進化する海外NPOの働き方とコワーキングの関係、投資の大きさがあらわすその期待感(カフーツ・伊藤富雄)
アイキャッチ画像出典=BUILDINGS
テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。
グローバル企業のアレンジでNPO支援型コワーキングに新たな展開
今年のはじめに、「コワーキングスペースはより社会的な意識を高めるために、NPO(非営利団体)とより密接な関係を築き、慈善事業との結びつきを強めていく」として、NPOをコワーキングスペースに受け入れる取り組みである「All Good Work」を紹介した。そのAll Good Workが非営利団体とコワーキングの関係において新たな展開を見せている。
All Good Workは財政面に余裕のないNPO法人に、その活動拠点としてコワーキングスペースを提供するという仕組みだが、今回、アメリカ・ニューヨーク州クイーンズのコワーキングスペース「Gaseteria Works」と提携し、All Good Work Center @ Gaseteriaを設立した。
Gaseteria Works
Gaseteria Worksは、ロングアイランドシティのクイーンプラザ地区で約2,230平米のブティック型フレックススペースとコワーキングスペースを運営している。
・コワーキングのメンバーシップ
・家具付きのプライベートスイートルーム
・ミーティングルーム
・バーチャルアドレス
など、最先端のテクノロジーと高度な訓練を受けたオンサイトチームが、コンシェルジュや管理サービスをはじめとする幅広いソリューションを提供している。
一方、All Good Workはその活動の目的を、「ワークスペースやその他のリソースを通じて、ニューヨークのソーシャル・インパクト・コミュニティをサポートし、より効率的でインパクトのある活動を実現すること」としている。
つまり、社会的課題の解決のためのあらゆる活動を支援している団体であり、All Good Work CenterはニューヨークのNPOにサービスを提供するために設立された組織だ。
All Good Work
今回のパートナーシップにより、長らく専用のコワーキングスペースがなかったAll Good Work Centerは、あらゆるレベルのNPOや社会起業家に高品質で手頃な価格のコワーキングを提供し、ソーシャルインパクトコミュニティの誰もが集まり、相互に刺激を受けることができる場所を作ることができるようになる。
このパートナーシップの鍵となったのは、JLL社のサポートだ。
JLL(ジョーンズ・ラング・ラサール)
同社はオフィスや物流施設、店舗、ホテル(居住用含む)などの不動産を対象に、投資・開発・賃貸借・運用などのあらゆるサービスを提供しているグローバル企業だ。
スタートアップからグローバル企業まで、世界中の多様なクライアントを支援しており、世界80カ国を超えるエリアに約10万3,000名の従業員がいる。ちなみに、2022年度の売上高は209億ドル。
これほどのスケールの不動産系企業が、NPO向けのコワーキングをアレンジするというアイデアに興味を持ち一役買う、そういう時代になったことに注意を払っておくべきだろう。
なおJLLでは、アメリカ国内で少なくとも5カ所でこうした取り組みを行うことに関心を示しているらしい。先の記事では、コワーキングは「よりコミュニティにフォーカスし社会性を重視するようになる」というトレンド予測を紹介したが、その兆しがすでに現れていることを裏付ける動きと言える。
NPOにコワーキングスペースが必要な10の理由とは?
カナダのブリティッシュコロンビア州南部のケロウナにあるコワーキング「coLab」でも、NPO法人向けのメンバーシップを用意している。
coLab
ここでは、NPOにコワーキングが必要な理由として、以下の10項目を挙げている。
「NPOにコワーキングが必要な10の理由」
1. コストの削減
高額なリース契約ではなく、予算に合わせて柔軟なオプションを選択でき、光熱費や清掃、管理費等の負担がなくなる。2.ネットワーキングの機会
コワーキングスペースで、志を同じくする他の組織や専門家、潜在的な寄付者とつながり、新しいパートナーシップや資金調達の機会を得ることができる。3.生産性を高める
高速インターネットをはじめ、集中力を高め、より多くの仕事をこなすための設備が整った、気が散らない環境を利用できる。4.プロフェッショナルな環境
コワーキングスペースのプロフェッショナルな雰囲気を活用することで、寄付者や関係者に洗練されたイメージを与えることができる。5.リソースへのアクセス
プリンター、会議室、厨房設備などの共有リソースを活用することで、経費削減と効率的な運用を実現できる。6.柔軟性
短期間のリース契約と、必要に応じて追加でスペースを借りることができるため、素早く規模を拡大または縮小することができる。7.コミュニティへの関与を高められる
共有スペースで仕事をし、一般の人々と関わることで、地域社会に溶け込むことができる。8.コラボレーションの機会を得る
他の組織や専門家と協力し、革新的なアイデアやプロジェクトを喚起する事が可能になる。9.管理業務の負担を軽減できる
清掃、メンテナンス、郵便物処理などの日常的な管理業務をスペース側で行うことで、NPOスタッフは重要な業務に集中することができる。10.モラルの向上
スタッフ間の共同体感覚や目的意識を醸成することで、士気や仕事への満足度を向上させることができる。
財源を寄付に頼っているNPOにとって「4.プロフェッショナルな環境」は極めて重要な要素かもしれない。また、「8.コラボレーションの機会を得る」で挙げられているように、寄付者と協力し、あるいは他の組織や活動とコラボレーションすることは、資金調達、プログラムの作成、活動の領域を広げるために有効であることは言うまでもない。
コワーキングスペースを単なる「作業場」と考えていると、コストのことにばかり目が行きがちだが、それよりも環境を共用する他者とつながることで得られる価値のほうがずっと貴重であることはあらためて強調しておきたい。
特定分野のNPOを一同に集めるコワーキングスペース
こうした既存のコワーキングスペースとNPO法人とのマッチングは海外ではよく見られるが、利用されていない物件をごっそりコワーキングスペースに衣替えし、特定分野のNPOを集結させるというプロジェクトも存在する。
Colorado Health Capitol
Colorado’s Health Capitolは、コロラド州の医療関連団体を中心とした36のNPO法人の拠点だ。ここはかつて雇用機会均等委員会のデンバー事務所があったスペースだが、長く使われていなかった。
そこをコワーキングスペースとしてリノベーション。各団体がそれぞれの使命を達成する能力を強化するために、協力し合い、共有できるリソースを活用し、州全域のコミュニティにインパクトを与えることにフォーカスした。
ちなみに、パンデミックによるリモートワークへのシフトの影響もあり、デンバーの都市部では5分の1近く、ダウンタウンでは3分の1近くのオフィススペースが空室になっている。
Colorado’s Health Capitolがこうした空きスペースを埋め、NPOのリース料を大幅に節約し、異なる組織間のコラボレーションの場を作ることに成功したのは、パンデミックの影響で賃料が格段に安くなっていたこともあるが、同様の活動分野を持つNPOがコミュニティの一員として参加しお互いに協力できるというメリットが大きい。
加えて、ここは州議会議事堂から2ブロックの徒歩圏内にあるため、議会開催時には簡単にアクセスでき、年間を通しても議員や政府関係者を対象にロビー活動するのにも適している。また、会員制の会議室は、営業時間外の社交イベントにも利用できることが好感されている。そのこともあり、Colorado’s Health Capitolは、初年度から97%の入居率でキャッシュフローも黒字で推移している。
1948年に設立され、州内に2,500人の会員を持つColorado Academy of Family Physicians(コロラド家庭医学会)もここのメンバーだ。同学会は、わずか4人のスタッフに対して、約278平米という広すぎる2つのオフィスマンションを売却してColorado’s Health Capitolに入居した。
また、The Colorado Health Foundation(コロラド健康財団)は、リソースが限られている小規模なグループ(自宅オフィスでボランティアが運営しているグループなど)にスペースを提供するコミュニティ・アクセス・プログラムにも資金を提供している。
一般に、外で活動する時間の多いNPO、とりわけ小規模なNPOが単独でスペースを借りるのは費用対効果が悪い。それよりも、デスクスペースや広い会議室、ポッドキャストルームなどが共用できること、そして他のメンバーの専門知識を利用できることのほうが重要だ。しかも、一時的ではなく、特定の居場所を確保できたことで有力な資金源である寄附者に与える印象も違ってくる。
国がNPOを支援するコワーキングスペースに資金を支出
その資金について、こういう事例もある。もう1年ほど前になるが、ニューヨーク州アルバニーの社会課題を解決するNPOを支援するコワーキングスペースであるThe Blake Annexに、連邦補助金から107万5,000ドルが支出されて話題になった。
The Blake Annex
The Blake Annexには、
・元看護師の運営する医療関係のNPO
・女性の地位向上を目指すプログラム
・地域の低所得層の家庭の子どもたちを支援する活動
などをはじめ、10以上のNPOが入居している。
そこに100万ドルを超える資金が国から投じられているというのだから、社会課題解決のためのその柔軟な発想と決定力に感服する(それだけ日本が遅れているということかもしれないが)。
The Blake Annexでは、United Way of the Greater Capital Region(UWGCR)という組織の支援を受けて、ローカルの複数のNPOに共に働く環境を提供し、そこで多くのアイデアが交換され、コラボレーションを生む機会を設けている。その面積は約2,322平米もある。
ちなみに、UWGCRは個人と団体が地域社会全体で人々を助けるために協力する地域組織で、「すべての子どもたちが学び、成長する機会を持ち、家族が経済的に安定し、人々が健康で生き生きと暮らすことのできる、より強い、より強靭なキャピタル・リージョンを築くこと」を使命としている。
「私たちがここで築こうとしているのは、変化を求め、物事を変えたいと願う、同じ志を持つ人々のコミュニティです」とUWGCRは言っているが、単なる利用者と運営者の関係ではなく、共に社会を変えていこうという本気度が伺える。まさに「非営利団体の働き方を進化させている好例」だ。
そして、そのコミュニティ運営のために社会的資本を国から調達する立場にコワーキングスペースはあるのだ、ということも意識しておきたい。
巨大再開発プロジェクトでもNPOが活躍
お金に絡む事例をもうひとつ紹介しよう。こちらはサウスカロライナ州グリーンビルにある、100年以上前に建てられた工場跡地を利用し、地域を活性化した事例だ。
2022年、ここにThe Judson Mill Community Innovation Hub(JudHub)が設立された。
Jud Hub Social Innovation Center
Jud Hub Social Innovation Centerは、NPOや「社会貢献」を目指す営利企業、そして地域住民をつなぐことを目的としたコワーキングスペースだ。
グリーンビルで活動する社会起業家やコミュニティ開発者、そしてNPOをここに集め、「貧困」「食料不安」「教育」「住宅」という4つの重点課題を解決するのが目的だ。そのアンカーテナントのひとつがCommunityWorksだ。
CommunityWorks CarolinaHome
CommunityWorks社は、主に恵まれない人々のために資産を増やすことに力を注ぐ地元の非営利の金融組織で、ホームオーナーシップやスモールビジネスの創出などによる資産形成に注力しつつ、NPOへの融資などで地域プロジェクトを支援している。
その非営利金融機関が、Judson Millのプロジェクトの資金援助として、当初50万ドルの物件取得融資を行い、さらにJudHubに対して50万ドルの融資を行った。つまり、非営利の組織が、合わせて100万ドルの資金援助をしたことになる。
ちなみに、グリーンビル全体のJudson Millに対する投資は合計で1億ドル近くにのぼり、197の新規雇用を創出し、市の税収を7500万ドル以上増加させるなど、多くの社会的な見返りももたらした。
なお、約14万5,687平米のJudson Millの巨大な敷地が、住宅と商業の複合施設に完全に生まれ変わるのは2027年のこと。完成したプロジェクトは1億5,000万ドルから2億ドルの投資に相当すると見積もられている。
それだけ時間とコストをかけて本気で取り組んでいる再開発プロジェクトの中核にコワーキングスペースがあり、そこを起点にNPOが活動の場を広げている。
その場合、社会課題の解決のためにコワーキングスペースは場所だけではなく、活動を継続するための多くのリソースを分かち合うハブとなりインフラとなる。そして、その目的とするところを共有する者としてNPOが助け合うのも道理だ。
日本にも、こういうNPOを支援するNPO系のコワーキングスペースが現れることを期待する。と同時に、彼らを支援する仕組みが社会に必要だ。実は、前述のThe Blake Annexに連邦補助金が支出された件では上院議員が動いている。
とすると、そろそろ日本でもロビー活動が必要なのかもしれない。
企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト