実践!エフェクチュエーションを行動に落とし込め「エフェクチュエーション考」レポートvol.2(豊田麻衣子×武部俊寛×吉田満梨×沼本和輝)
熟達した起業家が意思決定を行うとき、不確実性の高い中で予測ではなく、コントロールによって対処する思考様式を「エフェクチュエーション」と呼びます。それでは、エフェクチュエーションの実践者たちは、具体的にどんなふうに思考し、行動しているのでしょうか?
2024年夏にからはじまった連続イベント「エフェクチュエーション考」。第2回目は、日本のエフェクチュエーションの第一人者である神戸大学大学院経営学研究科の吉田満梨准教授と、企業の中で事業をくわだてるエフェクチュエーションの2人の実践者を迎えての開催です。果たしてどんな話が飛び出すでしょうか?
行動してパートナーとの関係を築き、実効性を上げていく
改めて、エフェクチュエーションについておさらいをしたいと思います。吉田満梨さん、お願いします。
岡本
吉田
エフェクチュエーションとは、新しい市場や産業を繰り返し創り出してきた熟達した起業家が、不確実性に直面したときに予測ではなく、コントロールで対処する思考様式です。
具体的には、5つの思考様式が特定されています。このエフェクチュエーションは学習可能なので、誰もが使うことができます。
吉田
あらかじめ目的も、そこに至る最適な手段も分かっている場合は、これまでのコーゼーション思考(※)でうまくいきます。
でも目的も手段も分からない場合、すでにある手段から意味のある結果を生み出すのがエフェクチュエーションの考え方です。
(※)コーゼーション(因果論)は、目的に対して最適な手段(原因)を追求する考え方。市場調査をして計画を立てて、その通りに新しい事業を進めていくなどが当てはまる。これまで経営学で重視されてきた考え方。
吉田
エフェクチュエーションの思考プロセスは、「自分が既に持っているもので何ができるのか?」という自分の資産の評価から始まります。そして、同時に発生するリスクが許容範囲なら、行動に移すのです。
起業家は行動を重視します。行動を起こすことで初めて、他の人との相互作用が発生するからです。
吉田
そうやってパートナーシップを構築すれば、パートナーの手段も加えて、より大きなことができる可能性が高まる。
そして、パートナーと一緒にできることを繰り返すサイクルができます。
自分のやりたいことと、パートナーのやりたいことの抽象度を高めたり、より具体にフォーカスしながら、いかに共通部分を形成していくかが大切なポイントですね。
沼本
吉田
はい。
当然、相手の価値観や目的なども入ってきますが、エフェクチュエーションでは予期せぬことや偶然も積極的に活用します。
つまり、エフェクチュエーションには、コーゼーションに不可欠な「予測」というモードがないんですね。
沼本
吉田
はい。そのため、予測が難しい不確実な領域でも、コントロール可能な活動に集中できます。そうして実効性を上げ、その結果、新しい製品や市場、事業を生み出せます。
エフェクチュエーションを支える5つの思考には、分かりやすく次のような名前がついています。
・最初の手持ちの資源の活用は「手中の鳥」
・損失が許容できる範囲でコミットする「許容可能な損失」
・パートナーシップの構築は「クレイジーキルト」
・予期せずもたらされる手段や目的を偶然として活用する「レモネードの原則」
・自身がコントロール可能な要素に集中することで、望ましい結果を生み出す「飛行機のパイロット」
実践者はどうしている?エフェクチュエーターの思考と行動を深掘り
では、ゲストお2人をお呼びします。どのような思考で何をしているのでしょうか。最初に豊田さんからお願いします。
岡本
豊田
こんばんは! フジッコの豊田です。前職はバリバリのコーゼーション組織である防衛省海上自衛隊で働いておりました。
今はコア事業本部でインナーブランディングと、社内複業制度を活用し、広報室で食育やPRイベントの企画・実行を担当しています。
豊田
私は「有言即実行」がモットーで、相手を喜ばせることを考えて実行することが得意です。
さきほどふるまった「あずきバターコッペ」も今日ひらめいたことで、ここに来る途中でコッペパンとバターを買ってきました。
ひらめくので、しょっちゅう計画変更されますよね?
岡本
豊田
ええ。岡本さんたちのプロモーション映像を撮る時も、直前にトイレでひらめいてしまって、「ごめん、今までの計画忘れて」と、1時間くらいの打ち合わせを無にしてしまったこともありましたね。
その時、その瞬間に最上の提案をしたいので、ついつい。すごくご迷惑をかけていると思うんですが。まぁ、誰も死なないんで。
なぜ、自衛隊から民間企業に転職したのですか?
沼本
豊田
「やりきったな」という感覚と、コーゼーションの組織に辟易したからです。転職会社のサイトに登録したら、すぐに連絡がきて、するすると入社が決まりました。
そして、入社して最初の任務が「働き方改革」だったんです。入社したばかりのよそ者がこの任務を完遂するには、大きなバックアップ(権力)が必要なので、社長や取締役のお名前を効果的にお借りしたいと申し出ました。
本当にそう言ったんですか?(笑)
沼本
豊田
はい。入社後すぐ担当した組織風土や働き方改革は、まさに会社に横串を刺す役割でしたから。
最初は「お手並み拝見」といわんばかりの状態で、敵が多かったように記憶しています。たまにトイレで泣きながらこぶしで壁を殴ったこともありました……。
吉田
エフェクチュエーターは、誰かから与えられた仕事も自分の仕事にうまく変換して、偶然の機会を活用します。
豊田さんも、ご自身にしかできない仕事に変換されているはずです。
豊田
私は周囲に、「こんなことをやりたい」と思いついたら、すぐに教えてほしいとお願いしています。それを面白い企画にして実行するのが私の役割です。
私はこれまで「無計画・思い付き」と評価されることが少なくなかったのですが、マーケティングの学校で、吉田先生の授業を受けて「あ、私の行動って、これや!」と感銘を受けたんです。
でも、自分の行動を分解してみると、難しかったです。
豊田
私は組閣が大の得意なんです。必要な人を瞬時に集めて、「やることリスト」を作って指示をするのも得意。表現は悪いのですが「回す」のが得意なんです。
「やるか、やらないか」ではなく「やるか、やるか」で毎日やっています。
やらない、という選択肢はないんですね。
沼本
豊田
やらなければ経験値も上がらず、「手中の鳥」も増えませんから。
「交通拠点」から「交流拠点」へ駅を変える
お待たせしました、武部さんお願いします。
沼本
武部
私はJR西日本の駅舎など、施設を設計する会社で働いています。土木や建築、電気、ITなどを扱うハード設計の会社です。子どもの頃からものづくりが好きで、みんなで何かに取り組むことが好きでした。
2017年の入社から2年後、駅の活用法やコミュニティデザインを考える「さこすて®」というソフト事業を始めました。勝手にチーフプロデューサーを名乗って、最近ようやく定着してきたところです。
武部
私がやっている「さこすて®」は、「サスティナブル コミュニティ ステーション」の略で、地域の人たちと、持続的な駅を作っていこうというプロジェクトです。
さこすて®のミッションは、「交通拠点から交流拠点へ駅を転換していこう」です。
駅って単に鉄道に乗るだけの場所でなく、ちょっと視点を変えると、実はいろいろな人が集まる交流の場であったりしますから。
武部
「こういう駅舎を作ってほしい」といった要望を図面に落とし込む作業から、完成後の駅に「もっと自分たちが関われることがあるのでは」と思いました。まさに、ものづくりからことづくりへ、です。
10〜20年後の駅の使われ方や運営を見据えて、どんなふうに、どんな人に、どのような役割を持たせてというところまで探りたかったのです。
ハードの会社なのに、かなりソフト寄りな印象を持ちました。長期的な駅の使われ方などへの課題意識は、会社の中では少なかったんでしょうか?
沼本
武部
建築の会社なので、なかなか……。ただ、設計事務所やアトリエから転職してきたメンバーは、「住む人にどう使ってもらうか」という視点をもっていたので、「空間だけ作ればよいわけではない」という同じ課題感を持っていました。
さこすて®は、そうした仲間3人でスタートしました。設計をしながら、同時並行でプロジェクトも行っていました。
大変だったと思います。さこすて®立ち上げのきっかけを、具体的に教えてください。
沼本
武部
無人駅が増える今、新たにコミュニティルームを駅舎に作るなど工夫していたのですが、なかなか利用してもらえないという問題がありました。
人はただスタイリッシュなだけの駅舎には集まりません。「役割も人もない駅(ハコモノ)だけを量産しているのではないか?」と思ったんです。
武部
そこで、活用されている駅を全国で調べてみたら、意外にたくさんありました。
次に、駅を活用する人たちのところへ直接出向いて話を聞きながら、駅の可能性を模索しました。
「これは!」と思った活用例はありましたか?
沼本
武部
最初に訪れた、九州の南阿蘇鉄道です。第3セクターが運営していて、災害後で7年も列車の来ない駅でした。そこで毎週末、古本屋を運営するご夫婦がいたのですが、開店日は車で訪れる人までいたのです。
「設計会社としてかかわる以外の部分で、もっとできることがあるよな」と考え、無人駅のある地元の人のアイデアで、臨時券売室でビールを販売したり、ワークショップを開催したりしてみました。
自分には地域や行政の人、鉄道関係者など、実はたくさんのツテがあるのに気づかされましたね。
武部
レモネードの法則を聞いた時、臨時券売室を借りる時を思い出しました。
はじめは「前例がない」こと、カギの開け閉め、セキュリティ対策などいろいろ課題が噴出しました。つまり、駅員さんに負担をかけてはいけないと……。
そこで、駅員さんの負担を減らす仕組みを提案してクリアしました。損失許容の部分は、上司はイベントの予算要求に対して、必ず目的を聞いてきます。だから、「いいです、社名だけ貸してください」と。
豊田
実はそれで失うものって、あまりないんですよね。
武部
そうなんです。
褒められることはあっても、意外にも怒られることはあまりありません。
武部
クレイジーキルトでは、やはり私の活動を「遊んでる」と思っている人もいたので、突如、社内機運向上のためにさこすて®ライブラリーを社内の一角で始めました。
管理システムも、QRコードで貸し借りできるシステムを夜な夜な組んでいました。
プログラムまでご自分で組んだんですか!(笑)
沼本
武部
そうなんです。最後に本の管理をどうしようか……と悩んでいたら、同期で総務の社員が「やるよ」って手を挙げてくれて。うれしかったですね。
吉田
自身がエフェクチュエーションを実践しているのに、気づいていない、無自覚なエフェクチュエーターって多いんです。
さきほどのイベントで登場した駅周辺の地域住民の人たちや、他にさこすて®の取り組みにいろいろな場面でかかわっている方々は、すべてクレイジーキルトですね。
武部
一緒に飲んでいるだけのことも多いのですが……。
豊田
そういうリラックスした時間の間も、頭の中のアンテナはピンと立っているはずですよ。
そして、「これや!」というクレイジーキルトが見つかったら、パッとパートナーとして引き込むんじゃないでしょうか?
武部
そうですね(笑)。
社会で息苦しさを感じる人を救う理論
本日の参加者の方から質問が来ていますので、ここで聞いていきたいと思います。まず、「エフェクチュエーションで、世の中が面白くなると思いますか?」という質問です。
岡本
豊田
私がまさにそうだったのですが、世の中を面白くするというより、コーゼーション組織の中で息苦しさを感じている人を「このままでいいのだ」と、救ってくれる理論だと思います。
エフェクチュエーションを実行する上での問題や課題は何でしょうか?
岡本
豊田
問題や課題はあまり感じないのですが、苦手なタイプはいますよね。
たとえば、「予定変更をすると不機嫌になる人」とか「根拠は?」って過去のデータに固執する人とか。
武部
ははは。あと、杓子定規な人ですね。その中でも「やらない理由を探す人」は課題かな。そういう人はテコでも動きませんね。
「やれる理由を探す人が増える」=エフェクチュエーターが増えることだと思っています。そうなれば世の中、面白くなると思いますね。
お2人とも、なぜそんなに強いのですか?
沼本
豊田
勝たなければ意味がないと思っているからです。
それから、最善を尽くしたい。いったん受けた相談は、必ず応援する。相談してくれた相手に「そこまでやるんや」と言わせるくらい努力します。
そんなふうにやっていると、ほんまに仲間が増えていくんですよね。この循環を止めたくないなと思います。
災い転じて福となす? 私たちはすでに、エフェクチュエーションを実践している
どのテーブルもかなり活発な意見交換があったようですね。
沼本
武部
ワークの様子を伺っていると、みなさん「災い転じて福となす」体験をされていますね。
大変な思いもたくさんされたと思いますが、結局、楽しみに変えていったんじゃないかなと思います。
そうですね。そもそも子どもの頃って、みんなエフェクチュエーターだと思うんです。
それが大人になって、仕事になると、なぜかコーゼーションにならないといけないと思ってしまう人が多いのではと思います。
沼本
吉田
コーゼーションとエフェクチュエーションは別物ではありません。エフェクチュエーションは予測できない状況での、合理的な問題解決行動の、別パターンなのです。
私たちはすでに、エフェクチュエーションを実践していることも多いんです。
今回のゲストのお2人は、自分のところに来た案件に自分の要素を入れて面白くすることに長けていると感じました。
勇気を持って臨めば、会社のやりたいことと自分の掛け算が意外に実現できる。それって、めっちゃ良い時代ですよね。
岡本
武部
コーゼーションで動く会社の中でも、エフェクチュエーションは利用できると思います。
イベントの目的は何だと詰められても、自分なりの解釈でいいので「弊社の中期計画やビジョンではこう謳っていますよ」など相手の物差しに沿わせるように言えるようにしておく。
すると「ああ、そうか」と、意外とすんなり通ったりします。
そうやって、お互いが気持ちよく仕事できればいいですよね。
沼本
豊田
今日は思い付きが大事と言ってきましたけど、緻密に計画や準備もしています。ですが、情勢は常に変化している。計画を立てた当時って、過去なんです。
最善の提案をするために、情勢を見極め、計画を変更することがあるんですよ、という意味でお話させてもらったということを最後に付け加えさせてもらいます。
豊田さんはフジッコの顔と自衛隊の顔が交互に出てきたのが、改めてユニークで素敵でした。今日はありがとうございました!
沼本
2024年10月取材
取材・執筆=國松珠実
撮影=古木 絢也
編集=鬼頭佳代/ノオト