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なぜ、AI時代にビジョンが大切なのか?(戦略デザイナー・佐宗邦威)

戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、戦略とデザインを掛け合わせて価値を作り出す「戦略デザイナー」として、企業のビジョン策定やイノベーション支援の仕事をしている佐宗邦威さん。戦略デザイナーの目には、世界がどのように映っているのでしょうか。佐宗さんが仕事や普段の暮らしの中で見えたこと・考えていることを、手帖を見せてもらうようにカジュアルに公開していくビジネスエッセー連載です。

生成AI時代にも大切なビジョンを描く力

先日、東京大学にOpenAIのサム・アルトマン氏が来た時のQ&Aで、「これからの人間に求められるスキルは何か?」という質問に対して、以下のように答えていたという。

「数学、プログラミング、物理学などで人間がAIに勝ることは不可能。電卓に人間が絶対に勝てないのと同じ。今後は全ての人々が最高レベルの知にアクセス可能になる。リーダーシップがより重要になる、どのようにビジョンを描き、人々を動かすか」

生成AIが重要だとされる時代に、求められる力はビジョンを描く力だと、生成AIを推進している当事者が言っているのは驚いた。

僕は、2019年に『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)という本を出版した、その中で、誰でも自分のビジョンを描ける思考法をビジョン思考と名付け、「妄想―知覚―組替―表現」という4つのステップをサイクル上に回していく方法論を世に問うてみた。

この時、すでにAIの進化の流れは予想できていた。「人間にしかできない思考法は何だろう?」ということを突き詰めて出た結論が、この妄想を起点にビジョンを表現して描いていくという方法論だった。

実際に10万部以上販売されベストセラーになったことを考えると、(AIの進化が当時織り込まれていたかはともかく)、ビジョンの描き方が求められていること、は間違いないのだろう。

ビジョンがある人は少数派。でも、誰でもビジョンを持てる

講演で、「あなたにはビジョンがありますか?」という質問をすると、手を挙げるのは50人中2〜3人だ。普段から自分のビジョンを明確にしている人は少ない。だから、自分がビジョンを持つことって難しい、と感じるかもしれない。でも、僕は自分の経験上、誰もが自分のビジョンを持つことはできると考えている。

多摩美術大学のCreative Leadership Programという3カ月間のデザイン経営を教えるプログラムの中で、毎回Day1・Day2にビジョンのアトリエワークショップというワークショップを実施している。デザインに興味がある社会人へのデザインの世界の入り口として、自分のビジョンをアート作品にすることで、自らのビジョンを表現し、自分なりの解像度を上げていくプログラムだ。

このプログラムは、ユング心理学の日本での第一人者・河合隼雄先生が行っていた箱庭療法から得たインスピレーションをもとに作られている。ユング心理学によると、誰もが自分の潜在意識の中に理想のイメージを持っている(同時に、悪いイメージ、シャドウも持っている)。

そのイメージで箱庭を作ってみたり、絵を描いてみたりする。その過程の中での自らとの対話を通じて、自分のビジョンがだんだん輪郭を帯びてくる。絵という表現を通じてイメージが湧き、自分なりの言葉に落とし込むことができてくる。

ユング心理学がいうように、そうやって自らの内面を見つめ、それを表現し続けることで、その人はその人らしくなる(ユング心理学ではそれを個性化と呼ぶ)。自分が自分のビジョンを具体化するためには、内面と対話する過程が必要だし、それを表現することが一番効果的なのだ。

このワークショップは、多摩美術大学だけでなく、多くの小中高、そして大学でもプロボノとして行っているが、今まで自分のビジョンを表現できなかった人を見たことがない。逆に言うと、ビジョンを表現する場(僕はそれをアトリエと呼んでいるが)があり、適切なプロセスを経ていくとビジョンはしっかり形になっていくのだ。

ビジョンは内なる北極星。掲げてから検証を

最近、たまたま、地方でビジョンについての講演をしてほしいという依頼を立て続けに受けた。一つは、長野県の伊那市の「inadani sees」で開催されたカンファレンス。もう一つは、鹿児島で行われた「薩摩会議 番外編」というイベントだ。いずれも地方を盛り上げ、地に根ざした未来を創っていきたいという人たちが集まっている場だった。

そこでは、こんな話をした。

「今の時代、ネットワークで繋がってしまった時代。自分の内面から発せられたビジョンは、世界中に届く可能性があるし、そこで共感を集めれば顧客を作り出したり、共創するパートナーを生み出したりできる。ビジョンこそが、ゼロコストでリソースを集めてこられる経営資源だし、ビジョンを語ることで、自分たちが取り組んでいることは加速する、ブースターのような存在になる」

戦国時代に天下統一を果たした織田信長は尾張の一大名であった。しかし、「天下布武」というビジョンを定め、それを旗印にすることで統一に向かって一気にスピードが上がったという。

ビジョンを持って前に進むことを、僕は、スキーやスノボーに乗っている時の感覚で例えることがある。スキーやスノボーをうまく乗りこなす上では、目線は遠くを見ているといい。足元を見ているとコケるのだ。でも、遠くをじっと見ていくと自然にその方向に向かって進んでいく(ちなみに、これはサーフィンでも全く同じことが言える)。

元々、不確実性の高まった「VUCA」と言われる時代だが、アメリカがトランプ政権になってからは、今までの世界を作ってきた常識や秩序そのものが壊れつつある。我々はSNSを通じて、昨日までのルールが変わってしまうという世界を見つつある。

かたや、生成AIの進化のスピードは早く、先のことを読もうと思っても読むことなんて不可能だ。ここまで変化が激しいと、何も考えずにたただ目の前のことを丁寧にやることしかできない、と厭世的な気持ちになってしまう人もたくさんいるんじゃないかと思う。

でも、正解のない時代だからこそ、自分なりの内的な北極星としてのビジョンを自分なりに持ち、少しずつでもいいから周りを巻き込みながら進んでいく。これが、この秩序が崩壊している時代に、善く生きる方法なんじゃないかと思う。

自分のビジョンが、社会的に正しいかどうか。それは一旦置いておこう。自分自身のビジョンに忠実に生きてみて、それが一定の共感を得られるか、検証してみよう。そのくらいの気持ちで、自分の生き方のエンジンを使うくらいのつもりでビジョンを持って過ごしていくといいんじゃないかと思う。

ここまで、個人に向けたメッセージのように書いてきたが、会社、組織なども全く同じことが言える。10年計画のようなカチッとしたビジョンを描いても、もしかしたら答えは違うかもしれない。

でも、自分たちが一番ワクワクする理想状態をイメージしておいて、日々の目の前のことに集中して、楽しんでいく。そんな風にして、こんな時代でもやり過ごしていくのが、今の時代を生きるコツなんじゃないかと思う。

アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト