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寿司職人としてフィンランド移住した先に何があった? 週末北欧部chikaさんに聞く「自分の働き方」をつくるヒント

北欧フィンランドへの愛が詰まったコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』シリーズ。ドラマ化もされ、幅広い世代の方々から共感を得ている作品です。

本シリーズの著者である週末北欧部chikaさんは、2022年より夢だったフィンランド移住を叶え、寿司職人として活躍中……のはずでしたが、なんと働いていた職場が1年もたたずに倒産! 現在はフィンランドで個人事業主として作家活動に取り組まれています。

迷いながらも前に進んでいく様子が2023年11月に発売された新刊『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』には綴られていました。今回は週末北欧部chikaさんに「自分の働き方」についてじっくりとお話を伺います。

週末北欧部chika
北欧好きをこじらせてしまった元会社員。大阪府出身。フィンランドが好き過ぎて13年以上通い続け、ディープな楽しみ方を味わいつくした自他ともに認めるフィンランドオタク。会社員生活のかたわら寿司職人の修行を行い、2022年春から寿司職人として移住の夢を叶える。モットーは「とりあえずやってみる」。

フィンランドで見つけた人生と仕事の付き合い方

『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』(世界文化社)では、chikaさんの心の成長が丁寧に描かれていて、私もウルウルしながら読んでおりました。

念願だったフィンランド移住の夢を叶え、寿司職人として働いていく中で一番印象に残っている出来事を教えていただけますか?

chika

ひとつのエピソードを選ぶのが難しいくらい、印象に残っていることがたくさんあります。

その中でも自分のターニングポイントになったと感じるのは、誰よりも寿司愛にあふれていたシェフのハスキーさんの「この仕事が好きだけど、これほどじゃない」という言葉です。

シェフの休退職や長時間労働が続いた頃に聞いた「この仕事が好きだけど、これほどじゃない」の一言が心に響いたそう。どんなに好きでも、好きでいられる範囲があることを知ったのだとか。(提供画像/『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』P134〜135)

chika

この言葉を聞くまで、私の中で「好き=自己犠牲」という固定観念があったのかもしれません。

好きなことを仕事にできたのだから、誰よりも頑張らないと、というある種の強迫観念が顔をのぞかせること、私にもあります……!

chika

どんなに好きなことでも、好きでいられる範囲がある。範囲を超えたらはっきり言っていいのだと、ハスキーさんの考え方と行動が大きな学びになりました。

人生と仕事の付き合い方を考える、いいきっかけになった言葉です。1年目を振り返ったとき、ターニングポイントになっていると思います。

し、沁みる……!

その後、chikaさんは寿司職人と作家活動を両立させるため正社員として週5日働くことを見直し、ご自身のペースにあった週3日のパートタイム勤務に変えたいとレストランに申し出ていますよね。

週5日働いている状態を「当たり前バス」と呼んでいるのも印象的でした。

自分の中で「当たり前」と思っていることを変えることは、走っているバスから飛び降りるような感覚に似ています。流されるのではなく、自分の足で歩くことの勇気と大切さを考えさせられました。(提供画像/『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』P141〜142)

書籍にもありましたが、「当たり前」と思っていることを変えるのは怖いものですよね。「当たり前バス」から飛び降りた当時の心境を教えてください。

chika

この時はもうバーンアウト寸前でした。でも、ハスキーさんの言葉もあって、純粋に「もっと余白が欲しい」って思えるようになったんです。

余白ですか?

chika

フィンランドに来てからさまざまな人たちの働き方を見てきて、自分の人生には余白が足りないな、って感じていて。そこで、自分自身にある問いをたててみました。

一度きりの限りある人生の中で、私が誰かを喜ばせたり、印象付ける必要がなかったら……人生で何に時間を使って、何をしなくなるだろう?」と。

答えを出すまでに時間がかかりそうな問いですね。

chika

それが「きっとここまで働かず……、もっと目の前の人や感情を大切にして、めいっぱい心を込めて料理や作品を作りたい」ってすぐ答えが出てきたんです。

その答えが出てからは、シェフと作家活動を両立させるために働き方を見直したいと会社に相談し、雇用形態を変更しました。

chikaさんは週5働く雇用者という「当たり前バス」から、作家の仕事を両立する働き方ができるよう時給14.5ユーロの週3パートタイムシェフに切り替えた。(提供画像/『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』P137)

chika

どうしたら自分の考えた先に辿り着けるのか、明確な答えってないんですよね。

本の中で「カマス理論」の話を書きましたが、自分にはできないからと諦めて無力感を抱くケースって私たちの身近に潜んでいると思うんです。

「カマス理論」とは、空腹のカマスと小魚をガラス板で仕切ると、「小魚は食べられない」と思い込み(学習性無気力感)、仕切りを外しても目の前の小魚を食べなくなってしまうこと。(提供画像/『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』P143)

あります、あります。「どうせ無理だ」って考えは、年齢を重ねていくほど思ってしまう傾向にあるかも……。

chika

そうですよね。でもカマス理論には続きがあって、「小魚は食べられない」って思っていたカマスの中に、小魚を食べちゃうカマスを入れると「そうか食べられるんだ」って、諦めていたカマスも小魚を食べるようになるんですって。

フィンランドで働いていた同僚たちがそういう存在になってくれたんだと思います。自由に小魚を食べるカマスを見られたことで、思い込みが外れました。

もし「どうせ無理だ」と諦めていることがある時は、「本当に無理なのかな?」と一度疑ってみるのも良いと思います。

「幸せのハードル」が低い?

『北欧こじらせ日記』シリーズに登場されるみなさんが本当に素敵ですよね。「どこに行ったらこんな素晴らしい人に出会えるの?」ってうらやましく思っちゃいます!

chika

ありがとうございます(照)。

本の中に、仕事のコツは「相手を好きになること」とあったのですが、この発想に辿り着くきっかけを教えてください。

chika

人材紹介会社で働いていた時、そこで採用のお手伝いをしたんです。私が担当したのは、一般的には不人気とされている業界だったため、採用に苦戦していました。

けれど、目の前の担当者さんや働く人たちを見ていると本当にイキイキとお仕事されているんです。私自身も知れば知るほど好きになっていきました。

その想いをしっかり伝えようと、求人票を書いていくうちに、私の同僚がその会社に転職を決めちゃって(笑)。

すごい! 想いがしっかり伝わったんですね。

chika

その時の上司から「知れば知るほど好きになるんだよ」って教えてもらった言葉が、私の中で確信に変わっていったんだと思います。

苦手だなって感情は相手に伝わりますし、それによってバリアができてしまいますから。

第一印象で決めたり、人付き合いも減点法にしてしまったりする自分を反省しました(笑)。

chika

いやいや、どんな人や物にも必ずいいところも悪いところもあります。だけど、せっかくならいいところを探して歩み寄りたいと思ったんです。

もっと自分から「知ろう」という気持ちを持つことが大切なんですね。

chika

相手を知るほど「この人のために頑張りたい」って気持ちが入ってくるし、その温度感はきっと相手にも伝わる。その結果、「またあなたにお願いしたい」に繋がっていくんじゃないかな?と思います。

私って、何事も最初から期待しないようにしているんです。その影響もあるかもしれませんね。

そうなんですか!?

chika

上司からも「chikaって幸せのハードルが低いよね」って言われていました(笑)。

私のおばあちゃんも「私ってうれしがりなのよね〜」と言っていて、私もそうだなって。なんでも当たり前じゃないと思えるからこそ、小さなことで喜べちゃうんです。

chikaさんのフットワークの軽さにも繋がってくるかもしれませんね!

chika

失敗して当たり前。最初から成功することはないので、失敗しても「次に活かしていこう」と軽い心でいられるんです。

chikaさんが暮らすフィンランドの景色。サイクリングをすることも(提供写真)

どんな寄り道も価値になるから、大丈夫

寿司職人としてキャリアを積んでいたchikaさんですが、1年たたずに会社が倒産してしまいます。

現在はフィンランドで個人事業主として活動されていますが、どのような経緯だったのでしょうか?

chika

実は会社が倒産したのは、「今だ!」って当たり前バスから降りた2週間後の出来事だったんです。

えええ!

chika

さらにその数カ月後には、私の就労ビザが切れてしまうので、「次に働く先を早く決めなければ!」と、とても焦っていました。

でも、せっかくフィンランドで「自分の暮らしは自分でつくる」って踏み出したのに、また雇用主ありきの就職活動をして、当たり前バスに戻るの?という葛藤もあって……。ものすごく悩みました。

失業後、同僚のシェフたちからも誘いがあったというchikaさん。ビザのことだけを考えるなら、雇用主ありきの就労ビザを獲得するのが近道……。せっかく勇気を出して「当たり前バス」を降りたのにと、葛藤したそうです。(提供画像/『北欧こじらせ日記 フィンランド1年生編』P187)

chika

そんな時、日本でいうハローワークで今後の相談をしたらアドバイザーさんが「あなたのやれることじゃなくて、本当にやりたいことは何?」って言ってくれたんです。

私自身、「今、できることですぐにでも仕事を探すべき」と考えていたので予想外な質問でした。アドバイザーさんは、私に与えられている選択肢をすべて提示してくれて、その中に「フィンランドで個人事業主になる」があったんです。

素敵なアドバイザーさん……!

chika

個人事業主になれることは知っていましたが、個人事業主ビザの取得率は30%ほどなので、無理だろうな、って思いもありました。

でも、できる・できないじゃなく、本当にやりたいことをしよう! と、背中を押してもらえて。そして失業から数カ月後には個人事業主としてビザがおりました。

ご自宅でお仕事をするchikaさん(提供写真)

いろんな不安や葛藤の中で、選択された道だったんですね。「本当にやりたいこと」をするためにchikaさんが大切にしていることがあれば教えてください。

chika

どんな寄り道も価値になる」ですね。

私ってもともと夢がなかったんです。でも、ウェブショップを開設したり、カフェでアルバイトしたり、週末にいろんな経験を積み重ねてきたことで、ようやく自分のやりたいことが見つかりました。

昔は1つを続けられないことがコンプレックスだったんですが、経験を掛け合わせていくことで私の人生やキャリアが積み重なってきたんだな、って感じています。だから、どんなに遠回りしても、寄り道してもそれは価値になるんです。

今、やりたいことがないと思っている人はどんどん寄り道してみてほしいですね。

chika

少しでも興味のあることをやっていくのがいいと思います。

新しい挑戦をするために、今の環境を諦める必要はありません。私自身、心配性なこともあって、安全と挑戦を両立することが大切だと思っています。週末だけ冒険の旅に出るのもおすすめです! これを、私は「週末ギャップイヤー」(※)と呼んでいます。

※「ギャップイヤー」とは、高校卒業から大学入学までに1〜2年ほどボランティアやインターンなど、社会経験を積んでいく猶予期間のこと。「自分のやりたいこと」や「今しかできないこと」に取り組んでいく。

(提供画像/『北欧こじらせ日記』P101)

100%の準備は無理だから、とりあえずやってみよう

chikaさんのお話を聞いていると、すごく内省力が高いなぁと感じました。日頃から、振り返りや自分の気持ちを把握するためにやっていることはありますか?

chika

小学生の頃から日記を書いているのが影響しているかもしれません。今は『こじらせ日記』シリーズとして本になり、たくさんの方に読んでいただけているのも不思議で嬉しい気持ちです。

どんな風に日記を綴られているのでしょうか?

chika

ノートやスマホのメモに書くことが多いですね。

日記を書くことが、趣味というか癒しになっています。モヤモヤとした抱え切れない感情をずっと抱えているのってツラいじゃないですか?

日記を書きながら、「指先から心のモヤモヤを出し切るぞっ!」という気持ちになるんです。だから、悩んでいる時は長くなるし、楽しいことがあった日は4行くらいで終わっちゃいますよ(笑)。

今後もchikaさんの手から出た「こじらせ日記」を読むのが楽しみです!

chikaさんのように新しいことに挑戦しようとしている方へ、エールを送るとしたら何を伝えますか?

chika

お寿司学校の先生から言われた言葉を、そのままお伝えしますね。

どうやっても100%の準備は無理なので、できない前提で挑戦しましょう!

(提供画像/『北欧こじらせ日記 移住決定編』P142)

とはいえ、その決心がなかなかできません……。

chika

私自身もこのワナに引っかかったんです。だから、もっと料理のスキルを高めて、もっと英語を話せるように……とタスクをつくって、夢の実現を先延ばしにしていました。

でも、準備不足で移住しても案外なんとかなったんです。できない前提でも、挑戦しながら習得できることはたくさんありました。

経験者の言葉は強いです! 最後にchikaさんのこれからの目標を教えてください。

chika

2024年、フィンランド移住3年目を迎えます。この2年は本当に色々なことが起こりましたが「よく頑張ったね」って自分自身に言えた気がします。

移住する際に「とりあえず3年、フィンランドでやってみよう」ってことだけを決めていました。3年経ったあとどんな景色が見えるのか、今から楽しみなんです。

がむしゃらにサバイブしてきましたが、3年目もフィンランドで私らしく人生のピースを揃えていきたいです。

提供画像

2024年1月取材

取材・執筆=つるたちかこ
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト