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“いい加減”なほうがうまくいく!? みんなでつくる図書館「まちライブラリー」のコミュニティに見る個の力の活かし方(礒井純充さん)

あなたは「まちライブラリー」を知っていますか?

「まちライブラリー」は、本を通じて人と出会う私設の図書館。2011年に大阪で本格的にスタートし、いまや日本のみならず、世界に広がり、全体で1100カ所以上に広がっています。

しかし、厳密な運営ルールはなく、街中のカフェや病院、個人宅から公園の一角まで空間や規模に捉われない自由さが特徴です。運営者の6割以上は個人オーナーですが、近年では企業や行政が運営するまちライブラリーも。

まちライブラリーから生まれるコミュニティの魅力とは? 今回は、西東京市にあるMUFG PARKにてまちライブラリー提唱者の礒井純充さんにお話を伺います。

礒井純充(いそい よしみつ)
「まちライブラリー」提唱者。1981年、森ビル株式会社入社。社会人教育機関「アーク都市塾」、産学連携・会員制図書館「六本木アカデミーヒルズ」などを立ち上げる。2011年より「まちライブラリー」を提唱。全国にネットワークを広げ、2013年には「まちライブラリー@大阪府立大学」を開設。同年には全国の私設図書館を集めた「マイクロ・ライブラリーサミット」を開催している。

「ルールはない」が、まちライブラリーのルール

まちライブラリーは、全国に1100カ所以上あるんですね。改めて礒井さんからどんな場所なのか教えていただけますか?

礒井

簡単に言えば、共通の本棚をおいて好きな本を持ち寄って、本を借りながら人同士も繋がっていく。そんな活動です。

持ち寄られた本の中に「みんなの感想カード」といって寄贈者の情報とコメント、読んだ人の感想を書き込める紙が入っているところが多いです。

想いが込められた「みんなの感想カード」。本を選ぶ際もカードを読んでしまいます。(提供写真)

本の貸出料や、まちライブラリーのオーナーになるためのルールはあるのでしょうか?

礒井

よく「どんなルールがあるんですか?」って聞かれるんですよ。その時、僕は「ルールがないのがルールです」って答えています(笑)。

ルールがないのがルールですか!?

礒井

はい。まちライブラリー独自の決まりごとっていうのはなくて、それぞれのオーナーさんにすべて任せているんですよ。

だから、オーナーさんが「会員制にしたい」と思えばそれでOKだし、「どんな人でも利用できるようにしたい」「イベントをやりたい」っていうのも、好きなようにどうぞって感じで。

今日の取材場所である、MUFG PARK内のまちライブラリー。設置者は、株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ。運営は一般社団法人まちライブラリー。登録料500円を払えば、誰でも本を借りることができる。利用者の多くが近隣の住民だそう。

礒井

まちライブラリーを開く場所も、カフェや病院、オフィスに大学、公民館さらにはお寺や自然の中、個人宅までさまざまな場所で自由なんです。

大阪市にあるショッピングモール「もりのみやキューズモールBASE」内のまちライブラリー。1カ月に2500冊の貸出がされている。(提供写真)

自宅前に小さな本箱「本の巣箱」を設置し、道行く人が誰でも気軽に本を借りられるというタイプのまちライブラリー。(提供写真)

礒井

誰にでもすぐ始められるので「開設したい」と思ったら、まちライブラリーのサイトから問い合わせてもらえればOKです。もちろん登録費用もかかりません。

本棚がなければ巣箱本棚などの図面やアイデアを出し、必要ならアドバイスもします。さらに、まちライブラリーのSNSやWebサイトでもご紹介しますよ。

日本最初のまちライブラリーは、礒井さんが育った大阪市内のビルの一室に。現在の蔵書は1万冊を超え、さまざまな人が集まる場となった。(提供写真)

真面目にKPIを作ると行き詰まる? “いい加減”がいいのだ

始めるハードルの低さを含め、すごく画期的な仕組みですね。

10年以上、全国のまちライブラリーを見守ってきた礒井さんですが、「このまちライブラリーはうまくいっているな〜」と感じる共通項はあるのでしょうか?

礒井

これが面白いほどにあるんですよ。

自然といい場づくりができているのは、「自分の趣味で」とか「もったいないから家の本を他の人にも読んでもらいたい」とか収益や交流を目的としていない人。

一方で、始める前から「KPIはこれくらいで、こんなルールにして、ターゲットは〇〇、毎月〇〇円の売上を作るためにこんなイベントをして、地域活性化を目指します!」などと意気込む人は、行き詰まります。

志や目標が明確な方がうまくいきそうだと思っていました……!

礒井

いや、志は高くてもいいんですよ。ただその志はあくまでも自分だけのもの。つまり、相手のためになるかどうかは別問題。

でも、せっかく高い志を持っていても心が折れてしまって、機会を逃してしまうのはもったいないでしょ? だから、自分が責任を持てる範囲内で「やれることだけをやる」くらいの感覚がちょうどいいんですよ。

確かに、オープンしてすぐに自分の思うような運営ができるとは限りませんよね。

礒井

日本人は、真面目すぎるんだよね。いまだに一生懸命やればなんとかなるって、心のどこかで思っているから。

頑張りすぎるのが良くないんです。私たちは言われた通りに行動する機械じゃないし、人間なんだから自分なりの「いい加減」でいい。

「まちライブラリーは無料でやれるよっていうとね、『ほんならやってみようか』って大阪の人はやるんだけど、東京の人は『私は騙されないぞ』って警戒するんですよ。面白いでしょ?」と楽しげに魅力を語ってくれた。

感覚では理解できますし、個人で運営するなら「いい加減」でも責任を持てると思います。

ただ、企業や行政として「まちライブラリー」を作るとなると予算やターゲットを決めないと稟議が通らないですよね?

さすがに不真面目にはできないな〜、と思うのですが……(笑)。

礒井

真面目だね〜(笑)。

そもそも、「会社とか行政って形があるものですか?」って思うんですよ。たとえば、株式会社オカムラの社内には、「オカムラさん」って人が歩いているのでしょうか?

会ったことはないですね……。

礒井

そうでしょ? 企業や行政の取り組みでも主語を「自分」に切り替えて考えればいいんですよ。主語が組織だから壮大なKPIになっちゃう。

でも、私がまちライブラリーをやるなら、どんなことをやりたいか。それを考えるだけなんです。日本人は、真面目で帰属意識も高いからトレーニングしていかないといけない部分かもしれないね。

なるほど……!

「まちライブラリー」は地域への関心を高めてくれる

礒井

あともう一つ、「市民のため」とか「みんなのため」ってターゲットを決めようとするでしょ?

「みんなって誰なの?」っていうことですよ。日本人は空気感を大事にしすぎて、本来見なければいけない「個人」を見落としちゃっているのかもしれません。

「みんな」って便利なようで、曖昧な言葉ですね。それに、空気はどうしても読んじゃいます……。

礒井

うまくいくオーナーさんは、その「空気」をいい意味で読めないんです。

でも、そのオーナーさんもまちライブラリーをやっていく中で心境が変化する。これがまた面白い現象なんですよ。

詳しく教えてください!

礒井

最初、そのオーナーさんは「まち」に関心がないわけですよ。自分がやりたいことをやろうってスタートしていますから。

それが、人が集うようになって、周りから「いいね」「楽しいね」「また来たいわ」と声をかけてもらえるようになる。

次第に行政から「広報誌に掲載していいですか?」なんて言われたり、メディアに取材されたり。

そうやって活動が広がっていくと「あれ? 私ってもしかしたらまちの中でいいことしてるかも?」って思えてくるんですよ。

周りが変わることで、自然と自分が変わっていく……。

礒井

はい。最初は関心がなかったのに、関わる人が居心地のいい街にしたいって地に足がついた状態で自然と考えられるようになれます。

自分のために始めたまちライブラリーが、いつの間にか地域には欠かせない居場所になっちゃうってことですね!

礒井

そう。だから、まちライブラリーを始めたい企業には、「一度始めると、なかなかやめられなくなるよ?」とも伝えています。地域の居場所になるわけだから、予算が出せないから来月から閉館とはいかない。

なので、企業がまちライブラリーを始める際には、将来「簡単にはやめられない」ことも織り込んでスタートしましょう。

実際に北海道千歳市では、閉館してしまったまちライブラリーに対して、高校生を含む地域住民が再開を希望する活動を展開。その結果、別の場所で再スタートを切ることになった。(提供写真)

本日の取材場所としてお伺いしたMUFG PARK内のまちライブラリーも、本当にたくさんの利用者さんがいますよね。

地域の学生さんが勉強や読書をしていて、外では小学生たちが遊んでいて。地域に根ざした場所だということが伝わってきました。

MUFG PARKにあるまちライブラリーの外観。元気に遊ぶ子どもたちの姿も見える。

礒井

まちライブラリーへ本を寄贈するのは地域の方です。

なので、集まってくる本にもその地域のカラーが出てくるのが面白いんです。

「生活文化の地層」をイメージして作ったという本棚。

上部には、MUFG PARKのまちライブラリーのオリジナル企画「タイムカプセル本棚」が設置されている。最大10年までの好きな利用期間を設定し、思い出の品を保管することが可能だそう。

私も取材前に館内を拝見させてもらったのですが、公共図書館や街の本屋さんとは異なる個性的で面白いセレクトだなと感じました。

礒井

公共の図書館は、「普遍的に読んでほしい本」が並んでいて、本屋さんは「旬な本、売れる本」が並んでいますよね。

まちライブラリーは、運営側がルールを決められるので、組織的な規則がない。だから、どんな本でも置けるし、読める。新刊は年に7万冊以上出ていて、個人が寄贈するからこそ、まちライブラリーごとに個性が出るんです。

過去に自分が寄贈した本を手にとると、読んだ誰かが書いた感想を書いてくれているかもしれない。そんなワクワク感も、まちライブラリーの魅力の一つ。

社会は結果で変わる。自分が幸せなら、それでいい

私も「まちライブラリー」をやりたくなってきました!

礒井

やればいいんですよ。始める前に大抵の人が「場所」がない、運営する「組織」が決まっていない、「お金」がないってこの3つを言い出すんです。

でも、これは思い込み。まちライブラリーは公園でもできるし、本さえあればどこでも始められる。

「やらない言い訳」を言わせない。これもまちライブラリーの良さかもしれませんね。スモールスタートでいいんですから。

本当にその通りです。

自分が主体になってサービスをつくる側になるって普段の生活では感じにくいことですよね。その体験は、自分の働き方を考えるきっかけにもなる気がしました。

礒井

行動することがやっぱり大事なんですよね。

「会社員だからできない」「副業禁止だから」っていう人もいるかもしれませんが、収益が出るものじゃないんだから趣味として始めちゃえばいいんですよ。

まちライブラリーのオーナーになって、運営する側の気持ちを知る。すると、世の中の見え方が変わってくるはずです。

礒井

地域に図書館を作るというと、「社会貢献だ」とか「地域のためにこの企業はいい活動をしている!」って注目されちゃうんです。でも、自分が幸せになることが大事だと思うんです。

人生は短いから、自分が変わって、幸せになればそれでいいでしょ。

礒井さんはこれからまちライブラリーの取り組みをどのように発展させていきたいですか?

礒井

広がっていくことはあまり狙っていなくて。むしろ、個の力をどこまで伸ばせるかを見守っていきたいですね。個の力が強まれば、組織だってよくなるはず。

組織ありきの考えから脱却できるように何ができるか? そんなことを考えていきたいですね。社会は、結果で変わりますから。まずは、自分が楽しまないと損ですよ!

2024年3月取材

取材・執筆=つるたちかこ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト

【5/16開催】Seaリニューアルイベントにて「まちライブラリー」ワークショップを行います!

共創空間Seaのリニューアルオープンを記念して、2024年5月16日にカンファレンスイベントを開催します!

3つ目のセッションでは、みんなで持ち寄った「手放したくないけどシェアしたい本」を使ったワークショップを実施。一緒にSeaの「まちライブラリー」をつくってみませんか? 

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