サステナブルな未来を産業車両デザインで体現する。豊田自動織機・デザイナー 藥師忠幸さんの挑戦
工場や物流の現場で重いものを運ぶときに欠かせないフォークリフトなどの産業車両。そんなフォークリフトの売上高世界1位を誇るのが豊田自動織機です。
そうした産業車両デザインの最前線で活躍するのが、同社のデザイナー・藥師忠幸さん。入社後、自動車のデザイナーとして活躍したのち、渡欧を機に産業車両デザイナーへと転向しました。
最近も、3Dプリンター技術を活用した車両や、カリモク家具との共創による「木カート」の開発など、従来の産業車両のイメージを更新する挑戦を続けています。そんな藥師さんが考える、「ものづくりの未来」とは?

藥師忠幸(やくし・ただゆき)
株式会社 豊田自動織機 トヨタL&Fカンパニー 製品企画部グローバル技術企画室デザイングループグループ長。産業車両のデザインに長年携わり、世界的な権威のあるIF Design賞やレッド・ドット・デザイン、国内のグッドデザイン賞を受賞したほか、全国発明表彰では、内閣総理大臣賞を受賞。現在は、若手の育成に加え、サステナブルをテーマに新しい産業車両のデザインに情熱を向ける。
産業車両の開発者たちが集まる秘密基地「innoBASE」へ
藥師さん、今日はよろしくお願いします!
今日は愛知県にある豊田自動織機の高浜工場に来たのですが、工場のオフィス内にこんなスペースがあるとは思わず驚きました……!


藥師
ここは私が提案してつくった「innoBASE」という空間です。
もともとは何もない空きスペースだったのですが、せっかくなら「社員が集まって情報交換をしたり、リラックスしたりしながら、イノベーションが生まれる場所になれば」と思いまして。


藥師
この空間には、リラックスして話し合える工夫をいろいろと取り入れています。
バランスボールの入ったクラゲと呼ばれる椅子を置いたり、デスクをホワイトボードにして書き込めるようにしてみたり。

面白いですね!
いろんなものが飾ってあるのも気になります。



幼い頃から大の車好き!産業車両のデザイナーになった意外なきっかけ
早速ですが、フォークリフトなどの産業車両にも専門のデザイナー職があると初めて知りました。
いろいろなお仕事がある中で、藥師さんが産業車両のデザイナーになったきっかけを教えてください。


藥師
物心ついた時から車が好きで、いつも車の絵を描いていたんです。
小学校の時にはチョロQのデザインで入賞したこともあり、中学生の時には車のデザイナーになると決めていました。


藥師
進学した武蔵野美術大学では、プロダクトデザインだけではなく、グラフィックやUI/UX、空間デザインの基礎などを幅広く学びました。
そして卒業後の1996年、豊田自動織機に入社し念願のカーデザイナーとして仕事を始めました。

入社後はどのような仕事を?


藥師
当初は、トヨタヴィッツのスポーツバージョンやプレミオ、istなどの自動車デザインを担当しました。
その後、2004〜2006年まで、フランス・ニースにあるトヨタ自動車の欧州デザインスタジオ「EDスクエア」のデザインチームで働きながら、現地のデザインを学びました。


藥師
この経験が、自分の会社を見つめ直し、産業車両のデザイナーを目指すきっかけになったんです。
当時の日本では産業車両は、デザイン性よりも箱のような「製造のしやすさ」を重視していたと思います。しかし、欧州では産業車両にもデザインの考え方がしっかり取り入れられていたんです。
どういうことですか?


藥師
私たちデザイナーは、まず「スタイリング」と「デザイン」を分けて考えます。スタイリングは見栄えがスタイリッシュである、格好良さを追求すること。一方で、デザインは機能性と見た目を兼ね備えたもの。
ヨーロッパでは、産業車両も機能性と見た目がしっかりとデザインされているのを目の当たりにしました。「こういう考え方ができれば、フォークリフトでもトヨタブランドを確立することができるのではないか」と可能性を感じて。「日本に戻ってからはブランドを変えるくらいの気持ちで挑戦しよう!」と決めました。
大きな転換期ですね。


藥師
それはもう尋常じゃない気合の入れ方でした……(笑)。でも、当時の上司も欧州で過ごした期間が長く、そんな自分を後押ししてくださいました。
帰国後は、欧州向け電動カウンターフォークリフト・Traigo(トレゴ)などに携わり、さまざまな産業車両のプロジェクトに関わっていきました。

ちなみに、どのような点にデザインの考え方が取り入れられているのでしょうか?


藥師
たとえば、フォークリフトにはぶつけやすくてよく壊れてしまうパーツがあったんです。そういう部分は鉄板部分の高さを変えることで樹脂を守るようにして、壊れにくくしました。
また、傷がつきやすい部分をあえて作ることで、傷がまとまるようにデザイン提案しています。そうすると、修理するときに、その部分だけ塗装しなおせばいいですから。車と違って、ぶつける前提でのデザインなんです。


藥師
あとは、もちろん産業車両ですから、安全性のデザインも大切です。
薄暗くなりがちな倉庫や工場で、オペレーターが乗り降りする際に足元を滑らせたり踏み外したりしにくいよう、あえてステップに「緑色」の見えやすい線を配置しています。
一方で、機体の内側などオペレーターが乗車中に見える範囲には、余計な視覚情報を取り除き集中力を高めるために暗い色を使っています。他にもたくさんの工夫が取り入れられていますよ。

持続可能な社会のためにデザインができること。サステナブルな車両を目指して
近年は、サステナブルを重要なテーマとして、産業車両のデザインをされていると伺いました。それはなぜですか?


藥師
みなさん、フォークリフトといえば重厚長大な機械……というイメージを持ちやすいと思うんです。
でも実は、多くの部分がリサイクルされている極めてエコな車両なんですよ。そんなギャップがあるからこそ、「実はフォークリフトがエコ」であることをデザインで直感的に伝えたいと思ったんです。


藥師
そこで作ったのが、この「サステナブルフォークリフト」です。
車体には杉の間伐材を粉砕して混ぜた樹脂素材を使い、3Dプリンターで作っています。


藥師
3Dプリンターの特性から、よく見ると表面の仕上がりが層状になって見えるんです。これによって、木目のような雰囲気を出しています。
3Dプリンターを使うことで、従来の金型では作れない形の部品を自由に作ることができます。また、これによって型の製作時間短縮や部品点数削減などができる可能性もあるんです。
なるほど、確かに従来のものとは受ける印象が違いますね!


藥師
フォークリフト以外でもサステナブルを取り入れたコンセプト提案があって。それが「木カート(きかーと)」です。
工場内でものを運ぶ作業を自動化できる自動搬送機「キーカート」を、エコなデザインにしたものです。

工場で働くロボットに木を使うということ自体、意外です!


藥師
木は、柔らかな触り心地や空気を浄化するサステナブル性がある上、加工のしやすさなどの機能性もある素材です。
でも、「木は弱くて、鉄は強い」という印象がありますよね。だからこそ、一番力がかかる骨格の部分にあえて木を使うことで、「木なんか弱いから使えるわけがない」という固定観念を壊したいと思ったんです。
木カートは、同じく愛知県内に本社がある家具メーカー・カリモク家具さんと一緒に開発をされたんですね。



藥師
実はカリモクさんとの協業は、カリモクのデザイナーさんと話している中で生まれたんです。カリモクのデザイナーさんから「豊田自動織機と、カリモクは創業当初協業をしていて、G型自動織機ではカリモクの木が使われている」ということを教えていただいて。
その意外性と、当社が創業100周年の節目だったことから、このタイミングで再び共創しようと、2社でのプロダクト開発につながりました。
カリモクのデザイナーさんはもともと知り合いでしたが、Cueで開催されたインハウスデザイナーの交流会などでさらに仲良くなり、新たな共創が生まれました。
嬉しい繋がりですね!
トヨタグループの原点から、関わりがあったんですね。


藥師
今回の開発をしたことで、文章による「言語化」やイラストなどによる「見える化」を超えた、製品の「触れる化」が実現できました。
こういうプロトタイプを実際に作ることで、そのプロダクトやサービスがある世界を実体験し、共感してもらえるようになり、さらに議論が起こります。
確かに、この木カートならば工場以外で荷物を運んでいても違和感ないですね。
たとえば、暮らしの中でも荷物を運ぶのに使えるかもしれないな、と考えてみたり。


藥師
まさに、そういった意見の活性化こそが「触れる化」の目的です。
今回の共創をきっかけに、我々はホテルなどの工場以外の場で産業車両が使える可能性を見出しましたし、カリモクさんは木を物流産業で利用する可能性が広がりました。
中部地区のものづくりを担う場所で他業種コラボをして、地域の可能性を広げたいですね。
挑戦するのは楽しいから。部活動では空気エンジン車でギネス記録
藥師さんは、仕事だけでなく、部活動でギネス記録を持っていると聞きました。



藥師
空気エンジン車「KU:RIN(クーリン)」ですね。これは「豊田自動織機が開発しているコンプレッサー(気体を圧縮する機械)が、実はモーターとして使えるのでは?」と思いついて、実験してみたことがきっかけです。
「やってみたら動いた!こんな工夫をしたらまた動いた!」という楽しさの連続で作っています。


藥師
「KU:RIN(クーリン)」は、通常の仕事が終わった後や週末に興味をもってくれた有志の社員で集まり、開発したんです。
仕事後や休みの日まで……!
その原動力はどこからくるのでしょうか?


藥師
やっぱり楽しいからです。作ってみたいものを自分の手で作ることがとにかく楽しい。また、いろんな人が集まると違うところに興味を持ち知見も楽しさもさらに広がります。
こんなふうに会社の設備などのリソースを使って作りたいものを作らせてもらえて、さらに世界記録までいただける……。
こういう挑戦をさせてくれる社風は、本当にありがたいことですね。

素敵ですね。
今も、挑戦していることがあるのでしょうか?


藥師
今は、有志で「インクルーシブ」をテーマにした車両づくりに挑戦しています。
これまでは健常者を主な対象として設計されていた産業車両ですが、障害のある方にもっと快適に使用してもらえるようになればいいな、と思っていて。


藥師
他にもお伝えしたいプロジェクトは沢山ありますが……、今はまだちょっと言えません(笑)。
楽しみにしておいていただけましたら!
今後の発表、お待ちしております!
最後に藥師さんがデザイナーとして目指すものについて教えてください。


藥師
デザインで幸せを作ることでしょうか。
1つひとつのステップが鍵盤になっていて、のぼると音の出る階段をご存じですか? のぼる行為自体は変わらないのに、音が流れるから階段をあがるのが楽しくなって、運動になる。そんな楽しい工夫を生み出すことを、「歯車をずらす」と表現しています。
世の中を動かすにはデザイナーがコツコツとまじめにふざけて外していく。そうして少しずつ歯車をずらして、皆を幸せにすることじゃないかと思います。

2026年7月取材
取材・執筆=神谷加奈子
撮影=加藤智充
編集=鬼頭佳代/ノオト


