完璧じゃないからコミュニケーションが生まれる。吉藤オリィさんが分身ロボットカフェで見つけた失敗を価値にする方法
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分身ロボットが接客するカフェ『DAWN(ドーン) ver.β』。2021年6月に日本橋に店舗を構え、2年が経過しました。現在では国内外からたくさんのお客さんがやってくる人気スポットに。「ver.β」という名前の通り、店舗は日々進化しています。
今回は、DAWNでの接客を受けつつ、同カフェを運営する株式会社オリィ研究所の代表で、分身ロボットの開発も手がける吉藤オリィさんにカフェのこれまでと、これからの働き方についてお話を伺いました。
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吉藤オリィ
株式会社オリィ研究所共同創設者・代表取締役CVO。ロボットコミュニケーター。自身の不登校の体験をきっかけに「人の孤独を解消する」ことを人生のテーマと定め、高専で人工知能を学ぶ。早稲田大学創造理工学部在学中に、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発。
「心を運ぶものを作りたい」そんな思いから生まれたOriHime
店内にはたくさんのロボットがいますね! とってもワクワクする空間です。
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吉藤
ここでは複数の分身ロボットOriHimeが働いています。
受付をする人、テーブルごとに接客する人、配膳してくれる人、カウンターでコーヒーを淹れる人……。全世界から遠隔でOriHimeを操作しているんですよ。
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そもそも分身ロボットとは、どんなものなのでしょうか?
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吉藤
カフェにいるロボットと聞くと、最新のAI技術を活用したものや、猫型の配膳ロボットを想像する人が多いかもしれません。
OriHimeは、人間が操作することで動くことができるロボット。音声でコミュニケーションできるだけでなく、ロボットの目の色を変えたり、「なんでやねん」とツッコミの動きをしたり、さまざまなリアクションが可能です。
僕たちはロボットを動かす人たちを「パイロット」と呼んでいるのですが、現在は約70名のパイロットがこのカフェに在籍しています。
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どのような人たちがパイロットとして活躍されているのでしょうか?
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吉藤
ご自身に障がいがあって移動が困難な方、寝たきりの方、また家族の介護があり自宅から出ることが難しい方など、本当にさまざまな方が働いています。
お店の奥には、OriHimeを肩に乗せたとっても大きなロボットもいますね。あれは……?
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吉藤
「テレバリスタ」です。
遠隔操作でコーヒー豆を選び、抽出までしているんですよ。
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吉藤
最近は安くて、早くて、おいしいコスパ重視のコーヒーが主流ですが、常連さんの中には、「〇〇さんが淹れたコーヒーが飲みたい」と言って、わざわざ足を運んでくれる方もいらっしゃいます。
スナックのママに会いに行く感覚と似ていますね。あ! それで店内には「スナック織姫」というスペースもあるんですね。
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吉藤
そうです。分身ロボットの魅力は、パイロットさんとお客さんとの間に「関係性」を築いていけることだと感じています。
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見た目はロボットですが、人間が操作しているから、心がありますよね。OriHimeを介すことで、人間同士のコミュニケーションがより円滑になるような感覚があります。
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吉藤
2010年頃にはOriHimeの開発を進めていたのですが、当時から心を運ぶものを作りたいという思いもあったんです。
それで、当時は車椅子の開発をしていたのですが、そもそも車椅子にも座れない人もいる。目が見えにくい方がメガネで補強するように、コミュニケーションが難しい人の対話を補強してくれるものになったらいいな、と。
どこでも好きな場所で働けるだけではなく、コミュニケーションを補強するロボットなんですね。
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吉藤
ロボットで移動が叶ったとしても、役割がなければコミュニケーションは生まれません。
最初は、岩手県盛岡市に住んでいた親友・番田くんに、僕の秘書としてOriHimeを使ってもらいました。彼は交通事故で障害を負ったため、寝たきりの生活を送っていたんです。
そんな彼と「焼肉を焼いてくれるOriHimeいいよね!」と盛り上がりまして。でも、遠隔だったとしても目の前で肉を焼かれるのは辛い……ということでカフェになりました(笑)。
カフェに辿り着くまでに焼肉屋さんを挟んでいるとは!
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吉藤
番田くんは2017年に亡くなったのですが、当時の経験やアイデアがこのカフェにも残っているんですよ。
外に出られなかったのに……世界が大きく広がった
ここからはOriHimeのパイロットさんにもお話を伺いたいと思います。
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さっち
初めまして! さっちでーす。
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さっちさんは、この店のオープン時から2年以上パイロットとして働いているベテランスタッフさんと聞きました。ここで働き始めたきっかけを教えてください。
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さっち
私は生まれた時から足が悪くて、学生時代は入院と手術を繰り返していました。
社会人になってからは、仕事自体は問題なくても杖をついて通勤することが本当に大変で……。症状も悪化し、ついには通勤することができなくなってしまいました。それで退職し、自宅療養に。
なかなか新しいお仕事が見つけられなかった時、DAWNカフェの募集を見つけて、応募したんです。
実際に働いてみていかがですか?
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さっち
通勤がないことが、私にとって一番のメリットでしたね。
接客業は初めてですし、苦手だと思っていたのですが、今となっては本当に楽しくて。自宅にいながら体の負担がなくお仕事できるのが本当に嬉しいです。
いろんなお客様とお話しできるし、SNSで繋がったり、このカフェがご縁でリアルにお会いするようなお友達ができたり、自分の世界もどんどん広がっていきました。
リアルでもお会いできるってすごいですね!
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さっち
あと、一緒に働く仲間ができたことが支えになっています。もう戦友って言ってもいいかもしれない(笑)。
パイロット同士は対面で会ったことはなくても、なんだか特別な存在なんです。
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さっち
「外出困難者」と言っても、寝たきりの方もいれば、病気で外出できない、介護で仕事ができないとさまざま。仲間になって初めて、他のパイロットたちの状況を身近なこととして捉えられるようになりました。
お客さんとの出会いを生むだけじゃなく、パイロットとして働くことで理解が深まり、自分の世界も広がっています。
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世の中は完璧を求めすぎる? いつまでも未完成なカフェ
実際にカフェを体験してみて感じたのですが、みなさん本当にイキイキと楽しそうに働いていますよね。
パイロット同士のコミュニケーションや、店舗にいるスタッフとパイロットさんが談笑している様子に、心がほっこりしました。
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吉藤
人間のスタッフだけで雑談していたら「なんだ、このカフェは?」って怒る人もいると思うんですが、この場所だとそれがなぜか許されるんですよね。
なぜ許されてしまうんでしょうか?
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吉藤
安いとか早いとか、機能を売りにしていないカフェだからだと思います。
機能って替えが効くんです。機能を重視して、配膳もスピーディ、接客もパーフェクトな失敗しないカフェもロボットだけで作ろうと思ったら作れますが、それでは可愛げがないというか……。
オートメーションすぎると、味気なさを感じますね。
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吉藤
このカフェをやっていく中で、「世の中って完璧すぎるのでは?」って思うようになったんです。私たちも、完璧を求めすぎている。
それなら、「僕たちはいつまでも未完成でもいいんじゃないかな?」と。しかも、そんな未完成な世界の方が、実は関係性が築きやすいんですよ。
世の中にはコミュニケーション術を向上させる情報がたくさんあって、なんとなく完璧な方が円滑に物事が進むという気がしていました。
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吉藤
以前、もともと接客業をやられていた方にOriHimeを操作してもらったことがあるんです。
そうしたら、接客が完璧すぎるが故に、お客さんから「AIなの?」とか「録音されている音声なの?」とリアクションがあったんです。人間が操作しているのに、です。
なるほど。完璧すぎると、逆にそういうことが……。
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吉藤
最近では、海外からのお客様も増えてきたので、パイロットが日本語を入力すると英語の合成音声が流れる翻訳システムも作ったんですけど、これも完璧すぎてちょっと違うようで……。今はほとんど使っていません。
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人間のスタッフには完璧を求めているのに、OriHimeには人間らしさを求める……。人の反応の違い、面白いですね。
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吉藤
接客が苦手でも、英語が不得意でも、失敗してもいい。そんな許容される場所があってもいいよねと、私は思っています。
配膳をするOriHimeにも、絶対にぶつからないシステムを入れることができますが、あえてやっていないんです。
周りがヒヤヒヤしながら見守って、上手にすれ違いができた時に、店内でも「わ〜〜!」って拍手が起こる。この一体感は、「失敗を価値にできる、そんな瞬間なのかな?」と。
日々さまざまな失敗をしていきながら、進化させていくって素敵です。
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吉藤
失敗したら、パイロットさんは恥ずかしいんですけどね(笑)。
でも、お客さんにいい体験をしてもらおうと自主的に英語を勉強する人もいるし、ここで働くのがモチベーションになっているって話を聞くと、いつまでも未完成なカフェっていうのは合っているのかなと感じます。
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これからの進化がますます楽しみですね。今日の体験は私からすると完璧でしたし、また来たいと心から感じました。
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吉藤
次はぜひ失敗しているところも見に来てください。このお店も2年やって少しこなれてきたので、そのうち大失敗も演出したいですね(笑)。
期待しています!
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2023年9月取材
取材・執筆=つるたちかこ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト