持続可能なエネルギー企業から学ぶ、組織に変化を生み出し続ける「デザイン」とは━ 今を問い直し、新たな未来を創るデザイン #3
近年、ビジネスの課題解決の手法としてデザイン思考が注目を浴びています。デザイン思考に関する書籍が多く出版され、デザイン思考を学べるプログラムも多く、ビジネスパーソンがデザインスキルを身に着ける機会が増えてきました。しかし、現実ではデザイン思考を組織で取り入れることに苦戦する企業も少なくありません。
2022年11月30日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing for alternative futures~今を問い直し、新たな未来を創る」を開催。全5回のシリーズのうち3回目となる今回は「組織のデザイン」をテーマに、ビジネスや組織の変革にデザインの力を活かす方法と実践例を共有しました。
ゲストは、デンマークのエネルギー企業「Ørsted(以下、オーステッド)」でデザインセンター長を務めるマイケル・マッケイ氏。オーステッドは2008年に脱石油・脱炭素を掲げ、化石燃料から洋上風力発電を中心とした再生可能エネルギーへと事業を転換しました。2018年より4年連続で、世界で最も影響力のあるサステナビリティ指標の一つであるコーポレート・ナイツ社のグローバル100インデックスにて、「世界で最も持続可能な企業」に選出されています。
オーステッドでは企業としてイノベーションを起こし続けるツールとして、デザイン思考を社内に積極的に取り入れている企業でもあります。デザイン思考をどのように組織に浸透させているのか。こちらの記事では、本シンポジウムの様子をお伝えします。
ー Michael McKay (マイケル・マッケイ)
デザインリーダーシップ、プロダクトイノベーション、ユーザー中心のデザイン思考、革新的なグローバルプロダクトやサービスの立ち上げなど幅広い経歴を持ち、現在は大規模な組織における人間中心のイノベーション文化の構築に注力。Amazon、PayPal、eBay、Nokia、Legoなどのグローバル企業やいくつかのスタートアップ企業で従事した後、現在は再生可能エネルギーのリーディングカンパニーであるØrsted社のデザインセンター長を務める。また、最近ではデンマーク王立アカデミーでデザインの非常勤教授に任命され、デザインスクールやMBAプログラムにおいて、デザイン思考やデザイン戦略に関する講義や指導を行っている。
さまざまな持続可能性を支えるデザイン
「持続可能な企業」として注目を集めるオーステッド。マイケル氏はビジネスや環境面にとどまらず、「人」に配慮した持続可能性の重要性、そしてデザインが果たす役割を伝えます。
マイケル「企業における持続可能性とは、ビジネスや環境の視点だけではありません。オーステッドは洋上風力発電の設計や運営のために、現場でのさまざまな調査やメンテナンスを担っています。時には、社員が風車のプロペラ部分の近くで作業することもあり、社員の安全性も持続的でなくてはなりません」
そのうえで、デザインは多様な持続可能性の観点を考慮し、企業に関わる人が共創できる環境をつくる重要なツールになりうると話します。
マイケル「デザインは人間を中心に設計することを基本としています。だから、顧客に対してだけでなく、社員を含め企業に関わるさまざまな人々を考慮し、多くの人が持続的に共創できる環境をつくり出します。デザインは企業の持続可能性と共創を生み出すために非常に役に立つ手法なのです」
今やエネルギー業界で先駆的なアクションを続けているオーステッドですが、もともとは公共インフラを支えている意識から、リスク回避の傾向が強い会社でした。そのためマイケル氏がオーステッドに入社した当時、デザイン思考はまだ社内で理解が得られていなかったそう。その状況から、どのように組織でデザインを広めていったのでしょうか?
デザインの「マインドセット」から組織に浸透させる
マイケル氏はデザイン思考を社内で浸透させるには、手法を教える前に根底となるマインドセットを理解してもらうことが必要だと言います。
マイケル「オーステッドはとても真面目な会社なので、新しくクリエイティブなことを試すことへの社内理解が必要でした。そこで、デザイン思考で必要なマインドセットを提示しました。マインドセットには『共感』『楽観的』『曖昧さに耐える』『失敗から学ぶ』『繰り返す力』『創造的な自信』の7つの要素があります。『創造的な自信』とはデザイナーでなくても、誰でもクリエイティブな能力があると知ってもらうことです」
マインドセットの重要性を伝えることは、組織全体でデザインプロセスを普及させ、またデザイナー自身が創造性を発揮するうえでも欠かせません。
マイケル「デザイナーに『真面目に取り組んで!』と指示するのではなく、『遊んでいいよ!』と創造的に活動できる許可を与える。会社がデザインへの理解を示す姿勢を見せることが、デザインプロセスを有効に使う重要な基盤となります」
デザイン思考はシンプルな手法が魅力だからこそ、あらゆる組織に応用しやすいと考えられています。しかし、マイケル氏の言葉はデザイン思考の「手法」だけを導入しても、組織の変化にはつながらないことを示唆しています。組織がデザインのマインドセットを理解していることが、デザイン思考の真価を発揮する重要な基盤となるのです。
段階的かつ複数のアプローチで、デザインの力を体感する
デザイン思考のマインドセットを社内に理解してもらうためには、前提となるデザインの意義や価値を理解してもらわなければなりません。マイケル氏は組織でデザイン思考を理解してもらうには、段階的なアプローチが必要だと話します。
マイケル「デザイン思考を会社に根付かせるためには、いきなりデザインを戦略ツールとして使うのではなく、段階的に進めていくことが大切です。オーステッドの場合は、アプリケーション開発からはじめました。その後ビジネス領域での戦略プロセスに関わり、徐々に会社の動き方について意見を求められるようになりました」
マイケル氏はオーステッド入社時、社内にデザイン思考を浸透させるさまざまなアプローチとシナリオを考えていたそう。最初にアプリケーション開発に着手したことにも理由があります。
マイケル「デザインを理解していない人でも、製品として可視化することで効果を実感することができます。私が関わったアプリケーションのプロトタイプを、実際に社内で試してもらうことで、デザインの有効性に気づき興味を持ってくれる人が現れました。論理的な説明をするよりも、きちんとデザインされた実物を見せることで、デザインの重要性を理解してもらう。そこからデザイン思考への理解がはじまるのです」
現在、マイケル氏は社内でUXデザインを担当しながら、デザインプロセスを学べる社内プログラムも企画・運営しています。実際にデザインしたプロダクトを提示し、デザインの力を示しつつ、教育プログラムを通してデザインプロセスへの理解を深め、巻き込んでいく。複数のアプローチを通して、オーステッドにおけるデザイン思考への理解は広まっているようです。
ビジネスにおける「いいデザイナー」とは?
マイケル氏のストーリーテリングを通して、ビジネスにおけるデザイナーのイメージが少し変化したのではないでしょうか?
参加者との対談セッションでは、「ビジネスにおけるいいデザイナーはどのような存在ですか?」という質問が寄せられました。その問いに対し、マイケル氏は深さのある視点と広さのある共感を兼ね備えた「T字型のデザイナー」を提示します。
マイケル「デザイナーには機能性や美しさを形づくるのが得意なデザイナーと、人々を戦略的に巻き込めるデザイナーがいます。前者は深く物事を観察し、視覚的に思考することができるので、芸術の世界やエンジニアリングで活躍している人が多い。後者は会社の弾みになるようなインスピレーションをつくり、部門や領域を超えて一気に人をつなぐことができる。ビジネスにおいて、私はこの2つを両方持っている『T字型』の人材が、いいデザイナーであると思っています。文化人類学的な深い視点を持ちつつ、多様なモノの考え方に理解を示せることが、デザイナーには求められています」
また、デザインプロセスでどのように人を巻き込んでいくのか?という質問に対しては、デザイナーが巻き込みたい人にインタビューをすることからはじめると話します。
マイケル「プロセスに巻き込むうえで一番いいのは、デザイナーが巻き込みたい人にインタビューをし、どのような人か理解することです。例えば、物事が非常に混乱していて余裕がない時、どのような反応をするかを聞きます。先に聞いておけば、デザイナーがファシリテートしている時に、いま余裕がない人は誰か気づき、サポートすることができる。加えて、参加する人が得意な分野を話してもらうことで、プロセスで何を期待されているのかをちゃんと伝え、共創の機会を生み出すこともできます」
今までのデザイナーは深く共感し、美しいものをつくることが基本的な役割でした。しかしビジネスの領域においては、小さなものを見つめる「虫の目」と、大きな文脈を俯瞰する「鳥の目」を行き来する両方の視点を持つスキルが求められます。「T字型」のデザイナーを育成し、社内で活躍できる環境を整えていくことが、企業でデザインを生かすうえで重要な視点となります。
ビジネスにおけるデザインの意味
では、デザインはビジネスにどのような意味をもたらすのでしょうか?「ビジネスにおけるデザインの意味は何か?」という参加者からの問いに、マイケル氏は3つのスキルを提示します。
マイケル「ビジネスにおいて、デザインが担える機能は様々ですが、簡単にいうと3つあります。1つ目は人々の話を聞き、深く理解すること。2つ目は複雑な問題のエッセンスをシンプルに提示すること。このスキルは会社が進む方向を示すことにつながります。3つ目は方向性をビジュアルで伝えることができることです。
3つのスキルを通して、人々にまだ起きていない兆しを見せ、人々の中に欲求を生み出すことができる。問題の本質を深く理解した上で、人々が参加したくなる変化をシンプルに伝えられるのが、デザインの大きな役割だと思います」
ビジネスにおいて不確実で変化の多い状況では、常に多くの要素を考慮しながら意思決定を行う必要があります。デザインは考慮すべき点に深く共感しながら、本質的なエッセンスを提示することで、変化しつつも前に進む方向性を提示することができます。
さらに、テキストだけではなくビジュアルで伝えることで、周りの人々に適切かつ感情に刺さる形で提示し巻き込む役割を担うこともできます。共感を起点に人々を次の変化へリードしていく力が、デザインには内包されています。
共感力とレジリエンスのある文化をデザインする
シンポジウムも終盤に差し掛かり、最後はこのシンポジウム共通でゲストにお答えいただいている2つの質問にお答えいただきました。1つ目の質問「オルタナティブな未来をつくるために何をデザインするのか?」という問いに対し、マイケルさんは共感力のある文化をデザインしたいと話します。
マイケル「私がデザインしたいのは、人々への共感力を基盤としたレジリエンスのある文化です。人々は今までいろんな変化をくぐり抜けてきました。そして、今後私たちはより多くの変化に直面することになります。私は未来に向けて今必要なことを、デザインから学べると信じています。
デザインは技術やビジネス、地球環境への負荷といった、異なる視点を包括的に取り入れながら解決策を見つけ出し、前に進むことができるスキルです。デザインを通して、異なる視点への深い共感から変化に対応するレジリエンスのある文化が創り出せれば、不確実でも、明るく輝かしい社会を生み出せると信じています」
そのうえで、マイケルさんは2つ目の質問である「参加者に聞きたい問いかけ」を提示します。
マイケル「今日聞いた話の中で身近に感じたこと、これからやってみたいと思ったことは何ですか?」
本シンポジウムを通して見えてきたのは、デザイン思考はイノベーションをすぐに起こせる特効薬ではないということです。デザイン思考の手法を学んだだけで何かが起こるわけではなく、その前提となるデザインへの理解やマインドセットを時間をかけて浸透させていく。そのプロセスはとても時間を要します。
しかし、デザインプロセスを社内に広めることで、不確実な状況でも落ち着いて次の方向性に進める組織文化が形成されます。デザインを通して形成された、「共感力とレジリエンスのある組織」が変化の時代でも、人に価値を提供し続けることができるのではないでしょうか?
このシンポジウムは5回シリーズとなっており、様々な分野の実践者のゲストと今を問い直すうえで必要な視点を探求していきます。次回はTakram代表取締役の田川欣哉 氏にご登壇いただきます。2018年に特許庁から「『デザイン経営』宣言」が発表されて5年。日本企業の経営でもデザインが注目されている中、今求められている人材像と、デザインの力で今後日本企業の経営はどのように変化していけるのかを探求していきます。次回もお楽しみに!
Designing X – 今を問い直し、新たな未来を創る とは?
産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクール主催で開催しているシンポジウム。今年は「Desining X for alternative future〜今を問い直し、新たな未来を創る〜」と題し、今起きている状況を様々な視点から問い直し、新たな未来を創るデザインに必要な視点を探求していきます。シンポジウムでは毎回異なる領域「X(エックス)」で既存の分野に新たな軸を加えることで概念を変える活動をしているゲストをお招きし、今の世界を見るうえで必要となる視点や実践知をご講演いただいています。
2022年11月取材
テキスト:外村祐理子
グラフィックレコーディング:仲沢実桜