「仕事と育児の両立」から解放したい。赤ちゃん向け番組『シナぷしゅ』プロデューサー・飯田佳奈子さんに聞く、理想的なチームづくりの秘訣
テレビ東京で放映されている、民放初の乳幼児向け番組『シナぷしゅ』。視聴ターゲットである赤ちゃんだけでなく、親世代からも根強い人気を誇ります。
統括プロデューサーを務めるのは、ご自身も2児の子育てに奮闘中の飯田佳奈子さん。「どうすれば仕事と育児をうまく両立できるのか」と悩む人々に対して、「そもそも両立という言葉が、働く女性を苦しめているのではないか」と話します。
今回は番組づくりに奔走している飯田さんに、『シナぷしゅ』に込めた想いや、それを形にするためにチームづくりで心がけていること、そして仕事と育児の両立に対する考え方について伺いました。
飯田佳奈子(いいだ・かなこ)
テレビ東京『シナぷしゅ』統括プロデューサー。1988年生まれ、群馬県出身。東京大学文学部フランス文学科を卒業後、2011年テレビ東京に入社。2018年に第一子を出産し、2019年に職場復帰してすぐに『シナぷしゅ』の企画書を提出。以降、『シナぷしゅ』制作面の総合演出だけでなく、ビジネス展開も含めたコンテンツ統括プロデューサーを務める。2022年、第二子を出産。
働きながら子育てする人へ、圧倒的に役立つコンテンツをつくる
『シナぷしゅ』は民放では珍しい赤ちゃん向け番組です。飯田さんが企画されたとのことですが、どのようにして生まれたのでしょうか?
飯田
2018年に第1子である長男を出産したのがきっかけです。もともと子どもは好きだったんですが、実際に育児をしてみると大変なことも多くて。
あるとき、子育て支援センターに行くと、お母さんたちが「昨日、テレビを1時間も見せちゃった」と声を潜めて話していたのが気になったんですね。私はテレビ局の社員なので(笑)。
世間一般では、「赤ちゃんの時期にテレビを見せすぎるのは良くない」という風潮がありますよね。
飯田
ただでさえ苦しい育児を、動画コンテンツの視聴がさらに追い込む形になっている。テレビ局で働く身として、どうにかならないものかと思ったんです。
でも同時に、YouTubeでは一般の人が制作した、既存のアニメキャラクターを使った非公式の人形劇の動画が何百万回と再生されていて。そこに違和感を覚えました。
赤ちゃん向けのコンテンツだと、教育番組を中心に放送しているNHKのEテレが思い浮かびます。
飯田
そう、子どもが生まれたとたん、多くの親は「Eテレ最高!」ってなりますよね(笑)。でも、「Eテレだけでいいの?」という疑問もあって。
そこで復職してすぐに、Eテレとは別の選択肢となる新しいコンテンツを作ろう、と企画書を提出しました。自分の息子に安心して見せられるものを作りたい、という気持ちも半分あったので。
そもそも、なぜ民放では赤ちゃん向け番組が少なかったんでしょうか?
飯田
私も疑問に思って調べてみたんです。
すると、視聴率調査で対象となる年齢は4歳からなんです。つまり0~3歳は、視聴率の対象に入っていません。テレビは視聴率をビジネスに繋げてきたので、「シナぷしゅ」当初のターゲットであった0~2歳児向けに番組を作る、というのはあり得なかったわけです。
ただ、私が復帰した2019年はちょうど過渡期のタイミングで。テレビ東京には「旧来のビジネスモデルから脱却して、新しい収益をどう立てていくか」という大きな課題があったんです。
その波にタイミングよく乗って、企画が通ったという感じですね。
このチャレンジ企画が通るのがテレ東さんらしいですね。勝算はあったのでしょうか?
飯田
そうですね。私は以前、営業の仕事をしていたんですが「子ども向け商材のCMを流したい」という問い合わせが多かったんです。だから、きっとうまくいくだろうとは思っていました。
シナぷしゅに対して、視聴者からはどんな意見や感想が届いていますか?
飯田
一番うれしいのが、「シナぷしゅのおかげで生活が成り立っています」というコメントです。私自身も働きながら子育てをしている身なので、子どもに楽しんでもらうだけでなく、その親世代にとっても圧倒的に役立つコンテンツにしたいと思っていたんですよね。
だから、地上波の放送だけじゃなくてYouTube配信も大事だ、と。「夜中にぐずっていて泣き止ませたい」など、「いま、ここで」というときに見せられないと、本当に子育てに役立つとは言えませんから。
YouTubeには「週まとめ」やパパママ向けなど、いろんなコンテンツがありますね。
飯田
「24時間ループライブ配信」というノンストップのライブ配信を行なっているのですが、視聴人数がゼロになったことが一度もないんです。夜中の3時でも200~300人が見ていて。
「赤ちゃんの夜泣きに耐えられなくなってシナぷしゅchをつけたら、ループライブの視聴人数が200人だった。戦っているのは自分だけじゃないんだと心が救われた」というコメントを定期的にいただくんですよ。
放送時間が決まっているテレビとはまた違う強みですね。
飯田
夜泣きをあやしている親にとっては睡眠不足が一番キツいし、投げ出したいときもある。そんなときに「シナぷしゅのおかげで助かった」と言ってもらえると、グッときますね。
映画の製作中に産休へ。悩みつつ葛藤したこと
ところで番組プロデューサーの仕事って、具体的にどういう内容なのでしょうか?
飯田
私は「プロデューサー=コミュニケーションを取る仕事」だと思っています。ADやディレクター、制作スタッフ、外部クリエイターとはもちろん、視聴者とのコミュニケーションも含めて、プロデューサーがハブになって番組づくりをしている感じがありますね。
番組をつくるためには、クリエイティブ面とビジネス面の両軸で意思決定をしていく必要があります。
クリエイティブ面では、アニメーターや音楽家とやり取りして、企画内容を決めていきます。ビジネス面も統括しているので、多岐に渡りますね。
育児をしながらプロデューサーの仕事をするのって、大変では?
飯田
一番苦しかったのは、シナぷしゅの映画がクランクインするタイミングで第2子を妊娠したときですね。
もちろんうれしい気持ちもありましたが、念願だった映画の製作から離脱しなきゃいけない……。体調の不安定さもある中で、なかなか言い出しづらい気持ちもある。でもロケにも行きたい。その折り合いをつけるのが難しかったですね。
現場の人たちは理解してくれていたものの、どこまで自分が引っ張っていって、どのタイミングで手放すか。心苦しく感じていました。
どのタイミングで産休に?
飯田
ロケが2022年9月に終わって、10月から産休に入りました。これから撮影済みの映像の編集やナレーション録りの作業が始まる、というタイミングで離脱したんです。
製作中の情報を追いながら、「行って助けてあげたいな」「私にできることはないかな」と悩みつつ、仲間を信頼して任せることもしなきゃいけない。そこが一番葛藤でした。
私の産休中も映画の製作は進んでいて、ずっとそわそわしていたんですけど、やっぱりみんなプロフェッショナルなんですよ。改めて、チームのみんなに対するリスペクトを抱くきっかけになりましたね。
いつお仕事に復帰したのでしょうか?
飯田
2022年10月末に出産して、12月末には復帰しました。といっても在宅ワークで、母に助っ人に来てもらいながら、でしたね。
でも、そのおかげで宣伝まわりの動きにはジョインすることができました。
時間をかけて、お互いの歩くペースを知る
お子さんが急に病気になるなど、イレギュラーな事態になることも多いのでは?
飯田
しょっちゅうですよね。つい先日、広島で行われた映画祭イベントへの出張で、息子を連れていったんです。でも舞台挨拶の前日に、息子が40度の熱を出して。
それは大変……!
飯田
知恵熱を出しやすいタイプなんです。熱が高すぎてうなされて「痛い、痛い」と言い出したので、夜中の4時ごろに広島の救急病院へ連れていって。
解熱剤をもらって部屋に帰ったのが朝5時ぐらい。ほぼ寝ていない状態で舞台挨拶をしました。朝になると息子は元気いっぱいになったので良かったなと安心しつつ、大変でしたね。
でも、そういうのも乗り越えてしまえば思い出になるというか。これでまた強くなったな、と思えます。
ポジティブですね。
飯田
理想にはほど遠いんですよ。でも、人生なんてそんなもんだろう、と。
仕事中、「急に子供が熱を出して、保育園にお迎えに行かなきゃいけない」という場合、どうするのでしょうか?
飯田
他のスタッフは「早く帰ってあげて」と言ってくれます。シナぷしゅのチームは持ちつ持たれつ感がすごくあるというか、そういう突発的な出来事が当たり前になっていますね。
やはり赤ちゃん向けのコンテンツを作っているスタッフだから、という側面がありそうですね。
飯田
もちろん、最初からそういうチームができていたわけではなくて。寄せ集められたメンバーが、お互いのことをよく分からないまま進めていました。そこからだんだん、お互いの歩くペースを知っていった感じです。
時間をかけて、いい雰囲気のチームができあがっていったんですね。
飯田
私はシナぷしゅに愛着があるけど、愛着って人に押し付けられるものじゃないので。しかもターゲットの狭い特殊なコンテンツなので、興味のない人に「シナぷしゅに命を注いでくれ」と言っても難しいでしょう。
結果として、このコンテンツを愛する人が何となく集まって、熱量の大きい人が中心に寄ってきた感じですね。
ネガティブなことも言いつつ、リスペクトを隠さない
YouTubeの『シナぷしゅch』を見ていると、スタッフ同士でゲームをしたりバンドを組んだり、非常に仲がいい雰囲気が伝わってきます。
チームワークの面で意識していることはありますか?
飯田
仲がいいのは間違いないですね。ただ、友達感覚ではなく、お互いへのリスペクトを持って仕事をしています。
もちろん意見が対立することもあります。でも、自分が思ったことを素直に言える、すごく風通しの良いチームが作れているなと思っていて。
子どもと一緒に撮影することも多いので、それが良い効果をもたらしてくれている感覚はあります。
子ども向けの楽しいコンテンツを作っているのに、大人がギスギスしていたら……。
飯田
そうなんですよ。初めてお仕事するアニメーターやアーティストさんに必ずお願いしているのが、「よく寝ておいしいものを食べて、心も体も健康な状態で制作してください」ということ。
制作の裏側で、大人が「もう嫌だ!」と目を血走らせていたら、単純に夢がないでしょう。綺麗事に聞こえるかもしれないけど、意外とそういうことって大事だと思っています。
番組のスタッフも含め、休みをしっかり取って心身ともに健康でいれば、ギスギスする可能性も減るでしょう。
大事な考え方ですね。
シナぷしゅは何名くらいのチームで制作されているのでしょうか?
飯田
外部のクリエイターまで含めるとかなり大人数になりますが、編集や企画会議に参加するコアメンバーでいうと15~16人くらい。テレビ東京の社員に絞ると5~6人ぐらいです。
チームで制作する中で印象に残っていることはありますか?
飯田
2023年に初めてイベントを開催したとき、舞台をどう構築するか手探りの中で、若いADさんたちが一生懸命、自分にできることは何かを考えていて。
子どもたちも舞台に立つイベントだったんですが、本番のステージでリハーサルができないので、広い会議室を用意してステージ風にしたり、ミニチュアセットを作って説明したりしました。
飯田
小さい子がナレーション録りに来るときは、ADさんが無機質なブースを飾りつけして、怖くない雰囲気を作ってくれて。
「部屋を可愛くしておいて」と私が指示したわけではなく、子どもの緊張を解くためのアイデアを自発的に出してくれるので、すごく頼もしいです。
私はそんなスタッフを尊敬しているし、こうやってお互いを尊敬し合っている感じがシナぷしゅチームのいいところだなと常々思っています。
いいですね。飯田さんが考える理想的なチームワークとは?
飯田
ネガティブなことだけでなく、良いことをいいと言えるのが大事だと思っています。相手に対するリスペクトの念を隠さない状態。だから、いまが理想に近いのかもしれません。
この状態を維持するにはコミュニケーションの量も大切なので、会議や打ち合わせとは別に雑談する会を設けています。
雑談をするメリットは何でしょうか?
飯田
「この前○○に行ったら××を見かけた」「うちの子が最近○○にハマっている」みたいな雑談から、新しいアイデアや企画が生まれたりするんですよ。それ、番組に活かせるんじゃない?って。
仕事のためにつながっている集団のようなガチっとしたものではなく、「番組づくりをする仲間」みたいな。緩やかな集合体として、同じ方向を見て走っている状態がすごくいいなと思っています。
「仕事と育児、両立しなきゃいけない」なんてことはない
子育てをしながら働くには、やはり会社における働き方やカルチャー、理解の度合いにも大きく左右されそうです。テレ東さんはいかがでしょうか。
飯田
テレビ東京は、個々の働き方に対する配慮があるほうですね。男性の育休取得も増えています。
私は2人目の出産では育休を取りませんでした。そこで思ったのが、女性は出産をすると育休をとるのが普通とされていますが、意外と働いていたいお母さんも多いはずだ、ということでした。
なるほど。
飯田
だから、もっと個人に裁量があるといいな、と常々思っています。その日によって働き方が選べる、とか。
育児をしていると、「出社しようと思っていたけど子どもが熱を出したので、今日は在宅で」といった切り替えが発生します。できるだけ個人の自由にできる環境だといいですよね。
子連れで出張したことをInstagramに投稿したら、「飯田さんが発信してくれると助かります」「自分が子連れ出張を望んだときに、やりやすい」というコメントをいただいて。まだまだ社会には課題があるんだなと実感します。
一般的には、子連れで出張するのはまだハードルが高そうですね。
飯田さんのInstagramには、どんな相談や悩みごとが寄せられていますか?
飯田
圧倒的に多いのが、仕事と育児の両立です。「来月から復職するのですが、とても怖い」「どうやって両立していますか?」とか。
それに対して私が必ず言うのは「両立しなきゃいけないという考えから解放された方がいい」ということ。私自身、仕事と育児の両方が同時に立っているときなんてないんですよ。
今こうして取材を受けているときは仕事としての私であって、子どものことばかりを考えているわけではありません。一方で、家に帰ったら母親としての私で、仕事のことは一旦忘れてしまう。
両立と聞くと24時間365日完璧でないといけない感じがあるけど、目の前のことを一生懸命やっていれば、何とか形にはなりますから。
難しく考えすぎなのかもしれませんね。
飯田
みなさん真面目なんだと思います。でも、両方完璧にできる人なんて、ほとんどいないですよね。
最後に、今後シナぷしゅをどう育てていきたいと考えていますか?
飯田
私が企画を立ち上げたときは30歳でしたが、今年で36歳になって。今はこうして子育てをしながら番組を作っているから、子育て世代のロールモデルの一人としてお話させていただいていますが、これからは若い世代にどんどん譲っていきたい。
これから父、母になる世代をチームに入れて、いざ彼らが子育てをするときにどんなコンテンツが役に立つのか、一緒に考えていきたいと思っています。10年後にはもっと技術が新しくなって、便利なコンテンツが生まれるかもしれないですよね。
お話を聞いて、「飯田さんのエネルギーがシナぷしゅチームのみんなに伝わっていて、それがコンテンツにも繋がっているんだな」と実感しました。
飯田
私はむしろ、シナぷしゅを見ている子どもたちや親御さんからエネルギーをもらっています。うまく循環していますよね。
こんなにやりがいのある仕事に出会える人生ってなかなかないと思うんです。だから精一杯楽しみながら、良いコンテンツを子どもたちに届けていきたいですね。
私もポジティブなエネルギーを受け取りました。本日はありがとうございました。
2024年8月取材
取材・執筆=村中貴士
撮影=栃久保誠
編集=桒田萌/ノオト