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“バカンス”もよし、“ブレイク”もよし。「働かない時間」を前向きに生きる新しい選択肢とは?(北野貴大さん)

働きたくないわけじゃない。でも少し、休みたい……。切れ目なく仕事が続く日々の中、そう感じたことのある人は少なくないのではないでしょうか?

そうして休めずに働き続けたためか、メンタルヘルスの不調から休職や退職に至る人が、近年増えています。(参照:厚生労働省 令和4年 労働安全衛生調査 結果の概要

そんな中で注目を集めつつあるのが、仕事を一旦辞めて働かない時間を作る「キャリアブレイク」という考え方。敢えて一時的に無職の状態になり、自分にちょうど良い仕事と生活のあり方を見つめ直すもので、「失業」とはまた異なります。

この「キャリアブレイク」のポジティブな効果と望ましいあり方を、新しい”文化”として研究しているのが、一般社団法人キャリアブレイク研究所です。今回は代表理事の北野貴大さんに、前向きな選択肢としての「働かない時間」について伺います。

聞き手はライターの髙崎順子さん。フランスのバカンス文化を例に長期休暇の効能をまとめた『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』の著者として、「働かない時間」の大切さを北野さんと語り合いました。

北野貴大(きたの・たかひろ)
一般社団法人キャリアブレイク研究所 代表理事。大阪市立大学大学院で建築学修士を修めたのち、新卒入社したJR西日本グループでデパートプロデュースに8年間従事。2022年に同研究所を設立し、大学や自治体、民間企業と連携してキャリアブレイク文化の研究と普及に努めている。

2種類の「働かない時間」

2024に年出版された北野さんのご著書『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢』を読みました。

「働くことを一旦やめる」という例がいくつも登場し、前向きな選択として肯定されているのがとても興味深かったです。

髙崎

『仕事のモヤモヤに効くキャリアブレイクという選択肢』(北野貴大)

北野

ありがとうございます。

僕も髙崎さんの『休暇のマネジメント』、面白く読みました。

『休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方』(髙﨑順子)

北野

国を挙げてみんなで休んで、また仕事に戻ってくるバカンスの文化は、キャリアブレイクにも共通する点があるなと。

「ある一定の期間、働かない時間がある」という点は同じですね。

髙崎

北野

ですね。

キャリアブレイクでは一旦無職になった後、職場を変えることはあっても、多くの人はまた働く生活を選びます。バカンスも数週間仕事を休んだら、同じ職場に戻って働きますよね。

キャリアブレイクとバカンスで違うのは、働かない間に得る「何か」と、その後かなと思っています。

バカンスは仕事から離れて、自分が心から望むことをして楽しみ、リフレッシュと充電をする時間です。そしてその後は必ず、同じ職場と生活に戻る。

髙崎

北野

キャリアブレイクでは、同じ職場に戻ることは少ないです。

このままここで働き続けていいのかな、という違和感をきっかけに、自分の人生のリズムを自分で決めるために、仕事を辞める。

そのまましばらく、働くこと自体から離れます。

離れるときには、また「戻る」ことは前提にはなっていませんよね。ここがバカンスとの大きな違いかと。

髙崎

北野

はい。最初は戻る前提がないので、不安になる人もいます。

ですが、多くの方は1年から1年半くらい離職したのち、再び働くモチベーションを得て、別の仕事を見つけています。

不労所得や自給自足の暮らしを求めるのともまた違っていて、一時的な中断であることが特徴です。

北野さんのご本では、その不安な時期も含めて、キャリアブレイクの過程を5つの段階で説明されていました。

髙崎

北野

解放→虚無→実は→現実→接続、の段階ですね。細かい点は本を読んでもらいたいですが、辞めた解放感ののちに、仕事がないこと、収入がないことに不安や焦りを感じる段階があります。

無職の5段階|キャリアブレイク研究所」より

北野

が、そこをうまく越えられると、離職が失業ではなく旅立ちや卒業に感じられるんです。キャリアブレイクは「良い転機」であると同時に、「終わらせるリテラシー」を学ぶ時間でもあるなと思います。

なるほど。同じ働かない時間でも、バカンスはある仕事を「続けていくための」、キャリアブレイクは「終わらせて次に行くための」という違いがあるんですね。

髙崎

覚悟を持って自分の時間を作る人々

北野さんの活動の一つ、無職の人は無料で飲み食いOKの「無職酒場」。この回はお寺で開催した(提供写真)

北野

僕はキャリアブレイクを、特定の人だけが使える商業的なサービスではなく、誰もがみんなが使える文化にしたいと考えています。

髙崎さんが本で書いた「フランスのバカンス」は、いまや国全体の文化になっていますよね。休み方が文化になるには何が必要で、どんな経緯を経ていくのかが分かって、参考になりました。

おっしゃる通り、フランスのバカンス文化は国が普及のために運用支援の制度を設けて、民間がそれに賛同して、国民全体で実践して維持しています。その過程も面白いですよね。

私はフランスで実際にバカンス文化を体験して、「これは日本に伝えたいな!」と感じたのですが、北野さんはどうやって、キャリアブレイクの良さを知ったのでしょう?

髙崎

北野

僕は妻がきっかけでした。彼女は長く商社で働いていたのですが、あるとき「少しの間、無職になってみたい」と言い出したんです。

働くのがつらくて鬱になってしまったのかな、と心配して助けを申し出たんですが、妻はとても冷静に「貯金もあるし、自由な時間にやってみたいことがある。何もせず見守ってくれたらいい」と。それがすごくかっこよく見えたんです。

私も家族から「仕事を辞めたい」と言われたら、まずトラブルを心配してしまうと思います。でも、そうじゃなかったんですね。

髙崎

北野

はい。僕も新卒ですぐ就職し働いてきたので、無職は全員弱者である、と勘違いしていたんです。でも、妻は弱くはないし、覚悟を持って、自分で時間を作った。

「面白そうな人生を歩むなぁ」と見守りながら、妻と同じような人生の転機を迎えている人々の居場所を作りたいと、無職の人の宿泊施設「おかゆホテル」の活動を始めました。そうしたら、宿泊希望者が思いのほか多かったんです。

無職の人の宿泊施設「おかゆホテル」の様子(提供写真)

離職して転機にある方って、そんなにいるんですね。

髙崎

北野

厚生労働省が行った調査では、1ヵ月以上の離職期間がある人は年間150万人いるというデータもあるんです。つまり、それだけの人が、すでにキャリアブレイクを実践しているとも言えます。

そうして離職中のいろんな人に会う中で、「暇で楽しそうな大人が街にいるのはいいな」と感じて、ますます興味を持ちました。

「いい塩梅の自由」の文化を作りたい

ああそれ、分かります! パリも、多くの人がバカンスに入っている8月がとてもいいんです。笑顔とリラックスムードが溢れていて。

髙崎

北野

あの感じ、いいですよね。でもキャリアブレイクの場合、みんなやっぱりうっすらとした不安はあります。もともと「このままじゃダメだ」という違和感から発している状態ですし。

さっきのお話にもありましたけれど、キャリアブレイクは、先が分からないまま始めるのですよね。バカンスは「戻る」という先が見えていますけれども。

髙崎

北野

先が見えない、全てが自由である状態は、実はしんどいんです。

じゃあ、「ちょうどいい塩梅の自由」ってなんだろう? キャリアブレイク研究所では、それをディスカッションしています。

違和感は、それを栄養にできれば、生活や社会を変える力になる。その方法を考えたいな、と。

そうか。考えていこう、実践していこうと試みているから、「キャリアブレイク研究所」なんですね。

髙崎

北野

キャリアブレイクはうまくやると、周囲に応援してもらえるものでもあります。離職を、「ほどよい塩梅の自由を得られる人生の良い転機」にする。研究所では、そういう文化を考えて、作って、育てていきたいと活動しています。

文化として育てたい……。そのアプローチ、まさに私がバカンスに願っていることと同じです。日本には高度経済成長期からずっと、「休むのは悪いことだ」という感覚がありますよね。

でも、それはもう現代では有効ではなくて、休めないことで心身を壊す人が増えてしまっている。この感覚を変えていくには、「休むこと」を当たり前の文化にしていく必要があるなと。

髙崎

北野

バカンスも、「ちょうどいい塩梅の自由」の一つのあり方ですよね。仕事を変えたいと思っていなければ、戻る前提の数週間の自由は、心と体を休めるのにちょうどいい。

働かない時間のあり方は、一つでなくていい。いくつもの選択肢の中から、人によって合う形が選べるのが理想的ですよね。バカンスやキャリアブレイクは、その有力な選択肢になり得ると強く感じます。

髙崎

「休み方」が日本の文化になっていく

「働かない時間」の文化を作っていこうとする機運は、今の日本でじわじわ盛り上がっていますね。

長期休暇に関しては、2019年の働き方改革で年次休暇の一部が義務取得になってから、「休み方」を考える動きが活発になりました。キャリアブレイクはいかがですか?

髙崎

北野

こちらも、関心の高まりを日々実感しています。僕たちの研究所では、自治体との連携も盛んになっていますね。

移住者の受け入れ政策をキャリアブレイクと関連させて、「転機を受け止める自治体」としてアクションをする地域が出ています。

それは一石二鳥ですね。キャリアブレイクする人には、居場所を変えるのが人生を考える助けになりそうです。

髙崎

北野

近年、社会問題になっている不登校を「子どもたちのキャリアブレイク」と捉え直して、山村留学などの良い転機に変えていく動きも出ています。

そこから教師の休み方改革まで、視野を広げている自治体もあるんですよ。

不登校は子どもたちのキャリアブレイク、素晴らしい……!

言葉を言い換えることで、その現象の見え方や捉え方がポジティブに変わっていくんですね。バカンスの振興にもぜひ参考にしたいです。

髙崎

北野

「働かない時間」を考える時に、僕もバカンスを大いに参考にしたいです。これからも何か一緒にやっていきましょう!

ぜひ喜んで、よろしくお願いします!

今日はヒントをたくさんいただいた時間でした。ありがとうございました。

髙崎

2024年6月取材

取材・執筆=髙崎順子
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト