【クジラの眼 – 刻をよむ】第8回「働き方改革に効果的なセルフマネジメント」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
♪チョイト一杯のつもりで飲んで いつの間にやらハシゴ酒 気がつきゃホームのベンチでゴロ寝
これじゃ身体にいいわきゃないよ 分かっちゃいるけどやめられねぇ♪
(「スーダラ節」ハナ肇とクレイジーキャッツ/植木等 ※ご存知ない方はぜひYouTubeで検索してください)
いやはや自分のことを律するのって本当に難しい。自己管理が完璧にできている人がいるのなら一度お目にかかりたいものです。そもそも自分のことって分かっているようで実は分かっていないもの。自分のことを立ち止まって見つめ直すなんてことを日ごろからしている人なんてそうはいないはずです。自身のことが分からなければセルフマネジメントなどできるはずもありません。
さあ、今回のテーマは「セルフマネジメント」。明日からのパフォーマンスを少しでも上げるために、より良い人生を生きるために、たくさんのヒントをもらいましょう。(鯨井)
イントロダクション(株式会社オカムラ 遅野井宏)
遅野井:馥郁(ふくいく)たる香りが漂う会場。香りの正体は今回のゲストスピーカーの角野さんがここで煎ってくれたお茶の香りです。日本のおもてなしの心が、いつものセミナー会場をいつもと違う豊かで幸せな会場に変えてくれています。そんな素敵な環境の中で進める今回のセッションでは「セルフマネジメント」について考えていきます。
ー遅野井宏(おそのい・ひろし)WORK MILL エバンジェリスト・編集アドバイザー
ペルー共和国育ち、学習院大学法学部卒業。キヤノンに入社し、レーザープリンターの事業企画を経て事業部IT部門で社内変革を担当。日本マイクロソフトにてワークスタイル変革専任のコンサルタントとして活動後、岡村製作所(現 オカムラ)へ。これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、さまざまな情報発信を行う。株式会社オカムラ はたらくの未来研究所 所長。
遅野井:働き方の自由度が増してきた今、個人はより自律的に働くことが求められるようになっています。働く時間や場所を自由に選択することだけでなく、自分自身のコンディションも含めたセルフマネジメントを通じて、いきいきと生産性高くパフォーマンスを上げていくのが理想的。しかし、セルフマネジメントは勘と経験によるところが大きく、なかなか自分のものにするのは難しいと感じている人も多いのではないでしょうか。
今回のセミナーは、お茶と緑とドラッカースクールで教えられているメソッドを絡めて、セルフマネジメントに切り込んでいきたいと思います。
ITOEN OCHA Workshop~あなたの心に茶室を作ってみませんか?~(株式会社伊藤園 角野賢一)
角野:働き方改革が叫ばれる中で、生産性を高めなければいけないとか、クリエイティビティを発揮しなければだめだとか言われています。そのためには働き方を変えるだけでなく、生き方改革であったり休み方改革であったりを同時に実現しなければならないと考えている方は大勢いらっしゃると思います。そこで登場するメソッドが「セルフマネジメント」です。
―角野 賢一(かくの・けんいち)株式会社伊藤園 広告宣伝部 デジタルコミュニケーション室
2001年株式会社伊藤園に入社、2005年に海外研修生として1年間NYに赴任。その後、日本に帰国し、国際部、経営企画部を経験し、2009年6月より5年間、サンフランシスコ、シリコンバレーにてお〜いお茶の営業活動を行い、現地のIT企業を中心に「お〜いお茶ブーム」を起こす。(現在、シリコンバレーの大手IT企業でお〜いお茶が入っていない所はほぼありません。)2014年6月に日本に帰国してからは、「茶ッカソン(お茶xハッカソン)」というイベントを行いながら、伊藤園が「世界のティーカンパニー」になることを夢見て、新しいお茶の広め方を模索している。
角野:私はセルフマネジメントを「自分のストーリーを描くこと」だと考えています。つまり組織として自分のストーリーを描ける人を増やしていくことも働き方改革のひとつと捉えてもいいのではないかと思っているのです。「やらされる仕事」ではなく「やる仕事」だと考える人が増えるにつれて、そこはいい職場になっていくはずです。
自分のストーリーを描くためには本当の自分を見つめ直す時間をつくることが大切です。そのために忙しい毎日を過ごす私たちにとって必要なのは、仕事のPAUSE(一時停止)ボタンではないでしょうか。著名なコラムニストであるトーマス・フリードマンは著書の中で「一時停止ボタンを押すと、機械は止まるが、人間はスタートする」と述べています。仕事に忙殺されると本来自分がしたかったことが分からなくってしまいます。ありたい姿を目指すために、一度立ち止まって内省する習慣を持つことはとても大切なことなのです。
角野:座禅の教えに「調身・調息・調心」というものがあります。座禅は、まず身体を整え、次に呼吸を整え、最後に心を整えることを目指すものなので、まさにPAUSEボタンの代表だと言えます。でも一時停止するのには座禅でなければならないわけではありません。自分を見つめ直す機会をつくるエクササイズを各自が探して実践するといいと思います。
僕はお茶の会社の人間として、お茶のベネフィットについて常に気にかけるようにしています。最近考えているのは、お茶というものは「自分に向き合うための入り口」になるのではないかということです。自分で心を落ち着かせて、茶葉を選んでお湯の量を見て、湯気や香りを感じながらゆっくりとお茶を淹れるというのも、PAUSEにつながるのではないかと思っています。座禅を組んだりお茶を淹れたりしていると無心になる瞬間があります。心を一度からっぽにすると、そこにどんなものでもいくらでも収容できると感じるようになるのです。いったん立ち止まり、自分と向き合う機会をつくることがセルフマネジメントの第一歩なのではないでしょうか。
自然と人の最新科学~働く現代人が山や海を欲する理由〜(parkERs 梅澤伸也)
梅澤:ふと海が見たくなる。ふと山に行きたくなる。一輪の花に癒されたくなる。そういう衝動に駆られることはよくあると思いますが、なぜ人間はそんな不経済で非合理的な時間を求めるのでしょう。
―梅澤 伸也(うめざわ・しんや)parkERs Brand Manager / Co-founder
1980年群馬県生まれ。ソニーミュージック、楽天を経て、2013年に青山フラワーマーケットから派生した空間デザインブランド「parkERs」の設立メンバー。現在はカフェ事業も兼任している。オフィス、住宅、商業空間から公共空間まで植物を主役にした空間デザインを展開。設計デザインのプロと植物育成のプロが両立するビジネスモデルは「デザイン性」と「専門性」の融合を掲げ、そこに科学的根拠やIoTを付加した活動に海外からの注目を集めている。中央大学等でPBL(課題解決型)の講師を担当。
梅澤:そもそも私たち人類は、進化の過程で先天的に生物や生気のあるものを好む心理的傾向があると言われています。このことをドイツの社会心理学者であるエーリッヒ・フロムは50年前に「バイオフィリア」と名付け、近年大いに注目を集めていますのでご存知の方も多いかと思います。しかしそうであっても、自然や植物が人間にとってどのようにいいのかを具体的に知りたいという方はいらっしゃいますし、疑問視する方だっていらっしゃいます。そのような声や疑問に応えるため、私は人と植物の関係性を科学しています。
自然や植物と人間の関係に関する最新の知見を紹介します。この分野の世界的な権威である千葉大学の宮崎教授によれば、ストレスを抱えた人間が自然(植物)に触れるとリラックスしていくのですが、極限までリラックスしきるのではなく、その手前の「あるべき人間らしさ」を取り戻す領域に精神を調律するところにこそ、植物の効果があるのだそうです。
梅澤:他の機関が発表している人と自然や植物の関係に関する情報もいくつかあげてみると、
- 観葉植物や花を見ると、本来休んでいるときやリラックスしているときに活発になる副交感神経の活動が14%向上する
- 公園などの緑地の近くに住んでいる住民ほど精神的な悩みが少ない・米国カリフォルニア大学の付属小児科は「近くの公園を訪ねる」という処方箋を出している
- 都市の風景を見た被験者は、恐怖や不安を処理する偏桃体の血流が増加したのに対し、自然の風景を見た被験者は、共感や利他的行為に関する血流が増加する
- 人は手つかずの自然の中ではクリエイティビティが50%増加する
など、植物には精神の安定や癒し、創造性を発揮することなどに対して効果があることが分かってきています。こうしたことを応用して私たちの会社では、緑視率(人の視界に占める緑の割合)と最適値を研究し、ストレス軽減効果を実装した商品を開発しています。
梅澤:テクノロジーが急速に進歩していく今、人間の頭と体は進化が追い付かず置いてきぼりになっているように思われます。米国バージニア大学のティモシー・ビートリー教授は「バイオフィリック・ライフ」という考え方を示し、日々の暮らしの中で自然に少しずつでも触れることで人間らしさを取り戻せるということを提唱しています。この人間らしさを呼び起こすことはセルフマネジメントにも通ずるように思われます。自然に触れることはセルフマネジメントにも貢献する、と言ってもいいのかもしれません。
また、ダーウィンは「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適用したものである」と述べています。テクノロジーに囲まれストレスを受けながら生きていかざるを得ない私たち、進化していかなければならない私たちにとって、セルフマネジメントは重要な位置を占めるのではないかと思います。
自分自身をマネジメントすることの重要性(Transform LLC稲墻聡一郎)
稲墻:一言でマネジメントといってもとても広い概念なので、その全体性や深さはなかなか掴み切れません。マネジメントやリーダーシップ、人材開発のコンサルをしている人間として、マネジメントのことを一度きちんと学んでみようと思い立ち、ピーター・ドラッカーのマネジメントスクールに2年間留学してきました。
―稲墻 聡一郎(いながき・そういちろう)Transform LLC 共同代表/パートナー INA Inc 代表取締役
大手IT企業、ベンチャー企業役員を経て、2011年に起業。起業しつつ、その後すぐに人生のリセットと留学を思い立ち準備を進め、2015年~2017年まで、ロサンゼルス近郊にあるDrucker School of Management(通称:ドラッカー・スクール)に留学後、2017年7月に帰国。同大学院の准教授であり、「Self Management」理論研究の第一人者でもあるジェレミー・ハンター博士、および同大学院卒業生の藤田 勝利と一緒に、「Self Management」をベースにしたマネジメントプログラムを提供する会社「Transform」を2018年1月に設立。Forbes Japan Official Columnist。Beta Gamma Sigma 会員。
稲墻:一般に考えられているマネジメントは、「他の人や組織、環境など自分の外側にあるものに対して、適切に働きかけをしていくもの」と考えられています。しかし、マネジメントする対象に対して、自分がどこに意識を向けていて、どのように働きかけ、他者に影響を及ぼしているのかを知っておかなければなりません。つまり、自分自身のことを把握しておかなければその、先のマネジメントは始めることすらできないのです。セルフマネジメントの根本的な重要性はこのあたりにあるのです。
セルマネジメントは4つの領域「身体」「感情」「メンタル」「意図」から構成されると言われています。セルマネジメントをしてパフォーマンスを上げるためには、まずフィジカルすなわち「身体」がきちんと整っていなければなりません。身体に意識を向け、万全の状態にしておかなければパフォーマンスが上がるはずはないのです。
「身体」が土台となってその上に「感情」の領域が来ます。自分自身が今どのような感情を持っているのか。その感情からどんな思考につながり、どんな選択肢が生まれ、どんな行動をとっていくのか。こうした一連の流れを理解し、感情と思考のつながりを理解しておかないとパフォーマンスは上がっていきません。
次に来るのは「メンタル」です。意識をどのように向けるか、意識をどのように維持するか、つまり集中を持続させるかを問うのが「意識」の領域です。「感情」と「メンタル」は同じように捉えられがちですが、「感情」は内側から勝手に湧き上がってくるもので、「メンタル」は意識して何に集中するか、そしてそれをどう維持するかという領域を指します。この「メンタル」の力も養っておかないと良いパフォーマンスを発揮することはできません。
最後は「意図」の領域です。使命、目的と同じ意味合いになります。自分が何者でどのようになりたいのかをしっかりと考えていなければ、ないしはそこの一貫性が無い限り、パフォーマンスを上げることはできません。自身のマネジメントも他者のマネジメントもできないと言われています。
4つの領域はそれぞれが他の3領域に影響を及ぼしています。一つの領域を良くしようとしても、そのためには他の領域を整える必要があるのです。ですから、セルフマネジメントをきちんとしようとするときは、4つの領域すべてを包括的に捉えて考えなければなりません。
稲墻:たった3分間の軽い運動でしたが、リフレッシュできたり、眠気が覚めたりしたことと思います。身体の不調をそのままにしておくことはパフォーマンスを低下させることになります。オフィスで周りに人がいたとしても、気づいたときにストレッチや軽く体を動かす習慣をつけてみてください。
稲墻:簡単に書き出せた人は少なかったと思います。それは、私たちが日ごろどんな感情を持ったのかを意識しないで過ごしているからです。感情が現れるのをコントロールすることはできませんが、今感じている感情がどのような思考につながっていくのかを意識することはできますし、そのことが自分をマネジメントする上でとても重要なのです。
稲墻:自分が集中していること以外のことに人間は気づけないことを体験してもらいました。意識を振り向けることはとても難しいのですが、訓練をして意識していないことをも意識できるようになれば、そこから気づきが生まれ、新たな選択肢が生じ、その後の行動を変えていくことにつながります。すぐにできることではありませんが、自分の行動範囲を広げたり、これまでと違う結果を残すための方法として心に留めていただければと思います。
パネルディスカッション(角野賢一 × 梅澤伸也 × 稲墻聡一郎 × 遅野井宏)
遅野井:私たち日本人はセルフマネジメントがうまくできていないように思えます。そうだとしたらそれは何故でしょう?
稲墻:そもそもセルフマネジメントに対する意識がないからではないでしょうか。ですからセルフマネジメントを行う仕組みもありませんし、そのための教育を受けてきていません。留学中に感じたのは、来ていた日本人は特にセルフマネジメントが苦手だということ。今何を感じ、どちらに思考を向けていこうと意識している人はほとんどいませんでした。ただ、授業で学びカリキュラムが終わる頃には理解が進んで、その後はメキメキと上達していったように思います。そこに日本人の強みや弱みがあると思います。
角野:日本人は個人の美学を持てていないように思えます。何をクールだと思うのか、そうした意識が欠けているのかもしれません。米国のアントレプレナーは投資家に向けて商品を売り込むとき、最後に必ず「自分が世界を変えます。だから自分にやらせてほしい」と主張します。これは自分の価値観をしっかり持っているからこそできることだと思います。対して日本の起業家は理路整然としたプレゼンはできますが、優秀な人であっても自分自身を前面に出すようなプレゼンはできていないのではないでしょうか。
梅澤:今日登壇している我々はみな海外経験が豊富で、その意味で日本人のことを客観的に見ることができているのかもしれません。その上で言うと、日本人が価値観を確立できていないのは、自分のことを、あるいは自分たちのことを客観視することができないからだと思います。メタ認知が不得手だと言ってもいいかもしれません。自分を客観視する習慣がありませんし、学校でも教えてもらえない。ですから自分自身に目を向けることなく育ち大人になって職に就く。セルフマネジメントを行う素地ができていないのかもしれません。
遅野井:確かに日本人は自分のことを見つめ直す機会が少なくて、その時々の感情に無関心でその先何をやりたいのかをあまり考えずに生きてきたのかもしれません。でも、だからこそ、セルフマネジメントをしっかりと実践していく必要があると強く感じました。稲墻さんから、日本人は覚えさえすればきちんとできるようになる、との話もいただきました。まずは自分自身をしっかり意識していくことから始めなければならないようです。そのきっかけを角野さんの「お茶」や梅澤さんの「緑」がつくってくれる可能性を強く感じました。今回いただいた知見を明日から試してセルフマネジメントをしていきたいと思います。
個人のために、組織ができること
昔「健康管理も仕事の内」と教えられました。心身のケアは個人の責任に依るところが大きいということなのでしょう。確かにその通りですし今でも自分で対処するのが筋だと思います。それでもすべてを個人に任せるのではなく企業側としても手当てをする部分が少なからずあるのではないでしょうか。
例えば、オフィス環境。セルフマネジメントの4つの領域の土台となる「身体」に悪影響を及ぼすほど劣悪な状況のオフィスは今ではそんなには無いようです(そうであることを願います)。でもその上の領域「感情」や「メンタル」はどうでしょう。感情やメンタルを損ねる環境で働いているケースは大いにあるようです。企業として個人に良い影響を及ぼすオフィス環境を整備する余地はまだまだあるように思われます。
多くの人がポジティブな感情を持つような内装色、照明、香りやBGM、そしてもちろん植栽も。こうした要素を取り入れてオフィス空間をつくることは、企業側の努力義務ではないでしょうか。外資系企業のオフィスには、自分自身について深く考え「無」の境地に没入できるように瞑想ルームを設けているところがあります。部屋をつくるのが難しければ、もっと手軽に一人になれる家具だってあるのです。最終的にセルフマネジメントは個人に委ねられるのだとしても、やはり組織の後押しは欲しいものですね。
今回も最後までありがとうございました。次回まで失礼します。ごきげんよう。さようなら。(鯨井)
2019年1月10日更新
取材月:2018年11月