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外へ出て、現場を見よ! 社員の意識行動変革を目指すトヨタ車体の新規事業構想プロジェクト(山口智史さん)

働き出して、ある程度経験を積んだ頃に多くの人がぶち当たる「私、このままでいいのかな?」「私、本当は何がしたかったんだっけ?」という漠然とした悩み。

実はそんな迷いや疑問こそが、心の奥に眠る本当の想いに辿り着くヒントであり、変化のきっかけであるのかもしれません。

トヨタグループの完成車両メーカーであるトヨタ車体。長野県諏訪郡富士見町(ふじみまち)で、事業構想を通してキャリアの転換期にいる社員などに意識行動変革のきっかけを提供する取り組みを始めました。

約1年にわたる「住み続けられる福祉のまちづくりプロジェクト研究」の発起人、トヨタ車体の山口智史さんに舞台裏を伺いました。

山口智史(やまぐち・さとし)
大学院卒業後、1999年トヨタ車体に入社。技術者として生産技術部門に配属。2008年労働組合専従として、主に人事制度、賃金、企画部門を担当。2016年トヨタ車体へ戻り、樹脂部品生産準備のプロジェクトマネージャを担当。2021年に経営企画部に異動、TQM推進の責任者、風土改革プロジェクトを担当するほか、新規事業プログラムの立ち上げ、伴走も務める。現在は、全社直轄の戦略企画室で中期経営計画策定やトップマネジメント補佐を務めながら、新規事業戦略を担当。また、プライベートでは、2020年4月事業構想大学院大学に入学、2022年3月卒業。2023年1月には国家資格キャリアコンサルタントを取得。

トヨタ車体が、長野県の小さな町で福祉のまちづくり?

まず、クルマの完成車両メーカーであるトヨタ車体が、あえて長野県の富士見町(ふじみまち)で新規事業プロジェクトをしていることに驚きました。本社は愛知県ですよね?

山口

はい、私たちはトヨタのクルマの企画・開発・生産を担う企業です。アルファードやノアなどのミニバン、ハイエースなどの商用車、ランドクルーザーなどSUV、そして福祉車両や量産型超小型BEVも手掛けています。

トヨタのノアをベースにしたウェルキャブ車いす仕様車(スロープタイプ)/提供写真

そんなトヨタ車体が富士見町で行っている「住み続けられる福祉のまちづくりプロジェクト研究」とは、一体どんな取り組みなのでしょうか?

山口

トヨタ車体と富士見町、事業構想大学院大学の産官学が連携した事業創出・人材育成プロジェクトです。

ざっくりとまとめると、トヨタ車体の社員6名と富士見町町民4名が研究員となり、約1年をかけて富士見町をフィールドリサーチし、町の福祉課題解決を目指す新規事業を構想するプロジェクトになります。

八ヶ岳の麓に位置する富士見町。中部地方で「福祉」をまちづくりのキーワードに掲げている自治体を探したことがプロジェクト実施のきっかけになったそう。

新規事業構想プロジェクトをわざわざ縁もゆかりもない地域で行うのはなぜなのでしょう?

山口

トヨタ車体はB to Bのモノづくり企業で、直接ユーザーに接する機会はなかなかありません

また、当社はトヨタグループが集まっている愛知県の三河エリアにあります。そのため、地域内では自社についてしっかり説明しなくても、「ああ、トヨタ車体さんね」で話が通じてしまうことが多いんです。

大きなグループだからこその悩みですね。

山口

はい。そうした環境で長く働いていると、いつのまにか狭い世界に閉じこもり、新しいことへの挑戦が苦手になってしまって。

これまで会社として、新技術開発メインに取り組んできましたが、事業化につながったものは少ないという現実もありました。

厳しい自己評価ですね……。

山口

はい(笑)。それだけでなく、ものづくり企業であるがゆえに、どうしてもプロダクトアウトの発想になってしまう。

でも、大量消費時代が終わった現在、ただ性能が良い製品をつくれば売れるわけではないと、もうみんなわかっていますよね。必要とされるのは、社会やお客様の課題を解決するようなサービスやプロダクトです。

クルマの運転ができない高齢者や子どもの移動は富士見町の課題のひとつ。

今回のプロジェクトには、「新しいことに挑戦するのが苦手」という社風を変えていきたいという狙いもあるんでしょうか?

山口

まさにそうなんです。ここ数年、社員の意識行動変革を全社で進めています。

その中で、風通しの良い職場、挑戦できる人と環境づくりをするための様々な取り組みをしています。

今回のプロジェクトも、そうした取り組みの延長線上にあって、まずは社員の意識行動変革のきっかけをつくることが狙いです。

プロジェクトの活動拠点にもなっている富士見町の地域共生センター「ふらっと」。地域の子どもが立ち寄ったり、住民がイベントを開催したりもする総合福祉拠点になっている。

山口

実践的なフィールドリサーチはもちろん、アート思考やビジネスモデルの構造、収支計画の策定などを学ぶ機会も取り入れています。

盛りだくさんですね!

山口

はい。これは事業構想大学院大学が企画構成したカリキュラムなんです。実は私自身、事業構想大学院大学の卒業生で。

本来は、2年かけて新規事業の構想を練るのですが、このプロジェクトはその知見をぎゅっと1年に詰め込んだ内容になっています。

実際に行われた研究の様子(提供写真)

会社の外に出て感じた「このままではいけない!」という危機感

今回の「住み続けられる福祉のまちづくりプロジェクト研究」は、山口さんの発案ですか?

山口

はい。私は発案者でもあり、事務局でもあり、そして事業構想大学院大学の卒業生として研究員のメンターでもある。一人三役ですね。

お話の随所で、「このままではいけない」という山口さんの危機感を感じるんですが、そう考えるようになったきっかけはありますか?

山口

2018年ごろ、知人に誘われてとある人材会社が主催する新規事業創出プログラムへ参加したことですね。

そこでは20〜30代の人たちが、これからの不安定な世界でサバイブしていくために、どんなスキルを身につけ、どう生きていくかを真剣に考えていたんです。そんな様子を目の当たりにして、「自分もこのままじゃダメだ!」と強く思いました。

まさに外部からの刺激があったんですね。

山口

その時期は、8年間の労働組合での経験を経て、ちょうどトヨタ車体に戻ってきたばかりのタイミングで。自分自身、結構もやもやしていたんです。

もやもや?

山口

労働組合は組織が小さかったので、自分で企画して実行できる裁量の大きな職場でした。

でも、トヨタ車体は1万人以上の従業員が働く会社。戻ってきたら、全く感覚が変わってしまって……。

大学院に行くと決めたのも、何か具体的に学びたいものがあったわけではなくて、「とにかく何かやらなくては」という気持ちからでした。

Willのあるところに共感が生まれる

事業構想大学院大学では、どんなことを学ばれたんですか?

山口

一番の気づきは、Will(意志)がないところに新規事業は生まれないということでしょうか。

私は自動車メーカー出身でもあるので、最初は移動に関係するサービスを構想しようとしていたんです。でも、いろいろ考え、周囲にプレゼンテーションをしましたが、共感してもらえることが少なくて。

それで、もう一度「自分が本当にしたいことって何だろう?」と問い直したんですね。

山口さん自身のWillを探したんですね。

山口

はい。これまでのキャリアを振り返って、自分が何に一番やりがいを感じていたかを考えてみると、労働組合時代だったんです。

社員のみなさんの話を聞いたり、現場を見たりする中で、実際に起こっていることを肌で感じて、より働きやすい環境をつくろうとアクションができたことが面白かった。

それで、「働く人のキャリア支援がしたい」という自分の気持ちに気づきました。

労働組合時代の山口さん(提供写真)

山口

面白いことに、そういう事業内容を切り替えた途端に、不思議と学内のプレゼンテーションでも共感が得られるようになったんです。

まさに自分の内面からにじみ出るものを見つけて、外にあるニーズをマッチングしていく作業でした。

このプロジェクトには、山口さんが事業構想大学院大学でした体験を共有したいという想いも込められているのでしょうか?

山口

はい。私自身、もっと早くこういった気づきを得たかった。だからこそ、特に若い世代がこうした経験をできる機会をつくりたかった。

その時、1人で考えることに意味があると思うんです。他人からの評価のためではなくて、自分の内面からにじみ出るものを見つけて、それと外にあるニーズをマッチングしていく作業が必要なんです。

今回のプロジェクトも、グループで1つの事業プランを作るのではなく、最終的には一人ずつ自分の事業を発表する形になっていますよね。

山口

グループで取り組むと、誰かの想いを何人かで実現するという構造になり、サポートに回る人が出てしまいますから。オーナーシップという視点を全員に体験してほしいと思っています。

自分のテーマを見つけること自体、とても難しいこと。それぞれの研究員は紆余曲折を経て準備を進めた(提供写真)

異動が決まった社員も。1年でどんな変化が起きた?

1年弱の取り組みを経て、参加したメンバーに何か変化はありましたか?

山口

ありますね!

参加してくれた社員の1人は、福祉車両に関わりたくて入社しその業務に携わっていたものの、「自分の仕事は本当にお客様の役に立っているのか」とずっともやもやしていたという人でした。

その人は今回のプロジェクトを経験して、「やはり自分のやりたいことをしたい」という想いで異動希望を出して。1月からは希望の部署で働くことになりました。

ここでの活動が異動希望を出す後押しになったのですね!

山口

別の研究員の上司からは、「最近、職場でのコミュニケーションがちょっと柔らかくなった」という声も聞いています。

仕事に向かう姿勢に変化が生まれているんですね。

山口

そうですね。他には、農家の課題に興味を持って農家にフィールドリサーチに行った研究員がいて。

後日、どうして農家の課題に興味を持ったのかを尋ねると、実はお祖父さんが農業をしていたんだけど、高齢になってやめてしまったそうです。それがずっと心のどこかに引っかかっていた、と。

フィールドワークではさまざまな場所を訪問(提供写真)
富士見町の異なる立場の方に話を聞いていったそう(提供写真)

山口

そんなふうに、心の奥底に眠っていた想いが引き出されてくる、そういう現場に立ち会うと、やってよかったなと思いますね。

動き出した新規事業たち。これからどうなる

それぞれが提案された事業構想案は今後、実現される可能性はあるのでしょうか?

山口

提案については、富士見町の方々に、実際に抱えている課題を解決できそうかという観点で検討していただけるといいなと思っています。

プロジェクトの集大成は、研究員それぞれの事業構想の発表会。富士見町町長や教育委員長、消防団長、福祉課の職員まで提案に関連する関係者が一同に集った。

山口

私が事業構想大学院大学で通った道と全く同じで、最初はクルマにこだわって考えていた研究員も、途中で考え直して半分くらいはクルマとは関係ない事業構想になっています。

想いをもって進められたのなら、私はそれでもいいと考えていて、富士見町がそれを採用して実現しようとする時には、クルマと関係なくてもトヨタ車体として関わらせてもらえればうれしいと思っています。

緊張した様子で、自分の発表の順番を待つ研究員の皆さん

山口

一方、トヨタ車体として本プロジェクトの一番の目的は、社員の意識行動変革です。小さな変化は生まれていますが、まだまだ1万人以上いる社員の中の数人です。

これから、同じ経験をする社員をもっと増やしていきたいですし、先にプログラムに参加した社員がメンターとなって、未来の参加者をリードしてくれることを期待しています。

今回のプロジェクトは、「モノづくりの未来」を模索する機会にもなったかと思います。全体を通して見えてきた、モノづくりの未来はありますか?

山口

トヨタには、昔から「現地現物」という言葉があって。これは現場で物事の本質を見極めて、問題解決をしていくという姿勢のこと。

今回、研究員が富士見町で体験したことは、まさに「現地現物」です。

最終発表の様子。プレゼンテーションにも熱が入る(提供写真)

山口

モノづくりは、「もっと性能の良いものを」「もっと高品質なものを」というプロダクトアウトから、「こういう世界にしたい」「あの人がこれをできるようにしたい」といった課題起点へ変化しています。

今回のプロジェクトに参加した社員が、いずれ必ずその変化の中心で力を発揮してくれる日がくると思っています。そのサポートが、私のライフワーク。その日を目指して、引き続き仕掛けていきたいと思っています!

2024年3月取材

取材・執筆=おおはしみづほ
撮影=シオカワコウタロウ
編集=鬼頭佳代/ノオト