働き方研究者がおすすめするビジネス書 ― 『人新世の「資本論」』
はじめに
「働く」に関する社会の関心・課題は時代とともに変化し続けてきました。近年、日本では働き方改革が大きなテーマとなり「生産性の向上」を求め、いまやパンデミックをうけて改めて「安心、安全」が見直されています。社会で起きている変化と、働く人々やライフスタイルの在り方を見つめながら「働き方」を考えていきます。
働く場においてもオフィスだけでなく、私たちが生活する空間すべてにおいて、健康でいきいきとした人間らしい働き方や過ごし方ができることが、今の時代に問われています。この連載では、これからの働き方や働く場を語るうえで参考になる書籍を「働き方」の研究者が選定し、ご紹介します。
『人新世の「資本論」 人類が地球を破壊しつくす時代』
著 斎藤 幸平
発行 集英社新書 2020年9月
この本のおすすめポイント
気候変動・環境崩壊の危機・脱経済成長の可能性
- 資本主義における経済発展と自然環境の関係について解説
- 「SDGs」と「緑の経済成長」で持続可能な成長とは何かを説明している
- 二酸化炭素削減と電気自動車普及のパラドックスとは何かが解る
- 資源産出国のグローバルサウス(南半球)と先進国(北半球)の主な技術・環境・時間の関係と課題を説明している
- 脱成長社会という選択肢は果たして可能なのだろうかを説明している
書名から本の内容を類推すると経済に関連した書籍と見てしまいますが、内容は地球の温暖化と環境変化を主とした資本主義経済の話です。世界では温暖化の影響により海面上昇、超大型台風、大雨、山火事など異常気象と自然災害が起きています。なぜ世界経済の発展がこのような環境変化を生んでいるのかを、政治、資源、環境変化、技術を踏まえて歴史と時間的観点から解説しています。
本文ではカール・マルクスの「資本論」を取り挙げ、その新しい解釈をもとに今、地球環境に起きていることを検証します。新自由主義と資本主義経済による「限りない成長」が自然破壊や異常気象の原因だとし、人と自然のかかわり方の事例や資本主義発展の歴史も交えて分かり易く分析しています。
本書は「SDGs」や「ESG」、「緑の経済成長」といった一見すると環境重視の政策も限界のない経済成長の隠れ蓑となり地球環境の破壊につながる可能性があるとします。
著者は、最終章でマルクス資本論の物質代謝論を取り上げ「人間に固有な、自然との物質代謝の意識的な媒介のことを、労働と呼びます。」と定義、だからこそ、労働のあり方を変えることが、自然環境を救うために決定的に必要だとして「脱成長コミュニズム」を提唱しています。
『人新世の「資本論」』の読後感は?
本書ではマルクスの「資本論」を取り上げ資本主義の抱えている、世界の経済と環境の課題を体系的に解説、現在起きている環境破壊の重要性を再認識させてくれます。また「資本論」を改めて読んでみて「労働」について深く掘り下げていることにおどろきました。
マルクスは1848年30歳のとき「共産党宣言」刊行でソ連や中国などの共産党と強く結びつけられ、一党独裁制度の元凶と考えられています。しかし45歳のときに「資本論」第1巻の草稿を執筆、その内容は「共産党宣言」とは全く異なるもので、「経済的運動法則」という「市場メカニズム」の解明にその後生涯をかけて没頭することになります。
「資本論」では「労働」の基礎を定義づけ、この時すでに「資本主義」の課題と未来を予測しています。本書はその「資本論」をもとに、これからの経済と自然環境の関係を、地球規模としてどう考えていけば良いのか、筆者が「脱成長コミュニズム」を新たに提唱し読者に問いかける内容です。
著者プロフィール
ー田尾悦夫(たお・えつお)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 研究員。企業のオフィスや金融機関店舗のスペースデザインを長年、現場中心に携わり、クライアントと一体となる空間づくりを心掛け、支援する。その後、オフィス構築のノウハウを生かし、人々の「モチベーションやウェルビーイング」を主軸にこれからの「働き方」の研究に従事。 また、研究活動の傍ら「オフィス学会」、「ニューオフィス推進協会」、「日本オフィス家具協会」など多くの関係団体で研究や教育研修、関連資格の試験制度の運営にも携わることで、業界全体の啓蒙活動にも積極的に活動している。
2021年12月2日更新
テキスト:田尾悦夫(オカムラ)
イラスト:前田豆コ