【クジラの眼 – 刻をよむ】第5回「はたらく場を活気づけるブレークタイムとは~身体を動かし、心を整える~」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
私たちは絶えず外部からの刺激(ストレッサー)にさらされながら進化してきました。原始時代、サバンナを歩いているときに天敵に遭遇(これは大きな刺激です)。緊張の針は最大限まで振れて「逃げるのか戦うのか」、生命を賭けた判断に迫られます。勝負のとき、瞬時に決断して行動に移せた人が生き残って繁栄してきたのです。何の緊張もなく漫然と過ごしていると、心や身体は鈍り退化してしまうのだそうです。ですから適度なストレッサーは思考や行動を活性化して、快適で張りのある充実した人生をもたらしてくれるのです。
ことほど左様にストレッサーは私たちにとって必要なもの。ただしこれは「適度」ならばの話です。過度なストレッサーは心身にストレス反応を引き起こしてしまいます。身体的には、肩こりや腰痛、食欲不振、不眠など。精神的には、イライラ、気分の落ち込み、興味や関心の低下などが主なストレス反応として挙げられるのはご存じの通りです。
大なり小なりストレスを感じながら生きて行かざるを得ない現代の日本人。今回のセミナーは「はたらく場を活気づけるブレークタイムとは~身体を動かし、心を整える~」。このセミナーでストレスを少しでも解消して、明日からスッキリ、シャッキリして働きましょう。(鯨井)
イントロダクション(株式会社オカムラ 山本大介)
山本:健康経営やストレスチェックの義務化など、働く場で今ウェルネスの意識が高まっています。でもその中で、何をしたらいいのか、何から始めればいいのかが分からなくて戸惑っている会社が多くあるのが今の日本の現状ではないでしょうか。
―山本 大介(やまもと・だいすけ)株式会社オカムラ WORKMILLプロジェクトメンバー / OFFICE CAMPERSディレクター
カタリスト(社内外の触媒となり、つなぐ)、ワークショップ・デザイナー(青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム卒業)。豊富なプロジェクトマネジメント経験やフリーランスフォトグラファーとしての経験などをバックボーンに、共創プロジェクトの企画・推進や講演活動、システム開発、コピーライティング、社内バリスタまで多岐に渡り行う。
山本:今回のセミナーでは、“オフィスでやれる、ひらめく運動”である「オフィスポ」を運営している株式会社Butai Projectの斉藤圭祐さんとヨガインストラクターの鈴木伸枝さんをお招きして、仕事をしている環境や勤務時間中にできる運動を通して健やかになる体感や気づきを得ることを体験していきます。
ということで早速ですが、本日一回目の実技の時間に入っていきたいと思います。
アクティビティ1(ヨガインストラクター 鈴木伸枝)
鈴木:働く中で豊かな休憩をとる方法の一つとしてヨガを提案させていただきます。ヨガはよりよく生きるためのツールだと私は捉えています。よりよく生きるためには身体の健康が必要ですし、心のあり方も大事になってきます。そのことにいろいろな方面からアプローチできるのがヨガのいいところだと思っています。心身を変えたりいい状態に持っていったりするのはすごく大変で、努力を続けていかなければならないと思われがちです。でも意外と簡単に変わるということを今日皆さんに体験していただこうと思います。
―鈴木 伸枝(すずき・のぶえ)ヨガインストラクター
指導者養成の講師としても活動し、1000人以上のインストラクターを輩出。全国のイベント出演や、雑誌監修など、活動は多岐にわたる。鈴木伸枝パーソナルヨガスタジオ-Releace Space-主宰。「自分を生かすYOGA」をモットーに、ヨガ指導を行っている。
1. 肩を軽くする
鈴木:二人ペアになり相手の手の指と指の間をつまみます。親指と人指し指の間→人指し指と中指の間…と順番につまんでいって相手が痛がったらそこを重点的につまむようにします。
肩を回してみてください。いかがでしょう。普段より肩は軽くなりましたか?
2. 呼吸を深くしてリラックスする
鈴木:息をゆっくり吐きながら両腕を横に広げて上げていき頭の上で手を組みます。組んだ腕を……
ここから先は動きが複雑すぎて書ききれません。VTRでご覧いただき実際に先生の指導のとおりにやってみてください。まわりの目を気にすることなく。さあ、どうぞ!(鯨井)
いかがですか。身体が軽くなったり、深く息が吸えたり、そして頭がリラックスできたりしていませんか?セミナー会場の参加者はそうなった方が多かったようです。よりよい状態になったところで講義に突入します。(鯨井)
トーク(株式会社Butai Project 斉藤圭祐)
斉藤:突然ですが、「会社→従業員」と見聞きしたときに何を思い浮かべるでしょうか?…給料や仕事はもちろんですが、働く場や福利厚生なども会社が従業員に提供しているものの一つですね。さて、今、働く環境にかかわる制度が大きく変化しています。働き方改革、健康経営、ストレスチェック義務化など、改革だらけです。三年ほど前にストレスに関する調査を、一般の会社員とバックオフィス部門を対象に、オフィスポで実施してみたところ、8割を超える人たちがストレスを感じると答えていました。健康経営を目的とする施策やマネジメントもたくさん実施されていますが、企業の生産性を高めるためには働く人、一人ひとりの身体や心をよりイキイキした状態に持っていく改革や制度設計、マネジメントを考えていかなければなりませんよね。
―斉藤 圭祐(さいとう・けいすけ)プロジェクトプロデューサー / 株式会社Butai Project 代表取締役
立教大学国際経営を卒業後、博報堂入社。その後、ヘルスケアの事業会社、ベンチャー立ち上げに複数従事し、現職。主に、オフィスワーカー向けのヘルスケアサービス、メディア「The Session」の運営、新規事業開発・プロデュースを手がける。その他、未来の主役プロジェクト発起人、Think Labプロジェクトメンバー、NPO法人D-SHiPS32のPRなども勤める。
斉藤:さらに最近どこにいっても聞くのは、イノベーションというワード。どの企業もイノベーションを起こしていかなければならないと必死になっているわけです。では、そのために会社は従業員に何を提供すればいいのでしょう。従業員は会社に何を期待すればいいのでしょうか。最近、私は「時間」の使い道にヒントがあるのではないかと考えています。
冒頭の“会社→従業員”の図を、時間というカテゴリーで見てみると、1. はたらく時間、2. 学ぶ時間、3. 休む時間の三つの時間があるかと思います。会社のビジョンやミッション、経営目標や事業目標に向かって仕事をする時間、定期的な研修や社内セミナー、仕事を通じて学ぶ時間、有休や夏休みなどの勤務時間外で休む時間。これらは、言わば会社員にとって、はたらく環境ですね。
私は、この3つの時間に加えて、4つ目の時間があるのではないかと考えています。それは「一人で深く考える時間となにも考えない時間」です。結果的にイノベーティブなアイデアが生まれるときや客観的で中長期な視点で計画をたてるときに、一人で深く集中して考えることは、とても重要な時間です。しかし、オフィスではいろいろな人から「ちょっといいですか?」攻撃を受けるのでなかなか集中する時間は取れません(笑)。様々な連絡ツールもそうでしょう。そこでお奨めなのは、自分が集中して考える時間を、あらかじめ予約するやり方です。会議や商談のように、深く考える時間をスケジュールに入れるとうまく行きます。でも今日の本題はもう一方の「なにも考えない時間」なので、そちらの話をしていこうと思います。
斉藤:人はずっと走り続けることができないので、休憩をとります。ウサイン・ボルトですら、ずっと全力疾走はできません。ですが日本人は真面目なので、休んでいると不安になります。サボることが苦手なのです。休憩中もついつい仕事のことを考えてしまいます。だれもでそうですが、何も考えずに脳を休めるのは意外と難しいことなのです。そこで提案したいのは、脳の休憩をプチ没頭時間でつくり出すことです。ブレークタイムを取ることは頭を休めることだけでなく、コミュニケーションが生まれるという意味でも有効なのですが、ブレークタイム中に行われている行為を調べてみると、コーヒーを飲むことやおやつを食べることは多いのですが、運動などを実施している職場は少ないようです。多くの人がブレークタイムを積極的に取り入れるべきだと考えているにも関わらず、日本のオフィスにおいてブレークタイムはまだまだ認知されていないのが現実なのです。日本はストレス先進国なのにも関わらずブレークタイム後進国なのかもしれません。
そのような仮説の元で、私たちオフィスポは、ブレークタイムをデザインする活動をしています。運動と脳の関係を研究されている筑波大学の征矢英昭教授は、運動(たかだか2分の運動であっても)が脳を活性化させることを実証しています。運動は身体にいいだけでなく、脳にもいい。運動にはアイデアやコミュニケーションを生む効果が期待できる。そこで私たちは運動をオフィスのブレークタイムに取り入れる「オフィスポ」を提案しているのです。実施する運動は今日紹介しているヨガ以外に、世界チャンピオンが講師の競技など10種類以上もありますので、詳しくはWebをご覧ください。
それではここで実際に「オフィスポ」をしていただこうと思います。再び鈴木さんにお願いして、20分ほど身体を動かし自分の内面と向き合うことを通じて何も考えない体験をしてみましょう。
アクティビティ2(鈴木伸枝)
鈴木:何も考えないことはとても大切なことです。でも何も考えないでいることは難しい。そこでヨガで提案しているのは、考えを無くすのではなく考えなくて済むようにすること。具体的には感覚、つまりは感じることに意識を向けるというやり方なのです。「考える」というのは過去にあったことを分析してこれから先のことに思いをはせること。一方、「感じる」は今何が起きているのかに意識を向けることです。例えば好きなカレーを食べるとき、「おいしい」と感じている間は意識の中心がそこにあるので、そのカレーのレシピがどうなっているかなど余計なことを考えられない状態になっています。この感覚をこれからやっていただくヨガを通じてつかんで欲しいのです。どうやって体を動かすのかを考えるのではなく、「突っ張っている」「痛気持ちいい」「暖かい」「すっきりする」といったその時々に身体で感じる感覚の方に意識を向けるようにしてください。
1. 背骨の神経を通す(その1)
鈴木:胸の前で手を組んで息を吐きながら腕をそのまま前にぐーっと突き出します。手を解いて息を吸いながら肘を後ろに引いていきます。このときに体のどの部分がどのくらい突っ張っているのかを感じることが大切です。
2. 背骨の神経を通す(その2)
鈴木:背骨のラインとつながっていると言われる手の中指を曲げ伸ばしていきます。手のひらを上に向けて中指を逆の手で握ります。息を吐きながら腕を前に伸ばして指先が下に向くように引っ張ります。息を吸って緩めます。次は逆の動きです。中指を折り曲げて反対の手で押さえます。息を吐きながら指も手首も肘も曲げるように体の方へ引き寄せてやります。息を吸って緩めます。これらの動きを左右の手で5回ずつ繰り返し行います。
ここで「1. 背骨の神経を通す(その1)」の動きをやってみてください。身体の突っ張り方や身体の伸び具合が変わっているかを感じてみましょう。
3. 腰痛を軽減する(その1)
鈴木:椅子にかけた状態で腰を回してみてください。どのくらいの幅で回せるのか。突っ張り具合はどうかを感じておいてください。腰まわりの血流を良くして腰痛を軽くするのに耳のマッサージが効果的だと言われています。まず両耳の上の方を指でつまんで思いきり引っ張り上げます。息を吐くときに口から息を出してやりリラックスします。次は耳の真ん中をつまんで横に引っ張ります。続いて耳たぶをつまんで下に引っ張ります。最後は耳全体を内側に餃子のようにぎゅーっと折り曲げます。
さた、ここでもう一度腰を回してみましょう。血流が良くなって先ほどよりも腰がよく動くようになっていませんか?
4. 腰痛を軽減する(その2)
鈴木:右脚を前に伸ばして踵を床に着けた状態で左脚の太ももに両手を置いて上半身を前にぐーっと倒します。深く呼吸をしてください。ももの裏やお尻が突っ張っている感じがあるでしょうか。脚を戻すとこれだけで血流が良くなったと感じる方もいらっしゃると思います。
ここからはまたVTR参照でお願いします。ぜひ試してみてください。やり終えると脚の上げ下げが楽になるのが実感できますよ。(鯨井)
ほんの少しのストレッチでも効果があることがよく分かります。ちょっとした合間の時間に明日からやっていけそうです。
「5. 内臓を活性化する」ためのストレッチも続けてVTRでご確認ください。やり終えると体が暖まった感じがしたり、呼吸がしやすくなったりといった効果を感じ取ることができます。(鯨井)
6. 瞑想する
鈴木:最後に静かな時間をつくっていきたいと思います。禅で行う瞑想のやり方である「数息観(すうそくかん)」をやってみます。
上半身をまっすぐにして手のひらを上に向けてももの上に置き、眼は軽く閉じてリラックスした状態をつくります。そしてゆっくりと呼吸をしてその数を心の中で「ひとーつ、ふたーつ…」と数えてみてください。このとき数えている感覚に意識を向けるようにするのが大事です。数えていくうちに何か他のことを考えて、カウントが止まってしまったら、また一からやり直します。
私も参加者といっしょに2分間ほどやってみましたが、何度やっても10回くらいで集中が途切れてしまいました(いい訳になりますが、このレポートでヨガの実技のところをどう書けばいいのかが気がかりで、そのたびに意識の中に立ち上がってきてしまったからです)。この瞑想のトレーニングを毎日のように行うと、今自分がどのくらい集中できるのかを知ることができるとのことです。「数息観」は心を落ち着かせるだけでなく、その日のコンディションを確認することができるのでとても優れたツールなのですね。(鯨井)
クロージング(斉藤圭祐)
斉藤:「オフィスポ」を約三年間続けて見えてきたのは、職場でのちょっとした運動は、単にリラックスできて心身にいいということだけではなくて、共通の体験を通じて、共通の話題をつくることができるところに価値があるなということです。短時間で仕事以外の共通のトピックスがつくられ、それがコミュニケーションを活性化していく。ここに利点があるのです。さらに、身体を動かすのならジムやヨガ教室に通えばいいように思いますが、それはなかなかできないですし、続けるのは難しい。職場の中で勤務時間内に気軽に行えるのも大事なことだと思います。日常の中にちょっとした非日常を入れることは、何かを考えたり気づいたり、少し気分が良くなったりするきっかけになるからです。
斉藤:気軽な体験から入ることで、自然と自分自身や仲間の心身の状態を気遣うようになる。そのような習慣が生まれる環境をつくるのは企業にとっても、とても大切なことではないでしょうか。休むことの苦手な日本人。ブレークタイムを上手に味方にしていってください。そして最後に、働く場を考えている皆様へ。どうせなら使い倒されるオフィスを創っていきましょう。オフィスは捨てたもんじゃない。
働く場で、心身の健康を顧みる
日本には大流行した健康法がたくさんあります。「紅茶キノコ」や「ぶらさがり健康器」、「エアロビ」や「ビリーズ・ブートキャンプ」…書き出せばきりがないくらいの健康法が世を席巻してきました。改めて考えてみるとこれまでの健康法の多くは、身体的なもの(ほとんどがダイエット目的)で、だからこそそれらの健康法の対象は個人であり家庭であったように思えます。そこをいくと本日教えていただいたヨガを基にした「オフィスポ」のエクササイズは、身体をよい状態にするのはもちろん、心を静め無心にさせるものでもあります。さらにそれを職場の仲間と一緒にやれるところも大きな特徴です。働く場で心のケアが求められているからこその健康法だと言えそうです。これも時流ということなのでしょうか。
そもそも理想を言えば、こうした心を癒す健康法など無い方がいいに決まっています。働く人たちがみな心身ともに健康でイキイキとしているのであれば、心のケアなどする必要はありません。でも現実は厳しい。景気の停滞、労働力不足、成果主義の導入、国際競争の激化、そして長時間労働。働く場はストレッサーに満ち溢れています。ストレスが溜まる一方の私たちは、心身の健康に気を巡らせることで自己防衛していかなければならないのです。いや、ストレス社会にたった一人で立ち向かうのは大変だから、みんなと一緒に、そしてこのレポートを読んでいただいた皆さんと共に立ち向かっていきましょう。そのためにはまず、今日のエクササイズの中の一つだけでもいいので毎日やってみる。きっと、すべてはそこから始まるのです。
今回はここまで。最後までありがとうございました。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)
2018年10月11日更新
取材月:2018年8月