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“グリーンエネルギーだけ”という「制約」が、未来をつくる ー オーステッド

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE06 Creative Constraints 制約のチカラ」(2021/04)から修正・加筆しての転載です。

「グリーンエネルギーだけで稼働する世界を創る」。これはデンマークのØrsted(オーステッド)が掲げるビジョンだ。洋上風力発電のトップランナーとして、世界各地の海に巨大な風車を稼働させている同社だが、つい十数年前では化石燃料を主体とした発電事業を展開する企業だった。自らに再生可能エネルギーという「制約」を課して果敢に挑んだ軌跡を追う。

オーステッドが再生可能エネルギー(=グリーンエネルギー)に大きく舵を切ったのは2008年のこと。デンマークの電力会社6社が統合した国営企業として生まれ変わったばかりだった。その頃のオーステッドは他の電力会社と同様、発電のための燃料は石炭や石油などの化石燃料が主体。再生可能エネルギーによる発電はわずか15%でしかなかった。当時、二酸化炭素排出量の3分の1はエネルギー業界から排出されることから、オーステッドでは環境に負荷をかける事業形態を、重要な経営課題として捉えていた。

「すでに世界的な課題となっていた気候変動の波をどう緩和できるのか、また、政策として打ち出され始めていた、50年にカーボンニュートラルを達成できる社会を目指して大きな経営的な判断をしたのが08年でした。そして打ち出したのが洋上風力発電をはじめとした再生可能エネルギーへのシフト。経営統合した6社の中には、1991年に世界で初めて洋上風力発電を建設した企業もあり、長年の知見が蓄積されている。また、法規制の緩和や技術の進化を照らし合わせると、一番大きな可能性を持っているのが洋上風力と再生可能エネルギーという結論に至りました。まさに未来を見越した事業の大転換を図ったのです」

そう当時の経営陣の英断を代弁するのは、オーステッド アジア太平洋地域代表取締役社長のマティアス・バウゼンヴァインだ。当時の経営陣が描いた戦略は、40年間で化石燃料と再生可能エネルギーの比率を逆転させるというもの。つまり、再生可能エネルギーによる発電を85%までに引き上げるという目標を掲げた。デンマークの国営企業だった同社の新しい方針は、政府や国民からも支持を得ることになる。

―マティアス・バウゼンヴァイン オーステッド アジア太平洋地域代表取締役社長
地域責任者として、アジア太平洋地域におけるプロジェクト開発、建設、運転を監督している。アジアでビジネスを手掛ける前は、洋上風力産業において指導的立場として数々の事業に携わり、ドイツとオランダではプロジェクト開発責任者を、またオーステッドでは市場開発のグローバル責任者を務めていた。

かなり野心的な目標だったにもかかわらず、わずか10年で目標を達成する。現在は、洋上風力を中心に、陸上風力、太陽光発電、水素発電などグリーンエネルギーのみで発電事業を展開。オーステッドがこれまで建設・運転してきた洋上風力発電所の総発電能力は約10GW(ギガワット)にも及ぶ。このように目標をはるかに上回るペースで移行できた要因は2つあると、バウゼンヴァインは解説する。

「ひとつは技術の進化です。洋上風力発電にフォーカスしたことで技術的なイノベーションが起きたこと。技術進化により洋上発電設備のスケールが大きくなりコストダウンが図れるとともに発電量も大幅に増加することができた。そしてもうひとつが社会の潮流。気候変動に対する危機感が生まれ、再生可能エネルギーを求める人々が増えたことで、洋上風力発電への理解が得られたことが大きな推進力になりました」

洋上風力発電の開発とともに、石炭を使用していた火力発電所を次々と閉鎖し、石炭からバイオマスに燃料を変えて再稼働を果たす。そして再生可能エネルギーへのシフトを決断してから、わずか9年後の17年には化石燃料から完全に脱却することに成功した。発電方法を「制約」することで始まったオーステッドの挑戦は予想をはるかに超えるスピードで成果を上げた。

そんな実績を証明するかのようにオーステッドは、「世界でもっとも持続可能なエネルギー会社」として3年連続受賞の栄誉に輝いている。また、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大する状況においても、20年の洋上及び陸上風力発電所の収益は14%増加と、好調な業績を出している。

アジアにおける洋上風力の可能性

ヨーロッパで成功を収めたオーステッドは、そのビジネスの舞台を世界へ拡大した。アジア太平洋地域も有望な市場のひとつとして捉え、16年には台湾にオフィスを開設。台湾初の洋上風力発電所のFormosa1への投資を皮切りに、最大発電能力が2.4GW(ギガワット)になる4つのGreater Changhuaプロジェクトも進行中だ。日本においては、19年4月に「再エネ海域利用法」が施行され、促進区域の指定など洋上風力発電開発の環境が整備されるなど、洋上風力発電を取り巻く環境が大きく変化した。それとシンクロするようにオーステッドの日本での事業も活発化する。20年3月に東京電力ホールディングスとの共同出資で「銚子洋上ウインドファーム」を設立し、銚子沖洋上風力プロジェクトの開発を進める。同様に秋田県沖の洋上風力発電事業にも参画。日本風力開発、ユーラスエナジーホールディングスと共同出資会社を設立するなど、積極的な活動を続ける。

「じつはアジア太平洋地域のエネルギー分野には共通点があります。それはエネルギーを輸入に頼っているという点。世界情勢などで非常に不安定と言わざるを得ない。そんなリスクも洋上風力発電を導入することで、エネルギー自給率は上がり輸入比率を低減させることができます。また、日本に限定すれば、陸上風力を建設できる場所がほとんど残されていませんが、海外線が長いという国土的な特徴があります。当然、洋上風力発電に最適の形状です。また、エネルギー源の多様化を必要としていますし、大気汚染などに関して敏感であることなど、洋上風力発電との親和性は高いと考えています」

ただ、一方では洋上風力発電に対するリスクを懸念する声も少なくない。アジア太平洋はヨーロッパと異なり台風や地震が多発する地域。また、再生可能エネルギーの高コスト性も導入拡大の障壁となっていることも事実だ。そんな懸念に対してバウゼンヴァインからは、次のような答えが返ってきた。「当社の洋上風力発電は過酷な気象条件で知られる冬の北海でも問題なく稼働しています。そこで培った優れたエンジニアリング力と経験値は、アジアの台風にも生かされています。すでに台湾で稼働する洋上風力発電所はいくつもの台風を経験していますが、一切トラブルを起こしていません。もうひとつの懸念であるコストの問題についても、発電設備のスケールアップによるコストの低減が進んでいます。発電にかかるコストを算定するLCOE(均等化発電コスト)は12年から19年の間に66%も削減しており、今後もその傾向は深まると考えています」

地域社会とともに歩む

オーステッドは再生可能エネルギーによる発電事業のみならず、もうひとつ意欲的な目標を掲げる。それは脱炭素化によって、40年までにサプライチェーンの二酸化炭素排出量を実質ゼロにするというものだ。オーステッドでは、発電所の開発、建設、運転、撤去などすべての工程をカバーしているが、これらのサプライチェーンをグリーン化に転換することで、持続可能な社会の実現に貢献したいという。

「すでに建設時や資材の海上運搬でも脱炭素化を進めています。また、有限な資源を無駄遣いしないことが持続可能な社会につながると考えていますので、拠点がある港にはEV(電気自動車)のチャージステーションを設けて、EVでの通勤を推奨したり、オフィス備品はリサイクル製品に変えるなど、小さな取り組みを始めています」

加えて社外のパートナーと連携しながらエコシステムを構築していくことも大切な使命だという。例えば、洋上風力発電とその他の再生可能エネルギーを組み合わせて地域に送電する仕組みを創ることも不可欠になる。

また、グリーンエネルギーを推進するためには資金も不可欠。台湾では、プロジェクトに要する資金を調達するための債券・グリーンボンドを発行するなど、地域を巻き込んだ仕組みづくりを実践してきた。

「グリーンエネルギー事業は、地域に有害物質や二酸化炭素を排出しないばかりでなく、新たな雇用も創出します。そういう意味で地域とWin-Winの関係になれる事業です。優れた点や課題点も含めて丁寧な説明を心がけながら、地域のステークホルダーの理解と協力を得て、さらに脱炭素社会に貢献したいと考えています」

2021年4月取材
2021年9月1日更新

テキスト:廣澤哲司