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ゲーム業界でこの仕事をしているのは自分だけ。インディーゲーム開発者支援をする一條貴彰さんが「自分しかしていない仕事」を見つけるまで

どうせ働くなら、自分にしかできない仕事、自分だからこそ周りに貢献できる仕事がしたい。そう思っていても、なかなかそのポジションを見つけるのは難しいものです。特に大きな業界の中にいるときには。

そんな中、さまざまなプレイヤーがひしめく巨大なゲーム業界にいながら、「この仕事で会社をしているのは自分だけ」と話す方に出会いました。それが自身もゲーム作家である株式会社ヘッドハイ代表取締役の一條貴彰さんです。

大手企業が多く複雑で分業化されたゲーム業界の中で、自分だけしかしていない仕事なんて本当にあるのでしょうか? 一條さんの仕事の内容や、「自分しかしていない仕事」に至るまでの経緯を伺いました。

一條貴彰(いちじょう・たかあき)
株式会社ヘッドハイ代表取締役。個人のゲーム開発と並行して、開発者向けのゲームツール・エヴァンジェリスト事業を展開。日本の小規模ゲーム開発者が活動しやすい世の中を作るため、イベント運営支援や開発者向けインキュベーションプログラムのアドバイザーを務める。ゲーム作家としての代表作は、『Back in 1995』(Steam / Nintendo Switch / PS4 / Xbox One)。

インディーゲームの盛り上がりでキャリアを変更

ゲーム業界は、大きな企業を中心に、たくさんの人が関わっているイメージがあります。そんなゲーム業界の中で、「ほかの人がしていない仕事」とは、どういうものなのでしょうか?

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一條

具体的には、日本国内のゲーム開発者向けにゲーム開発ツールを届けるお手伝いや、開発者向け専門メディアの運営をしています。そして、私自身もインディーゲームを開発しています。

ゲームに馴染みがないと想像しづらくて……。まずは、インディーゲームがどういったものなのか教えてください!

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一條

一般的に大きな会社が行うゲーム開発では、莫大な予算とたくさんの人が関わるものです。

それに対して、インディーゲームは数人のチームを組み、限られた予算で作られる小規模なゲームです。たった一人で開発をすることもあります。

たった一人で!

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一條

実は日本では1980年代からこういった小規模なゲーム開発の文化があります。それとは別に海外で同様のゲームが「インディーゲーム」と呼ばれはじめ、2010年代に言葉が輸入されてきたんです。

この数年でヒットしたインディーゲームも生まれてきており、任天堂などの大手ゲーム会社が提供するプラットフォームにも「インディーゲーム」というカテゴリが用意されるようになりました。

こうしてインディーゲームが定着するなかで、私は「小さい規模でゲームを制作したいと考えている人たちを応援する仕事がしたい」と考えるようになりました。それで、開発者を支えることに繋がる仕事を始めたんです。

一條さんは、インディーゲームのどこに魅力を感じていたんですか?

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一條

大規模開発では、チームの一人ひとりに細かな役割が与えられ、分担して作ります。そして、予算が大きいからこそ、大きく外すわけにはいかず、売れる可能性が高い内容を狙いがちです。たとえば有名作品の続編やスピンオフなどですね。

一方でインディーゲームは、少人数でフットワークが軽いからこそ、個性が強い新しい発想のゲームが作りやすい。

なるほど。

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一條

インディーゲームの盛り上がりは、日本発のゲームが再注目されるチャンスだと思うんです。

日本からは、「マリオ」など世界的なゲームがいくつも生まれました。でも、ここ20年ほどは海外発のタイトルが市場を圧巻しています。

近年では『エルデンリング』という国産ゲームが世界で2000万本売れる大ヒットを記録しました。しかし、残念ながら世界で戦える作品数は限られています。

だからこそ、「日本のゲームはやはり面白い」と思い続けてもらえるように、新しい発想に挑みやすいインディーゲームを応援しています。

営業と開発、どちらもできることが自分の強み

なぜ、一條さんはインディーゲームに関わるようになったのでしょうか?

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一條

私自身、学生時代にゲーム開発をしていたのですが、知識が足りずあまりうまくいかなくて。作り手になるのは難しそうだと感じていたんです。

そこで、ゲーム開発会社を助ける事業をしている会社へ就職しました。そこでは、ゲーム開発者向けのソフトウェアを提供しており、私はゲーム開発会社へソフトウェアを販売する営業の仕事をしていました。

ゲーム開発者を支えているという実感もあり、やりがいもあって。

最初から、ゲーム開発に関わる業界にいたんですね。

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一條

2013年ごろ、インディーゲームの波が日本に来て、新しい市場ができていくのを肌で感じました。それで、もっと小規模で開発する人を応援したいという気持ちを抱いたんです。しかし、勤めていた会社はまだインディーゲームにそこまで注目していない時期で。

ちょうどその時期に、他の会社から「仕事を手伝ってほしい」と声をかけてもらったんです。同時にゲーム制作の再チャレンジがうまく行っていました。それで、会社を辞めて独立することを決めました。

インディーゲーム開発から販売までを網羅的にサポートする書籍『インディーゲームサバイバルガイド』(技術評論社)も上梓

独立後は、どんな仕事をしているのでしょうか?

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一條

ゲーム開発者たちが、良い作品を作るために必要な環境づくりのお手伝いをしています。それを「ゲームツール・エヴァンジェリスト事業」と表現していて。

具体的には、ゲーム開発ツールを使うために必要な技術情報にアクセスしやすくするサポートをしています。教材となるサンプルを作って、実際に実演したりセミナーしたり。ソフトウェアの会社と開発者の橋渡しのような役割ですね。

スーパーなどで行われている実演販売のゲーム業界版だと思ってください。

急に身近なイメージに変わりました! 一條さん自身、開発も営業もしているのですね。

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一條

はい。ゲーム業界では、開発だけ、営業だけという人も多いのですが、私のキャリアにはどちらのDNAも流れています。だからこそ、技術者とも話がしやすいと思うんです。

開発と営業のどちらもできることが、他の方にはない強みなんですね。最初から、順風満帆だったのでしょうか?

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一條

そんなことはありません。生活に困るまではいきませんでしたがピンチだった時期もあって、できることは何でも幅広く受けていましたね。当初は、ゲーム関係のライター業などにも取り組んでいました。

最近では、ドラマ『アトムの童』でインディーゲーム開発環境の監修を行うなど、専門家の立ち位置で活躍されていますよね。

今の「エバンジェリスト」というポジションを見つけたのはどのようなタイミングですか?

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一條

仕事になったなと感じたのは、法人化して4〜5年くらいたった頃でしょうか。

仕事を開発や営業といった職種ではなく、「個人・小規模チームのゲーム開発者を支える」という方向を目指して動いたことが、自分らしいポジションを見つけるのに繋がっていると思います。

自分だけの仕事はどう見つける? ビジネスチャンスは愚痴にあり

自分しかできない仕事は、どうやって見つければいいのでしょうか?

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一條

新しい仕事は、できることのかけ算や組み合わせによって、生まれるのではないでしょうか。特にほかにない組み合わせであるほど、だれもしていない仕事が生まれていきます。

やりたいことがあっても、なかなか一歩踏みだすのは難しいですよね。

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一條

そうですよね。最近は副業OKな会社も増えているので、いきなり退社はせず、副業をして自分にとっていい形を模索するという方法もいいかもしれません。

ただ、辞めるとしても円満退社を心がけた方がいいと思います。自分は辞めた後も前職の会社とお仕事で繋がることができてとても助けられたので。

ほかに、会社員時代にやっておいてよかったことはありますか?

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一條

会社員時代は、社内外での勉強会や同業者飲み会を企画したり参加したりしていました。業種が近い人と繋がっていたことから、その後もチャンスが広がりました。

新しい仕事のヒントを得るための刺激にもなりそうですね。

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一條

どの業種でも交流会はあると思いますが、もし見当たらなければ、自分で立ち上げればいいんです。まずは社内の人たち3人からといった規模でもはじめてみてはどうでしょうか。人と繋がることで輪が広がります。

あと、そういった飲み会で愚痴を聞くこともビジネスチャンスに繋がるんですよ。

愚痴がビジネスチャンスに……?

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一條

愚痴って困りごと、悩みごとがあるから出てくるわけです。そこに業界として課題があり、新しい仕事が求められているのかもしれませんよ。

イベントや交流会にいくのは大事ですが、無理矢理にチャンスを探しに行ってもうまくいきません。「なんとなく楽しいので参加している」くらいの温度感のときにこそ、いい巡り合わせがあるのだと感じます。

他にない仕事だからこそ。自分を支えているものを意識することが大切

もし「自分にしかできない仕事へチャレンジしたい」と相談を受けたら、なんとお伝えしますか?

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一條

私は、やりたいことがはっきりしていれば、職業名は後からついてくると思っています。私も「インディーゲーム開発者を支える」という目的を打ち出し、そこだけに集中していった結果、最終的に今の仕事の形となりました。

だから、新しい仕事を生み出そうと考えすぎず、業界の課題解決や社会的な意義などがある活動に取り組んでみてはどうでしょうか。そうやって世の中の困りごとに向き合っていった結果、新しい仕事が生まれてくのではないでしょうか。

この数年、世の中が大きく変わりましたよね。自分しかしていない仕事は、環境変化の影響を受けやすいのではないでしょうか?

WORK MILL

一條

そうですね。ゲーム業界でも、変化を感じています。でも同時に、世の中の変化はチャンスでもあります。

時代の変化に沿った事業の設計図が描けたとき、新しい仕事が生まれます。だから、変化は自分の興味にあったビジネスが見つかるチャンスかもしれません。

なるほど。

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一條

あと一つ、意識してほしいことがあります。他の人がしていない仕事だからこそ、「自分の思い」は大切にしてください。

私の場合、「個人・小規模チームのゲーム開発者を支える」という思いにあわない仕事は引き受けないようにしています。技術を紹介するにあたって、開発者のみなさんと同じ目線、気持ちを共有できるからこそ信頼されますし、知見も増え、次の仕事が受けられるのです。

もしこの思いを失ったら、きっと繋がりが枯渇し、仕事は続けられなくなってしまう。だから、大変かもしれませんが、いつも心に留めておいてくれたら嬉しいです。

2023年2月取材

取材・執筆=ミノシマタカコ
撮影=HAYATO
編集=鬼頭佳代/ノオト