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宇宙での持続可能性をいかに評価するか – ダニエル・ウッド

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。

加速する宇宙への進出。現在地球と人類が迎えている危機を、宇宙で繰り返さないためには?マサチューセッツ工科大学の研究グループ「Space Enabled」を率いる、ダニエル・ウッドに訊く。

「スペースサステナビリティ」の評価軸

現在、宇宙産業においては、新たなビジネスモデルや技術が急速に発展している。それに伴って加速度的に増加する、地球低軌道に打ち上げられる衛星の数と宇宙空間の環境保全は、「宇宙のサステナビリティ」を考えるうえでの重要な論点のひとつである。

2021年6月に世界経済フォーラムが運用を発表した「宇宙持続可能性評価(SSR:Space Sustainability Rating)」は、スペースデブリ低減などの問題に対して、宇宙産業が自主的に取り組むことを目的とした国際認証制度だ。

同フォーラム、欧州宇宙機関などとともに、SSRの設計に参画したマサチューセッツ工科大学の研究グループ「Space Enabled」を率いるダニエル・ウッドは、SSRが設計された背景をこのように語る。「 スペースX社が多くの人工衛星を打ち上げていることは知られていますが、こうした事業者たちが準備している衛星をすべて打ち上げると、今後10年以内に30~50万個の衛星が地球を周回するとされています。そうしたなかで、スペースデブリや軌道上での衝突、持続不可能な宇宙活動のリスクの低減、衛星事業者による自主的な行動の促進を目的に、LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)と呼ばれるアメリカの建築物の環境評価・認証制度の研究をもとに設計されました」

SSRは、衛星の運用による新たなスペースデブリ増加・衝突のリスクや軌道選択、衝突の検出性、回避能力、衝突時のリスク対処法、ミッション完了時の軌道離脱計画、地球からの観測可能性・識別能力、政府・市民へのデータ共有、国際標準の採用など、様々な観点からリスクを計測しスコアリング。それにもとづいた打ち上げ事業の宇宙持続性における格付けを行う。ダニエルはSSR評価基準について、運用終了後を見越した衛星開発の評価も重要であると続ける。

「 SSRはオペレーターや衛星が、衛星の設計時、運用時、そして寿命が尽きるまでの3つのフェーズでどのようなアクションを取るかを問うものです。寿命が尽きるというのは、衛星のミッションや活動を終えて廃棄に移行する時期を指しますが、このフェーズについては、宇宙開発において、これまであまり考慮されていませんでした。国際的取り決めでは、役目を終えた衛星は25年以内に大気圏に降下させて燃焼させるか、他の衛星と干渉しないよう別の軌道に外します。しかし25年というのは、宇宙に大きな衛星群をとどめておくには非常に長い時間です。運用寿命を終えた際のアクティブな除去が可能な軌道離脱装置を備えているかを考慮することも、非常に重要な基準になります」

人類に今後求められる、科学から政策への「翻訳」

宇宙の持続可能性に関する議論やガイドラインは、これまでも存在した。しかし、それらは法的拘束力がなく、あくまでも衛星事業者が自主的に採用するものにすぎない。それゆえに、スペースデブリの排出規制を行うことは難しいとされていた。SSRは、認証制度を導入してミッションを運用することで、投資家からの資金調達や保険会社からの損害保険費用に関して企業がメリットを享受できるなど、市場原理と宇宙の倫理を両立させるためにメーカーや事業者が特定の基準や認証の選択を行う動機の設計も試みている。

「 私たちの研究グループはあくまでも民間の活動であり、政府ではありません。したがって、SSRが事業者に対して強制力を働かせることもできません。しかし、企業が良い評判を得る、はっきり言えば(これは他の評価システムにも言えることですが)、この評価を受けていないと企業が恥をかく、といったスキームをつくることが求められます」

同時に、SSRが政策立案者たちのツールとして機能する、つまりSSRのような観点が法的拘束力をもつ政策に反映されていくことも必要であると、ダニエルは指摘する。

「SSRは衛星事業者や保険会社だけでなく、政府が参照可能な実践ツールを提供しようとするものでもあります。そのためには、『科学』から『政策』へ『翻訳』することが求められます。私は以前、NASAゴダード宇宙飛行センターの『応用地球科学マネージャー』を務めていました。そこでは地球科学者と協力し、衛星データとモデルを活用して大気や海洋環境の調査を行っていました。

そこにはさまざまな分野の専門家と専門知が蓄積されていたのですが、とても複雑で、単純に説明できるものではありませんでした。したがって、いま求められるのは、科学者の知識を政策立案者が必要とする情報に翻訳する『第3のスキル』なんです。

それは特別な技術であり、これまで、この能力をもった人材を育ててはきませんでした。これは宇宙の倫理を構築していくうえで大きな課題であるといえるでしょう」。

宇宙における持続可能性の未来について考えたとき、いまは「人類史上とてもユニークな時期だ」と、ダニエルは語る。今後数年の間に、人類が宇宙でこれまでできなかったことが次々と可能になっていくにつれて、宇宙環境に与える影響も大きくなっていくからだ。

2021年より、ダニエルらが設計したSSRは運用段階へと移行を開始した。それが、宇宙の持続可能性にインパクトをもたらす大きな指針となるには、科学技術だけでは解決できないさまざまなアプローチが求められている。

ダニエル・ウッド
社会発展研究者。宇宙工学者。NASA本部、NASAゴダード宇宙飛行センター、国連宇宙局などでの要職を歴任したのち、現在、MITメディアラボで助教授を務める。航空宇宙学科助教授を兼任。研究グループ「Space Enabled」を率いる。

2022年5月取材

インタビュー=セス・バルドーザー
通訳・翻訳=日高未来
テキスト=和田拓也