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未来志向のアイデア発想「構成的思考」で、新たな価値を創造する【産総研デザインスクール2023シンポジウムレポート】

2018年に発表された「デザイン経営宣言」を皮切りに、経営においてデザインの存在感が大きくなりつつあります。高度デザイン人材に象徴されるように、新しい事業の可能性を見つけ、事業の発展をもたらす人材を目指すためには、どのような思考法が助けになるのでしょうか。

本連載でレポートするのは、産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクールのオンラインシンポジウム。これからの未来の可能性、そして共創型リーダーの役割や育成方法について、対話を通して「共に考える」セッションです。

2023年11月30日(木)、産総研デザインスクール2023シンポジウムの第2回目が開催されました。一橋大学の鷲田祐一教授をゲストに迎え、社会課題への新しいアプローチとして「構成」的な思考法をご紹介いただきました。また、さまざまなデザインスクールやデザイン組織の現場を見てこられた鷲田教授と産総研デザインスクール校長の小島一浩氏がデザイン人材の育成と事業創出について対話した様子を伝えます。

鷲田祐一(わしだ・ゆういち)
一橋大学大学院経営管理研究科 教授(データ・デザイン研究センター長)専門は、マーケティング、イノベーション研究。1991年一橋大学商学部を卒業。(株)博報堂に入社し、マーケティング局、生活総合研究所、イノベーション・ラボで消費者研究、技術普及研究に従事。2003年にマサチューセッツ工科大学に研究留学。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程を修了(学術博士)。2011年一橋大学大学院商学研究科准教授。2015年より現職。2018年より産総研デザインスクールにて「未来洞察」講義を担当。

過去に要因を探す「分析」と、未来の事象を導く「構成」

課題解決を行う際、一般的には「問題を分解してその原因を探ること」から始める場合が多いでしょう。しかし現実は問題そのものが複雑で、問題の根幹をすべて取り除くことができない場合もあります。課題解決のもう一つの有効なアプローチとして、鷲田教授は「構成的思考法」を紹介します。

鷲田

問題の原因を解決するアプローチとしての「分析的思考」と対になる考え方が、「構成的思考」です。構成的思考は英語で「Synthesis(シンセシス)」になりますが、現在あるものを要素と捉え、その要素を組み合わせて未来に発生する事象を理解しようとするアプローチです。分析的思考では現在の事象を分解するのに対して、構成は小さく割らずに足していくのが特徴になります。

鷲田

人間が分析的思考を使うとき、「なぜ、そもそも」を問うことから始まります。自然科学ではごく当たり前の考え方で、かつ非常に強力なフレームワークです。ただ、この考え方には弱点もあります。過去の要因が除去できない場合にお手上げになってしまうのです。 その弱点を克服するために、構成的思考が役に立ちます。

社会課題に対する新たなアプローチ

過去にベクトルが向いている分析的思考と、未来にベクトルが向いている構成的思考。不確実性や複雑性が増す社会に生きるいま、分析的思考のアプローチでは補いきれない課題に対して、構成的思考は有効だといいます。鷲田教授は具体的な社会課題の事例を用いて、さらに詳しく説明します。

鷲田

「桜並木に寄生虫が発生し、このままでは桜並木が枯れる危険性がある」という社会課題があります。この課題に対して、例えば「寄生虫がついた桜並木をすべて伐採する」「農薬の開発についての調査や、論文の精査ができる研究者に補助金を出す」などの解決策を思い浮かべるのではないでしょうか。これらは過去に遡り、要因を取り除く分析的アプローチです。

反対に、構成的な解決策としては、「寄生虫がつかない新種の桜、別の木々を植える」、「枯れていく桜一本一本に名前をつけて人生を振り返る写真集づくり」というアイデアが挙げられます。いずれも新しい要素を持ってきて、「愛される桜並木」という未来の事象を導いています。 「桜並木の写真集」というアイデアは、解決策になっていないと思う方もいるかもしれません。しかしこれは国立市の市民が実際に行っている解決策です。

実際、鷲田教授が1000人を対象に、分析的な解決策と構成的な解決策に賛成する人の比率を調査したところ、分析的解決策と構成的解決策への賛成率はほぼ同等だったそうです。社会を構成するかなりの数の人が「構成」も解決策として支持していることがわかりました。

構成的アイデアを思いつきやすい人とは?

実は、シンポジウムの参加者に対し、鷲田教授から事前にクイズ形式の宿題が配布されていました。先の桜並木の問題のような社会問題に対して、それぞれに2つの分析的解決策、2つの構成的解決策が提示され、その賛成の度合いを計ります。

鷲田

皆さんにお答えいただいたようなクイズを用いて、職業によって思考方法に偏りがあるかを調査しました。職業デザイナー、理系の中小企業経営者、文系の中小企業経営者や、一般社員の理系、文系出身者、NPO職員や教員などさまざまな属性の100名を対象に調査した結果、職業属性と「構成」への支持度の間にはほとんど相関がないことが判明しました。

もともとデザイン思考の研究の一環で調査していたため、職業デザイナーが構成的思考法を得意とするのではないかと考えていました。そこで「構成的アイデアを自分で思いつくか」という質問に対しては、職業デザイナーが有意に思いつくことが検証されたのです。また、理系社会人が構成的思考を得意とすることも判明しました。構成的解決を支持することと、自分で思いつくことは少し違うようです。

鷲田

「構成」を使える人を分析すると、その課題への興味関心に正の相関があることがわかりました。もう一つのポイントは、知識の総量が多い人、また思いつきの量が多い人が構成的解決策を思いつきやすいということです。

「分析」は過去のことを扱うので理解しやすく、それのみが正しい真実と捉えられ、「構成」は単なる個人の思いつきと誤解されやすい。しかし、「構成的思考はもう一つの重要な理解の姿であり、現実の問題を解決するには十分に有用」だと鷲田教授は伝えます。

「構成」 で展開する新規事業開発

構成的思考が社会課題に対して有効な解決策になりうるという共通認識ができた後、構成的思考を事業開発に生かすための方法について議論が展開されていきます。

シンポジウムは産総研デザインスクール校長の小島一浩氏と、鷲田教授の対談セッションへ。小島氏は、参加者に向けて「頭のモードを分析から構成に切り替えて行きましょう」と呼びかけ、構成的思考に関する具体的な問いを投げかけます。

産総研デザインスクールを運営するなかで、構成的思考はデザイナー的な発想に近いのではないかと感じました。構成的なアイデアは非常におもしろいのですが、「突飛なアイデア」で終わるだけでなく、新規事業につながった例があれば教えてください。

小島

鷲田

私が構成的だと思った事例のひとつは、ダイソンのサイクロン式コードレス掃除機です。飽和状態だった掃除機市場でダイソンのコードレス掃除機がヒットした理由は、「吸引力が落ちない」という言い回しと、リビングに飾れるかっこいいデザインです。それ以前の掃除機は隠しておくものというイメージでしたが、あえて見せる掃除機として売り出しました。構成的思考で弱点を乗り越えた事例といえます。

鷲田

もう一つの事例が、アサヒビールの生ジョッキ缶の例です。生ジョッキ缶とは缶を開けると泡が生ビールのように出てくるというアイデア。コロナで外に飲みに行けなくなった際に、自宅に生ビールサーバーを置くのではなく、缶ビールをジョッキにするという構成的なアプローチで大成功しました。「居酒屋には行けないけれど外で飲みたい」という人の動機を構成的に捉えています。

今の構成的アイデアの事例で考えると、今ある現状に何の要素を足すかがポイントになりそうです。現状をありのままに見つめる訓練が必要ではないでしょうか?

小島

鷲田

私もどうしても分析的思考へ向かう衝動があります。その衝動を止めてみる、事象を割って要素を細分化しないよう意識する訓練を経る必要がありますね。

分析的に「なぜ」を辿ることができると同時に、構成的思考にも切り替えられるといいですよね。構成的思考は「今ある事象に他の要素を足す」ことですが、ただ真逆の概念を組み合わせるだけでは不十分だとも思います。

小島

鷲田

あえて少し遠い領域から、関係ないけどパワフルな事象をたくさん持ってくることを意識しないといけませんね。

鷲田教授が産総研デザインスクールで教えている「未来洞察」の手法を利用する、また「望ましい未来」を描いたうえでそこに足りない要素を持ってくるなど、未来に起こしたい事象からバックキャストで考える視点も役に立ちそうです。

小島

経営者に問われる事業開発への姿勢

根本解決とは言えずとも、構成的思考が導く事象が分析的思考から出た事象より多少でもいいのであれば立派な解決策になりうる一方で、構成的思考を用いて事業開発につなげるには提案する側の工夫と経営者の理解が必要なようです。

構成的思考で生まれた近未来を事業化するとなると、「売れる市場はあるのか」と経営者が疑問視しそうです。 分析的思考を用いて、現状の市場に対して今あるニーズを埋める事業を提案すれば、経営者は資金を出しやすいのですが。

小島

鷲田

「試しにやってみて」と経営者は言うしかないですね。

試しにやってみた結果、ユーザーのフィードバックを聞くことで、経営者の判断を後押しすることもできますね。また経営者側も、分析と合わせて構成的な事業開発の方法が存在するのだとわかってほしいものです。

小島

鷲田

そうですね。構成的思考は、開発された商品や事業の需要が高いという結果で裏付けされるものだと思います。ダイソンの売り上げ結果をみると、「構成」で生まれた新商品は売れているので、経営者の目的は達成しているとも言えます。

構成的思考とデザイン人材

最後に、「デザインと構成的思考」の関係について言及しました。小島校長が運営する「産総研デザインスクール」の特徴と合わせてデザイン人材の可能性について語ります。

鷲田教授はデザイン経営宣言や高度デザイン人材育成にも関わっていますが、この構成的思考はデザイン人材の育成にも関係していると思われますか?

小島

鷲田

はい。以前から直感的に構成的思考はデザイン人材に関わっていると思っています。博報堂に在籍していた時も思いましたが、やはりクリエイターのアイデアは面白いんです。よく聞くと解決にはなっていなくても、面白いからこのアイデアに乗ってみようと思わされました。

当時は優れたクリエイターやデザイナーと言われる人が効率的に構成的なアイデアを出していて、一体どうしてだろうと追いかけてきて。やっと少しずつデザイン人材というものが分かりかけている段階です。

産総研デザインスクールでは、共創型リーダーを育成することを目指しているのですが、未来洞察の授業を担当している鷲田教授からみて、他スクールと異なる特徴はあるでしょうか?

小島

鷲田

産総研は技術者の集まりなので、技術という面で多くを持ち合わせていると思います。そのような集団が、自らの”志”と向き合い醸成できる、つまり内的動機を見つめつづける点が非常に特徴的ですね。

職業デザイナーではないが、日々ものごとを突きつめている研究者たちが、実際に構成的思考を活かしている。その状況を理解するためにも、産総研デザインスクールは良い選択肢と言えるのではないでしょうか。

このシンポジウムは全4回のシリーズとなっており、さまざまな分野のリーダー・実践者たちと共創の未来を探求していきます。次回は、「大企業で個人の志をカタチにする」をテーマに、産総研デザインスクール修了生でもあるAGC株式会社の河合 洋平さんを招いて、デザインを活用した共創についてお話しいただきます。次回もお楽しみに!

お申し込み・詳細はこちらから:https://note.com/aistds/n/n53630d54bddc

産総研デザインスクールシンポジウム2023とは

国立研究開発法人 産業技術総合研究所が企画・運営する産総研デザインスクールでは、8ヶ月のプロジェクトベースの学びを通じて、望ましい未来を共創する「共創型リーダー」を育成しています。個人の志、組織のビジョン、これからの社会で本当に求められることをかけあわせ、新たな未来を創造することを目指します。

本スクールが開催する今年のオンラインシンポジウム(全4回)では、共創型リーダーのロールモデルや産総研デザインスクールの関係者をお招きし、これからの未来の可能性、そして共創型リーダーの役割や育成方法について、対話を通して「共に考える」セッションです。

2023年11月取材

テキスト:花田奈々、西嶋琴海
グラフィックレコーディング:仲沢実桜