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既存の価値観を「ひっくり返す」。離婚式や涙活、まずい棒を生み出したプランナー・寺井広樹さんに聞く、ザワつくアイデアの作り方

寺井広樹さんは、離婚式や涙活、まずい棒、赤の他人の証明写真など、数々のヒット企画を世に送り出してきたプランナーです。2023年には、映画『散歩屋ケンちゃん』で監督も務められました。

そんなにも幅広くアイデアを考える仕事をされているならば、情報収集もたくさんしているはず……! しかし意外にも、寺井さんはネットやテレビをほとんど見ないそう。最新情報を得ていないにもかかわらず、なぜ面白い企画が生み出せるのでしょうか。

寺井さんがこれまで手がけた商品やサービスをピックアップしつつ、ユニークな企画を生み出す秘訣やアイデアを形にするコツについて伺いました。

寺井広樹(てらい・ひろき)
日本初の“離婚式プランナー”として国内外のメディアから注目を集め、これまで700組以上の離婚式をプロデュース。涙を流すことで心のデトックスを図る「涙活」や銚子電鉄と企画した「まずい棒」が話題に。文房具コーナーの“試し書き”コレクターとしても知られる。怪奇漫画家・日野日出志のドキュメンタリー映画や『散歩屋ケンちゃん』では映画監督も務める。著書に『企画はひっくり返すだけ!』(CCCメディアハウス)、『「試し書き」から見えた世界』(ごま書房新社)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、『電車を止めるな!』(PHP研究所)など。

味はおいしい「まずい棒」が500万本売れた

寺井さんが最初に注目されるようになったのは、離婚をする夫婦が、家族友人の前で「再出発の決意」を誓い合うセレモニー「離婚式」ですか?

寺井

そうですね。2009年に、大学時代の先輩の離婚式をプロデュースしたのがきっかけで、後にビジネス化しました。

ただ、コロナ禍以降はかなり減ってしまい、いまは年間3組くらいです。結婚式自体が減っているようで、離婚式も同じく影響を受けています。

離婚式の様子(提供写真)

なるほど。ほかにも、意識的に涙を流すことで心のデトックスを図る「涙活」も印象的でした。

寺井

涙活もコロナの影響で一時減りましたが、最近は企業にお伺いする「出張涙活」が増えています。

企業から涙活の依頼があるんですか?

寺井

はい。おもに社員の福利厚生、ストレス解消の一環として涙活を取り入れたいというご要望です。

「イケメソ宅泣便」というサービス名で、イケメソ男子(イケメンでメソメソ泣く男性)がオフィスに伺い、泣ける動画などを一緒に見て泣いてスッキリしていただきます。

寺井さんが企画・監修する「イケメソ宅泣便」。頬をつたう涙をハンカチで優しく拭う「頬ポン」サービスもある。(引用: https://ikemeso-office.com/

いろんなニーズがあるんですね。

銚子電鉄(※)と企画した「まずい棒」も印象的な企画でしたが、どういう経緯で作ったのでしょうか?

※1923年から営業する千葉県東部の銚子エリアを走る6.4キロの路線。利用者減少やアクシデントなど、何度も廃線の危機に瀕するも、奇跡的な復活で現在まで営業を続ける。

寺井

銚子電鉄さんとご縁ができたのが2016年です。

当時、私が『ありがとう』という涙活についての書籍を出したんですが、同じタイミングで銚子電鉄・外川駅がネーミングライツ施策で「ありがとう駅」になったんです。しかも、駅に置く本を募集しているという話を聞いて、すぐ電話をしました。

偶然の出会いだったんですね。

寺井

実は、以前から「まずい棒を作りたい」と構想を練っていたんです。それを、銚子電鉄の竹本社長に提案したんですが、最初からまずい棒のアイデアがウェルカムだったわけではありません。

電車内でお化け屋敷を体感する「お化け屋敷電車」を一緒に企画運営する中で信頼関係が生まれ、「まずい棒」につながっていったんです。

すぐ商品化できたのでしょうか?

寺井

実は紆余曲折ありました。最初は私が「本当に味がまずい商品じゃないとダメだ」と思いこんでいて、まずい食べ物を研究していたんです。すごく辛いものや無味無臭のものとか。

でも、父から「おいしい商品じゃないと、売れるわけがないだろう」と言われて、そりゃそうだな、と。そのときに「銚子電鉄の経営状況がマズいのであって、味はおいしくてもいいんだ」という考えが出てきて。

すぐ竹本社長に電話したら、「それならいけるね」という話になり、千葉県内でメーカーを探しました。

銚子電鉄「まずい棒」。合計で500万本を突破し、2億円以上の売上につながった。(引用: https://choden-mazuibou.com/

お菓子のプロデュースだけではなく、2023年には映画『散歩屋ケンちゃん』で監督を務められました。これはどういう経緯で?

寺井

銚子電鉄の竹本社長から「映画を作りませんか?」という話があり、2000万円かけて『電車を止めるな!』という映画を作りました。

映画『電車を止めるな!』公式サイト (引用: https://www.dentome.net/

寺井

『電車を止めるな!』は、メディアで取り上げられて話題にはなったんですが、興行的には赤字で……。

銚子電鉄名物のぬれ煎餅(※)やまずい棒の売上にはつながったので、失敗とまでは言い切れないのですが、銚子電鉄主催で次の映画を作るのは難しい、と。

※1995年、銚子電鉄が廃線の危機の際に副業として始めたぬれ煎餅。「ぬれ煎餅買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」という異例のお願い文で奇跡的に廃線を免れる。

寺井

じゃあ、個人でやるしかないな、と思って作ったのが『散歩屋ケンちゃん』です。

銚子電鉄さんの応援になるような映画を作りたいと思い、クラウドファンディングで800万円以上を集めて製作しました。

いしだ壱成と石田純一が親子初共演した、銚子電鉄100周年応援映画『散歩屋ケンちゃん』。銚子の街を舞台に、父と息子の再生を描く物語。(引用: https://sanken-movie.com/

興行的にはどうでしたか?

寺井

ありがたいことに、こちらは黒字になりまして。それほど大きな金額ではありませんが、興行収入の1割を銚子電鉄さんに寄付しました。

あと、「赤の他人の証明写真」ガチャもSNSで話題になりましたね。

寺井

コロナ禍以降はマスク生活になり、人の素顔が恋しくなったような気がして。ふと、証明写真をカプセルに入れてみたら面白いかも、と思いつきました。さっそく知り合い10人に声をかけて、「証明写真をもらえませんか?」と頼んでみたら、あっさりOKが出て。

思いついてから商品化まで、10日もかかってないですね。写真をコピーして切って、カプセルに入れて売るだけなので、ほとんど経費も使っていません。

提供写真

寺井

このガチャを神楽坂に設置したら、来てくれたお客さんの投稿がバズって、30万以上のいいねがつきました。話題になったのは、その人のおかげでもあるんです。

まさに赤の他人が「赤の他人の証明写真」ガチャを広めてくれたんですね。

寺井

なぜウケたのか、企画した自分でもよく分からないんですけどね。

その後、「自分の写真を使ってほしい」という売り込みもあり、100名分集まったので写真集も作りました。

いずれ1000人の証明写真ガチャを作ろうと考えていますが、1000種類あるガチャってコンプリートが大変そうですね(笑)。

品位を保ちながら、賛否両論あるものを狙う

寺井さんは、どういう経緯でプランナーのお仕事を始めたのでしょうか?

寺井

最初は人材派遣会社で営業をやっていました。でも、入社したときから「3年でやめよう」と思っていて。27歳で海外へ放浪の旅に出たんです。遅めの自分探し、みたいな感じでしょうか。

1年ぐらい海外を回って、お金がなくなって日本に帰ってきて。なんとなく離婚式をやりはじめたら、意外と需要があることを発見しました。既存の価値をひっくり返したら、新しい商売が生まれることに気づいて、味を占めちゃったんですよね。

大きなビジネスにはならなくてもいい。スモールビジネスで、いろんなところからお金をいただいて生活していく形が自分には合っているんじゃないか、と考えました。

では、ビジネスを拡大していきたい意思はあまりない?

寺井

私としては、「かつて憧れていた人たちと一緒に仕事がしたい」という気持ちが一番強いんです。映画監督も、あくまでそれを実現するための手段でしかないんですよね。

なるほど。では、今までのお仕事の中で一番苦労したことはなんですか?

寺井

パロディーの企画が多いので、オリジナルの権利者に許可を得るのは毎回苦労します。ある企業に電話したら、開口一番「訴訟を起こします」と言われたこともありました。

私はいつも、パクリ+リスペクトで「パクリスペクト」と言っています。単にふざけているのではなく、オリジナルに対するリスペクトがある。そこは誤解がないようにと思いますが、実際にはなかなか伝わりにくいですね。

でも、あえてギリギリのラインを狙っているところもあるのでは?

寺井

そうですね。離婚式のときも賛否両論あって、「すごくいい」と肯定的に捉えてくれる人もいれば、「不謹慎だ」「ふざけてんのか」という意見もありました。

賛否両論あるものを狙うと、話題になります。ただ、わきまえて企画しないと、単なる炎上系YouTuberのようになってしまう。品格・品位が大事ですね。

ネットで情報を得るより、試し書きを見て想像するほうが楽しい

寺井さんはネットやテレビをほとんど見ない、とお聞きしました。どうやって情報収集をしているのでしょうか?

寺井

実は海外放浪中に、文房具コーナーにある試し書きの紙を集めはじめて。いまも毎日、文房具屋さんに行っています。

試し書きには、いま人々の頭の中にあるもの、流行っているものや潜在意識が書かれているので、すごく面白いんですよ。その内容を見て、流行を知ったり情報を得たりしています。

提供写真

でも流行を知るなら、ネットやテレビで情報を得るほうが早いのでは?

寺井

ネットを見て、瞬時にニュースが入ってくることがつまらないんです。逆に、「この言葉って、どういう意味なんだろう?」と想像したほうが面白いんですよ。

たとえば、「PPAP」が流行った時期に、やたら試し書きで見かけたんですよね。これってどういう意味なんだろう?と考えたけど、ピコ太郎さんの姿はまったく想像つきませんでした。

ある日突然、何かのタイミングで「こういう意味だったんだ!」と分かると、楽しめますね。

ネットですぐ調べるより、試し書きを見て妄想を膨らますほうが面白い、と。

寺井

そうです。たまに私宛に取材が来て、テレビに映ることがあるんですが、放送は一切見ません。見てしまうと結果が分かってしまって面白くないので……。

見ないと、「こんなふうに紹介されたんじゃないか」と想像が膨らみます。そのほうが楽しいですよ。

もし自分がテレビに出たら、普通の人なら必ずチェックすると思うのですが……。寺井さんにとっては情報を得るより、妄想や想像の余地を残しておくことが重要なんですね。

100年かけて考えても、今すぐ作っても、そんなに変わらない

寺井さんのアイデアは、どういうところから生まれるのでしょうか?

寺井

共通点としてあるのは、ひっくり返す技ですね。結婚式に対して離婚式とか、自然に泣くのではなく意識的に涙を流す、とか。

正直にいうと、アイデア自体はつまらないと自覚しています。でも、思いついてから形にするのはかなり早い。「そんなにお金もかからないし、とりあえずやってみよう」という瞬発力は他の人より持っているかもしれません。

もちろん自分1人では実現できないので、「誰の力を借りたらできるかな」「○○さんに聞いてみよう」と動きます。

映画も「赤の他人の証明写真」も、いろんな人を巻き込まないと実現しない企画ですよね。

寺井

最近思うのは、映画を見たい人より映画に出たい人のほうが多いな、と。自分にスポットライトが当たる企画であれば興味を示してくれるし、率先して動いてくれます。

映画のクラウドファンディングでは、エキストラ出演券(2万円)が約20人、セリフあり出演券(20万円)も5人から応募がありました。「赤の他人の証明写真」も、みなさん意外とすんなり提供してくれましたね。

人に迷惑がかからない範囲で動いてみたら、誰かしら協力してくれるのではないでしょうか。

「赤の他人の証明写真集」に参加した人を集めて開催された、発売記念イベントの様子

アイデアを形にするコツはありますか?

寺井

シンプルに、数多く出すことが大事だと思います。あまり難しく考えず、100個アイデアを出して、お金がかからないレベルでやってみる、とか。

面白いアイデアを思いついても、「どうせ実現できないだろう」と思ってあきらめてしまうことも多い気がします。どうすればいいのでしょうか?

寺井

いかにリアルにイメージできるか、が商品化に大きく関わるポイントです。頭の中で明確に描けないから、形にならないのではないでしょうか。

たまに企画の相談を受けることもあるのですが、話を聞いていると全然イメージできていないことが多くて。それだと実現しないよな、と。

アイデアを考える時間や場所など、何か決めているルーティーンはありますか?

寺井

とくに決めていませんが、よくアイデアが思い浮かぶのは自転車を漕いでいるときです。机に向かって「これを考えよう」なんてことは一切ないですね。

そもそも、すごいアイデアが出てくるとは思っていないので。自分のアイデアに期待していないから、手軽にできるのかもしれません。

自分の中でハードルを低く設定しておけば、すぐ動き出せる、と。

寺井

はい。100年かけて考えても、今すぐ作っても、どうせそんなに変わらないだろうと思っているので。

理想が高すぎると、いいものを作ろうとして時間をかけて考えてしまいますが、寺井さん的には「どうせ大したものができないから、すぐやっちゃえ」という感じなんですね。

寺井

その通りです。4~5年前に、大学生が分厚い企画書を持ってきて「この企画、どうやったら形になりますか?」と相談を受けたことがありました。優秀な人ほど、頭でっかちになってしまうんでしょうね。

もちろん規模にもよりますが、私が手掛けるスモールビジネスに関しては、分厚い企画書なんて必要ないと思っています。

・想像する余地を残しておく
・頭の中で明確にイメージしてから形にする
・自分のアイデアに期待しすぎない

アイデア出しから企画を実現するための大事なポイントをお聞きできました。本日はありがとうございました!

提供写真

2023年11月取材

取材・執筆:村中貴士
アイキャッチ制作:サンノ
編集:鬼頭佳代(ノオト)