2023年、日本のコワーキングスペースが乗る2つのトレンドについて考える(カフーツ・伊藤富雄)
テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。
2023年、日本のコワーキング業界はどうなるのか?
2023年がはじまった。コロナ禍がやや落ち着きを見せた2022年のコワーキングスペーススペースがどうだったのかを振り返るとともに、さて2023年はどんな活動をするべきか、コワーキングマネージャーもいろいろ頭を巡らせていることだと思う。
そんな中、未来の働き方を探求するアメリカ発のWebメディア「Allwork.Space」は2023年の予測記事の中で、コワーキングスペースの5つのトレンドを紹介した。
- より環境へ配慮した、空間、利用者、事業者へ
- よりコミュニティにフォーカスし社会性を重視するようになる
- コワーキングスペースはインクルーシブの最前線に立つ
- 美容業界のプロフェッショナルのためのコワーキングスペースが増える
- コワーキングスペースが目的地となり、ホスピタリティ・エコシステムの中に位置づけられる
今回は、その中から日本で注目しておきたい2つのトレンドについて、書き記しておきたい。
トレンド:「よりコミュニティにフォーカスし社会性を重視するようになる」
2023年以降も、コワーキングスペースは依然ポジティブなトレンドを進行するのは間違いない。それは、多くの企業がオフィス勤務からハイブリッドワークへ移行していることからも明らかだ。
ただし、通勤しなくてもよくなったとはいえ、家庭生活に支障なく在宅勤務できるワーカーは、洋の東西を問わず、そう多くない。当然、これまでオフィスが収容していたワーカーを受け入れるワークスペースとしてコワーキングスペースのニーズが高まる。それも、自宅に近い場所にあるスペースだ。
そのため、今まで想定されていなかった地域、つまり住宅街にもコワーキングスペースが開設されるようになってきており、地方によっては空き家対策や地域住民の拠り所となっている事例も現れている。
Allwork.Spaceの記事では「コワーキングスペースは地元コミュニティとのより強い結びつきを発展させていく」としている。さらに、GCUC(※)創設者であるLiz Elam氏の「今後、繁栄するコワーキングスペースは、メンバーが(仕事においても社会的にも)つながるための最高の機会を提供する空間だ」という意見を紹介した。
※ Global Coworking Unconference Conference/世界の30以上のカンファレンスをベースに、コワーキングスペースに関するあらゆる情報共有とディスカッションの場を提供するグローバルなコミュニティ
繁栄するコワーキングスペースのメンバーが、社会や仕事つながるためのきっかけとしては、以下の場面が想定されている。
・映画鑑賞会、ヨガ教室、ライブなどの交流イベント
・地元企業への支援
・地域のスタートアップ企業のためのクリニック
・インフォーマルなネットワーキングイベント
・地元企業やチャリティーの発表会・イベント
このリストをざっと見れば、日本でもすでに実行されていることばかりだ(そう願っている)。
つまり、ただワーカーの作業場としてだけ存在するのではなく、コワーキングスペースは人と人をつなぐハブとなり、コミュニティを組成することで新たな価値を生むエコシステムとして駆動し、サステナブルなまちづくりに寄与することになる。
そして、地域住民同士が「仕事においても社会的にも」つながる仕組みとして機能する一方で、地域外からのワーカーを受け入れて、いわゆる「知の再結合」を行う役目を担う。
ただし、いわゆるリモートワーカーの代表とも言えるデジタルノマドが世界中を移動(移働)する中で、訪れた先の地域に根ざす文化や習慣など、地元の生態系を毀損するケースが出てきている。中南米のある国では「デジタルノマドは出ていけ」というプラカードが街頭に掲示されていたりするそうだ。
ひるがえれば、地域社会に利益をもたらす、社会的意識の高いデジタルノマドをサポートできるローカルコワーキングスペースが不可欠だ。
ローカルコワーキングスペースは、
・自らが地域社会の一員であること
・地元のコミュニティやインフラを健全に運営する
・外部からの来訪者もコミュニティに受け入れ、利用者が相互に良好な関係を結ぶ
など、重要な役回りを引き受ける覚悟が求められると言える。
コワーキングスペースと社会課題解決
もう一つ、地域社会といえば、NPO法人を無視できない。Allwork.spaceは、「コワーキングスペースはより社会的な意識を高めるために、NPOとより密接な関係を築き、慈善事業との結びつきを強めていく」として、一定の審査に合格した非営利団体をコワーキングスペースに受け入れる取り組みである「All Good Work」を紹介している。
これは財政的に十分な余裕があるわけではないNPO法人に、その活動拠点としてスペースを提供するという仕組みだ。
NPOが入居することを、コワーキングスペースのESG(日本で言うSDGs)戦略とし、「異なる経歴やスキルを持つ人が多ければ多いほど、ワークスペースにいる全員の視点やリソースが多様化し、社会的責任のリーダーとしてあなたのスペースを差別化する」としている。
こういう観点でコワーキングスペースが語られることは、日本ではまだ少ないかもしれない。しかし、特にローカル(地方)においては、地域住民が社会課題を解決するための活動拠点として、コワーキングスペースを活用するという発想はすでに現実となっている。いくつか事例を紹介したい。
●三日市ラボ(島根県雲南市)
島根県雲南市の「三日市ラボ」は、人口減少に伴うさまざまな地域課題を、住民自らが団結して解決しようとしてはじまったコワーキングスペースだ。運営は2020年に642人の寄付300万円によって設立された「公益財団法人うんなんコミュニティ財団」が行っている。
高齢化率が全国平均の25年先を進むと言われる雲南市で、「課題解決先進地」を目指し、さまざまなチャレンジに取り組む中、かつて鍛冶屋が営まれていた物件を住民たちでリノベーションし「皆が集まれる場所」として再生させた。つまり、最初から地域社会に貢献すべく開設されたコワーキングスペースだ。
●「サカエマチHOLIC」(愛媛県西条市)
愛媛県西条市のコワーキングスペース「サカエマチHOLIC」は、もともと地域おこし協力隊の隊員であった主宰者が、自ら地域活動を行う過程で開設したコワーキングスペースだが、ローカルベンチャー事業を推進する愛媛県と提携し、過去3年で13名の起業家を輩出している。
そして、その関連団体として401人から428万円余りの寄付を集めて「えひめ西条つながり基金」が設立され、先般、公益財団法人として認可された。
こうした地方都市のコワーキングスペースが地域の財団法人と密接な関係をむすぶのは、コミュニティの維持継続のためだけではなく、これからのローカルコワーキングスペースの立ち位置を示すための取り組みとして意識されておくべきだろう。
コワーキングスペースと教育機関
もう一点、Allwork.spaceは大学などの教育機関とコワーキングスペースのパートナーシップについても言及している。具体的には、コワーキングスペースメンバーが学生を実習生として受け入れ、地域の雇用創出につながる可能性などが挙げられる。2023年にはこの取り組みはさらに拡大するという予測だ。
日本でも大学内にコワーキングスペースが開設され、学生にとどまらず地域の人々に開放されている例はすでにあるが、逆に学外のコワーキングスペースに出向き、そこでキャリア教育の一環として実践学習を行う大学もある。
その一つが、武庫川女子大学経営学部だ。「さまざまな環境変化に対応する課題解決力と実践力を養成するために必修の授業」として、学生たちは
・「インターンシップ」
・「サービスラーニング」
・「フィールドワーク」
の3つの分野で、就業体験やボランティア、商品企画や調査、イベントの企画運営など多様なプロジェクトにチャレンジしている。
その舞台の一つとして、大阪のものづくりをメインテーマとするコワーキングスペース「TheDECK」が選ばれ、スタッフとして業務にあたるかたわら、ファブスペースでものづくりを体験した。
●TheDECK(大阪府大阪市)
「TheDECK」運営側には学生の感覚を学びたいというニーズがある一方、大学としては学生と社会をつなぐ場としてコワーキングスペースに期待している。そうした双方の要求がマッチしたコラボだが、これもコワーキングスペースが社会のインフラとして有効に働いている事例と言える。
トレンド:「コワーキングスペースが『目的地』となり、ホスピタリティ・エコシステムの中に位置づけられる」
もう一点、注目したのは、「コワーキングスペースはすでに観光産業と連携しており、地域のホスピタリティ・エコシステムの重要なステークホルダーとなることが予想される」というトレンドだ。
記事の中では、「ホテルがロビーにコワーキングスペースを設えることが増えており、レストランやカフェバーでも、客の少ない時間帯に簡単なコワーキングスペースを提供するようになっている。2023年にはこの現象はさらにトレンドになると考えられる」と紹介されている。
多くの国では、デジタルノマドを呼び込むための観光キャンペーンを導入し、その切り札として各国が続々とデジタルノマドビザを発行している。
その文脈だと、コワーキングスペースはオルタナティブな生き方、働き方を求めるリモートワーカーたちの目的地となるどころか、世界中の多くの国で不可欠な観光インフラになる。
実のところ、移動しながら仕事をする「リモートワーク」がコロナ禍のおかげでより現実味を帯びた今、海外において「Coworking」や「Coliving」というコンセプトは観光や旅行と同義になりつつある。コワーキングスペースがワークライフとツーリズムのハイブリッドなアプローチを喚起し、ホスピタリティ業界での確固たる地位を得るフェーズに入っている。
しかし、日本でどうかと考えた場合、まだその道のりは遠いと感じずにいられない。そもそも、(日本型)ワーケーションを企業主導で行おうとしているのが間違いのもとであり、かつ、その行程を旅行会社に任せっぱなしでは社員旅行の劣化コピーになりかねない。
ワーケーションは個人が自律的に行き先を決め、スケジューリングし、宿泊先をブッキングするものだ。もちろん、行き先に必ずコワーキングスペースがあることが必須条件であり、決して「ついでに仕事をする」わけではない。なぜならば、彼らは観光客ではなくワーカーだからだ。観光はあえて設けた余白時間の使い方のひとつにすぎない。
従って、地元の良さを熟知している人たちが自らローカルコワーキングスペースをベースにしたワーケーションを企画し、自治体はもちろんのこと、地元の企業や観光協会を巻き込んで、自分たちの町へリモートワーカーを呼び込むことを考えるべき。それが結局ローカルに利益をもたらす。
その際、コワーキングスペースがアテンドの役割を担うのは理に適っている。彼らは必ずコワーキングスペースを利用するからだ。
●ONOMICHISHARE(広島県尾道市)
こういう取り組みをするコワーキングスペースは日本にはまだまだ少ないが、その中のひとつ、広島県のコワーキングスペース「ONOMICHISHARE(オノミチシェア)」では、東京の高校生の修学旅行の地域コーディネート業務を行っている。
ONOMICHISHAREのコンシェルジュである後藤峻さんは、「コワーキングスペースというよりもコワーキングスペースマネージャーが地域に繋がること、地域のなかで役割を担うことを意識すれば、コワーキングスペースの価値は広がる」と語る。まったく同感だ。
修学旅行の地域コーディネートをするためには、当然、町のことを知っておかねばならない。コワーキングスペースに閉じこもるのではなく、町に出て自らつながりを作る必要がある。
その一環として後藤氏は、毎週木曜日の20時から1時間、尾道で働く人をテーマに「オノミチシェアチャンネル」という番組をFacebookでオンライン配信している。コワーキングスペース業務を通じてつながった、尾道で働く人々の話を聴く番組だ。
こうした地道な活動が、地元住民の共感を呼び、協力者となり、配信コンテンツに深みを与えることは想像に難くない。単に名所旧跡やアクティビティを羅列しただけではない、もっとリアルなローカルを手作りで表現した映像が、リモートワーカーの関心を惹き起こさないとも限らない。
そしてそれを旅行会社ではなく地元のコワーキングスペースがやることに大きな意義がある。つまり、前章で述べた「コワーキングスペース自らが地域社会の一員であること」をまさに実践しているわけだ。
さらに後藤氏は移住検討者を対象に、移住体験ツアーやオンラインイベントの企画や運営も受託している。
「移住者が地域に増え、地域にとっての新たなリソースになることで、地域内のポテンシャル(地場企業にあること・ないこと、移住者が持ち得るもの・求めること)が高まり、新しくコトが生まれ、経済的な発展のサイクルが小さく回り始める。それが地域リテラシーの向上につながるかもしれません」(後藤氏)
そして2023年は、「地域外と地域の接続」と「地域内のさまざまなコミュニティのミックス」の機会づくりをしたいと語る。
実はコワーキングスペース自体は目的地にならない
Allwork.spaceは、「ホテルがロビーにコワーキングスペースを設えることが増えていることを例にあげてコワーキングスペースが目的地になる」と論じている。しかし実は、それは間違っている。
コワーキングスペースが目的地化するのは作業するためのハコだからではなく、「そこにいるヒトやコトと遭遇するための接続点となっているから」だ。
ワーケーションの目的もまたヒトとコトであってハコではない。そこでつながった人たちが、今までになかった価値をそこに生む。「知の再結合」が行われる。その意味においてのみ、コワーキングスペースが目的地化する、という見立てが正しい。
今やコワーキングスペースはまちづくりの根幹をなしている。
本稿で取り上げた
・コワーキングスペースがよりコミュニティにフォーカスし社会性を重視するようになる
・コワーキングスペースが目的地となり、ホスピタリティ・エコシステムの中に位置づけられる
という2つのトレンドは、コワーキングスペースが人と人をつなげるスキームとしてますます存在価値が高まってきたことを意味する。
2023年は、日本においてはこの2つが加速する。いい年になりそうだ。
企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト