働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

海外プロサッカー選手から創業74年の卓球メーカーの営業に? 「バタフライ」ブランドで活躍するサッカー的働き方

中武駿介さんはJリーグを経ず、シンガポールとマレーシアで約7年間プレーした元サッカー選手。30歳での引退を発表します。

その後、世界卓球選手権におけるラケット・ラバー(※)で世界一となる約5割のシェアをもち、「バタフライ」ブランドで知られる卓球用品のリーディングカンパニー・タマスに入社しました。

※ラバー……ラケットに張るゴム製のシート。回転やスピードや変化を出せる

サッカーから卓球へ、現役アスリートから裏方であるメーカーへ。性質が大きく違うようにも見える、2つを股にかけた転職でした。

そこには新しい空気を歓迎する会社のバックアップと、今までの経験を生かして新たな場で活躍する姿が。卓球ファンの筆者が聞きました。

中武駿介(なかたけ しゅんすけ)
1990年、宮城県出身。AB型。小学2年生からサッカーを始め、仙台FCを経て神奈川大学へ行き、主将も務める。卒業後はシンガポールに渡り、さらにマレーシアとあわせて7年間のプロサッカー選手生活を送る。その後は日本に戻って卓球用品ブランド「バタフライ」を展開するメーカー・タマスに就職。国内販売課所属。

きっかけは世界卓球?

いったいなぜ、海外サッカー選手から卓球用品会社に転職しようと思ったのですか?

中武

私がマレーシアのサッカー選手だった2016年に、クアラルンプールで世界卓球選手権大会があって。そのスポンサーがバタフライでした。

日本の企業らしいと聞き、調べていくうちに「この会社面白そうだな」と思ったのが出合いでした。

マレーシアでサッカー選手をしていた頃の中武さん(提供写真)

たまたまマレーシアで世界卓球が開催されたからだったんですね。

中武

はい。バタフライは用具へのこだわりが強いと知り、サッカー用具にこだわる私との共通点を感じて、惹かれました。

私はサッカーのスパイクへのこだわりが強く、一番お金を使っていて。しかも、当時主流だったスパイクとは真逆の製品を履いていたんです。

たしかに卓球をやる人はみんな用具にこだわりますから、その用具メーカーは最たるものですね。

中武

その後、家庭のことも考えて、サッカー選手の引退を決意しました。マレーシアでは単身赴任だったので、日本で子どもの成長を見たかったのもありましたね。

引退するとなれば、経済的な問題も出てきますね。

中武

はい。それから日本で就職活動を始めて、いろいろな人に相談したとき、また「タマス」という社名や「バタフライ」というブランドが出てきて。あの日覚えていた会社像が自分の中でしっかり繋がって、採用試験を受けて入社しました。

株式会社タマス(バタフライ)の本社。敷地には卓球道場も併設する(筆者撮影)

バタフライを選んだ決め手は何でしたか?

中武

卓球はラケットを1g単位で気にかけるのが印象的で。メーカーの役割がとても大きく、強く選手をサポートできるスポーツだと思いました。

そういった転職をして、周りからは驚かれませんでしたか?

中武

周囲からは、サッカーを引退したこと自体への驚きが大きくて……。当時は30歳くらいで、まだまだ現役でやれる年齢でしたし、コンディションもよかったので。

ビックリはされたんですけど、なるべくしてなったと思います。

あのユニークなアイデアも形にする仕事

そして入社後は、国内販売課に在籍してらっしゃいます。どんな業務をされていますか?

中武

スポーツ用品店へバタフライの製品を紹介したり、販売を促進する企画を提案したりしています。

各販売店の課題を解決するアイデアも、製品や企画を通してお話ししますよ。

最近、販売に際して行ったことはありますか?

中武

契約選手である世界チャンピオン・樊振東選手にちなんで、販売促進用に「樊振東うまい棒」をサービスで付けました。

ああ、あれ!

なんと、世界卓球2021・2023シングルス王者の樊振東をうまい棒にしてしまった一本。SNSでも話題に(筆者の私物より/筆者撮影)

中武

これは他部署が発案した施策ですが、国内販売課も後押しをしまして。

販売店にとっても「うまい棒」は話題作りになるので、普段来店されないような方が来るきっかけにもなりました。

これがほしくて、卓球ファンの私も用具を買ってしまいました。卓球界を震撼させたというか、世界王者をこんな風に登場させるのはすごいなと。

中武

あと、2023年には東京五輪金メダリストの水谷隼さんが監修したラケット「水谷隼 メジャー」を発売しました。

卓球を始める方にとって使いやすい入門用の製品で、大変ご好評をいただいています。

用具売上ランキングで1位をたたき出す大ヒット作になった「水谷隼 メジャー」

すごかったのが、オールスター感謝祭(TBS系)で、水谷さんが100本の水谷隼メジャーを用意してみんなに配ったそうですが……?

中武

あれは水谷隼さんが、本当に自腹で購入されたんです。ラケットにラバーを貼り合わせて、ケースに入れるなどの作業は当社も協力いたしました。

水谷さん、なぜそこまで……!?

中武

水谷隼さんは卓球をメジャーにしたい思いが本当に強くて。だから、「水谷隼 メジャー」という商品名にしたんです。

卓球のラケットには珍しい筆記体をグリップに採用し、老若男女に好まれやすい赤色にした

共演者によくプレゼントしているとさえ聞きます。

中武

何百本もプレゼントされるときは当社での準備も必要ですので、事前にご相談もありまして。おかげさまで、ネットニュースなどでも話題になりました。

「知らないことを聞く」から関係性が生まれる

バタフライには、卓球未経験者の社員が4割いることにも驚きました。経験者と未経験者だと卓球に関する解像度が違うと思いますが、どのように補完して仕事を進めるんですか?

中武

私も卓球素人でしたので、わからないことばかりでした。ただ、周りに1聞いたら10返してくれる同僚が多かったので、聞いたもん勝ちだなと思って。

販売店の方にも、わからないことがあるたびにその場で教えていただいています。

勇気を出して、その都度聞くのがカギなんですね。

中武

わからないことも含めてコミュニケーションを取り、自分がどう貢献できるかを見つけるのが大事だと思います。

たしかに、卓球好きって「親切」でもあるから、ちょっとうれしい機会かもしれないですし、心の距離が近づきそうです。

中武

こちらの質問に対して、プラス・プラスで情報をくれる印象です。

会社全体でも研修で教えてくれますし、卓球の相手までどんどんしてくれます。練習相手にはならないと思いますけど、打つだけでわかることはありますから。

元全日本卓球選手権チャンピオンの岩崎清信氏(写真)、渋谷浩氏などによる講習会を行うこともある(提供=卓球レポート/バタフライ)

同じスポーツでも異なる卓球をやってみたとき、中武さんにはどんな発見がありましたか?

中武

やはり1gにこだわる世界に驚きました。さらに、「このラケットは弾む、このラバーは回転がかかる」などは素人でもわかるようになってきたので、なるべく自分で打つことにしています。

それでも追いつかないところは、他のメンバーに協力してもらいながらやっています。

お互いのスポーツ経験の違いを、日常的に感じているわけですね。

卓球経験者も多いバタフライで、社員さんはどう映りましたか?

中武

皆さん、とても「マジメ」だなと思いました。卓球ではプレー中に「自分や目の前の相手と向き合う」からこそ、そういう性質になると思います。

サッカーだと多方面からいろいろな情報が入ってきて、いろいろなところにアンテナを張らないといけないので、向き合うよりも、全方向に対してアンテナを張る感覚ですね。

仕事以外で、社内のみんなが仲良くなる機会はありますか?

中武

たとえば、世界卓球観戦ですね。昼食時だったり、終業後の食堂でみんながお酒片手に観戦したり。

いいですね! バタフライ契約選手を応援するとか……!?

中武

戦っている選手がバタフライのラケットやラバー、ユニフォームなどを使ってくださるのを見ているとき、誇らしく感じます。そこでみんなが一つになるところもありますね。

サッカー経験から生まれた「足へのこだわり」

サッカー選手として活動されていたときは、どういう役割を担われていましたか?

中武

ボランチというポジションで、チームの一番真ん中です。

日本代表キャプテンだった、長谷部誠選手のポジションですね。

中武

自分で得点を取るより、得点するための土台を組んだり、失点を阻止することを手伝ったりする、汗を流す役割でした。

視野を広く持って、泥臭いことをやらないといけない。あまり人がやりたがらないことをやった感覚は、会社の仕事でも生かせると感じています。

サッカーは、チームスポーツというのも特徴ですよね。

中武

はい。チームとして求められるものと、個人に求められるものを敏感に感じとれる点は、業務にも生かせます。

今自分がこうするべきか、チームとして見たときに本当にそうなのか。自分がこうしたら、他方ではズレが生じるのか。

サッカーだと「誰かが前線にオーバーラップしたら、空いたポジションを誰かがケアする」みたいな協業が見られますからね。

中武

はい。さらに、サッカーはチームでいろいろな約束事があるんです。

チームで自分が今どこに位置していて、どんな役割なのかを意識する力は鍛えられたかなと。

さらにバタフライでは、「卓球未経験者ならではの意見が貴重」だそうですが。

中武

当社の採用ページの座談会にも、「卓球のラケットってどうして丸いんですか? 四角じゃだめなんですか?」という未経験者からの質問が紹介されています。卓球経験者の社員もそういう視点は参考にしているようです。

卓球経験者の固定観念のスキマを突く質問です。

中武さんはどんな意見を投げかけたことがありますか?

中武

サッカーでは身に付けるものにより気を使うので、アパレル関係の提案もしています。

最近はカッコよくなりましたけど、卓球は「ユニフォームがダサい」と言われた時期もありましたからね。たとえば、どんな提案をしましたか?

中武

「サッカーでは今、機能性ソックスが求められていて、スパイクなど足元にお金をかけます」とかですね。

その場では採用されませんでしたが、その後に当社が機能性ソックスを発売しまして。発言に対してウェルカムで捉えてくれる会社です。

クッション性とすべり止め機能を備える5本指ソックスなど、革命的な商品も(バタフライカタログ2024より)

卓球人にとって、足にこだわるのはなかなかない視点ですからね。どうしても「手」に持つものに関心が行きがちなので。

中武

ほかにも、当社からは中学校1年生でこれから卓球を始める新入生向けのシューズを、販売店にご提案しました。

ユーザーにとってもいい商品だとご説明した上で、企画の立案や提案まで行い、取り扱っていただけることになりました。

それがしっかり数字となって実績ができましたし、販売店やユーザーにもメリットのある「三方よし」の企画にできたと思います。

フラッグシップモデルの「レゾライン リフォネス」

「サッカー的視点」で、人生の決断に準備する

そんな唯一無二のキャリア選択をする際、大事にされていることは何ですか?

中武

人生で、決断をするタイミングは突然来るものでもないとは思っていて。ある程度、自分でプランニングできて、タイミングを動かせると思うんです。

そう考えると、ここでこういうことが起きそうだから、それまでにこういう人脈を作ろう、こういう信頼できる方にアドバイスをいただこうなど、準備できます。

それを自分の判断のプラス材料として、総合的に考えて、来たるべきタイミングでしっかりと判断できるように心がけてはいました。

しっかり準備をして、幅広い選択肢と、選択の精度を上げるわけですね。

ボランチというポジションで、ロングフィードで誰かにパスを渡すときにも周りが見えていないといけませんから、幅広い選択肢に目が行き届いたのかも?

中武

はい。見えない中で選択するのはもったいないので、知った上で選択した方がいいかなと。

そうして卓球用品の仕事に転職し、苦労したことを教えていただけますか?

中武

ずっと海外でサッカーをやってきたので、日本に帰ってから初めて企業で社会人経験を積みました。

だから、本当にすべてがゼロベースで、右も左もわからなくて、苦労したんです。でも、ゼロからスタートした方が失うものもないし、上がっていくだけなので。

逆に、よかったことは何ですか?

中武

本当に自分が自信を持てる製品を、ユーザーや販売店にお届けできている自覚を持てたことです。

用具にこだわり続けた中武さんならではの観点ですね。  

タマス(バタフライ)本社には、歴代チャンピオンたちの用具も並ぶ

中武

ちなみに私の前任者も卓球未経験だったんですが、販売店でも前任者の名前がよく上がっていて。

経験の有無にかかわらず、いい関係性の構築はできるのかなと感じます。

異業種出身者を生かし、生かされる方法

ここで、受け入れる企業側の声として、バタフライの広報さんにも話を伺います。会社として、「異業種の方を生かす方法」は何ですか?

バタフライ広報

異業種の方はさまざまな経験を積んでこられているので、提案に否定から入らず、どうしたらそれが実現できるかを一緒に考えることが大事だと思っています。

発言しやすくなるとともに、異業種から来た方に限らず、成功・失敗のどちらの体験を積むことは経験になりますし、成果が出れば自信になりますから。

生かすというよりは一緒に働くことこそ、協業かなと思います。

以前は肌感で2〜3割くらいだった卓球未経験者の社員が、今は4割程度いると聞きますね。

バタフライ広報

ありがたいことに卓球未経験者の方からのご応募も増えています。

それはなぜですか?

バタフライ広報

卓球の裾野の拡大は、メーカーとしては一番大事なことであると考えており、卓球の認知や魅力が拡大していることも要因であると考えています。

バタフライが日本経済新聞に出した一面広告。創業のこころ「小さな井戸を掘る」を一つ前に進めたメッセージ

意識せずとも、自然と「従来の卓球好き以外にもファンを広げる態勢」になっているとも言えるのでしょうか。

バタフライ広報

はい。私自身は卓球経験者ながら異業種からの中途入社なんですけど、会社全体として普及活動やCSR(企業の社会的責任)に関する取り組みなどにも力を入れています。

幅も広がって、従来なかった着眼点も持てるようになってきたのではないでしょうか。また、従来にないチャレンジを積極的に行っています。

街の片隅に卓球台を置く「まちたく」。中武さんも志を同じにする活動で、「卓球の魅力を一人でも多くの人へ伝えたい」との思いが込められている(提供=卓球レポート/バタフライ)

最後に中武さんから、「異業種の経験を新たな環境で生かす方法」を教えていただけますか?

中武

異文化を一度しっかりと体験した方がいいと思います。

マレーシアにいたとき、濁った川で泥の味しかしない魚を食べたんですけど、そういうことを現地のチームメートと一緒にやると距離が縮まるし、一度その文化に対して染まりきった方がいいと思っていて。

強烈な体験ですね。

中武

それは会社も一緒だと思っていて、業界や会社にすべて一度染まってしまってもいいのかな、と。

そこから、今までやってきた経験を生かした自分らしさは出せると思うので。

一度染まりきってから発する意見と、何も最初から受け入れないで発する意見は意味も重みも違うと思いますから。

2024年2月取材

企画・取材・執筆=辰井裕紀
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト