「好き」に居場所をつくる仕事。重機ファンダムが教えてくれた、未来の社会インフラを支える推し活(日立建機・猿山未華さん)
油圧ショベル、ロードローラー、ダンプトラック。街のあちこちで活躍する重機を「あなたにとってどんな存在ですか?」と聞かれたとき、「ないと生きていけない」と答えるような重機愛に溢れる人たちが世の中にはいます。
日立建機が運営するコミュニティ「重機ファンダム」では、オンラインでの交流をベースに、オフ会や見学会などのリアルイベントも実施。現場のオペレーターから建設会社の経営者、4歳の子どもまで1700人以上が立場を超えて交流しています。
この取り組みの中心にいるのが、日立建機の猿山未華さんです。出発点は、社内ビジネスコンテストの申し込み用紙に書かれた「ファン」の文字でした。
それから約3年。「コミュニティの運営に事業性があるのか?」と問われながらも、少しずつ仲間を増やし、活動をサステナビリティ本部の正式な事業へと育ててきました。
数値化しづらい価値を持つ新規事業を、企業の中でどう守り育てるか。たどり着いた答えには、重機への愛と、それを分かち合うファンたちとの出会いが詰まっていました。

猿山未華(さるやま・みか)
早稲田大学大学院応用化学出身。2013年日立建機入社。サービス部品の分析業務や経営企画を経験し、課題発見と提案を重ねてきた。現在は新規事業として立ち上げた重機ファンコミュニティの運営を担い、「好き」という感情を起点に、非財務価値を事業へとつなげる取り組みに挑戦している。
4歳から経営者まで。1700人が集まる重機好きの居場所
まず重機ファンダムの活動について教えてください。


猿山
重機ファンのためのコミュニティサイトを運営し、現在1700人を超える会員さんに登録いただいています。参加資格は「1ミリでも重機が好きな気持ちがあること」で、会費はいただいていません。
コアメンバーは、「重機はあなたにとってどんな存在ですか?」と聞くと「酸素です」「ないと生きていけない」と答えるような重機マニアの方々です。その熱量に惹かれるように、他のメンバーも集まっています。


猿山
会員の6割ほどが業界関係者で、現場監督やオペレーター、建設会社の経営者、レンタル会社、メーカーの方々など。運営は日立建機の私たちが担っていますが、参加するのに会社の垣根はありません。
残りの4割は、仕事とは関係ないけれど重機が大好きという方や学生さんたちです。一番若いメンバーは4歳。保護者の方と参加しているんですよ。
4歳から経営者まで……。
日々の活動はどんな様子ですか?


猿山
オンラインでの投稿が中心です。
今日見かけた重機を下から見上げた写真をアップしたり、「うちの子が幼稚園の帰りにこれを見てきました!」という投稿も流れてきます。


猿山
年1回のオフ会は、私たちが主体で開催しています。
それ以外にも、法人会員さんが「重機ファンダム限定でイベントをやってみたい」と言ってくださることがあって、運営方法を相談しながら、当日はその会社さんと一緒に開催するスタイルで実施しています。
今まで一般の方向けに開放したことがなかったBtoBの会社でも、「重機ファンダムの会員さん限定なら」とイベントを開いてくれる。そんな小さな挑戦を、みんなで応援しあっているんです。

隠れていた「重機ファン」を掘り起こす
そんな重機ファンダムは、どのような経緯で生まれたのでしょうか?


猿山
社内の新ビジネスコンテストがきっかけです。
同僚の澤田遊次郎さんの企画書に書かれた「重機のファン」という言葉を見て、私はそのアイデアに合流しました。今でも、澤田さんがファンダムの「部長」で、私は「副部長」という立ち位置です。


猿山
最初の提案内容はシンプルで、「ファン向けにグッズを作って売る」といったものでした。設備のIoT化など技術寄りの提案が並ぶ中、我々は思いっきり個人向けの企画でしたね。
5分間のプレゼンを聞いた役員はみんなニコニコしていて、外部審査員の方から「重機ファンという市場を私は知りませんでした」とコメントをいただいて。
「知らない市場を見つけてきた」という点を評価いただき、最初の審査を通過しました。その後は、通常業務を続けながら業務時間の2割を新規事業にあてられることになったんです。
重機は業務で使うもの、という常識から見ると、個人単位でファンを対象にした取り組みが新しかったのですね。
まずは何をしたんですか?


猿山
「重機ファンという市場が本当に存在するのか?」を確かめるため、ひたすらインタビューを重ねました。
社内に「日本屈指の重機マニア」がいると聞いて、その方に話を聞き、ご友人を紹介してもらって、また次の方を……という形で全国の重機ファンに話を聞き続けました。
みなさん、こちらの想像以上に重機への愛を語ってくださって……、中にはインタビューが8時間になることもあったほどです。
8時間!?


それほどの愛があるのに、これまで重機のファンコミュニティが知られてこなかったのが不思議です……。


猿山
重機好きに会いたいと話すと、「うちの孫が好きですよ」と言われることが多かったんです。「小さい男の子は働く車が好きだよね」という言葉の裏に「でも、大人はそうじゃない」という空気がある。
中学生くらいまでに「重機を卒業しないといけない雰囲気」があり、友達や家族、同僚にも話ができなかったという声をたくさん聞きました。


猿山
また、他の推し活と違って、重機はお客さんとして楽しむ手段が少ないんです。
たとえば、鉄道なら乗客として乗り鉄という楽しみ方ができますが、重機は基本的に一人乗り。個人的に資格を取るか、オペレーターとして仕事にするかしかありません。
だから、好きな気持ちを持続させること自体が難しい環境があったのだと思います。
好きという気持ちを発露できない、潜在的な重機好きたちが、つながれる機会を求めていたんですね。


猿山
おっしゃる通りです。
会社として参加した展示会で「求ム、重機ファン」という看板を掲げて3日間立ったところ、200人と名刺交換できました。
その方々にメールで「オフ会をやります」と送ったら、20人集客が目標だったところ、79名が集まってくれたんです。それも、北海道や福岡などから来てくれました。
文字通り全国から!


猿山
当日はコレクション持ち込み可にしたら、たくさんの写真や精巧な模型、紙で2年かけて作った作品まで集まって。うちの社員が歴代のショベルカーの鍵を持ってきたりもして、みんなで大いに盛り上がりました。
こうした活動をメールベースで行いながら、少しずつオンラインコミュニティの整備も進めて、今の形に至ります。
会社のためではなく、重機の未来のために仲間が集まる
活動の中で、コミュニティが拡大していく手応えを感じた瞬間はありますか?


猿山
ショッピングモールで「重機ファンのための感謝祭」を開催した時に気づいたことがあります。
「日立建機のために」だとなかなか協力が集まらないけれど、「子どものために」という旗を立てた瞬間に、みんなが動いてくれるということです。

子どもたちを主役にして「ファンを増やす」という方向性を示したことで、重機の認知拡大に向けて動きやすくなったのですね。


猿山
そこで、第2回オフ会では小学生以上のお子さま向けの時間を設けて、「子どもたちのために法人ブースを作ってください」とお願いしたんです。
重機を運ぶトレーラーの会社、重機の絵本を出版している会社、業界団体さんなどが参加し、子どもたちにはブースを回りながら名刺交換を体験してもらいました。
最初に「名刺交換はこうやるんだよ」と、弊社の社長にデモンストレーションしてもらったのもいい思い出です(笑)。

子どもたちも、重機との具体的な関わり方を想像できそうですね。


猿山
学生や大人で「どうやって重機ファンを増やすか」をグループディスカッションしたときも、みんな立場がバラバラなはずなのに、話がとても弾んで。
現場でオペレーターをやっている方と、商社勤めやコンサルタントという方が、同じグループで楽しそうにしている。
仕事や肩書きというA面ではなく、趣味や好きなことという「B面」でつながるからこそ、できたことだと思います。
ファンダムの活動を通じて、業務だけでは生まれないつながりができたのですね。


猿山
そうですね。ある部品メーカーの社長さんにインタビューした際、部品の納品でしか関わりのなかった私たちと重機について話せたことを喜んでくれました。
話していくうちに、「自分たちが作るボルト1本の品質がどれだけ大切か、現場の人に伝わらないことが悩みだった」という本音も出てきて。
「重機が大好きな人たちがいると知ったら、従業員のやりがいにもつながるかもしれない」と、協力を申し出てくれる会社も出てくれたんです。すごく嬉しかったですね。
「重機ファンを増やすこと」がサステナビリティにつながる理由
活動が拡大する一方で、重機ファンダムを事業として継続させるために、どのような工夫をしましたか?
収益や数字では、なかなか説明しづらいと思うのですが……。


猿山
これが一番大変でした。「何年でいくらになります」という数字をずっと作れなかったんです。無理やり作ることはできても、信用できる数字にはならない。
しかも「儲かるからやっている」という空気が滲むと、コミュニティの熱は冷めてしまうので、その塩梅がすごく難しい。
とはいえ、活動を続けるためには、社内のどこかの部署に受け入れてもらう必要がある。それで、いろいろ検討した結果、サステナビリティ本部の中で続けていくことになりました。
どうしてサステナビリティだったんですか?
一般的には、マーケティングやブランディング、PRの部門との相性が良さそうですが……。


猿山
重機はインフラを支えている業界なのですが、人手不足が続いていて……。このままだとインフラ整備が行き届かず、水道の蛇口をひねっても水が出ない世界が訪れるかもしれない。
そこへのアプローチとして、社会の持続的な成長や維持のために重機ファンを増やす。こうした考え方で、サステナビリティのための活動として位置づけることができたんです。
なるほど。


猿山
もしブランディング部門にいたら「日立建機というブランドをナンバーワンに押し出す」方向に、マーケティング部門にいたら「顧客の声を何件聞いたか」といった数字を追うことになります。もちろん、それは会社としてとても大事な観点です。
でも、私たちの活動の本質的な目的は、重機が人気のない状態をなんとかして、この業界に入ってくれる人を増やすことだと考えるようになったんです。
「好き」の熱量が、業界を超えて社会全体を支えるということですね。


猿山
そうなんです。私たちの調査では、重機に関わる仕事をしている2844名のうち、43%が「重機が好きだからこの仕事に就いた」と答えてくれました。
間違いなく「好き」という熱量が業界を支えていますが、建設業界自体がネガティブに見られがちな現状もあります。
「重機が好きだけれど語り合える相手がいない」と感じている人たちに、「仲間がいるよ」と伝え続けることが、業界の未来につながると信じています。
社内の理解を得るために、どのような工夫をしましたか?


猿山
遊んでいると思われてはいけないけれど、楽しくなさそうに見えたら誰も集まりません。
少しずつ魅力を伝えていくうえで、社内報としてのZINEを作ったのも良かったですね。スライドでは伝えづらいので、雑誌のようにしたんですが、社内だけでなく会員さんからも好評で。販売もしています。


猿山
過去に経営企画室にいて役員の方々とのつながりもあったため、当社の役員の方々に「あなたの趣味は何ですか?」「小さいとき何をして遊んでいましたか?」というインタビューを重ね、理解と応援を積み重ねていったこともよかったです。
社長や会長も第1回オフ会から来てくれて、役員のみなさんが応援してくれたのは大きかったと思います。


猿山
活動が受注につながったこともありますし、広告換算額を出すこともできます。しかし、それは結果であって目的ではないので、あえてKPIとして設定していません。
以前、あるピッチコンテストで審査員の方から「KPIを置かずにやっている今の姿がベスト。具体的な収益目標を置いたら冷める」と言っていただいて、それも大きな支えになりました。
顔の見える誰かのために動ける喜び
これまでの活動を振り返って、印象的な出来事はありますか?


猿山
2026年の新入社員向け説明会で重機ファンダムの取り組みについて話した後、1人の女性新入社員が「重機ファンダムを作ってくれてありがとうございます」と声をかけてくれたんです。
ファミリーマートで印刷できる「重機ファンダムブロマイド」を持って、「自分が重機好きだということを、家族以外に話せる相手がいなかったんです」と。
思わず2人でその場で泣いてしまうほど嬉しかったです。


猿山
後でよく聞いたら、重機のミニチュア専門店でファンダムのことを知ったと言っていて。
その話をコミュニティサイトで共有したら、「その新入社員さん、自分もその店で会いました!」という会員さんが現れて、全部がつながりました。
私たちはSNSも持っていないし、広報もできていなかったのですが、会員さんが口コミで広げてくれていたんです。
それは嬉しい出来事ですね……! 猿山さん自身の変化はありましたか?


猿山
経営企画室にいた頃は、どうしても「日立建機では〜」と会社名を主語にして話すことが多かったんです。
でも今は、それが「日本の社会全体」に変わった感覚があります。部品メーカーさんも、以前は品質・納期・コストでやりとりする相手として見ていたところがあったのですが、今は一緒に日本の産業を支える仲間という認識に変わりました。
産業を支える仲間?


猿山
重機は多くの部品メーカーが関わって完成します。一社でも欠ければ、サプライチェーン全体で支えている業界が立ち行かなくなる。
部品メーカーさんから「10年以上、新入社員が入っていない」という話を聞くと、それは一社の問題ではないと感じるし、重機ファンを増やすことは、そこにもつながっているのだと思います。


猿山
あと、一番大きいのは重機ファンの顔が浮かぶようになったことです。
架空のペルソナや「何十代男性」のような像ではなく、この人が小さい頃からどう育ってきたか、今こんな仕事をしていて、何に悩んでいるかまでを知っている。
そうして顔の浮かぶ人たちのために、何ができるかを考えるようになりました。
今後の目標を教えてください!


猿山
重機ファンの方ならわかると思うのですが、北陸地方にとある聖地がありまして……(笑)。
今の状態が「地下アイドル」だとしたら、そこは武道館のような場所。なので、目標はその聖地でオフ会をやることです。
「みんなでいつか武道館に行くぞ!」と言っている、今の状態も楽しいですし、いつかその夢も叶えられればと思っています。

【編集後記】
取材中、何より印象的だったのは、猿山さんご自身の人柄でした。お話ししているだけでこちらまで楽しくなるようなエネルギーと、「まずやってみる」を地で行く行動力。そして、全国の重機ファンに突撃し、中には8時間かけて話を聞いたというエピソードからも伝わる、人へのまなざし。「重機が好き」の先にいる一人ひとりに真摯に向き合うからこそ、重機ファンダムという場が育まれているのだと感じました。
一方で、会社の事業として継続させるには、価値や成果も求められます。「好き」の熱量を冷まさず、いかに事業として成立させるか。その絶妙なバランス感覚こそ、企業発のファンコミュニティを育てるヒントなのかもしれません。(株式会社オカムラ 前田英里)
2026年6月取材
取材・執筆=淺野義弘
撮影=篠原豪太
編集=鬼頭佳代/ノオト


