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デンマークの元文化大臣が語る、社会変革のための「フィッシュネット型」リーダーシップ【産総研デザインスクール2023シンポジウムレポート】

社会がほんとうに求めるものを探求し、人々を巻き込みながら新しい未来を創る「共創型リーダー」を育成する「産総研デザインスクール」。2024年2月26日(月)、本スクールが主催する「産総研デザインスクール2023シンポジウム」では、共創型リーダーのロールモデルとして、デンマークの元文化大臣を務めたUffe Elbæck(ウッフェ・エルベック)氏が登壇しました。

ウッフェ氏はデンマークでビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」を創設し、元文化大臣、元政党のリーダー、アクティビストといったさまざまな一面を持ちます。一見バラバラなキャリアに共通するのは、社会のシステムを新しい方向へと導いていくこと。シンポジウムでは、ウッフェ氏から変化が求められる組織の形、変化を率いるリーダーシップについて共有しました。

Uffe Elbæck(ウッフェ・エルベック)
デンマークのユースムーブメント「The Frontrunners」、ビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」、コンサル企業「Change the Game」を立ち上げたのち、2011年に政界に進出。2019年まで政党「The Alternative」の代表を務めるなど、教育や政治、さまざまな分野でよりよい未来を創るための活動を行っている。

トップダウンの組織から「フィッシュネット型」の組織へ

主催の産総研デザインスクールとは、国立研究開発法人産業技術総合研究所が2018年より企画運営する社会人向けのスクールです。本スクールではプログラムの一環で毎年デンマークを訪れ、社会変革のためのデザイン事例や人間中心デザインのマインドセットを学んでいます。

登壇者のウッフェ氏は本スクールが人材育成像として掲げる「共創型リーダー」を体現する人物であり、デンマーク訪問時には多くのインスピレーションを授けてくれる存在。今回のシンポジウムでも、ウッフェ氏は自身の実体験から得た教訓をみずからの言葉とイラストで表現しながら、現代に求められる組織のあり方とリーダーシップについての示唆を共有しました。

ウッフェ

最近私が興味を掻き立てられていることは、「古いシステム」から「新しいシステム」へどのように移行できるのかということです。私は今まで、古いシステムと新しいシステムの両方に身を置いた経験があります。

古いシステムでは、市議会議員や国会議員として勤め、文化大臣も担いました。一方、「The Frontrunners(フロントランナーズ)」という若者のムーブメントを起こしたり、世界でもっとも刺激的と言われるビジネススクールKAOSPILOTを創立したり、新しい政党「The Alternative」を立ち上げたことについては、新しいシステムでのできごとです。経済成長やステータスを最重要視する古いシステムに対し、私は新しいシステムが必要だと考えました。

ウッフェ

私の人生の2種類の異なる経験は、システムの組織構造の違いに現れています。もっとも基本的な違いは、古いシステムは「トップダウン式」の意思決定がなされる組織であり、新しいシステムは「フィッシュネット(漁網の網の目)」のような組織であることです。

ウッフェ

「フィッシュネット型」の組織は、日頃何もない時は非常にフラット。ただ、何か重要な意思決定をしなければならないシーンでは、網の目のなかで誰かが自主的に立ち上がり、そこに人が集まってものごとが進んでいくのです。

新しいシステムにおけるリーダーシップの発揮の仕方

自身のキャリアを通して、古いシステムと新しいシステムを行き来する経験をしたウッフェ氏。新しいシステムである「フィッシュネット型」の組織では、人々のモチベーションを理解し、意味を共有することが欠かせないといいます。

ウッフェ

ボトムアップの組織文化で大事なのは、全体を俯瞰するリーダーシップです。組織を率いるリーダーとして、中にいる人々のモチベーションの源泉を理解している必要があります。つまり、リーダーとしての重要なタスクは会社の目標を達成しつつ、よりよい未来に向けてメンバーの夢や希望や意義を巻き込んでいくことです。組織は一人ひとりの「人」から成り立っていることを忘れないでください。

とあるアルゼンチン女性のアートプロジェクトで、2000人の人に「自分がもっとも人間らしいと思うのはどのような時か」を聞いたことがありました。興味深いことに、その結果は大きく3つに集約されたのです。それは、「自然の中に身を置いている時」「クリエイティブなことをしている時」「誰かを手助けしている時」。組織のメンバーにそのような瞬間をつくれているかを考えると、みなさんの会社や組織はもっと面白いものになると思います。

リーダーとして人々の情熱の源泉を引き出すことが重要な一方で、組織のトップ層だけでなく、そこにいる一人ひとりが双方向にリーダーシップを発揮することも鍵になるといいます。ウッフェ氏のメンターだったというビザカード創設者のディー・ホック氏とのエピソードをもとに、話が展開しました。

ウッフェ

私のメンターであるディー・ホックから、リーダーシップが機能する状況について問われました。最初に私が思いついたリーダーシップは、自分がリーダーとして部下を導くことでした。彼は私に賛同しながらも、「同僚に対するリーダーシップもある」と付け加えました。

また彼は私に「他の方向もないか?」と尋ねました。私はその時に何も浮かびませんでしたが、部下が上司をリードする方向もあると彼が教えてくれました。「自分が上司をリードできるようになると、今度は上司があなたをサポートし、仕事環境の自由度が広がる」と言うのです。

さらに驚いたことに、彼はもっとも重要なリーダーシップは「自分自身に対するリーダーシップだ」と言います。彼がいうには「5%で部下をリードし、20%で同僚、25%で上司、そして残りの50%は自分をリードする」のです。

新しいシステムに移行するために。対立を解消する「第5の解決策」

ウッフェ

古いシステムから新しいシステムへ移行するにあたって、衝突や対立が起こることもあるかもしれません。対立を解消していく対話「ピース・ダイアローグ(平和的な対話)」が、みなさんの組織を新しいシステムへ移行する際に手助けしてくれるでしょう。

世界各国で紛争の調停に携わったノルウェーの学者、ヨハン・ガルトゥングの話を共有します。通常、AとBという人が対立しているとき、従来の解決方法ではAかBのどちらかが勝ち、どちらかが負ける、もしくは互いに譲歩することになります。しかし、ガルトゥングは両方が得をする「第5の解決策」があると述べました。

ウッフェ

彼は以前、エクアドルとペルー間の紛争の仲裁を頼まれたことがありました。国境線を巡って血生臭い紛争対立が30年以上も続いており、両国の国境付近のコミュニティに悪影響を与えていました。そこで彼は関係者を集め、第5の解決策を模索しました。

彼の考えは、「国境線を巡って対立しているなら、その国境線自体を無くせば解決する」というものでした。国境に国立公園をつくり、両国で管理するというアイデアが生み出されたのです。その結果、血で血を洗うような対立の代わりに美しい自然公園が生まれ、エコツーリズムの動きも生まれました。彼のクリエイティブなアイデアによって、紛争の原因である国境付近は自然豊かな公園に生まれ変わり、新しい雇用機会と多くの旅行者が訪れるようになったのです。

このストーリーを聞いて、みなさんの仕事上の経験を振り返ってみてください。衝突や緊張がある場合、第5の解決策が考えられるでしょうか?

古いシステムの不具合が起こっている今こそ、変わるとき

シンポジウム後半は、ウッフェ氏と産総研デザインスクール校長・小島一浩氏の対談セッションに移りました。組織が新しい方向へシフトするために必要な心構えについて話します。

産総研デザインスクール校長 小島一浩氏

ウッフェさんは、古いシステムから新しいシステムへ移行するまでのプロセスを楽しんでいるように見えます。一方、古いシステムの方が居心地が良く、新しいシステムへ向かうことに抵抗がある人もいるでしょう。新しいシステムに楽しく向かえるよう招待する方法はあるでしょうか?

小島

ウッフェ

難しい質問ですが、やはり組織を形成する「人」に訴えかけることだと思います。本当に大切なこと、本当の意味、ビジョンを伝え、今のシステムよりもワクワクするものなのだと伝えていくことです。向かう先にある新しい可能性、深い意味について対話を通して伝えます。

ウッフェ

実は、もうすでに古いシステムか新しいシステムか、選んでいる余地はありません。古い仕組みを続けることで地球環境は破壊されており、世界で多くの対立が起きています。新しいシステムへの移行は必然なのです。人々が新しい変化に恐れを抱き、古いシステムの中で安心したいという気持ちもわかります。しかし今こそ、責任を持ってリーダーシップを発揮するときです。

リーダーシップをもって人々に働きかけるとき、3つ気にかけたいことがあります。ひとつは、組織にいる人々が「自分の声を聞いてもらえた」体験をつくること。2つ目は新しいシステムの必要性を理解できるように伝えること。3つ目は新しいシステムに移行した際に、「自分には役割がある、発揮できる価値がある」と示してあげることです。新しいシステムにおける自分の役割がないと不安になり、反発をするのは当たり前です。

変革に必要なのは、人々の声とエネルギーを共有できる場

新しいシステムの中で各自の役割、意味、目的を対話の中で一緒に探求することが大切ですね。私は根本的に古いシステムと言えるものとして、20世紀型の経済成長が挙げられると考えています。新しいシステムに入るということは、経済成長一辺倒の考え方を一度捨て、次のステージに入るということですよね。

しかし、例えば自分だけ美味しいものを食べたい、勝ちたいなど人間のエゴが出てしまうことがあると思います。この場合、リーダーとしてどのように対処できるのでしょうか?

小島

ウッフェ

この問いに完璧に答えられていたら、今ごろ世界のリーダーになっていたことでしょう(笑)。解決策のひとつは、共通のビジョンを見つけ、お互いの考えや感情、未来に対する希望を語れる関係性や空間を作ることです。それは会社組織でも、地域社会のコミュニティでも実現できます。

ウッフェ

もしかしたら、デンマークで過去100年間で起きた社会の大きな変化が、日本のみなさんのインスピレーションになるかもしれません。デンマークの大きな社会的改革は、政府や自治体主導のトップダウンだったことはありません。問題意識を持った市民が集まって意味のあるコミュニティを作り、市民主導で大きな変化を起こしたことが鍵でした。当事者が声をあげられる環境が成功の秘訣だったと考えています。

現代のデンマークと日本で共通するのは、みんな毎日一生懸命生きて競争をしているが、その意味や方向性を見失いつつあるということです。その結果、仕事がつまらなくなったり、孤独になったりします。だからこそ、組織においてリーダーシップが重要なのです。組織の中にいる人のライフフォース(生命の力)を引き出すこと。私とあなたの間にエネルギーがあると感じられる瞬間をつくることが、新しいシステムへの移行の第一歩だと考えます。

上司も同じ人間であると理解する

「フィッシュネット」型の組織では、組織にいる誰もが手を挙げてリーダーシップを発揮するというものでしたが、最終的にものごとを動かすときには上司をリードすることが必要だと思います。上司をリードすることが求められつつも、そのような文化が日本の組織にほとんどない中、どんなことに気をつければいいと思いますか?

小島

ウッフェ

上司に素晴らしいアイデアを提供し、素晴らしい上司であると信じて、いい上司になるようインスパイアしていくことです。上司も人間であることを忘れないでください。仕事上プレッシャーがある中、上司にもプライベートがあります。それを意識すると、上司と持続的な関係性が築けるのではないでしょうか。

そして「本当に大切なこと」を話せる空間をつくること。「これが気になって仕方ない」という事がらについて、正直に対話できる関係性と空間であることが大事です。そこにも、リーダーシップが発揮される局面があると思っています。

本シンポジウムは会場配信・オンライン配信のハイブリッドで開催

会社組織で「人間らしさ」を忘れないで、大切だと信じることに向き合うこと。ウッフェ氏の言葉や対話から共通して、人と人が本質的に共創するうえで重要なメッセージを受け取ることができました。日本においても働き方や会社の意義が変わってくる今、このメッセージを自身の現場でどう考えていくのか。会場からは多くの内省と未来への希望に関するコメントがあふれていました。

産総研デザインスクールシンポジウム2023とは

国立研究開発法人 産業技術総合研究所が企画・運営する産総研デザインスクールでは、8ヶ月のプロジェクトベースの学びを通じて、望ましい未来を共創する「共創型リーダー」を育成しています。個人の志、組織のビジョン、これからの社会で本当に求められることをかけあわせ、新たな未来を創造することを目指します。

本スクールが開催する今年のオンラインシンポジウム(全4回)では、共創型リーダーのロールモデルや産総研デザインスクールの関係者をお招きし、これからの未来の可能性、そして共創型リーダーの役割や育成方法について、対話を通して「共に考える」セッションです。

産総研デザインスクールnote:https://note.com/aistds

2024年2月取材

テキスト:花田奈々、西嶋琴海
グラフィックレコーディング:仲沢実桜