【クジラの眼 – 刻をよむ】第1回「働き方のパラダイムシフトが加速する2018年、あなたはどう生きる?」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
残業や休日出勤は厭わない。終身雇用で会社に骨を埋める覚悟はできている。これまで私たちはそんな価値観を持って働いてきましたが、今確実に潮目は変わってきています。働き方を変えたい、生き方を変えたいと考えている人は大勢いらっしゃることでしょう。
今回から始まる”SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンス。初回のテーマは「働き方のパラダイムシフトが加速する2018年、あなたはどう生きる?」です。働き方だけでなく、仕事そのものを自らの意思で変えまくってきた二人の先人が登壇して話を聞かせてくれるのです。
お一人は高嶋大介さん。富士通のマーティング戦略本部に所属しながら、副業として(一社)INTO THE FABRICを立ち上げて活動しておられます。副業を持つ先人としてお話いただきます。
もう一人は齊藤寛子さん。彼女は、日本の教育改革が急務だと感じ2011年に大手人材会社から独立。以来、人材・教育に留まることなく様々な領域で仕事に従事し、2016年に(一社)ROOTS SPIRALを立ち上げて代表を務めておられます。パラレルキャリアの代表として今回登壇していただきます。
さあ、遅野井宏(オカムラに来る前二度の転職を経験している、やはり先人です)のモデーレートのもと、「はたらく」を変えてきた水先案内人をベンチマークさせてもらいましょう。(鯨井)
ゲストトーク(高嶋大介×齊藤寛子)
遅野井:最近「転職」「副業」「パラレルキャリア」という言葉をよく見聞きするようになってきましたが、実際にはどうなのでしょう。働く側も雇う側も、本業以外の選択肢を選ぶことに二の足を踏んでいるところではないかと思えます。
―遅野井 宏(おそのい・ひろし) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長 ワークスタイルエバンジェリスト
ペルー共和国育ち、学習院大学法学部卒業。キヤノンに入社し、レーザープリンターの事業企画を経て事業部IT部門で社内変革を担当。日本マイクロソフトにてワークスタイル変革専任のコンサルタントとして活動後、オカムラへ。これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、様々な情報発信を行う。WORK MILLプロジェクトリーダー、ウェブマガジン・ペーパーマガジン 編集長。
遅野井:「転職」「副業」「パラレルキャリア」をしなければならないなどと言うつもりはないのですが、このあと二人のゲストスピーカーから自己紹介も兼ねて、これまで実践されてきた「はたらく」やり方を語っていただきます。皆さんご自身のこれからの働き方や生き方を考えるきっかけをつくっていただければと考えています。
それでは、富士通の高嶋さん、ROOTS SPIRALの齊藤さんの順に登壇してもらいましょう。
「やらないことがリスク」だと考えて足を踏み出す
高嶋:私の3つの仕事を紹介させていただきます。1つ目は、「社会課題をデザインとビジネスの力で解決する」をモットーに、共創の場である「HAB-YU」を軸に、人と地域をつなげる研究と実践を行うこと。2つ目は、INTO THE FABURICを設立して、コミュニティやイベント、学びの企画・運営をする中で、ゆるやかなつながりが社会を変えることを世の中に発信すること。3つ目は、働いている面白い人を毎回5人招待して、100人になったら解散するという、ゆるいつながりをつくるコミュニティを運営することです。これが一番楽しくて天職かもしれないと思ったりしています。
―高嶋 大介(たかしま・だいすけ) 富士通株式会社 マーケティング戦略本部 デザインシンカー/一般社団法人INTO THE FABRIC 代表理事
大学卒業後、大手ゼネコンにて現場管理や設計に従事。2005年富士通入社。ワークプレイスやショールームデザインを経て、現在では企業のワークスタイル変革や自治体の将来ビジョン、地方創生のデザインコンサルティング、デザイン思考をベースとした人材育成などを担当。「社会課題をデザインとビジネスの力で解決する」をモットーに活動中。2014年より共創の場であるHAB-YUを軸に人と地域とビジネスをつなげる活動と、新しい働き方を求め2017年から会社公認で副業を行う。
高嶋:本業(富士通)でも働き方改革が行われていて、業務の効率化によって自分が使ってもいい時間が生み出されました。その時間をどのように活かすかを考えたのですが、その答えが「副業」へのチャレンジだったんです。副業はあくまでも本業あっての副業です。ですから、副業で失敗しても本業があるので死ぬことはありません(笑)。副業を起こして良かったこともあれば、苦労したこともあります。メリットはあるけれどデメリットだってある。でも、「やらないことがリスク」だと考えて足を踏み出すことが何より大事なことではないでしょうか。
これからは「しなやかさ」が鍵になる
齊藤:子供たちに納得できる素直な一歩を、そして何度でも一歩踏み出せる社会を築くために、日本の教育を変えたいという一心で私が会社を飛び出して早いもので7年になります。そのつもりはなかったのに気がつけばパラレルキャリアの生活にどっぷりつかっています(笑)。そんな私にとって仕事は、「主も副もない。どちらもが本業」という意識で日々過ごしていて、組織に所属することに意味が無くなってきた感じがしています。
―齊藤 寛子(さいとう・ひろこ) 一般社団法人ROOTS SPIRAL代表理事/国家資格キャリアコンサルタント
大学卒業後、大手人材会社にて約3000人を超える転職・就職に携わる中、未来の社会変容を見据え日本の教育改革が急務だと感じ、2011年に独立。以来フリーで人材育成に携わりつつ教育系NPOに関わってきた。Teach for Japan広報・採用、NEWVERYフェローとして教育寮チェルシーハウスの企画設計、場作り等に従事するうち、人材・教育領域にとどまらず、ライター・コミュニケーションディレクター等、横断的に様々なコミュニティや人を繋ぐ役割を担う。2016年4月社団を設立。
齊藤:仕事を拡散したり収束したりしながらパラレルに働いてきた7年間でしたが、パラレルキャリアには、視野が広がるというメリットもあれば、そのことで人に理解されにくいというデメリットもある。ですが、社会も人生も常に動くものですから、転職を迎えて慌てるより、少しずつ実験的に仕事をシフトすることをお奨めしたいのです。これからは、「しなやかさ」が鍵になるはず。新たな出会いや仕事は、自分のしなやかさを鍛えてくれるに違いありません。
ゲストのお二人とも濃密な社会人人生を送っておられて、ただただ感心させられるばかりです。入社以来ずっと同じ組織で過ごして定年を迎えた私にとっては、そして人並み外れて面倒くさがり屋の私にとっては、刺激的な働き方や働くことに対する考え方に胸を突かれた思いです。でも、人生100年の時代。私に残されている時間だってけして短くはありません。お二人の手口を手本にして余生を過ごしていきたいものです。
次のコーナーは、登壇者三人によるパネルディスカッションになります。「はたらく」の議論をさらに深めてくれるはず。私も心して傾聴しようと思います。(鯨井)
パネルディスカッション(高嶋大介×齊藤寛子×遅野井宏)
働き方改革って何だっけ?
遅野井:いろいろな「はたらく」を選択してこられたお二人は、最近話題になっている「働き方改革」をどんな風に見ておられますか?
高嶋:勤めている会社を含め私の周りの人の話をきくと、働く時間を抑えることを目的にしている感が強くしています。それだけに特化してしまうのは、すごくもったいないことだと思っています。
齊藤:「今さら感」があります。なかなか変えづらい、組織の硬直性のようなものがあることにハッとさせられます。自分はこんなに自由に動けるのにと思うとき、組織との格差を改めて感じてしまいます。
遅野井:今ようやく日本の労働法制も変わろうとしているところで、まずは勤務時間を見直そうというところなんでしょう。前職(外資系企業)のマネジメント層は、会社が社員それぞれの時間を拘束している、という感覚を持っていました。勤務時間の認識を新たにすることが「働き方改革」の第一歩なのかもしれません。
「副業」「パラレルキャリア」の本当のところ
高嶋:「働き方改革」で、私たちは既にいろいろな選択肢を手にしています。でも、自分たちに選ぶ権利が与えられているのも関わらず、選び切れていない。そこにに問題があるのではないでしょうか。齊藤さんは会社を出て起業するときどんな感じでしたか。不安はありませんでした?
齊藤:当時は不安なんてなくてワクワク感だけでした(笑)。もちろん独立することに反対する人もまわりにはいましたし、引きとめも受けました。実は社内起業の道もあったんですが、時間がかかりそう(2~3年も)なので少しでも早く独立できる選択肢をとったんです。やりたかった教育改革は待ったなしだと思っていたものですから。
高嶋:私は、一つの会社で働き続けて幸せになれるのなら、それが一番だと考えているんです。だけど、会社を辞めて転職や起業するのも選択肢だし、留まって起業する選択肢だってある。私としては、自ら動いてみたら幸せになれた、という事実が言えるだけなんです。
私が副業を始めようとしたとき、会社には社員に本格的な副業をさせた経験がなかったし、制度もありませんでした。会社に副業のことを相談したとき、上層部は意外なことに好意的な反応でしたが、近くにいる人からは理解してもらえないこともありました。最終的には、勤務時間外で会社と関係のないことであればいい、ということで決着。それ相応の苦労がありました。齊藤さんは大変だったことがありましたか?
齊藤:いっとき7つの仕事を掛け持ちしていたことがあって、そのときはさすがに収拾がつかなくて困りました。秘書を雇った(アウトソースした)くらいです。自分のキャパシティや限界を知っておくのは大事なことですね(笑)
「はたらく」時間の認識
齊藤:今、これは仕事、これは仕事以外といった領域感があいまいになってきています。仕事として請け負っていないことをやっている中から仕事が生まれることだってあるし。主婦は家事の中で培った力が仕事につながっていくこともあります。仕事とそれ以外の間の境界線はとてもあいまいになってきているので、そこを可視化して、時間のやりくりがうまくできればいいと考えています。
企業から離れて過ごすようになって、羨ましいと思うことがあるんです。それは、有給があるから休んでもお金が入ること。個人でやっていると働かなければ収入は0円です。独立して休暇に関する認識は変わりました。逆にやりすぎてしまうことに気をつけないといけない。今は自分が楽しいと思うことしかやらない日々ですから、気がつくとしばらく休んでいない、みたいなことになってしまいます。時間のセルフコントロールがとても大事になってきています。
遅野井:今回出版した「WORKMILL」の新刊でデンマーク大使館に取材に行ったときの話ですが、駐日大使から「日本人は自分の時間を生きていない」と指摘されたんです。デンマーク人は、自分の時間を大切に生きているからこそ、仕事を効率的に進めることができ、結果として生産性が高くなる。家族の時間や自分が本当にやりたいことをする時間をつくるためにダラダラした仕事はしない。時間の感覚っていうものが、これからの副業やパラレルキャリアを考えるときにとても大きな要素ではないかと思う次第です。
やることを自分の意志で自由に決められる。これに勝る幸せはないように思えます。やりたいことをやりつくす。そんな人生が送れたらいいに決まっています。一昔前とは、社会の情勢も、所属する組織の認識も、サポートしてくれる技術だってずいぶん変わっていて、本人にその気があれば、進む道を選べるようになってきました。「はたらく」の選択肢を多くもらえる現在の私たちはラッキーですが、その分選ぶ作業に頭を悩ますようになっていくのです。嬉しい悲鳴なのであります。これまで経営コンサルティングはもっぱら企業・組織に対してのものでしたが、これからは個人向けのコンサルで、「あなたは、A社に籍を置きながら、B社に週1日ほど出社、さらに時間外にCコミュニティで活動する。ただし健康には気を付けて」なんてアドバイスをもらうようになるかもしれません。
さて、本日の締めくくりは、会場の皆さんがグループに分かれて議論して決めた質問に登壇者が答える質疑応答コーナーです。(鯨井)
グループセッション(参加者同士によるグループ対話と質疑応答)
質問1「時間外に副業。家族の理解は?」
高嶋:本業にはコミットしているので、副業を調整してバランスをとっています。副業している仲間と支え合ってもいます。それでも家族に負担をかけてしまっていると認識していますし、「悪いな」とも思っています。
質問2「どうしてそんな立場に?自分は、まだ入社2年目なので想像できない...」
佐久間※:何か面白いもの、魅力あるものに出会ったときにダッと踏み込めるかどうかがポイントだと思います(笑)
遅野井:私の転職の場合、自分の得意なことを見つけた(上司から教えてもらった)ことが転職のきっかけになりました。
※佐久間さんは富士通に在籍されていて、本業のかたわらグラフィック・レコーディングの腕を磨いている方。セミナー中、会場内で見事なグラレコを披露してくれました。ちょうど入社2年ということから、急に回答を求められました。
質問3「2つやっている仕事。どちらも上手くいかなかったときは?」
齊藤:2つの仕事をパラレルでやっていること自体がリスクヘッジになっています。どちらか一方だけでもうまくやろうという心持ちでいることが大事。それから、悩み続けることが当たり前と思えばメンタル的に楽だと思ってやっています。人と話すことで見えてくることがあるし、とにかく続けていれば打開できるもの。最後の精神的なセーフティネットは友人と飲みに行くことです(笑)
質問4「労災や勤務時間管理、社会保険の扱いは?」
高嶋:時間内は本業、副業は時間外に、と自分の中で時間をはっきりと分けて臨むことが大切です。日中に副業をせざるを得ないときには、本業を午後半休にすることもあります。ただし、新しいお客様とあって課題を聞き出したとき、本業で解決すべきか、副業での対応がふさわしいのか考えることはあるので、勤務時間管理をはっきり分けているつもりでも、いつも両方に視点を置いてやっているのも事実です。
質問5「社会の中で副業者の適正な割合ってある?」
遅野井:一概には言えないと思います。副業を認めようと否定しようと、そこは経営方針によるのでしょうから。いずれにしても、イキイキと働く人を増やすことが考えられなければならないと思っています。
齊藤:個人の個性も多様だし、企業の制度設計も多様であるべきです。そんな環境の中で、みんながイキイキと働いていくことが望ましい姿だと思います。
質問6「本業と副業のバランスは?」
高嶋:やりたいことをやるべきときにやるのが理想。ですが、現在は本業の時間中に副業はできないので、対処は難しい。特に短いタスクだと現在の規則に則った管理運営は不可能かもしれません。そこは「自律性」にまかせて弾力的にやっていくしかありません。グレーな世界として労使双方が手を打つしかないのかも…。本業と副業、最大限にパフォーマンスを発揮できる自分なりのルールをつくっておくことが必要なのかもしれません。
質問7「評価制度をどう捉えている?」
高嶋:副業していることを会社とは切り離しているので、会社から副業に対して評価されることはありません。副業することでモチベーションが上がれば、本業に良い影響をもたらします。副業で得た知識が本業に活きることだってある。そこまで含めて本業・副業を評価する制度をつくることができればいいのですが、なかなか難しいと思います。副業をやりたい人たちが普通にやっていける緩やかな制度、しばりつけない関係性を保つことが現状ではいいように考えています。
パネルディスカッションの最後に
遅野井:「副業」や「パラレルキャリア」を含めたこれからの働き方に一つの回答があるはずはありません。今日もこれだけの質問が出て、これだけのディスカッションができたことに大きな価値があったのではないでしょうか。このような議論を通じて、本日のタイトルにある「あなたはどう生きる?」をそれぞれの方が考えるきっかけがつくれたのであれば嬉しく思います。
高嶋さん、齊藤さん、それからグラレコの佐久間さん、そしてお越しくださった会場の皆さん、本日はありがとうございました。(拍手)
自由に生きるための覚悟
本業・副業・パラレルキャリアの議論を聴いていて、『胡蝶の夢』の話を思い出していました。蝶としてヒラヒラ飛んでいた夢から覚めたとき、はたして自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか…。「無為自然」を説いた荘子の説話です。皆さんもご承知のことでしょう。「無為自然」とは、目的意識にしばられない自由な境地のこと。その域に達すれば自然と融和して自由な生き方ができると荘子は説いたのです。
本業と副業の間を行ったり来たりする。蝶のようにヒラヒラと楽しげに。本業が副業の為になり、副業で経験したことが本業に活きてくる。気づくと自分はどちらに軸足を置いているのか分からなくなっている。いや、どちらに重きを置くなんて考えること自体がナンセンスに思えてくる。きっとあと数年も経てば、私たちの多くの仲間がそんな境地に達するのかもしれません。
現実に目を向ければ、副業・兼業に対して政府はようやく動き出したところです。例えば厚労省が発表してきた『モデル就業規則』では、長年にわたり副業・兼業を原則禁止としてきましたが、今年(2018年)の1月の改訂で、第65条が新設され「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」と副業・兼業を企業に容認させる方向に舵を切りました。国の動きや時流を見て、企業は副業やパラレルキャリアに対応する制度をつくり始めることでしょう。働く側としては、そうした動きに乗り遅れないよう、自律性を高め、組織から信頼される人材になるべく研鑽を積んでおかなければなりません。「無為自然」の境地は、ちょっと仙人みたいで到達するのに骨が折れそうですが、やりたいこと、やり方、やりたい時間と場所を自由に選べる幸せな人生を過ごすためには、働く側もそれ相応の覚悟が必要なのです。(鯨井)
2018年6月4日更新
取材月:2018年4月