16時には仕事を終わらせ、土日はしっかり休む。それでも収入を減らさない自営業者の働き方とは?
休みたいし、休んだほうがいいとわかっている。会社も働き方改革を推進している。でも、正直なところ、休みづらい……。そんな日本において「ちゃんと休みを取ろう」と試行錯誤する人々に、『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(KADOKAWA)の著者・髙崎順子さんがインタビュー。日本での休み方を「働き方と同じだけ」考えていく連載です。
定時の勤務時間を定めずに働ける、独立自営業。「好きな時に好きなだけ、仕事ができる」という自由なイメージがありますが、反面、無制限にとめどなく、働き続けてしまうことも多いようです。
同業他社との競争や仕事が途切れる不安から、休めるはずの日にもついつい仕事をしてしまい、自覚がないままオーバーワークになってしまうケースも。
夫とともに家業の土地家屋調査事務所で働く廣部奈緒美さんは、そんな自営業の働き方を意識的に変えていった一人。土日祝日の休みを確保し、お盆や年末年始なども、有給休暇制度のある会社員と同等もしくはそれ以上の期間、しっかりと休暇を取っています。
自営業者が不安に捕まらず、しっかりと休みを確保するには、どんなコツがあるのでしょう? 夫婦で自営業をする際の関係の作り方と合わせて伺いました。
廣部奈緒美(ひろべ・なおみ)
近畿地方で夫とともに、独立自営の土地家屋調査事務所で勤務。不動産登記のための現場測量や申請書類の作成を手掛ける。
土日もなく働けてしまう自営業
土日祝日は休日で、ゴールデンウィーク、年末年始、お盆にも、それぞれ10日間程度のお休みを取っているそうですね。
髙崎
廣部
加えて、イレギュラーに取る休みもあります。
急ぎの仕事がない金曜日は「週末を早めに始める」感覚で休みますし、平日は可能な限り、16時に終業です。
す、素晴らしい……! 弁護士、司法書士、行政書士など国家資格を持つ「士業」の方々は、「自営で土日もなく働き、常に忙しい人」のイメージがありました。
髙崎
廣部
士業でも会社員の方はいますが、土地家屋調査士はほとんどが自営業者なんです。
いつでも働けてしまうイメージは、その通りですね。ウチも3年前までは、土日も働いていましたよ。
土地家屋調査士とは、どういう職業なのでしょう?
髙崎
廣部
不動産登記のために土地の測量をし、役所に提出する図面や申請書類を作るのが主な仕事です。現場の土地には時間関係なくいつでも行けますし、取引先も自営業者が多いので、以前は週末でも連絡がバンバン来ていました。
その取引先とは、どんな職種の方々ですか?
髙崎
廣部
土地関係の書類が必要になるのは、主に相続と不動産の売買なので、取引先は司法書士と不動産業者がメイン。どちらも土日関係なく稼働する人が多いです。
書類の提出先である役所(道路河川課)ともやりとりがありますが、こちらは平日・日中のみですね。お付き合いがあるのは、常時10人くらいでしょうか。
取引先も自営業者ばかりだと、本当にとめどなく、ずっと仕事をしてしまいそうです。
髙崎
廣部
夜には地域の自営業者の飲み会などもありますし、夫は文字通り「無制限に働いてしまう」感じでした。
なんとなく流れで徹夜してしまったり、土日でも事務所で作業したりしていましたね。
「薄利多売に応えない」と決める
そんな環境で休みを確保し、早めに終業するのは、簡単ではなさそうです。「こうする!」と強く心に決めている秘訣などはありますか?
髙崎
廣部
一言で表現するなら、「薄利多売に応えない」。取引先からの「できるだけ早くしてほしい」という要望を、そのまま受けることはしません。
「いつまでに、何をすべきか」の業務計画をまず尋ねて、可否を判断することにしています。
「依頼の期限を確認する」というコツは、この連載の他の回でも出てきたことがあります! やっぱりこれは、「休める働き方」の重要ポイントなんですね。
髙崎
廣部
むやみやたらに仕事を詰め込まないようにするには、計画が必要なんですよね。
土地家屋調査士は「お抱え業者」というか、出入りの不動産業者や行政書士とチームのように働くことが多いので、このやり方が通りやすい面はあると思います。
働き方を変えたのは2021年ごろとのことでしたが、取引先の方々にはどのようにお知らせしたのでしょう?
髙崎
廣部
取り立てて宣言や告知はしなかったです。期限に間に合うように仕事をしていれば、取引先には影響はないですし。
もし休み中に連絡がきたら、「今は旅先にいるので〜」と、その都度不在をお知らせしています。
それでいいんですよね……。期限に間に合ってさえいれば、いつ休んでいようが、取引先に迷惑はかかりませんものね。
なんだかこう、「自営業者はいつでもスタンバイしていなければならない!」「休むのは異常事態!」という思い込みがありました。
髙崎
廣部
他の同業者は土日も稼働しているよ、と言われたらそうなのですが……。「すみません、ウチは違うんです」と。
ただ、「どうしても」の場合は、極力手を尽くして対応します。
薄利多売には応えないけれど、相手がピンチの時はしっかりと手を貸す、と。
髙崎
廣部
はい。信頼と人脈を途切れさせないためには、それが必要ですね。今のところ、このやり方で収入は減らず、維持できています。
減ったのは収入ではなく仕事時間
収入の増減について、まさに知りたいと思っていました!
自営業者で休みを減らしても、収入は減っていないのですね。価格をドンと上げたりしたのでしょうか……?
髙崎
廣部
いえいえ(笑)。値切りは断りますが、相場より高くも安くもない価格で続けています。
ただ、必要以上に儲けようとしない、自分たち以外の社員を雇わない、などの工夫はしています。
こう言ってはなんですが、それだけで大丈夫なものなんですね。
髙崎
廣部
はい。仕事の時間を減らしても、依頼は減らず、収入も落ちなかった。
つまり、以前はやらなくてもいい時間までダラダラと仕事をしてしまっていたんだなぁと分かりました。
前もって仕事時間を限ると、集中力上がってペースが良くなる、と言いますよね。休みをしっかり取ると生産性が上がるのは、今や定説になりつつあります。
髙崎
廣部
私たちも、仕事の予定より先に休みの予定を入れています。そしてその日に仕事依頼があったら、別日で調整する。
あと、仕事関係の飲み会や自営業者の異業種交流の会合も、ほとんど出なくなりました。
なんと……! 自営業者ですと、仕事が途絶える不安から人脈を広げたくて、なるべく会合に顔を出したくなりますが。
髙崎
廣部
前はそうしていたのですが、会合に出ても実際に得られるものが、私たちはあまりなかったんです。
決まった取引先とのお仕事がメインですし、新規のお客さんの大半は、既存のお客さんのご紹介で来てくれますし。
「会合に出ない不安」より、「出て実際に何を得たか」を見つめたんですね。
髙崎
廣部
異業種交流会に行く意味は、人脈作りの他にも「ステイタス」などもあります。
でも、私たちにとっては別にいいかな、と。それよりも、家族で一緒に料理をしたりする時間の方が大事。家族との時間を犠牲にして、将来「あの時もっと、一緒に過ごす時間を持っておけばよかった」と後悔したくないんです。
「ライスワーク」も悪くない
廣部さんはご家族(夫)との自営業ですが、二人で同じ働き方をしているのでしょうか。
髙崎
廣部
はい。前はよく徹夜をする人で体調が心配でしたが、今は夫も私とほぼ同じように休んで、働いています。
そんなパートナーさんの働き方を一緒に変えるのは、なかなか大変だったのでは?
どのようにしたのでしょうか?
髙崎
廣部
実は夫だけではなく、私も長時間労働の人だったんです。
幼稚園教諭の資格を持っていて、子どもの生活を支えるのが私の天職だと思っていました。夫の補助とダブルワークをしていた時期もあったんですが、ある日、病気になってしまって……。
そこで、「自分はどう生きたいのか」「そのためにどう働きたいのか」を考える時間ができました。
そうだったのですね……。病気になったことをきっかけに、働き方を考え直したと。
髙崎
廣部
それまでは「長時間労働するのは良いこと」と思い込んでいたんです。たくさんの仕事量をこなすことで、責任感が満たされる思いもありました。自分の身に「働けない」という事態が起こるなんて、想像もできなかった。
「自分が働けなくなること」、私もこれまで考えたことがなかったです。今言われてみても、うまく想像できない……。けれど、考えてみるのは大事ですね。
髙崎
廣部
私が実際に働けなくなってみて感じたのは、「もういいや」でした。生きていくのに必要なお金はほしいけれど、時間もほしい。
それから「ライスワークもいいよね」と考えるようになりました。
情熱を持ってやる天職「ライフワーク」と、生活のためにやる「ライスワーク」ですね。
髙崎
廣部
私は実家の家族が皆、教職員で、情熱を持って仕事をしていました。それもあって、生活のためだけに働くことに抵抗があったんです。
今、夫としている仕事に対しては、「好き」という気持ちは一切ない。完全なライスワークです。でも、ライスワークも、人に感謝されるんですよね。
相続や不動産売買に関わる登記は、この社会に絶対に必要な仕事ですしね。
髙崎
廣部
人に感謝される仕事をやって、私生活でやりたいことをやる時間を持って、生きられる。それでいいじゃないかって。
私も夫も物欲があまりない方ですし、「もっと一緒に過ごせばよかった」と後悔したくないね、と価値観を共有できました。
家族自営のメリットとデメリット
肩の力が抜けて、穏やかに仕事と向き合ってらっしゃるのが伝わります。
家族自営ならではの、働き方のメリットやデメリットは感じますか?
髙崎
廣部
一緒に働き方を変えやすい、というメリットはあります。いつも横で見ているから働くペースを把握できますし、休みの調整を話し合いやすい。体調不良などの対応もすぐにできます。
連絡や調整は、確かにやりやすそうですね。デメリットはありますか?
髙崎
廣部
共倒れの怖さですね。二人三脚だからこそ、夫に何かあったら終わるな、と。
夫と別の仕事をしていた時よりも、私個人の経済的な不安はあります。今、私は夫の補助役なので、もっと自立できるようスキルアップをしていかなくちゃな、と思っています。
家族が同僚であり、職場なのですものね……。二人の関係を維持するのに、気をつけていることはありますか?
髙崎
廣部
二人の間で、上司と部下のような上下関係を作らないのが重要だと思います。
そのためには、価値観をどこまで共有できているか。話の尽きない友達のように、お互いを考えられるのかどうか。夫婦で自営するメリットは、一緒にいる楽しさですから。
休み方を変えて3年経って、どんな変化があったのでしょう。
髙崎
廣部
まず夫も私も、体調が良くなりました。毎日の夕食作りや車中泊の旅行など、楽しみを共有できる時間が増えましたね。私個人では、少し離れたところに住む祖母に会いに行ける機会が増えたのも嬉しいです。
毎日一緒にいても、仕事の時間が長かったら、楽しみを分かち合うことはできませんものね。
髙崎
廣部
もう一つ、長時間労働の間はできなかったことがありました。
それは社会問題に関心を持って、考えること。仕事ばかりで休めないと、考え事をするためのエネルギーもなくなっていくんですよね。
あああ〜! 毎日仕事をして、家事育児で生活を整えるだけでもう、必死ですものね……!
髙崎
廣部
日本の人は政治に関心が薄いと言われます。でも、それは興味を持って考えるだけのエネルギーと時間がないからだって、私は実感しています。長時間労働が、考えられなくしているんです。
また、夫と社会問題について深い話をする時間があることで、さらによい関係が築けているのも感じています。
休めない働き方が、人から考えるエネルギーも奪ってしまう……。思い当たる節が切実にあります。今日はグッと深いところまでお話くださり、ありがとうございました!
髙崎
2024年3月取材
取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト