【クジラの眼 – 字引編】第13話 ダイバーシティ&インクルージョン
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
今月のキーワード:ダイバーシティ&インクルージョン
はじめに
生物の劇的な進化と言えるものの一つに雌雄分化があります。生殖活動において雌雄の遺伝子を交換することによって、生物は遺伝子の多様性を持つことが出来きるようになりました。多様な同類他者(=変異体)を作る過程で、変異体ばかりを作ることは極めて危険なので、変異性を担うものと安定性を担うものの2種類を作り出すことにした。それが、オス(=変異性を作る)、メス(=安定を保つ)なのです。
ある生物にとって、その集団内にさまざまな遺伝子型の個体が存在する方が、環境の変動に対して多様な反応を示すことができるため集団の生存確率は高まります。現在地球に存在する生物の多くは雌雄分化した生物ですが、ダーウィンの進化論的に言えば、雌雄分化によって多様性を得た生物が環境に適合しやすかったので生き残ってきたということなのでしょう。
ここまで生物論的なことを書いてきましたが、「生物」が生き残っていくために多様性が必要だという話を続けるつもりはありません。今回は「組織」が生き残り、成長していくために多様性をいかに活かしていくか、という話をしようと思います。
ダイバーシティ&インクルージョンとは
ダイバーシティ&インクルージョン
多様な人材が、お互いを理解し、認め合い、活かされ、組織に関われている状態のこと。
ダイバーシティ&インクルージョンの概要
ダイバーシティは、皆さんご存知のとおり「多様性」という意味です。企業がダイバーシティを確保することは、性別や年齢、国籍、文化、価値観など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を活用することで新たな価値を創造・提供する成長戦略と言えます。グローバル化や顧客ニーズの多様化といった市場の変化に対応するため、ダイバーシティを経営に取り組む企業が増えています。
一方、インクルージョンは「受容」という意味。企業におけるインクルージョンとは、従業員がお互いを認め合いながら一体化を目指していく組織のあり方を示しています。従業員一人ひとりの多様性を受け入れることに加え、経営理念を共有し、組織の一体感を醸成することで成長や変化を推進する。その取り組みが「ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&Iと表記)」なのです。
D&Iが注目されるようになった背景
日本の企業がダイバーシティを意識するようになったのは2000年以降のことです。当時の日本では、労働人口の減少が懸念され、労働力を確保することが企業の課題として浮上していました。これを解決するため、女性やシニア層、障がい者、外国人などそれまで労働力の中心ととらえていなかった人たちを積極的に雇用する企業が増えていったのです。これに加えて、多様な価値観や知見を持つ人材の雇用は、組織内の発想やアイデアの活性化につながるというメリットがあります。イノベーションの創出を目的に、成長戦略の一つと位置づけてダイバーシティに取り組む企業も増えました。
しかし、多くの企業では、均質的な人材からなる組織を作り、それをマネジメントすることが合理的と捉えてきました。均質性に慣れている従業員にとって、多様性を認めて受け入れることは容易ではありません。職場の人間関係がぎくしゃくすれば、仕事を円滑に進めることはできず、新たな価値を生み出すことなど土台無理な話です。そのため、ダイバーシティを補完し発展させるためにインクルージョンの必要性が叫ばれるようになりました。つまり、ダイバーシティによって多様な人材を受け入れ、インクルージョンによって一人ひとりがお互いを認め合い、経営目標の達成に向けて力を合わせる体制は整うと言えるのです。
D&Iの効果
D&Iを実現し、ダイバーシティが活かされるようになると企業にとって6つのメリットがあると言われています。
- コストの削減:職務満足度低下による離職や欠勤のコスト
- 人材確保:良い評判による採用への優位性
- マーケティング効果:広報・消費者行動の理解やそれへの対応
- 創造性の増大:プロダクトやプロセスのイノベーション効果
- 問題解決の進展:幅広い経験や考え方による問題解決の改善
- 企業組織の柔軟性:複雑な状況への柔軟な対応や曖昧な業務の実行など、流動性や順応性の担保
どのメリットも、パフォーマンスの向上や価値創造が重要視されるようになった現代社会では大きな意義があります。D&Iが体現できる組織風土が醸成できれば、多様な個人が自然体で安心して自分自身の能力や個性を発揮できる組織になるのです。
D&Iを促進するための施策
オカムラは2017年に「Work Life Labo.」という共創プロジェクトを立ち上げ、「ライフ(人生)」の中の「ワーク」の在り方について研究を続けています。その活動の中でD&Iを研究テーマの一つに取り上げ、D&Iを実践している企業12社を調査し、そこから抽出されたD&Iに関わる具体的な施策を10のカテゴリー(理念、カルチャー、採用、福利厚生、教育、リーダーシップ、コミュニケーション、チームワーク、セルフマネジメント/責任感、心理的安全性)に分類・整理しました。D&Iをつくり上げようと考えている方は参考になさってください。
D&Iの課題
D&Iを阻害するもの一つにアンコンシャスバイアスがあると言われています。アンコンシャスバイアスとは「無意識の偏見」と訳されるもので、これまでの経験や情報から形成される固定観念や先入観のことです。ダイバーシティの取り組みが十分に推進されている企業でも採用やポストにおいて偏りがあり、分析してみるとアンコンシャスバイアスが悪影響を及ぼしていた、との報告もあがっています。
例えば「女性は管理職に向いていない」「シニアは柔軟性がない」「短時間勤務者は家庭を優先する」といった思い込みがアンコンシャスバイアスの例として挙げられます。「男女は平等」「家庭の事情と仕事意欲は関係ない」と分かっているつもりでも、無意識に選別してしまう人は少なくないのです。アンコンシャスバイアスは誰もが持っているもので、これが悪い方向に働くと、さまざまな意思決定にバイアスがかかり、不公平感を生んでしまいます。D&Iを推進するには、排除すべき思い込みや先入観に気づかせ、改善していかなければならないのです。
おわりに ~D&Iの推進~
最後に組織内でダイバーシティを活かすための3つのステップを紹介しましょう。
このステップに当てはめて考えてみると、日本ではまだ第1段階にいる企業が多いのではないでしょうか。まずは差別をなくすこと、多様な人材を雇用することから始めなければならないため、制度を新しくつくったり、変更したりする必要があります。しかしその次には、管理職のマネジメントの変化などが欠かせません。
市場や経営環境が変化する中、それらに柔軟に対応していくためには、多様性を活かす組織であることが求められます。その意味でD&Iは、おそらくあらゆる組織にとって真剣に取り組まなくてはならない重要な経営戦略。生き残り、成長を続けていくためには、「生物」であっても「組織」であっても、多様性を活かす戦略が必要なのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!
著者プロフィール
―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。
2020年4月16日更新
テキスト:鯨井 康志
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI
参考文献:
Work in Life Labo.活動レポートVol.01
Work in Life Labo.活動レポートVol.02
Work in Life Labo.活動レポートVol.03
「ダイバーシティ&インクルージョン(日本の人事部)」