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家族優先・多忙禁止、フルリモート企業の独自文化とは - ミクル株式会社

2005年の創業当初から「家族優先」「多忙禁止」など独特の経営ビジョンや文化を持つ、ミクル株式会社(以下、ミクル)。

社員は10名だが、合計100名ほどの外部スタッフを擁して、「マンションコミュニティ」「掲示板ミクル」などの有名掲示板サービスや、世界で15万超のサイトに使用されるブログバーツ「FeedWind」など10以上のビジネスを運営し、少数精鋭ながら世界的規模で結果を残しています。

ミクルは創業時からオフィスレス勤務やリモートワークを実施。なぜ離れていても大きな成果を出せるのか? 代表取締役CEOの福井直樹さん、取締役COOのイ・ジェホンさんに、その独自の文化や働き方について伺いました。

2005年からオフィスレス勤務を開始。周囲から驚きの声も

WORK MILL:まずはミクルを設立した経緯を教えてください。

福井:ミクルの構想は、私が大学生だった1995年までさかのぼります。当時インターネットが世界に広がり始めた時期だったので、日本にインターネットが入ってきたら働き方がどう変わるのか、強い興味を持ったんです。そのテーマで卒業論文を執筆後、まずは2社起業して、寝食忘れてしまうほど仕事に没頭しました。

2社目を韓国のNeoWiz社に売却してそのままジョインしたのですが、当時サービス終了しようとしていた不動産サイトを個人で買い取ることに。その不動産サイト運営のために、ミクルを設立したんです。

WORK MILL:現在はどのような事業を展開されていますか?

福井:創業時から運営しているのは、新築マンション専門の掲示板「マンションコミュニティ」。新築マンションは公開されている情報量が少ないし、購入者にも専門知識があまりないので、気軽に情報交換できる場をつくりたいなと考えました。もう20年運営していて、CtoCのサイトでは日本最大規模になります。

2005年に立ち上げた「掲示板ミクル」とその姉妹サイトである「お悩み掲示板」は、日々の悩みを相談できるよう女性向けの匿名掲示板で、今でも月間150万人が訪れています

現在の主力サービスは、今日同席したイ・ジェホンが担当する「FeedWind」。これはFacebookなどの最新情報を自分のブログに自動表示できるウィジェット(システム画面などに小さく表示されるアプリケーションソフト)で、世界中で利用いただいています。基本的にはフロー型ではなくストック型のサービスを展開しています。

WORK MILL:ミクルの大きな特徴が、全員フルリモートワークで働いていることです。なぜ創業当時からリモートワークを採用しているのでしょうか?

福井:ITバブルもひと段落した2000年後半頃にふと「なぜ東京でずっと働いているのだろう?」と疑問に思ったんですね。インターネットの普及により、IT企業が地方に進出してもいいはずなのに、なぜか逆に地方企業や人材が東京に集まっていました。

「一般的なビジネスパーソンが場所を選ばずに働けるようになるには、少なくともあと20年はかかるのではないか。だったら、20年後の働き方を今から導入できないか?」そう考えて、2005年からオフィスレス勤務を導入したんです。

WORK MILL:当時は異例だったオフィスレス勤務。周囲の反応はどうでしたか?

福井:家族は私が突拍子もないことを言うのに慣れていたので、それほど驚いていませんでしたが、周りの経営者からは全く理解されませんでしたね。「それはおかしい」「ITだからできるんでしょ」などと言われました。

ただコロナ禍で久しぶりに経営者たちと話したら「ミクルの働き方を真似して、うちもオフィスレスにしたよ」などと言われることもあり、少しずつ風向きが変わってきたのを実感しています。

「会社の予定が最優先」の当たり前を覆す「家族優先」という文化

WORK MILL:ミクルでは「家族優先」という価値観が大原則です。この理由は何でしょうか?

福井:ミクルを立ち上げる前は、事業を大きくして売上を向上させ、従業員を増やしていく先に幸せがあると思っていました。しかし会社を成長させるほど忙しくなり、家族との関係も薄くなってしまい、「どうやら会社の成長と幸せはあまり関係なさそうだ」と気がついたのです。

また1社目の頃に、自分の誕生日に部下に仕事の指示をしたうえで妻とディズニーランドに行ったら、会社のメンバーからは、よく思われなかったですね(笑)。当時はまだ記念日休暇などなかったですから。

なぜ重要なイベントの日に、会社の予定を優先させるのが当たり前なんだろう? また家族の体調が悪いときや災害時など、急遽家族に時間を割きたいときにも柔軟に対応できるような企業文化・慣習のある会社をつくりたいと思って、「家族優先」を掲げる会社にしたんです。そしてそのために必要な制度を整備しました。

WORK MILL:「家族優先」のために、「営業禁止」「多忙禁止」などの文化ができたんですね。

福井:例えば、毎日営業して月ごとの成績を上げていくような働き方は、どうしても忙しくなってしまい、家族優先を守るのが難しいです。また仕事に目標や締め切りを設定すると、どうしても自分のペースと合わない場面が出てきますよね。そこで売上や達成目標を掲げず、締め切りのない仕事をするようにしました。

それでも事業が成り立っているのは、ミクルの組織体制が、「メンバー」「スペシャリスト」「スタッフ」という3階層のピラミッド構造になっていて、その業務を完全に「仕組み化」しているから。スペシャリストやスタッフは、システム開発やカスタマーサポートなど、各担当業務に対して意欲的に働いてくれています。

トップに立つメンバーは、スペシャリストやスタッフが、快適に仕事ができ、家族も含めて幸せになれる環境を整えることに注力しています。よって、組織全体で効率的かつ快適な仕事ができているんです。

WORK MILL:「営業禁止」「多忙禁止」などを理解・実践してもらうまで、苦労もあったのではないでしょうか。

福井:理解してもらうまでが大変でしたね。創業当時は、日中の業務時間内に英会話や中国語の講座を受けてもらったり、温泉旅行に定期的に行ったりしていたので、純粋な仕事時間は週2日程度しかなくて。メンバーからは「仕事をやらせてください」という苦情をもらいました(笑)。

ただ時間が限られているからこそ、短い時間の中で結果を残す方法を真剣に考えるようになり、その結果として時間的な余裕も生まれます。頑張って成果を出すのではなく「頑張らないで成果を出すこと」が大切。恐らくメンバーはしばらく、切羽詰まるような仕事をしていないと思いますよ。

ミクルとは「人生をより良くするための共同体」

WORK MILL:ミクルの組織を別の言葉で表すとしたら、どう表現されますか?

福井:ミクルは「会社」というよりも、「人生をより良く生きたい人のための共同体」だと捉えています。いかに人生を楽しく過ごすか。元々ミクルの文化に共感したメンバーがジョインしているので、家族を優先する生活や住む場所の考え方、リモートワークなどの大枠は似ています。ただ住む場所や働き方の詳細は、それぞれ違いますね。

例えば住む場所一つ取ってもばらばらで、子ども中心で場所を決める人や、私のように妻の実家の近くに住む人もいます。

WORK MILL:なるほど。働き方にも個人差があるのでしょうか?

福井:はい、人それぞれです。ミクルではメンバーそれぞれに「アトリエ」という個人専用オフィス制度を提供しています。このアトリエで働く人もいれば、カフェやコワーキングスペースで働く人もいますね。

ー 石垣島のアトリエ(外観)

ー 石垣島のアトリエ

ー 下北沢のアトリエ

ー 下北沢のアトリエ

WORK MILL:働く場所の選択肢が広がるのは素敵ですね。ジェホンさんはミクルでどのような働き方を実践されていますか?

ジェホン:私は家族や自分のライフスタイルを優先させた結果、子どもの進学を考えて名古屋に住み、アトリエや家で働いています。ミクルでは「家族の予定があるので、この日はミーティングに参加できません」という申し出ができるので、非常に家族を優先しやすい環境です。

そもそも私は「仕事が最優先」という考え方に疑問を持っています。仕事ではなく「自分の人生」の方が大事だと思うんです。そのため、自分の人生と仕事を別で考えるのではなく、ライフステージに合わせて全体の優先順位を決めながら「生活のリズムを崩さない」「仕事によって人生の優先順位を犠牲しない」環境で最大のパフォーマンスを出すようにしています。

WORK MILL:仕事のパフォーマンスを上げるために、どのような工夫をされているのでしょうか。

ジェホン:ポイントは2つあります。1つは、タスクを細分化・最適化すること。仕事で最大のパフォーマンスを出すためには、時間と場所から自由でなくてはいけません。私はタスクそれぞれに「タグ」を決め、そのタグと働く場所をパズルのように組み合わせて最適化しています。

もう1つは、仕事をなるべく「非同期コミュニケーション」にすること。リアルタイムで行う仕事を極限まで減らして、時間的な自由を確保しています(非同期での仕事の仕方は、後編にて詳しく紹介します)。

今はライフスタイルを最優先に、仕事のパフォーマンスが出せる環境も整えられているので、とても満足しています。

WORK MILL:他のメンバーの方は、どのような働き方をされているのでしょうか?

福井:大手IT企業出身の石塚というメンバーは、元々は職場で寝泊まりするような生活をしていたんですが、ミクルに入社してその文化に触れてからは「自分の人生をどう良くしていきたいのかを考えないと、仕事をする意味がない」と気づいたそうです。

彼は元々独身でしたが、ミクルの仕事でさまざまな経験をした結果、その楽しさや幸せを共有したいと思って、今の奥さんと結婚されました。そうやって働きながら価値観が変わっていくメンバーもいますね。

コロナ禍で変わったトレンド。ミクルの働き方が発信できる世の中に

WORK MILL:2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中で働き方が大きく変わった一年でしたが、ミクルの働き方や取り組みなどに変化はありましたか?

福井:ミクルではまったくと言っていいほど無風で、メンバーに「大丈夫ですか?」と聞いても「いつも通りです」という答えが返ってきただけでした(笑)。

コロナ禍でリモートワークが一段と進んだので、私たちの働き方がようやく理解されるようになってきた感触があります。吹けば飛ぶような小さな会社なので(笑)これまではなるべく目立たないようにしていましたが、今後はメディアやYouTubeなどで私たちの働き方について発信し、多くの企業の役に立っていきたいです。

WORK MILL:ミクルのアトリエ制度も、今後は各社に広まりそうですよね。

福井:そうですね。先日講演させていただいた丸紅さんでは、オカムラさんの協力の元、社員寮だった場所をアトリエにするという話が出ています。こうした動きがあるととてもうれしいですね。

ー 丸紅のアトリエ

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前編はここまで。実際にミクルではどのようにプロジェクトを進めているのでしょうか?後編では、ミクルの仕事の進め方やリモートワークに対する考え方などを伺います。

―福井直樹(ふくい・なおき)
ミクル株式会社代表取締役CEO。1996年NTTに入社。2003年韓国上場企業NeoWiz社の日本法人代表取締役に就任。2005年にミクル株式会社を、2008年には米国現地法人Mikle,Inc.を設立。

―イ・ジェホン
ミクル株式会社取締役COO兼米国現地法人Mikle Inc. CEO。2002年韓国から日本に渡り、2006年ヤフーからミクル社にジョイン。日本発ウェブサービスを世界76カ国で利用される有料サービスへ規模拡大。

2021年3月25日更新
2020年1月取材

 

テキスト:金指 歩
イラスト:野中 聡紀
写真提供:ミクル株式会社