリエイターとともに価値を生み出し、ビジネスを行う」という会社の方針と結びついたんですね。
浦野
「新規事業」という位置付けでもあるんです。いま、少しずつ実際のビジネスにもつながり始めていて。
この活動がスタートしてから、仕事への圧倒的なやりがいを感じています。
寺井
浦野さんは、コネクティングドット=点と点を繋げるのが上手なんです。海外の人も自治体の人も、偶然来た参加者の人にも、「一緒にやっちゃおう!」と臆せずに言える。繋げて、ガンガン巻き込んでいける能力があるんですよね。
あと、打算的じゃない部分も持ち合わせていて、「一緒やったら面白そうじゃん」とぐるぐる輪っかを作れる。浦野さんのそういうパワーで牽引されているコミュニティだと思います。
浦野
めっちゃ褒めてくれるじゃないですか(笑)。
総務部時代に培われた、パーティー運営力が、ここでも役立っているのかもしれませんね。
自分の与えられた場所で、まず自分の力を活かすこと
浦野さんの力が、「SPCS」を通して存分に活かされている気がしました。
浦野さんが「SPCS」で原体験や強みを自主活動に昇華させたように、ビジネスパーソンが自分の力を活かした仕事を行う秘訣ってどんなことだと思いますか?
浦野
私が当時、パーティーには全力投入する!と勝手に決めてやっていたように、どんな部署にいても、自分の仕事・役割をコツコツ作っていけばいいと思います。
「SPCS」みたいに、大きな新規プロジェクトでなくてもOK。組織にいる限り、一人ひとりの役割は徐々に変わっていくものであって、有機的です。
どんなふうに関わるかによって、どんな場所でもポジティブに楽しくなっていくものだと思いますよ。
なるほど。でも、役割にフィットしすぎると、むしろパフォーマンスが出なくなってしまうこともありそうです。
浦野
「この役割だから、こういうことをしないといけない」という固定観念を取っ払って、無理矢理にでも新しい仕事を作っていけるか?が重要です。
でも、「自分がやりたいから」というエゴだけではなく、その仕事が会社にためになるかどうか?という視点も大事かもしれません。
寺井
そういう意味では、会社のことをちゃんと知ることも大切だと思います。人が集まっている分、組織にはネットワークがあり、積み上げてきたものがあります。
改めて、自分の周りを見渡してみると、会社の中にどんなリソースやテーマがあるのか、積み上げてきたものは何なのかなど、意外と知らない人もいます。
見方を変えると、「やりたいことがあったとしても、自分一人の力にこだわらなくてもいい」ということでもありますね。
寺井
はい。「やりたいことを実現するために、会社の力を利用してやろう」くらいの思考があってもいいかもしれません。
そもそも自分一人で何かを成し遂げようと思っても、出口が見えなくてしんどくなりがちです。使えるリソースをかき集めて、個人も組織も社外の人もハッピーな状態を目指せばいいと思います。
浦野
少しニュアンスは異なりますが、「SPCS」自体も、まさに社外や外部の力がなければ実現しないプロジェクトです。
さまざまな力や能力が有機的に関わり合って何かが生まれていき、そこに自分の力も関わっている。
自分らしい仕事をするということは、自分の力だけでどうにかする、という意味ではないのですね。
でも自分らしく働くための一歩が、なかなか踏み出せない読者もいると思います。今すぐできることはありますか?
浦野
まずは自分の好きなことやときめくことを、始めていくのがいいかもしれません。
そしてやる限りは主体性を持ってやることでしょうか。やるぞ!と宣言してWebサイト作ってみるとか、部活を立ち上げちゃうとか。
「自分はこれがいい」と思えるものや居場所を、自分で作っていこうとするスタンスが大切だと思います。
2024年2月取材
取材・執筆=小倉ちあき
写真=古木絢也
編集=桒田萌(ノオト)