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豊かな眠りに導く本5選(睡眠改善インストラクター・鍛治恵さん)

毎日の睡眠に満足できない。そもそも、睡眠なんて無駄な時間……。そう思っている人もいるのでは?

そんな忙しいビジネスパーソンのために、睡眠改善や睡眠文化の専門家であり、睡眠に関する書籍を扱う「眠りのライブラリー」を管理する鍛冶恵さんに、「豊かな眠りを導く本」を教えてもらいました。

質の良い睡眠のとり方や、睡眠に対する新たな考え方や文化など、さまざまな観点から5冊紹介。睡眠に関する実践的なアドバイスも併せて伺いました。

鍛治恵(かじ・めぐみ)
睡眠改善インストラクター。NPO法人睡眠文化研究会事務局長。寝具メーカーで睡眠文化の調査研究業務に従事し、2006年に睡眠改善インストラクターの資格を取得。2009年に独立。研究者らと睡眠文化研究会を立ち上げ、京都大学や立教大学、放送大学で「睡眠文化論」の講師も務める。

睡眠研究者から正しい知識を学ぶ『朝型勤務がダメな理由』

鍛冶さんに選んでもらった5冊の本は、とてもバラエティに富んでいますね。

鍛治

私が所属するNPO法人睡眠文化研究会は、「眠りのライブラリー」を運営していて、350冊を超える睡眠に関する書籍を収集しています。

今回は蔵書の中から、ビジネスパーソンの皆さんが豊かな眠りを得るための本を選びました。

選書にあたって、3つの方向性を考えました。

1:睡眠に関して科学的に学べる本
2:寝る前に読んでリラックスし眠りを誘う本
3:眠りの文化を知る本

です。

『朝型勤務がダメな理由』は、1つ目の睡眠を科学的に学ぶ本ですね。

『朝型勤務がダメな理由 あなたの睡眠を改善する最新知識』(三島和夫・著/日経ナショナル ジオグラフィック社/2016年)

鍛治

はい。世に出回っている睡眠にまつわる知識は、根拠の確実性などにばらつきがあります。きちんとした知識を身につけていただく意味で、おすすめの1冊です。

間違っている知識とは、たとえばどういうものでしょうか。

鍛治

よく目にするのは、「努力すればショートスリーパーになれる」というものです。

ショートスリーパー(短時間睡眠者)になれるか否かは遺伝で決まっていて、努力やトレーニングではなれないのです。

体に合わない短時間睡眠を続けていると、将来の認知症のリスクが高まります。免疫力も低下して感染症にかかりやすくなるし、生活習慣病のリスクも高くなります。

『朝型勤務がダメな理由』というタイトルは、とてもインパクトがあります。朝活も流行していますし、早く起きて働くのはよいことだというイメージがありましたが……。

この著書において、なぜ朝型勤務はダメだとされているのでしょうか?

鍛治

朝型は夜型かというのも遺伝で決まっているのです。朝型体質の人は問題ないのですが、そうでない人にまで早起きを強制すると、仕事のパフォーマンスにも健康にも悪影響が出ます。

2015年に政府が、国家公務員の始業時間を7・8月限定で1~2時間前倒しする朝型勤務を実施しました。いわゆるサマータイム制度です。

しかし、欧米の調査でサマータイム制度導入にはメリットよりデメリットが多いとすでに分かっています。制度の変わり目で事故や健康被害が増えるらしいのです。

夜型の人の体質を考慮しないサマータイムや早朝勤務時間に警鐘を鳴らしたいという著者の考えが、この本のタイトルに表れています。

社会の都合で睡眠時間や起床時間を操作しようとても、体質はなかなか変えられないということですね。

目覚まし時計のない時代に寝坊を防ぐには? 『メアリー・スミス』

鍛冶さんの選んだ本の中に絵本がありました。タイトルは、『メアリー・スミス』。大人の女性がチューブで豆を飛ばしている、インパクトのある表紙です。

『メアリー・スミス』(アンドレア・ユーレン・著、千葉茂樹・訳/光村教育図書/2004年)

鍛治

表紙に描かれた主人公・メアリーさんの職業は、めざまし屋。ゴムチューブにつめた豆をぷっと吹いて飛ばして、家の窓にぶつけ、街の人を起こして回るのです。

家庭用の目覚まし時計が開発・普及する前の話です。

とてもかわいい話だなと思って読んでいたら、最後に本当にあった話だと書かれてあって、驚きました。表紙の左にある写真が実物のメアリーさんですね。

鍛治

そうです。産業革命期のイギリスにはメアリーさんのような「ノッカー・アップ」と呼ばれる、人を起こしてまわる職業がありました。

これは、工場勤務が広がった産業革命の時代にあった仕事。労働者は決まった時間に工場に到着していなくてはなりません。寝坊をしては大変です。

眠りに対するとらえかたが、昔と今では全く違ってそうです。

鍛治

人間の歴史を考えると、今の私たちが当たり前だと思っている睡眠の習慣や常識はそれほど古いものではないとわかります。

社会が変わると、睡眠のあり方も変わる。働き方と睡眠は密接に結びついています。

理想の目覚めに思いを馳せる『自動起床装置』

『自動起床装置』は1991年上半期の芥川賞を受賞した小説ですね。

この小説にもメアリーのようなめざまし屋が登場します。この物語では、起こし屋と呼ばれていますね。

『自動起床装置』(辺見庸・著/文藝春秋/1991年)

鍛治

1990年代の日本の話で目覚まし時計は当然存在しているのですが、物語の舞台は新聞社の仮眠室。

みんな起きる時間がバラバラで、しかも他の人の眠りを妨げてはいけない。だから、起こし屋というアルバイトが雇われています。

主人公の「ぼく」は起こし屋のアルバイトをしている大学生で、職場にはぼくと同じ年であり、仕事上の先輩・聡がいます。この聡の起こし方に対する哲学が面白いですよね。

鍛治

眠りや目覚めに対する聡のこだわりが独特の世界観で丁寧に描かれています。面白いのが、この仮眠室に機械で起こす「自動起床装置」が導入される点です。

人の職業が機械に奪われていくのか、それともやっぱり人の方がいいね、となるのか……。

何だか、現代の生成AIを彷彿とさせる話だと思いました。

鍛治

小説としても読みやすいし、普遍性もあります。眠りや目覚めについて、今までとは違う捉え方ができるようになる物語だと思います。

人生の3分の1を占める眠りの時間を楽しむ『夢について』

絵本や小説で眠りに対するイメージが変わってきました。

鍛治

眠っている時間は人生の3分の1などと言われますが、それを無駄な時間だと思うか、楽しい時間だと思うかで人生の過ごし方は変わってくると思います。

ショートスリーパーになりたい人たちは、眠りの時間を無駄だと思っているから少しでも短くしたいわけです。

でも、あまり望ましいことではないですよね。睡眠は削ることができない必要な時間ならば、楽しんだ方が良さそうです。

鍛治

そこでおすすめしたいのが、吉本ばななさんの『夢について』。夢に関するエッセイ集で、冒頭に挙げた選書の方向性の2番目にぴったりだと思い選書しました。

吉本さんは眠りを題材にした作品をいくつか書かれていて、夢にも関心が高い方なのかなと思っています。

眠りを無駄と思うのか、楽しいものだと思うのか。そんな睡眠文化について考えられる本であり、眠ることが楽しみになると思いますよ。

『夢について』(吉本ばなな・著/幻冬舎/1994年発行)

1編1編が短いので、眠る前に読むのにもよさそうです。夢を見るのが楽しみになりますね。

一味違う寝心地へのこだわりを知る『チンパンジーは365日ベッドを作る』

鍛治

最後に紹介するのは、『チンパンジーは365日ベッドを作る』です。

睡眠文化研究会のメンバーの一人である著者の座馬耕一郎さんは、野生のチンパンジーの生態について研究しています。

私たちヒトに最も近縁な種であるチンパンジーが、どうやって眠っているかを調査することで、私たちヒトの眠りの原型を探るヒントになるということですね。

『チンパンジーは365日ベッドを作る 眠りの人類進化論』(座馬耕一郎・著/ポプラ社/2016年発行)

鍛治

野生のチンパンジーは、木の上で眠ります。しかも食べ物があるところへ移動しながら生活しているので、毎日寝る場所は違う。だから、眠るときには、自分専用のベッドを木の枝で毎日作るわけです。

眠る位置を決めたら、まずは周囲の枝を折り曲げて重ねていく。いい感じの寝床ができたら、今度は切り取った小枝を積み重ねていきます。

最初の枝は木から完全に切り離されていないから弾力があって、ベッドのマットレスのような状態になるわけですよね。ベッド作りのこだわりがすごいです。

鍛治

最後に載せる小枝はシーツのようなものですね。この本の中に、新たにベッドを作らず再利用した場合でも上に敷く枝だけは新しくするといった事例が紹介されていました。せめてシーツだけは新しくしたいのでしょうね。

チンパンジーの眠りにまで思いを馳せたことで、睡眠の世界がさらに大きく広がりました……!

豊かな睡眠を得るためにできること

本を通してさまざまな睡眠の世界を知ることができました。

では、実際に豊かな睡眠を得るためには、どうしたらいいでしょうか?

鍛治

睡眠で大切なのは、量・質・リズムの3つです。

1つ覚えておいてほしいことは、量を質で補うことはできません。忙しくて睡眠時間が取れないからといって、代わりに質を高めたら大丈夫ということではないのです。

量の代わりに質を高めるというのは、ショートスリーパーになりたい人の発想ですね。

鍛治

量は、睡眠時間を確保することでしか解決できません。忙しくてなかなか時間が取れない場合は、働き方を考え直してみることが必要です。

寝る間を惜しんで働くことを美徳とする考え方もありますが、それは「もう古い」と、みんなで言える方向に社会が変わるといいなと思っています。

働く環境が変わっていくことが大事なんですね。オフィスに仮眠室を取り入れる会社も増えてきています。

鍛治

そういった動きが広まるには、「仕事のパフォーマンスを高めるために、仮眠をとることも大切だ」と評価する文化も一緒に導入する必要があると思います。

睡眠時間は確保したうえで、睡眠の質も高めたい場合はどうしたらよいでしょうか。

鍛治

睡眠の質の鍵を握っているのは睡眠と覚醒のリズムです。

週末だけ朝寝坊をして、寝不足を解消しようとしたりすると、平日に築いたリズムが崩れて、睡眠の質は悪くなります。そうすると疲れが取れないまま月曜日を迎えてしまうわけです。

週末はゆっくり寝たいという人は、土曜日は普段より2時間遅れ程度で起き、それでも睡眠が足りないならば午後早い時間にお昼寝をする。そして、日曜日は月曜日に近い時間に起きて過ごすことをおすすめします。

起床時間が変わると、睡眠のリズムと質に悪影響を及ぼすんですね。

鍛治

眠りのライブラリーには、他にも睡眠に関するさまざまな本を置いてあります。もっと読んでみたいという人は、遊びに来てください。

ぜひ行ってみたいです。今日はありがとうございました。

2023年12月取材

取材・執筆:寒竹泉美
編集:桒田萌(ノオト)