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【クジラの眼 – 刻をよむ】 第4回「自立した個のマネジメントから最強チームをつくる ~漫画キングダムに学ぶこと~」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

『キングダム』は、中国の春秋戦国時代、西の端にあった秦国が中国全土を統一していく過程を描いた大人気漫画です。その後の時代を舞台とした小説の『三国志』や『項羽と劉邦』などと同じく、様々な個性や能力を持った登場人物が組織を率いて知力と武力をぶつけ合う軍記物の作品になります。これを読むと、組織やリーダーのあり方、マネジメントとは何なのかをついつい考えさせられてしまいます。

物語は全土統一に向けての序盤戦あたりまでしか進んでいませんが、もう十分にマネジメントについて考えさせられるものになっており、実際にこの漫画を題材にしてマネジメント論を著している方もいらっしゃいます。本日ゲストスピーカーとしてお招きした伊藤羊一さんもそんなお一人。2017年にビジネス書として『キングダム最強チームと自分をつくる』を上梓されています。その伊藤さんとクロストークをする対戦(?)相手はオカムラの池田晃一です。池田は「はたらく」ことに関して研究を続けてきたベテラン研究者ですが、漫画を介して人をつなぐ「マンガナイト」というユニットで漫画を論評する活動もしている弊社が誇る漫画の巨人です。

そんな二人が『キングダム』という漫画を題材に、マネジメントについて大真面目に語る今回のセミナー。マネジメントに関心のある方はもちろん、『キングダム』ファンにとっても必見です。(鯨井)

クロストーク(ヤフー株式会社 伊藤羊一 × 株式会社オカムラ 池田晃一)

池田:これから伊藤さんと『キングダム』の印象的なシーンで発せられた言葉をいくつか紹介して、そこから個や組織のマネジメントについて話を展開していきたいと思います。この漫画を題材にすると本当にたくさんのテーマを語ることができますが、伊藤さんと事前に相談して三つのテーマに絞ってきています。それは「チームの目標を共有する」「強い個を大切にする」「1対1のマネジメントを重視する」の三つです。これより一つのテーマごとに二人がそれぞれ1シーンずつピックアップして語るという形式でクロストークを進めていきます。

―池田 晃一(いけだ・こういち)株式会社オカムラ はたらくを科学する研究所 主幹研究員
2002年株式会社岡村製作所(現・オカムラ)入社、オフィス研究所にて次世代オフィスに関する調査研究に従事。2007~2010年にかけて知的生産活動の分析と作業者行動に関する研究をおこなうため、東北大学に国内留学。2014年から一年間サバティカルとして東北大学医学系研究科助教。2015年より現職。専門は場所論、居心地や居場所に関しての研究をおこなっている。近年はマンガを介してコミュニケーションを生み出すユニット、「マンガナイト」に所属しマンガワークショップの運営や執筆をおこなっている。

チームの目標を共有する

【伊藤羊一が選ぶ一言】「全軍 前進」王騎 11巻「龐煖」より

伊藤:敵国との戦を控えた数万人の秦の大軍。だが兵士たちの士気は奮わない。これはそんなときに総大将の王騎(おうき)将軍が発した言葉です。このたった一言が、萎えていた集団を一瞬にして戦う集団へと変えてしまいます。

―伊藤 羊一(いとう・よういち)ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト Yahoo!アカデミア学長
1990年日本興業銀行入行、企業金融、企業再生支援などに従事後、2003年プラス株式会社に転じ、流通カンパニーにて物流再編、マーケティング、事業再編・再生を担当。2012年執行役員ヴァイスプレジデントとして、事業全般を統括。2015年4月ヤフー株式会社に転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダー育成を行う。グロービス経営大学院客員教授としてリーダーシップ系科目の教壇に立つほか、KDDI ∞ Labo、IBM Blue Hub、MUFG Dijitalアクセラレーター、Code Republicほか、様々なアクセラレータープログラムにて、スタートアップのスキル向上にも注力。

伊藤:優れたリーダーの言葉にはその人の生き様が出る。経験に裏打ちされた一言には迫力があり、自分の思いが伝わるのだと思います。部下に活を入れるときに、「さあ、やるぞ!」や「120%の力で!」などと自分の意思をビシッと伝えきる能力は、マネージャーたるもの身に着けておく必要があります。上に立つ者に限らず、ビジネスパーソンとして必要とされるスキルなのかもしれません。人の心を動かすためには、多くの言葉や難しい言葉を並べるのではなく、簡潔な表現で相手が迷わないようにするのがいいのです。読んでいるこちらもゾワッとしてしまうこのシーンは、そんなことを教えてくれているのだと思います。

【池田晃一が選ぶ一言】「人が人を殺さなくてすむ世界となる」成 40巻「決意の言葉」より

池田:これは、後に始皇帝になる成(せい)が加冠の儀(成人した王を正式な王として認める儀式)で発した言葉です。彼は儀式の中で、中国全土を統一した暁に築く世界はどうあるべきかについて政敵である宰相と論を戦わせます。500年も戦乱が続いていた中国では、戦があるのが常態化していたので「人が人を殺す」のは当たり前でした。なので「人が人を殺さなくてすむ世界となる」という彼が掲げたビジョンは、政敵側の人間も含め儀式に参加していたすべての人たちの心を捉えてしまいます。

池田:組織の上に立つ人間は、ミッション(自分たちの使命)、ビジョン(実現する世界)、バリュー(行動規範)を規定します。この中で、組織を運営する上で一番大事なのはビジョンでしょう。なぜなら私たちはビジョンを実現したいがために組織をつくって活動しているからです。逆に言えばビジョンをしっかりと共有することができさえすれば、組織はそこに向けて一致団結して動き出すことができるのです。

「全軍 前進」は、集団に行動を促すときにリーダーが発した決意の発露。決断の大きさや重さがこの短い言葉から溢れ出してくるようです。一方の「人が人を殺さなくてすむ世界となる」からは、究極の理想像を示すことの大切さを教えられました。いずれにしても両リーダーの言葉は、人々に希望を与え迷いを吹き飛ばすという点で共通しているように思えます。(鯨井)

強い個を大切にする

【伊藤羊一が選ぶ一言】「自分の生きる道は自分で切り開く それだけだろ」信 6巻「一騎打ち」より

伊藤:『キングダム』の主人公の一人に信(しん)という若者がいます。これは、将になったばかりの彼が強大な敵の騎馬隊に迫られて右往左往している仲間の兵士たちに向けて檄を飛ばすシーンです。自軍の騎馬隊の到着を待ち尻込みしていた仲間をこの言葉で鼓舞した後、信は単身、敵軍の中に突入していきます。

伊藤:強い組織であるためにはまず個々の人間が強くなければならない。そのためには一人ひとりがビジネスパーソンとしてスキルとマインドを鍛えておかなければなりません。でもそれは現実には意外と難しかったりします。ではどうすればいいのか?…. 私は、「自分で自分の人生を生きる、人生を切り開いていく」そんな気概を持つことが大切なのではないかと考えています。他の人から言われて行動するのではなく、他の人に依存して生きるのでもなく、たとえ絶体絶命の難局であっても自らの力で打開するという強い気持を持つことが自分を鍛えて強くするための第一歩なのではないでしょうか。

【池田晃一が選ぶ一言】「この名前よォく頭にたたきこんどけ」信 23巻「飛信隊軍師」より

池田:信のことを慕っている女の子がいます。戦場で信の役に立ちたいと考えた彼女はいったん信のもとを離れ、戦の場で戦術を立てる軍師になるための勉強をして部隊に戻ってきます。「この名前よォく頭にたたきこんどけ」は、敵に対峙した信が相手に向かって軍師としての彼女の存在を知らしめるために放った一言です。それと同時に、その能力を信が認めたことを彼女自身に伝えることにもなったシーンです。

私たちは、組織のために自分ができることは何かを考え、常に自らを鍛えていかなければなりません。今の組織に欠けている要素は何かを考え、組織を構成する一員として自分がその穴を埋められるのであればそのスキルを習得する。そんなことができれば素晴らしいと思います。テーマに「強い個」とありますが、自分のことを強いと考えている人はまずいません。皆その日に成した仕事に対して何らかの自己嫌悪を感じているはずです。それをそのままで終わらせて次に進むのではなく、自分がやったことに対する「ふりかえり」をするのが大事です。内省してダメだったところを意識しておくことが、昨日よりも「強い個」になるためには必要なのです。

「自分の生きる道は自分で切り開く それだけだろ」は友軍の全員に発せられた言葉で、一方の「この名前よォく頭にたたきこんどけ」は軍師を目指して頑張った女の子本人に響いた言葉です。場面も相手も違いますが言葉の効果は同じ。いずれも自分の能力に気づかされる言葉だったのではないでしょうか。どちらのケースにおいても持てる力を発揮させるには、能力があるということに気づかせ、認めてあげさえすれば良かったのです。(鯨井)

1対1のマネジメントを重視する

【伊藤羊一が選ぶ一言】「だってそれはこの期におよんでじーさんに一発逆転の好機が生まれたって話だろ!」信 19巻「不思議な癖」より

伊藤:秦の老将軍は一度も勝ったことの無い苦手の敵将と戦わなければならない。これまでの対戦成績を考えると将軍といえども弱気になり戦場から逃げ出したくなってくる。この言葉は、そんな事情を吐露した老将軍に向けて信が何気なく発した言葉です。この対話から老将は気づきを得て戦に臨み勝利を手にすることになります。

伊藤:私が勤めているヤフーには、上司と部下が1対1で面談を行う「1on1(ワン・オン・ワン)」と呼ばれる人事制度があります。部下から仕事の進捗状況を聞いた上司が、うまく行っていない原因やその対処方法などを部下に気づかせるというコーチングの一種です。そのときに上司が気をつけなければならないことは上から目線で話を押しつけないこと。部下と同じ立ち位置、フラットな状態で話を聞くのが大事です。相手の話を素直に受け止めることで問題の本質や真相が理解でき、部下に気づきのきっかけを与える発言につながるのです。

【池田晃一が選ぶ一言】「五千はただの踏み段に非ず」騰 38巻「五千人将」

池田:戦に勝った後の論功行賞では職位の昇格が裁定されます。あるときの論功行賞の結果に信は疑問を抱きます。将軍(一万人の兵を率いる職位)に昇格してもいいほどの戦果をあげた武将が五千人将(将軍のすぐ下の職位)止まりになったのは何故なのか….。そんな信に経験豊富な騰(とう)将軍が裁定の真意を諭すシーンです。

ビジネスの現場では業績の評価とそれを本人に伝え納得させることが重要ですが、ここで問題になってくるのは評価を行う頻度やタイミングではないかと思っています。日本では半年に一度面接をして、それまでの業績に対する評価をまとめて個人に伝える企業が多いようです。しかし半年に一度の面談で、それまでの間に発生していた不満や疑念を解消することは難しい。可能であれば即時のフィードバックをするべきなのです。「1on1」を毎週行うのは大変かもしれませんが、日々の評価を知らしめた上で半年に一度の面接を迎えるのであればくいちがいは発生しなくなるはずです。いずれにしても、適正な評価を適切なタイミングで本人にきちんと伝えることの大切さを『キングダム』の1シーンから改めて教わりました。

「1 on 1」という言葉を最近よく見聞きするようになりました。伊藤さんからもあったように、日本ではヤフー株式会社で行われているのが有名ですし、米国のシリコンバレーなどでは「1 on 1」ミーティングがずいぶんと定着しているとも聞いています。この「1 on 1」に必要なスキルを調べてみると、傾聴力、質問力、コーチング、ティーチング、フィードバック方法とありました。紹介のあった二つのシーンでは、信も騰将軍も「1 on 1」をするつもりは無かったのでしょうが、結果として、「だってそれはこの期におよんでじーさんに一発逆転の好機が生まれたって話だろ!」の信はコーチング(双方向のコミュニケーションを通して、相手が自ら気づき自発的な行動をとるように促す)を行い、騰のこの言葉はティーチング(自分が持っている知識や技術、経験などを相手に伝えること)をしたことになるのでしょう。(鯨井)

ふりかえり(伊藤羊一 × 池田晃一)

池田:1. チームの目標を共有する、2. 強い個を大切にする、3. 1対1のマネジメントを重視する、三つのテーマで話をしてきましたが、最後に押さえておきたいことはありますか?

伊藤:組織では目標を共有することがまずは重要。その上で一人ひとりのコンディションは違うので1対1のマネジメントをしなければならない。さらにチームとは言ってもやはり一人ひとりの個の力を強くすることが大切だということでしたが、もう一つマネジメントで大事なこととして、信頼し合える人間関係をつくることがあげられると思います。「あの人と仕事がしたい」とか「ここでは自分は守られている」といういい雰囲気のある職場をつくるのもマネージャーの仕事なのです。『キングダム』で信は、仲間が互いにリスペクトし合い、皆で助け合い、明日も共に生きて行こうと思う、そんな空気をうまくつくっていると思います。

池田:信のような一人で突っ走っていくリーダーに付いていく人たちは大変ではないでしょうか?

伊藤:それはそうだと思います。ですが、何も決めてくれない、動いてくれないリーダーには付いて行く気はしないはず。ビシッと言い切ることや前に進むことをマネージャーは恐れてはいけません。その時その時は付いて行くのが大変ですが、決断し行動してくれるリーダーが最終的には部下から評価されるリーダーなのです。リーダーの役割は意思決定をすること。私が日ごろ大事にしている標語は「決断はバッサリ。ケアはじっくり」です。決断を明快にした結果、それで傷ついた人がいたのならそのケアをじっくりしていく。これがあるべきリーダー像だと思っています。

組織を束ねるリーダーの条件

『キングダム』には成と信、リーダーとして活躍する二人の主人公が登場します。王族の直系として生まれ、不遇な幼少期を過ごしたものの後に中国を統一する成。戦乱で両親を亡くし下僕という低い身分から天下の大将軍の座を勝ち取る信。境遇も性格も能力も異なる二人のリーダーですが、共通する特性が二人にはありました。それは超特大の夢を見ることのできる能力。夢は公言しているうちに輪郭が定まっていき、はっきりとしたビジョンとして形を成す。魅力のある大きなビジョンに引き寄せられ組織ができていく。活動はしだいに大きなうねりとなり、目標は一つひとつクリアされ、ビジョンが実現し、ついに夢がかなう。大勢の人を束ねるリーダーにとって一番大切なスキルは、夢を理想像として描ききる能力ではないでしょうか。これができないリーダーが今自分の上にいる人に明るい未来は訪れない。「上司がダメダメな場合、どうすればいいでしょうか?」最後に会場から出た質問に対する伊藤さんの答はバッサリと鮮烈なものでした。

「駄目な上司は、駆逐せよ!」

…… いやー、伊藤さん。名言をありがとうございました!

危い話になってきたので、今回はこのあたりで失礼します。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)

2018年9月6日更新
取材月:2018年7月

テキスト:鯨井 康志
イラスト:池田 晃一
写真:大坪 侑史