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「0→1」を生み出す人が力を発揮するには? 空想地図作家の今和泉隆行さんが模索する生存戦略

新しい企画を任されたけど、なかなかアイデアが思いつかない。今までにないものを開発したいけど、頭の中が迷路になってしまう……。

「0」から「1」を生み出さないといけないのに、それが難しいと悩むビジネスパーソンは少なくないでしょう。

そこで話を聞きたいのが、この世に存在しない都市の地図を制作している、空想地図作家の今和泉隆行さん。「空想地図」を制作することで今までにない職業の仕事を生み出してきた、まさに「0」から「1」を生み出すプロです。

どんなことをすれば、「0」から「1」が生まれるのか。新しいアイデアを生み出すのが苦手ならば、他者の手をいかに借りればいいのか。「1」を生み出し、それを「10」「100」に広げるためのヒントを伺います。

―今和泉隆行(いまいずみ・たかゆき)
空想地図作家。7歳の頃から、実在しない都市の地図「空想地図」を描く。現在は、地図デザイン、テレビドラマの地理監修・地図制作にも携わるほか、地図を通じて人の営みを読み解く、新たな都市の見方、伝え方を実践している。空想地図は現代美術作品として、各地の美術館にも出展。主な著書に『「地図感覚」から都市を読み解く—新しい地図の読み方』(晶文社)、『考えると楽しい地図』(くもん出版)『空想地図帳』(学芸出版社)。

空想地図からワークショップの講師、現代美術作家へ

今和泉さんが小学生の時に描き始めた「中村市(なごむるし)」は、今もなお進化を続けているそうですね。

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今和泉さんが空想で生み出した町。人口は156万人を想定していて、同じく空想都市である「西京市」から30km離れているという(提供写真)
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今和泉

はい。中村市の他にも、「西京市」などの空想地図も描いてきました。

ちなみに空想地図を描くだけでなく、実在地域の地図制作、地図に関する原稿執筆、ワークショップなどの仕事もしているんです。細かく分類して見ると、時期によってそのバランスが変わっています。

ご自身のお仕事の作業量の割合を数値化している(提供画像)

ご自身の仕事を分類して、割合を数値化しているのがすごいですね。「次はこのジャンルを広げていこう」という意識で、データをまとめているのでしょうか?

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今和泉

どちらかというと、「いつどんな仕事が来て、どんな仕事が来なくなるかを予想したい」という理由でこの表を作っています。

実際、2019年に仕事が途絶えた経験があって。「今までどういうきっかけで仕事が来たのか?」を読み解きたかったんです。

例えば、私の場合は本を出版した後に仕事が来る傾向が見えてきました。

2019年に仕事が来なくなったのは、1冊目の本『みんなの空想地図』(2013年発売)の賞味期限が切れたからであろう、と。新しい切り口の本を出せば、新しい文脈の仕事が来るかもしれない、と考えました。

現代美術作家としての活動や地図づくりのワークショップなどにもフィールドを広げているようですね。

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今和泉

まったく意図していなかったんですが、現代美術の関係者が興味を持ってくれたことをきっかけに、空想地図作家として展覧会でアウトプットする機会が増えました。

(提供写真)
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今和泉

ワークショップに関しては、とある大学の先生から、「空想地図のワークショップをやってみませんか?」とお声掛けいただいて。

「はい」とは言ったものの、内容はゼロから考えないといけないので、「切って貼ったら空想地図が作れる」キットを慌てて作りました。

(提供写真)

趣味で描いていた空想地図が仕事につながった理由

そもそも、空想地図を描き始めたきっかけも気になります。ご自身のホームページには「説明しづらい」と書いてありますね。

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今和泉

そうなんです。地図が好きで、無意識に描き始めていたので。7歳から始めたのですが、小学5年生のときに中村くんという転入生と出会ったことで、「中村市」の制作が進みました。彼も地図を描くことに興味があったんです。

空想地図づくりの仲間ができたことで、創作意欲が増した、と。

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今和泉

でも、大学のときに一旦中断したんです。地方都市への憧れが空想地図を描く理由の1つだったんですが、バイト代が入るようになって、実際に現地へ行くことが叶ってしまったからだと思っています。

47都道府県300都市を回り、さまざまな街を知ったという(提供写真)

その後、また空想地図づくりを再開した理由は?

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今和泉

大学4年生の頃に、自分の作った空想地図を他人に見せる機会が増えたんです。そうすると、地図の粗さが気になって、描き直したいなと思いはじめました。

あとは、IT企業に就職した2年目の時にも作り直していました。振り返ると、その頃は会社生活が不調だったので、ストレスの解消法として描き直しと拡大が進んだのだろうと思っています。

そこまでの地図好きだったにもかかわらず、IT企業に就職したのが意外です。地図関係の仕事に進もうと思わなかったのですか?

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今和泉

地理学は分野としては面白いんですが、進路の選択肢が少ないんです。地理学の研究者か地歴の教員か、あとはわずかにある地図会社くらいで。

もう少しさかのぼると、実は私は大学選びに失敗しているんです。途中で別の大学に転入したんですが、そこもゼミは良かったものの校風が合わなくて。

だから、就活のときも「たくさんの法人と取引のある会社に一旦入って、社会を見ることから始めないと、どうせ進路選びに失敗するぞ」という思考が自分の中にあったんです。その結果、取引先が多かったIT企業に就職しました。

それはうまくいったのでしょうか?

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今和泉

結局、ダメだったんですよね。会社の体育会系っぽいマネジメントに合わなくて、約2年で辞めてしまいました。でも、それからはハイブリッドワーカー的な働き方をすることができました。

ハイブリッドワーカーとは?

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今和泉

もともとは会社員1択でやっていくつもりだったんです。でも、大学時代に「お前はフリーランスで生きていくんだろう」と思っている人もいました。その想定は当時全力で蹴ったわけです。

しかし会社員生活も蹴ってしまったので、会社員と自営業、どちらが向いているのか対等な選択をしよう、と。派遣社員やアルバイトで定期収入を得ながら、自営業も並行させることにしました。その見極めの段階を勝手にハイブリッドワーカーと呼んでいたんです。

自営業の仕事は、どうやって増やしていったのでしょうか?

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今和泉

私は営業が苦手で受動的なんですが、あえてポジティブな面を絞り出すとすれば、人見知りではないんです。

「見る人によっては価値のない人間だ」とも思っているので、「他人から、価値のない奴だと思われるんじゃないか?」という不安があまりない。それもあって、誘われればどんな相手でも話ができます。

そのうち、私を誘ってくれる人間を見極める力はついてきたので、網を広く張っておけば魚が来るかな?と。もし仕事が来なかったら、自営業はやめようと思っていました。

結果的には、それがうまくいった、と。

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今和泉

もともとは、あるイベントに登壇したことをきっかけに、SNSで話題になり書籍やテレビ出演につながっていきました。

次に、テレビ番組で架空の地図を制作する依頼もありましたね。教育番組の副読本に載せる地図や、ドラマに登場する架空の地図を作ったり。

当時制作した空想地図「志徳市」(提供写真)

趣味で描いていた空想地図が、仕事につながっていったわけですね。

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「1→10」の人と組むことで「0→1」が生かされる

「空想地図」を軸にさまざまなお仕事を生み出されてきたわけですが、今和泉さんのように「0」から「1」を生み出す仕事をするコツはあるのでしょうか?

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今和泉

世の中の人間を「0から1を作る人」「1を10にする人」「10を100にする人」の3種類に分けられるとすると、私は「0→1」の人間です。しかし、自分ではそれを肯定的に捉えていなくて。

10が商売として成り立つレベル、100が会社や工場を作って回していける状態だとすると、1って月1、2万円稼げるかどうか、くらいだと思います。

革新的なアイデアと、それを社会で実装する人とがペアになることで生かされる。つまり、「1→10」や「10→100」の人と組むことで初めて「0→1」が生計を立てる仕事になるわけです。

なるほど。

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今和泉

「0→1」で終わって、社会の歯車と噛み合わないと、食っていけません。私は10につなげないと生きていけないが難しい、という危機感を持っていました。

一方で「1→10」の人は、1を絶えず求めています。10にするためには、1を見つけなければなりませんからね。

そこで問題となるのが、「使えそうな1には多くの人が群がっている」ことと、「1→10の人にうまくアピールできる0→1の人が少ない」ことです。「0→1」の人って、そもそも1を作ろうと思っているわけではないので。

1を作ろうとしていない?

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今和泉

0の砂山をいじるのが好きなだけなんです。「今日は0.1しか生み出せなかったな」「0.2だったな」と繰り返して、数カ月後とか数年後に1ができるかもしれない。

大切なのは、「たまたま良い1ができたときに、1→10の人に見つけてもらえるかどうか」なんです。

「0→1」と「1→10」、「10→100」の組み合わせでビジネスが成り立っているとすると、1→10の人に見つけてもらうことが重要である、と。

では、今和泉さんはそのあたりを意識して動いていたのでしょうか?

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今和泉

そうですね。プライドのある0→1の人は、自分で「こうやって10、100にするんだ」という絵を描くんですが、そんなにうまくはいく確率はかなり低いと思います。

1→10の人にも意思や手法があるので、その人に任せないと波には乗れない。こだわりとプライドはある程度捨てる必要があります。

確かに、「0→1」の人と「1→10」の人の相性が悪いと、広がるものも広がりませんよね。

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今和泉

あと、どんな1→10の人に任せるかによって、1がどの領域でどう花開くかも想像しづらいですよね。

私の場合は地図だったので、普通ならば「地図・地理の業界で活動を広げよう」と思うかもしれません。しかし、体感としてはまったく違う分野で広がることの方が多い。

だから、「0→1」の人は、あまり自分で1の生かし方を規定せずに、やや遠い領域にも可能性があることを考えた方がいいと思います。

そもそも10になる確率も低いので、タンポポの綿毛を風で飛ばすように遠くへ広げる方が、生存戦略としては合っているのではないでしょうか。

なるほど。ご自身はあまり実感していないのかもしれませんが、客観的には「営業」とも捉えられる行動をされているのかな、と思いました。

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今和泉

私の場合、単純に面白い1→10を考えられる人と話すのが楽しいんですよ。 私と初対面の人は、0→1の話を聞いて頭の中が「?」になることもあると思います。でも、価値の萌芽のようなものや展開、活用例等、「10」っぽい話をして、そこをどうにか回収することもあります。

そこで「ちょっと面白いかも」と思ってくれれば、ビジネスと掛け合わせて仕事になるんですね。大切なポイントのような気がします。

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渾身の一発より、10回のアウトプットを

空想地図というこの世に存在しないものを生み出す行為も「0→1」に当てはまると思います。

「1」を生み出すにはさまざまなインプットが必要かと思いますが、今和泉さんはどんなことを行っていますか?

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今和泉

以前は「なるべく多くの都市を回ってリアリティをつかむ」「実際の地図の等高線をペンでなぞって、標高差の感覚を身につける」等の自主トレをやっていました。

空想地図の表現力を向上させる方法は確立されていないので、自分でトレーニング方法を考えなければなりません。最近は、専門家にアドバイスをもらいながら改変しています。

「新しいアイデアを生み出すためには、インプットが重要である」「いや、アウトプットの方が重要だ」という議論がありますよね。

今和泉さんはどう思いますか?

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今和泉

確かに「良いアウトプットを生むためには、絶えずインプットをしなきゃいけない」と思う人も多いですよね。

ただ私はインプットが遅く効率が悪いので、アウトプットを先にしてしまいます。その後必要に応じてインプットで補足します。文章を読むのは苦手で、書くのが先だったし、先に空想地図を描き始めてから、その後に実際の都市を多々回ったので。

アウトプット先行型は、非常に効率が悪いんです。アウトプットそのものに時間がかかるし、良いものができるかどうかも分からない。

「つい落書きしちゃう」みたいなアウトプット先行型の人は、10回以上はトライしてほしいですね。そのうち、「これだ」という成果物ができているかもしれません。

アウトプットの回数が大事である、と。

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今和泉

渾身の一発を出すというより、10回アウトプットし続けられる状態だといいですよね。習慣にするというか。

0→1からダイヤモンドの原石を見つけて磨けば、花が開くかも

新規事業部や商品開発部など、「良い0→1を生み出さなきゃ」と悩んでいる人は少なくありません。今和泉さんからアドバイスがあればお聞かせください。

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今和泉

本人が0→1タイプならば良いですが、会社の都合で「予想もつかず新規事業開発部に配属されてしまった」というケースも多そうですよね。

では、自分が1→10タイプになり、今和泉さんのような0→1の人をいかに見つけていくことが重要になりそうでしょうか。

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今和泉

そうですね。ただ、大多数の0→1の人は、何を言っているのかよく分かりません。

誰も興味を持たなそうなものをただただ追い続けたり、脈絡のなさそうな話をつなげたりして、周りが「?」になってしまったり。

でも、そういう0→1の中に、ダイヤモンドの原石のような人もいるかもしれません。

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今和泉

そうなんです。0→1の人と1→10の人の相性が良くて、「この原石なら磨けるサンドペーパーとヤスリがあるぞ」となれば、花が開く可能性もあるわけです。それがなかなか難しいんでしょうけど。

トライアンドエラーで良い組み合わせを作れる人が、名プロデューサーになっていくのだと思います。

今和泉さんは0→1の人だけど、1→10の人の気持ちも深く理解されているからこそ、うまくビジネスに発展しているのだと感じました。本日はありがとうございました。

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2023年8月取材

取材・執筆:村中貴士
アイキャッチ制作:サンノ
編集:桒田萌(ノオト)