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【クジラの眼 – 字引編】第11話 リクルーティング

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による連載コラム「クジラの眼 – 字引編(じびきあみ)」。働く場や働き方に関する多彩なキーワードについて毎月取り上げ、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

今月のキーワード:リクルーティング

はじめに

企業は永続性を担保するために新しい血を取り入れ続けなければなりません。新卒の採用があらゆる企業にとって重要な活動であることは言うまでもないでしょう。各社ともホームページの「採用情報」のトップで、自社をアピールするキャッチコピーを掲げて学生を惹きつけようと苦心しています。例えば…

  • 小学館「おもしろ層・小学館」
  • RIZAP「『人は変われる。』を証明する」
  • カネカ「創造的楽観主義」
  • カヤック「いちゲー採用」
  • アサツー ディ・ケイ「キミがスタメンになれる強みは、なんだ。」

どちらの企業も、どのような情報を提供すれば就活生の心に刺さるのかを考え、創意工夫していることが分かります。しかし、このようなWeb上の情報提供だけでなく、実際に働いている場を使って自社をアピールすることもできるはず。企業を選択する学生にとって、それが有効な情報となる可能性だってありそうです。

今回取り上げるキーワードは「リクルーティング」。採用活動を優位に進めるためにオフィス環境が果たす役割について考えていきます。

リクルーティングとは

リクルーティング【recruiting】

企業や組織が働き手を募集すること。採用活動。

人材獲得競争

就労人口の減少と景気の拡大が続く中、優秀な人材の獲得競争が激化しています。特にリーマンショック以降は、学生が企業を選ぶ、いわゆる「売り手市場」が続いていて、2019年の求人倍率は1.88倍でした。企業の規模別に見ると、300人未満の中小企業では9.91倍と過去最高の売り手市場になっています。

企業が学生に対して自社の事業を積極的にピーアールしていかなければならない状況はこれからも続いていくことでしょう。もちろん企業のアイデンティティやビジネスの内容を訴えかけることが重要ですし、企業を評価する学生側の視点もそこにあることは言うまでもありません。しかし、厳しい獲得競争を勝ち抜くにはそれだけでなく、企業は、考えうるアピールポイントをさまざまな手段を講じて就活生に伝えて行かなければならないのです。

学んできた環境と働く環境

就活生にとっては、入社して仕事をすることになるかもしれない職場の雰囲気やオフィス環境の良し悪しも気に掛けるようになってきたように思われます。なぜかと言うと、今の学生は一昔前と比べ充実した学習環境の中で過ごしているからです。

例えば昔はなかった大学内の施設に「ラーニング・コモンズ(=アクティブ・ラーニング・スペース)」があります。これは大学図書館に設けられた学習支援施設のことで、情報通信環境が整い、自習やグループ学習用の家具や設備が用意された、開放的な学習空間です。2010年前後から導入が始まった同施設は今では全国の7割程の大学(国立大では97%、私立大では67%)で整備されています。

少子化が進む中、大学ではラーニング・コモンズ以外にも学びの環境を充実させ、洒落た空間をつくることで入学志願者を増やそうとしてきました。良い環境で学んできたいわば「目が肥えた」学生は、就職先にも良い環境を求めることが予想されるのです。

会社選びで「オフィス」も重視

新卒入社社員500名を対象にオカムラがおこなった調査では、51%の回答者が「就社を決める上でオフィス環境を重視した」と答えました。今の就活生の半数もの人たちは、オフィス環境の良し悪しを志望会社の選択基準に加えていると言えそうです。

就活生が、働く環境をどのように重視しているのかを見ていきましょう。

学生が注目するスペース

志望した企業の中で何割ぐらいの企業がオフィスを見せてくれたのかを訊いてみたところ、38%の人が「1~2割の企業」と答えており、「0割(1社も見ていない)」と回答した人と合わせると全体の半分以上もいることが分かりました。採用活動の中で、自社のオフィスを見せている企業はまだ多くは無いようです。

そんな中で、働く環境が重要だと考えている学生は、オフィスの中のどの空間を見て参考にしているのでしょう。同調査では、オフィスのいくつか場所を挙げ、どこが入社を決めるのに影響したかを訊いています。その結果、6割の学生が「執務スペース」を選んでおり、その企業の社員がデスクを並べて働いている空間に最も注目が集まっていることが分かりました。

印象を左右する「執務スペース」

次に「職務スペース」を整備する際の具体的なポイントについて見てみましょう。同調査では執務務スペースに入り良い印象を持ったときの理由と逆に悪い印象を持ったときの理由を調べています。

結論を言えば、良いにせよ悪いにせよ、オフィスの印象を決める要因には、〈清潔感〉〈社員の活気〉〈スペースの余裕〉が関係していることが分かりました。学生を引きつける魅力のあるオフィス環境をつくるには、これらのポイントを十分に配慮し、合格点がもらえるようにしておく必要がありそうです。

特に三つの要因の中の〈社員の活気〉は、物理的な空間だけで決まるわけではなく、むしろ働いている人たちのふるまいで決まるものです。最後にその辺りのことについて考えてみようと思います。

おわりに

就活の時期になるとリクルートスーツに身を包んだ学生さんをよく見かけます。就活専用のスーツがあるのは世界の中で日本だけだと言われていますが、これは、誰からも突っ込まれることがない無難な服装。つまり面接などで悪目立ちして余計なことで減点されないためのファッションなのだそうです。個人的には、もっと個性を発揮してもらった方が、その人の人間性や価値観が分かっていいと思うのですが…。

実はこのことはオフィス空間についても同じことが言えそうです。ある調査によれば、自分のオフィスにオリジナリティを感じている人はたったの14%しかいないとのこと。つまり日本のオフィスの大半は個性的とは言えないのです。エントランスに掲げている社名のサインやロゴマークは違えど、一歩中に入ればそこに他のオフィスとの違いを見付けるのは難しい。そんなことでは、何社もオフィスを見た就活生は、後でどこがどんなオフィスだったか分からなくなってしまうことでしょう。せっかくオフィスを見てまわっても時間の無駄ということです。

調べてみると、個性的なオフィスを望んでいる人は75%もいるのです。自社のビジョンを表出することなどによってオリジナリティを感じられるようなオフィスにできれば、働く人たちの心には強い帰属意識が芽生え、エンゲージメントが高まることでしょう。その結果、みんながイキイキと働いている「活気のあるオフィス」になるのです。オフィスを就活生に見せていいのはそうなってからの話なのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回お会いする日までごきげんよう。さようなら!

著者プロフィール

―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』など。

2020年1月23日更新

テキスト:鯨井 康志
イラスト:
(メインビジュアル)Saigetsu
(文中図版)KAORI