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世界中のデジタルノマドが集まるバリ島のコワーキングで感じたモヤモヤの正体とは?【コワーキングツアーレポート:前編】(カフーツ・伊藤富雄)

テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。

デジタルノマドが集まるバリ島へ

インドネシアのバリ島は、何年も前から世界のデジタルノマドが集まる、まさに聖地のような場所だった。そもそもバリに興味を持ったのは2016年のことだ。そのころ読んだ「In photos: Co-working space ‘Hubud’ is Bali’s Mecca for digital nomads | e27」という記事からは、デジタルノマドとコワーキングの関係と、日本の可能性について大いにヒントをもらった。

そんなバリ島は、コロナ禍のせいでほぼ2年間カラッポになった。おかげであえなく廃業せざるをえなかったコワーキングもたくさんある。残念なことに、アジアのコワーキングの代表格だった「HUBUD」や「DojoBali」も姿を消した。

だが、ここへ来てコロナがやや落ち着いたところでバリにも人が戻ってきた。そういう情報を得て、コワーキング協同組合と一般社団法人日本デジタルノマド協会の共催でバリ島ツアーを企画。山梨大学田中敦研究室の協力のもと、3日間で11カ所のコワーキングスペースを訪ねてきた。

今回、実際に見て、聞いて、下手な英語で話して、いろいろと再発見したことと、課題として持ち帰ったことがある。そのことを記しておきたい。レポートの前編となる本記事では、バリで元気なコワーキングやコリビングについて紹介する。

地元に住むインドネシア人利用者が多い「Kinship Studio Bali

香港に住んでいたデザイナーのLouise Millroy氏が始めたクリエイティブ寄りのコワーキングスペース。元々、バドミントンのコートがあった建物だそうで、ご覧のように天井が高い(と、驚いていたが、それはこのあとずっと続く)。

1階に専用デスクとホットデスクのコワーキングがあり、撮影スタジオや電話ブースの他、バーまである。2階にはプライベートオフィスが数室ある。

参考になったのはデイパス(1日料金)以外に、1カ月単位の時間料金制があること。例えば、25時間/月でRp800.000(約7,200円)、50時間/月でRp1.100.000(約9,900円)といった料金プランがある。似た発想で日本でも回数券方式があるが、一日単位ではなく時間で減算してくれるのは利用者にとっては嬉しい。

訪問時のメンバー数は約60名で、インドネシア人のメンバーが多いとのことだった。メンバー参加のランチ会の他、アート系のワークショップも開催している。

実はこの時は気づいていなかったが、地元、インドネシア人のメンバーが多い、ということは、このあといくつもコワーキングを回るうちに特別の意味を持つことになる。

サウナと水風呂を備える「Nebula Bali

訪問時点でオープンしてまだ5カ月のコワーキング。元工場をリノベーションして開業されたので、ここも天井が高い。

全席が固定デスクの36席とプライベートオフィスが10室。面白いのは、利用者は自分が不在にするあいだ、席を第三者にレンタル(サブリース)できること。これは、コワーキングの収益モデルとして参考になる。

一人で静かに仕事したいテック系の利用者が多いとのことで、至るところに配置されたグリーンがその静寂を増幅している。整えたいときのためにサウナも水風呂もある。

オープンスペースで開放感抜群の「TRIVAL

2021年にオープンしたゲストハウスにコワーキングスペースとプールがセットになった、いわゆるコリビング。2階にプライベートルームが4室と8人部屋のドミトリー9室あり、約80人が共同生活をしている格好。

1階がコワーキングだが、壁のないオープンスペースになっている。この、開放感はバリならではだろう。ホットデスク、ボックス席、スタンディングデスクと、皆、ワークスタイルはさまざま。中には床に寝そべっているワーカーもいて実に自由だ。

コリビングだけに利用者はほぼ外国人で、地元の人らしき人は見当たらない。元々バリは、オセアニアやヨーロッパから訪れるリゾート地だから、当然といえば当然だ。が、ここでひとつ疑念が頭をもたげた。

それではバリのコワーキングで言うところのコミュニティとは誰のコミュニティなのだろう。外国人(だけ)のコミュニティなのだろうか。

もうひとつ気づいたことがある。何人かが膝を突き合わせてにこやかに話している風景がどこにも見えなかった。誰もがモニターを凝視して仕事に集中しているので、大勢の人がいるのに妙に静かだ。もちろん、コワーキングは仕事をするところなのだから、それで不思議はない。が、何かが違う。

このモヤモヤがこのあと、ずっと続いた。

ウェルネスに重点を置く「B Work Bali

2021年に開業した非常に大きな施設で、例に漏れずここも天井が高い。バリというよりも、大都会のコワーキングを連想させる佇まい。

現在、約250名のメンバーがいる。韓国にウェルネスセンターを持つ企業が経営しており、韓国からのツアーも開催している。

ワークスペースの他に、カフェ、トレーニング用のマルチルーム、ビデオやポッドキャスティング用のスタジオ、ミーティングルーム、1日2時間まで利用できる個室、セミナールームなどが完備。

さらには屋上にヨガ道場も用意されている。バリのコワーキングを巡っていると、どこも必ずメンタルヘルスケアのための施設やプログラムが用意されていることに気づく。それは次のLivitでも同じだ。

スタートアップに集中できる環境「Livit

スタートアップがビジネスだけに集中し、短期間でサービスをローンチできるよう、食事、宿泊、ランドリーサービスの他、SIMカードの手配、会社設立のサポートに至るまであらゆるサービスを提供しているコワーキング。もともと、数軒のヴィラでスタートアップを受け入れるところから始まった。

併せて、リモートワークのスキルアップのための講座や人材採用面でのサポートも行っているため、スタートアップにとっては非常に頼りになる存在。

コワーキングが起業の場でもあることを考えれば、ここまでパッケージされているのが理想だが、そういう意味ではスタートアップスタジオに似ていなくもない。顧客のスタートアップに投資しているのかどうか聞き漏らしたが、あながちないこともないのではないだろうか。

現在、世界の15カ国以上の企業とやりとりしており、設立当初から長期サポートしているクライアントも多数ある。24時間営業なのもそのためだろう。

カフェやスカイプルーム、シャワー、プールの他、瞑想のための部屋や仮眠室、ヨガ道場、ルーフトップガーデンも利用できる。利用者のメンタルケアは、もはやコワーキングの必須要件だ。

まさにワーケーション!「Outpost Ubud

バリのウブドにはOutpostというブランドで、コリビングと3つのコワーキングがあり、メンバーになるとすべてのコワーキングにアクセスできる。まずはコリビングのほうを見ていこう。

カフェとコワーキングスペースと合わせてヴィラ形式の客室があり、我々も宿泊した。

最後の写真はワークスペースだが、オープンエアというのか、ほとんど屋外だ。この開放的な環境が、休暇と仕事をミックスしたワークスタイルにピッタリだが、こういう「緩さ」がワーケーションには必要だろう。

続いて、コリビングから歩いて10分ほどのところにあるコワーキングOutpost Ubud Coworkingを訪問した。コロナ禍以前の2016年に創業されている。

ここにも25時間/月、50時間/月、100時間/月の時間単位の料金体系がある。ちなみに、デイパスは一日10人程度とのこと。

そして、メンバー数は訪問時点で103名。そのうちローカルのワーカーは2名のみ、利用者の99%が外国人だ。

さらに、もう一つのコワーキングOutpost Ubud Penestananutpostは、2019年5月にVCから130万ドルを調達して、ぼくを驚かせた場所だ。

調達した資金で、以前からRoamがバリで運営していたコリビング を買収して始めた。つまり、その時点で、海外ではいちコワーキングに1億円以上がファンドされる時代に入っていたのだ。念の為に付け加えておくと、これはコロナ禍が世界を覆う以前のことである。

Outpostといえばやはり、四方を建物に囲まれたこのプールだ。屋上のデッキではイベントやヨガなどが催される。ワークスペースのすぐそばでヨガをしている風景は、それを見ているだけでも癒やされる。

階下に23の部屋がある。宿泊は、1週間から2週間の滞在が多いとのことで、これはもっと長期間の滞在が当たり前だったコロナ以前とやや状況が違う。ちなみに、コリビングのメンバーは全体の40%で90人。

バリのコワーキングスペースにある「違和感の正体とは

今回紹介したコワーキングに共通しているのは、どこも物理的にスケールが大きく、かつ、静か。そして、ほとんどの利用者がインドネシア以外から来た外国人であるということ。利用者の99%が外国人というスペースもあった。

もちろんコワーキングスペース側が地元のワーカーを拒否しているわけではない。しかし残念ながら、外国人ワーカーが地元ワーカーと交流するシーンには遭遇しなかった。最初に紹介したKinship Studio Baliで「インドネシア人が多い」とわざわざ説明された理由はそれかもしれない。

また、一部のインドネシア人との共同創業を除いて、スペース創業者のほとんどが外国人だ。つまり、外国人オーナーが外国人デジタルノマドのために経営している。それがバリのコワーキングの実情だった。ぼくの違和感は、どうやらこれだったようだ。

誰がどこの資本でコワーキングを運営しようと構わない。しかし、海外のリモートワーカーを受け入れ、自国のワーカーと出会うことで、新たなビジネスが生まれる。コワーキングはそのためのハブであり、インフラでありたいと考えているぼくからすれば、期待と違うものを見せつけられて、正直、拍子抜けしてしまった。

いや、それは単なるぼくの勘違いだった。そもそもバリはリゾート地なのだから、そこに集まってくる海外のデジタルノマドを対象にすることに何の矛盾もない。

ちなみに、すでにクローズしてしまったがバリを代表するコワーキングだった「HUBUD」の共同創業者3人も外国人だ。記事の中でも、「私たちは、ウブドに住む、片足が世界、片足が別の世界にある外国人のために、このスペースを立ち上げた」と語っているから、当初からターゲットは外国人ノマドだったわけで、それこそがバリを世界のデジタルノマドの聖地にした所以なのだろう。

しかし、コロナ禍の中、インドネシア政府が帰国を勧告し、外国人ワーカーのほとんどが国に帰ってしまったために、バリのコワーキングが被ったダメージは甚大だった。バリの代表的コワーキングだったHUBUDやDojoBaliでさえ、コストを賄えず、経営難に陥って、姿を消してしまった。

「地元のワーカーのコミュニティとして機能していたら、あるいは存続できたかもしれない」と思うのは余所者の浅知恵だろうか。インバウンドとしてのノマドに期待するのではなく、コワーカーとしての彼らを迎え入れる仕組みを、ローカルのコワーキングが備えていれば、地域の持続性も高まると思うのだが、どうだろう。

後編では、そういうぼくの想いにまさにピタっとはまった動きをしているコワーキング「Tropical Nomad」の取り組みを掘り下げていく。

企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト