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鎌倉資本主義を掲げる「面白法人」から考える、企業・市民・地域の“透明な関係”が生む現代の「三方良し」の商いとは?

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。


江戸時代の近江商人が大切にしていた、売り手・買い手の利益だけでなく、社会にとって
より良い商いをするべきだとする「三方良し」の考え方。現代でそのあり方を体現し続けるのが、「面白法人カヤック」だ。同社代表・柳澤大輔に訊く、現代の「三方良し」の定義とは。

企画・ゲーム制作などを主な事業とし、基本給に上乗せする金額を社員がサイコロで決める給与システム「サイコロ給」など、固定概念に縛られないユニークな取り組みを行う「面白法人」として知られる。一方で、地域経済資本(財源や生産性)/地域社会資本(人のつながり)/ 地域環境資本(自然や文化)を重要な指標としながら、本社を構える鎌倉に根ざした事業を長年行ってきた。移住スカウトサービスの「SMOUT」やコミュニティ通貨「まちのコイン」、鎌倉で働く人々向けに鎌倉の60のお店が週替わりで食事を提供する「まちの社員食堂」、地域と大人がフラットに保育園づくりに参加する「まちの保育園」など、カヤックが地域で手がける取り組みは多岐にわたる。

「まちの社員食堂」外観。会員企業の社員だけでなく、鎌倉に住む人、鎌倉を訪れる人など一般客の利用も可能。

これらの事業の背景には、「環境破壊」「富の格差の拡大」を生む、経済合理性に偏りすぎた豊かさの指標があると、柳澤は語る。「 近年の気候危機問題の前景化やパンデミックを経て、人の豊かさを問い直す社会の転換期を迎えてなお、その経済合理性一辺倒の価値基準は社会において変わっていません。僕は格差そのものよりも、その富の一極集中と再分配の仕組みに問題があると考えています。それは個人間の格差だけでなく、都市・街においてもいえること。カヤックが『ちいき資本主義事業部』を立ち上げて地域にひらいた事業を促進しているのは、鎌倉でさまざまな資本が循環し、多様な幸福の再分配が機能する社会の一助となりたいからです。それが、経済合理性だけにとらわれない新しい豊かさの指標づくりにつながっていくと考えています」

鎌倉に流れる価値軸

ー 柳澤大輔やなさわ・だいすけ
1974年香港生まれ。面白法人カヤックCEO。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授やINCLUSIVE株式会社・社外取締役も務める。2021年には内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議構成員に就任。著書に『鎌倉資本主義』『リビング・シフト』などがある。

鎌倉で商いをする人々と、市民、地域がかかわり合う場の事例として、鎌倉に拠点を置く、柳澤を含む7人の経営者が集まり2013年に発足した地域活動「カマコン」が興味深い。「カマコン」は、「鎌倉を面白くする」アイデアを持ち込んでプレゼンし、ブレストを経てプロジェクト化する場だ。東日本大震災以降、神道・仏教・キリスト教が、寺社と教会の持ち回りで実施する「鎌倉宗教者会議」(元建長寺宗務総長の高井正俊いわく、このような宗旨・宗派を超えた取り組みは極めて稀なことだそうだ)を参考にして生まれたという。現在では、毎月4~5人がプレゼンし、100人前後の参加者が集まる会となっている。

こうした、肩書や所属を超えて企業・市民が連帯し、能動的に地域の循環を生み出す鎌倉のありようは、現代において学ぶべきことが多い。柳澤は、鎌倉に流れる生活や商いの独特な空気感について、このように語る。「 置いている価値軸がそれぞれにあるので、極端な損得勘定で動くことがあまりありません。お互いの肩書や仕事を知らないまま飲み屋やコミュニティの活動で知り合った人が、実は意外な人物だった、ということもままあります。鎌倉は元来、富裕層が避暑地として移り住み、住民がお金を出し合って地域に必要なものを自らつくっていく、ということが起こっていました。自然環境豊かな土地や文化財を地域住民が保護・管理するナショナル・トラスト活動発祥の地ですし、日本初の公設民営NPOセンターが生まれた場所でもあります。こうした、人々が地域に参加し、新たなプロジェクトが自律的に生まれていく文化を育んだ場所なのです」

「門前町」スタイルが、「三方良し」の鍵

カヤックは街と連携したさまざまな事業を行っているが、ビジネス(商い)のプレーヤーが数多く存在する鎌倉では、あくまでもいちプレーヤーでしかない。地域の循環が、行政主導でもなく、1社主導でもなく、さまざまな共同体が複数参画し合うことで生まれているのだ。

「自発的に地域に関わる住民やプレーヤーが多いことはとても良い反面、まとまりに欠けてしまうこともしばしばです。みんなが集まって議論する場所があれば、さらにダイナミックに街の取り組みが加速するのではないか。『カマコン』はそうした思いが起点になっています。企業のお膝元として地域が発展していく『城下町』ではなく、ある願いによって商いが束ねられた、鎌倉の背景にある『門前町』のようなあり方に、会社・顧客・市民・地域にとってより良い商いのヒントがあるのではないでしょうか」

「ぼくらの会議棟」「研究開発棟」前の道路。

地域に散在する市民の自発的な願いを束ね、加速させ、循環させる中間装置としての役割を担っていくこと。そのためには、オフィスの外に飛び出し、より広く染み渡っていく「企業の存在価
値」が必要だ。それが理解されていない会社には、そうした願いが集うことは決してないからだ。柳澤は、自身が考える「現代の三方良しの商い」について、このように定義する。

「僕にとっての『三方良し』の会社とは、その存在意義を誰もが知っている会社です。すべてのビジネス・会社は、理屈としてはそれぞれの『三方良し』の考えのもと成り立っていますから、当たり前のことかもしれません。しかし、『いいこと言っているけど、何をやっているかわから
ない』あるいは『行動が伴っていない』では、その会社がもつ社会的意義は駆動していきません」

柳澤が考える「会社がもつ社会的意義」とは、至ってシンプルだ。その活動、存在が人や社会を幸せにするという前提をもち合わせたものであること。そしてそれが広く「理解」されていることだ。当然、社員を雇って事業を行う以上、利益を求めなければ持続することはできない。とりわけ、カヤックのような上場企業は利益を上げるというゲームのルールにのっとって進む。社員やステークホルダーの数、事業の規模を大きくしていくうえでも、必要な利益は増えていく。しかし、「それはあくまでもゲームのルールでしかなく、本質ではない」と柳澤は続ける。

「 重要なのは、会社が大切にする指標を経営層、社員、顧客、株主、その会社が根付く地域──さまざまなかかわり合いのなかでそれをしっかりと伝え理解してもらうこと。またそれをきちんと守っていくことです。それによって会社の価値が社会に染み出していき、経済合理性だけにとらわれない指標のもとにも人が集う。ブレずに商いができる。そう考えています」

社員を「染め上げる」必要なんてない

会社の価値軸が外に染み出し、理解されていくには、組織の文化をいかに内側から形成していくかも重要だ。「鎌倉は、自然であったり、アクティビティであったり、経済合理性だけではない別の豊かさにいち早く気づき、自分が身を置く環境を能動的に選択した方が比較的多いエリア」だと柳澤は言う。柳澤自身が「鎌倉に住みたい」という思いからカヤックを鎌倉で創業したように、まずはじめに自分の生活スタイルがあり、それをもとに住む場所を決め、会社を選ぶ。カヤックが本社を鎌倉に構え、鎌倉近辺への居住をサポートする制度を設けているのは、そうした優先順位をもとに生活と仕事ができる環境をつくり、近い価値観をもった人に自然と集まってほしいという組織軸があるからだ。

「多くの会社は、社内の文化をつくるために社員を会社の価値観に染めあげようと試みます。すると、社員が会社の価値軸に合わせていく必要があるため、次第に個人の豊かさと会社での仕事が乖離していき、生活と仕事のギャップが生まれます。カヤックは自律的に選択と行動ができる人が自然と集うようにしているので『染め上げる』必要がない。個人の豊かさと会社が紐付き、また組織の価値軸にブレが生じにくくなります。組織戦略においても、実のところ合理的なんです」

また、経済合理性のみにとらわれない、ブレない組織の指標を育むためには、意思決定を行う経営層にもプレッシャーが働くことが重要であると柳澤は加える。「会社の意思決定とそのプロセスをすべてオープンにし、誰もがアクセスできることが大切です。例えば、カヤックでは経営陣同士の評価の相互フィードバックや、役員会の参加者による2on2の会議の動画に、全社員がアクセスできるようにしています。こうすることで、理念に沿っていない意思決定をしていないかを社員が把握することができる。それに対して社員側からも声を上げることで、経営陣にとってもプレッシャーになります。会社と近い価値観の人々が集うようにすること、またその価値観と会社の意思決定に解離がないかを知ることができ、おかしいと感じたときに声をあげられる環境
にすること。それが会社の大事な価値観を浸透させることにつながるのです」

2022年5月取材

インタビュー・テキスト:和田拓也
写真:山口雄太郎