一人の情熱と大企業のリソースで社会変革を加速させる【産総研デザインスクール2023シンポジウムレポート】
組織のなかで起業家のように新しい事業を起こす人を「イントラプレナー(社内起業家)」と呼びます。イントラプレナーとして社会課題を解決する「ソーシャル・イントラプレナー」のあり方が、近年注目を集めています。ソーシャル・イントラプレナーの第一線で活躍し、その働き方を発信している人物が、富士通株式会社に所属する本多達也さんです。
2023年10月25日(水)、産業技術総合研究所が企画運営する「産総研デザインスクール」主催のシンポジウムが開催されました。「共創型リーダーの育成」を掲げる産総研デザインスクールが、ソーシャル・イントラプレナーとして活躍する本多さんをゲストに迎え、共創プロジェクトの実践についてうかがいました。本多さんは振動と光によって音の特徴をユーザーに伝えるデバイス「Ontenna」の開発を富士通で行っています。本多さんの活動を紐解き、自分の情熱から社会変革につなげる共創プロセスについて迫ります。
本多達也(ほんだ・たつや)
1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design Intelligence Award 2017 Excellence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞特別賞。2019年度IAUD国際デザイン賞大賞。2019年度グッドデザイン金賞。MIT Innovators Under 35 Japan2020 。Falling Walls 2021 Winner 。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。Salzburg Global Seminar Fellow 。2022年よりデンマーク・デザイン・センター(DDC)にてゲストリサーチャー。
大学時代からつづく情熱と、イントラプレナーとしてのキャリア
振動と光によって、音の特徴を伝えるデバイス「Ontenna(オンテナ)」。本多氏は大学時代に学んだデザインのスキルを活かして研究を始め、2014年に経産省の「未踏プロジェクト」に採択されました。そして現在、富士通に所属しオンテナの開発を進めています。開発のきっかけは、聴覚障害を持つ知人との出会いでした。
本多
私が大学一年生の時、初めて耳が聞こえない方と出会ったんです。その方はまったく耳が聞こえず、神経の障害で補聴器や人工内耳を使うこともできませんでした。だから、電話のアラームが鳴ってもわからない。そこで、光と振動で音の感覚を伝えるオンテナを開発しました。オンテナは髪の毛や服に身に着けることで、音の感覚を伝えることができます。
学生時代から研究開発していたのですが、卒業後も「オンテナを製品化してください」「応援しています」という声をたくさんいただいたんです。世界中のろう者の方にオンテナを届けたいという想いで富士通に入社し、製品化まで進めることができました。
富士通入社後、オンテナのプロジェクトリーダーとして社内のデザイナーやエンジニアを巻き込みながら開発を進めた本多氏。2020年には、自身がこれまでプロジェクトを通して進めてきた「共創」をさらに探求しオンテナを世界へ広めるため、富士通から派遣という形でデンマーク・デザイン・センターにゲストリサーチャーとして参画しています。
現場に足を運びつづけ、改良を重ねる
本多氏は2018年にあらためて「オンテナをより多くのろう学校の子どもたちに届ける」というビジョンを定め、翌年にオンテナを製品化。現在は、日本のろう学校の8割以上に導入されています。シンポジウムでは、ろう学校の子どもたちがオンテナを身につけて太鼓のリズムを感じる様子や、体育の授業でダンスを楽しんでいる姿が動画で映し出されました。
本多
ろう学校の子どもたちを笑顔にしたい、という目標があります。全国のろう学校に協力してもらい、さまざまなテストマーケティングを行ったり、レポートやインタビューに協力してもらったりしました。
以前、パラ卓球(卓球のパラリンピック)とコラボレーションをした例があります。卓球のラリーの音をオンテナで表現をする試みを行い、ろう学校のみなさんに参加してもらいました。「手話では表現できない卓球の音が、振動で表現されていて楽しかった」とフィードバックをもらえたのは嬉しかったですね。
もちろん、良いフィードバックばかりではありません。ろう学校の先生たちから多くの改善点も指摘いただきました。その声を受けて、持ち運びやすいようにコンパクトな形にしたり、人工内耳をつけている場合に邪魔にならないよう髪に留められるデザインにしたり。現場の声をもとに改良を続けていきました。
オンテナは製品化の後、グッドデザイン賞金賞や全国発明表彰「恩賜発明賞」を受賞。その功績の背景には、社内の協力やリソースの恩恵も大きかったそうです。本多さん一人の想いから始まったプロジェクトは、社内でどのように波及していったのでしょうか。
本多
社内で意識していたのは、ろう学校の子どもたちや先生のリアルな声を経営陣に届けることでした。またチームとして関わってもらうメンバーには必ず、現場に足を運んでもらう、当事者に会ってもらうなどの機会をつくります。そうやって当事者と関わっていくうちに、「子ども達のために行動しよう」とチームの息が合ってくるんです。
寄り添う社会のありかたを示す「エキマトペ」
大企業が持つリソースを活かしながら、社会課題の解決へと導いたもう一つの例として、「エキマトペ」の事例が紹介されました。エキマトペとは、駅のアナウンスや電車の音などの環境音を、文字や手話、オノマトペとして視覚的に表現する装置のこと。富士通、JR東日本、大日本印刷の3社で開発したプロジェクトで、本多氏がプロジェクトリーダーを務めました。
オンテナのプロジェクトと同様に、ろう学校の生徒や社内外の人々を多く巻き込んだエキマトペのプロジェクト。その裏には、本多氏の日本社会に対する想いが込められていました。
本多
今デンマークで暮らしていると、人間は一人ひとり違うのは当たり前であり、その違いを受け入れあう文化が醸成されていると感じています。実はデンマークにはろう学校はなく、一般の学生と障害を持つ学生が支え合いながら共に生活し、学んでいるんです。
みんなが少しでも相手のことを思って、寄り添い合う。こういった心を日本社会でも育てていくアプローチの一つとして、エキマトペのプロジェクトを始めました。
本多
エキマトペは、川崎市立聾学校の子どもたちとワークショップを開き、そこで出たアイデアを実装したものです。ろう学校の子どもたちは、電車で通学することが多いんですね。毎日の通学を安心安全に、また明日学校に行くのが楽しくなるような体験を一緒にデザインしました。
おもしろいのは、耳が聞こえる人もエキマトペを好意的に受け止めてくれたこと。エキマトペに関するSNSの投稿に20万件以上のいいねがついたり、エキマトペをみて手話の勉強を始めたという反応もいただいたりして、人々の行動変容にもつながった事例だと思います。
大企業のネットワークを活かして、持続可能なビジネスを
本多氏のプレゼンテーションを経て、シンポジウムは産総研デザインスクール校長の小島一浩氏と、本多氏の対談セッションへ。一人の志から社会の共通善へとつなぐ「共創型リーダー」を育成する産総研デザインスクール。その学びのプロセスにそった形で、小島氏から好奇心あふれる質問が本多氏へ送られました。
本多さんの「全国のろう学校の子どもたちにオンテナを届けたい」という想いが、社内外の味方を増やしていったプロセスが参考になりました。一方でろう学校への導入だけではビジネスの持続が難しいところもあると思いますが、どのように工夫されていますか。
小島
本多
実は、オンテナはエンターテイメント業界で導入してもらっていて、そこが売上の基盤になっています。耳が聞こえる人も聞こえない人も一緒に楽しめるよう、卓球リーグや音楽イベントでオンテナを導入いただいていますね。年に数回イベントを行うと利益が出るため、製品化を実現することができました。
エンターテイメント業界にオンテナを導入いただくにあたって、富士通が持つ人的ネットワークが大きな資産になり、本当に感謝しています。同時に社会の風潮としてもダイバーシティやSDGsのムーブメントが高まっていたので、そういった文脈に乗れたこともよかったのかなと思います。
衝突さえも創造性の資産に変える
産総研デザインスクールでは「共創型リーダー」を育てていますが、チーム内の衝突はつきものです。デザインスクールでは衝突を創造性に変化させるコミュニケーションを学びます。本多さんは実践のなかで、どのように衝突を創造性に変えられましたか?
小島
本多
オンテナもエキマトペも共通して、「誰のためのプロジェクトなのか」に立ち返ることを大切にしていました。例えばボタンを二つにするか、一つにするかで技術者とデザイナーとが対立したときに、ろう学校の学生と一緒に議論すると良い方向に向かうことが多いです。二項対立にすると衝突してしまいますが、キーパーソンを入れることでうまくいく。
だからこそ、現場に足を運び、実際に製品を使ってくれるユーザーに会いにいくことが欠かせないのです。自分ごと化するのですね。実はオンテナもテストマーケティングに3年以上かかっていたのですが、それでもオンテナが製品化につながったのは、チームや意思決定者の人たちが「子どもたちを笑顔にするんだ」と言ってくれたからなんです。当事者のリアルな表情を伝えることがとても大事だと思います。
個人の志を見つけるには?
対談の最後は、「個人の志を持つ」という大きなテーマに立ち帰ります。そもそも自分が「やりたいこと」がわからない場合は、どうすればいいのでしょうか。
本多
自分の知らない世界をみて、知らない価値観に触れることが必要だと思います。視覚障害者の人と一緒に美術館をまわってみることかもしれないし、デザインスクールのような学びの場に参加してみることかもしれない。自分の世界から抜け出すその一歩で、実は近くにあった「やりたいこと」に気がつく可能性もあります。
共創以前に、まずは「本人が楽しいか」が重要だと思うんです。社会課題を解決する視点も大事ですが、それだけだとマイナスをゼロにするところまでが限界。どうやったら自分が楽しめるか、周りの人と一緒に笑顔になれるかを考えていくといいのではないでしょうか。
そういう意味では、本多さんが日本から飛び出したことで、本多さんのやりたいこともよりクリアになったのかもしれませんね。デンマークに行って、新しく向き合っている「問い」は何かありますか?
小島
本多
デンマークでは「幸せ」の定義について考えさせられました。私にとって幸せな社会とは、誰かをちょっとずつ思いやれる社会だと思っています。デンマークにはそのようなコンセンサスが社会に根付いていると思いますね。そのためには誰かを思いやれる「余白」が必要です。まずは「身の回りに感謝する」ことから、日々に余白をつくってみるのはいいかもしれませんね。デンマークにいても、日本にいても、どこでも実践できることだと思います。
小島氏との対談後は、参加者から寄せられた質問にユーモアと確かな実践知で答えていった本多氏。最後に、本多氏自身がいま抱く志について共有のうえ、第一回目のシンポジウムは幕を閉じました。
本多
デンマークのDDC(デンマーク・デザイン・センター)で一年半多くのことを学ばせてもらったので、どうやって日本社会に還元できるかを考えています。いま、オンテナの世界展開に向けてドイツで展示やワークショップを行っています。オンテナもエキマトペも同様ですが、これらのプロジェクトを発端として、「人々がどのようにつながっていくか」を探求していきたいですね。自分もそうだし、プロジェクトに関わってくれた方が別のところで実践することで、ムーブメントを起こしていきたいです。
このシンポジウムは全4回のシリーズとなっており、様々な分野の実践者のゲストと今を問い直すうえで必要な視点を探求していきます。次回は、「デザインが生む競争力と価値創造」をテーマに、一橋大学大学院教授の鷲田祐一氏を招いて組織にデザインを取り入れる重要性を特集します。次回もお楽しみに!
産総研デザインスクールシンポジウム2023とは
国立研究開発法人 産業技術総合研究所が企画・運営する産総研デザインスクールでは、8ヶ月のプロジェクトベースの学びを通じて、望ましい未来を共創する「共創型リーダー」を育成しています。個人の志、組織のビジョン、これからの社会で本当に求められることをかけあわせ、新たな未来を創造することを目指します。
本スクールが開催する今年のオンラインシンポジウム(全4回)では、共創型リーダーのロールモデルや産総研デザインスクールの関係者をお招きし、これからの未来の可能性、そして共創型リーダーの役割や育成方法について、対話を通して「共に考える」セッションです。
2023年10月取材
テキスト:花田奈々、西嶋琴海
グラフィックレコーディング:仲沢実桜