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【クジラの眼 – 刻をよむ】第11回「ゼロ次予防のアプローチで考える、いきいきと働けるオフィスづくり」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。

 

―鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

 

タバコは吸うし酒は飲む。食事は抜くし睡眠不足。絵にかいたように不健康な生活をしている私。この歳(62歳です)になると、毎日どこか痛いところがあるし何かしら不調を感じながら生きています。同世代が集まる酒の席ではすぐに自分の病気自慢が始まります。不健康な状態が当たり前になってしまうと、ことさら健康になろうとする意志や意欲が無くなってしまうようでいけません。そんな私でも、日常生活に支障をきたすほどの体の不調、苦しさ、痛みはご免こうむりたい。酷い不健康は嫌だけれど健康のために日頃から何かしらの努力をする気にはなれない。そんな私にとって今回の「ゼロ次予防」は渡りに船。まさにうってつけのアプローチです。無意識のうちに健康になるための行動を促してくれる「ゼロ次予防」。こんなありがたい話はありません。(鯨井)

 

イントロダクション(株式会社オカムラ 上西基弘)

上西:厚生労働省の調査によれば、働いている人の中でストレスを感じている人は6割近くもいるそうです。また、肩が凝るとか腰が痛いなど何らかの不調を訴える人は7割もいるとのことです。「働く」ことから「健康」は連想されないどころか、むしろ「働く」=「不健康」とイメージされているように思われます。そうしたマイナスのイメージは払拭していきたいところです。あわせて、労働力を確保するために企業は定年を延長し、従業員に占める高齢者の割合は今後高くなっていくことが予想されます。オフィスにおける「健康」対策は我が国における社会的な課題だと言えそうです。

 

―上西基弘(うえにし・もとひろ)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 はたらき方研究室 室長
オフィスを対象とした環境心理・行動特性に関する調査・研究業務に従事。書籍「オフィスとひとのよい関係」共著。現在、オフィスワーカーにとって、余分なストレスなく、よりよく働くための行動変容を促す家具・空間の在り方をテーマに、自社ラボオフィスでの実証研究、製品開発支援に取り組む。

 

上西:今回は『職場のメンタルヘルス2』という書籍の中で、いきいきと働くためのオフィスについてコラムを載せていらっしゃる花里先生をお招きし、「ゼロ次予防」の考え方やそれをオフィス空間にどのように応用していけばよいのかを皆さんと考えていきたいと思います。

 

プレゼンテーション(千葉大学予防医学センター 花里真道)

ゼロ次予防 ~健康都市・空間のデザイン~

 

―花里真道(はなざと・まさみち)千葉大学予防医学センター 健康都市・空間デザインラボ 准教授
建築・都市デザインと健康・予防医学の融合領域(建造環境と健康)に関する研究・教育を実践。2002年千葉大学工学部デザイン工学科、同大学大学院工学研究科修士課程、後に博士課程修了。株式会社栗生総合計画事務所、個人事業を経て、千葉大学予防医学センター研究員。2013年より同センター・健康都市空間デザイン学分野・准教授。

 

花里:私は大学で建築を学んだ後、現在は医学系の研究部門で空間や環境と健康との関係を分析する活動をしています。私たちを取り巻く環境は私たちの行動に大きな影響を及ぼします。愛知万博のある夏の日の写真を見てみましょう。暑さを避けるために人々がメインスタンドの影の中にきれいに集まっている様子が見て取れます。

 

花里:私は空間や環境は人の行動や健康に影響を与えると考え、そのメカニズムや影響の度合いを明らかにする研究に従事してきました。そして、それをまちづくり・空間づくりに活かして健やかな社会を築くことをミッションにしています。昨年秋には「健康まちづくり共創プラットフォーム」というコンソーシアムを立ち上げ、産学共同でエビデンスに裏打ちされた空間デザイン手法の開発やプログラムづくり、それらを評価するシミュレーターの開発を行う活動を始めたところです。

 

さっそく「ゼロ次予防」について紹介していきましょう。医療や保健、公衆衛生の分野では予防を1次予防から3次予防の三段階に分けて考えています。1次予防は個人に運動を促して病気を予防することです。2次予防は早期発見・早期治療を行うこと。3次予防は治療後の再発を防止するためのリハビリテーションのことを指します。さてそれでは「ゼロ次予防」です。これは、「運動してください」「こういう食べ物は控えてください」といった個人に向けたメッセージを出すのではなく、地域や環境そのものが人を健康にしていくよう調整するものになります。例えば公園の芝生のエリアが解放されていれば人はそこでくつろぐことができます。逆にそのような公園が近くにないところの住民はくつろぐことが難しい。この公園があること自体が、健康につながる「ゼロ次予防」の取り組みだと考えるのです。

 

「ゼロ次予防」の必要性が言われるようになった背景には、1次予防でいくら個人に言っても個人が行動を変えることは、やはり相当難しいという現実があります。例えば「健康のために歩きましょう!」と社会全体で訴えてきたにもかかわらず、日本ではこの20年間で1日の歩行距離が1割も減少しているのです。もちろん個人に健康に繋がる生活習慣を伝えていくことは大事なことで続けていかなければなりませんが、それに加えてまちや空間、環境を整えることで人々を健康な状態へと導くゼロ次予防の必要性が世界的に唱えられているのです。

 

実際に取り組まれている健康まちづくりの例を紹介してみましょう。ニューヨーク市では「ACTIVE DESIGN GUIDELINES」を制定し、その中で建物のエントランスから階段が見えるようにすることを奨励しています。これによって利用者は知らず知らずのうちに階段を使うようになり、知らず知らずのうちに健康になっていくのです。

 

花里:ゼロ次予防を進める上で三つのテーマをお示しします。

 

一つ目のテーマは「歩く」です。歩くことが健康に良いのは誰もが知っていることなのですが、問題なのは自然に歩けるような環境が周りにあるかどうかです。気持ちよく歩くことのできる歩道があれば家に籠っている人を外に連れ出すことができます。私が所属している千葉大予防医学センターの近藤克則教授が代表で実施している大規模な疫学研究「JAGES(日本老年学的評価研究)」では、日本全国の65歳以上の高齢者約30万人に質問紙を配り、約20万人の回答得て、暮らしと健康との間の関係性を調べています。私たちは、地域の歩道の量と家に閉じこもることの関係性について調べました。その結果、歩道が少ない地域では、歩道が多い地域に比べて、家に閉じこもる高齢者の数が1.5倍になっていることが分かりました。歩きやすい街では、糖尿病の発症率が少ないなど、歩きやすい街と健康との関係については、十分なエビデンスが報告されていて世界中で認められているところです。

 

二つ目のテーマは「話す」です。JAGESで示された興味深い研究結果を紹介します。この研究(Kanamori et al. 2012)では、一万人を超える高齢者の方々を対象に、運動をしているか?(Yes/No)、運動を行うグループに参加しているか?(Yes/No)を訊き、その4年後に回答者が要介護になったか否かを調べました。運動をしていて、グループに参加している「積極的な参加者」が要介護になった場合を1としたとき、運動はしているがグループには参加していない「一人での運動を好む人」が要介護になるリスク1.29でした。運動はしないし、グループに参加もしない「座りがちの生活を送る人」のリスクは1.65。つまりこの人たちの要介護のリスクは「積極的な参加者」の1.65倍もあることになります。

 

注目すべきは、運動はしていないけれどもグループへ参加している場合です。グループの世話役的なことをしたり会計を手伝ったりしていたのかもしれません。このような言わば「受け身の参加者」とでも呼ぶべき人たちが要介護になるリスクは1.16と意外なほど少なかったのです。運動はしていないのに運動している人と同じくらい元気に過ごしていた人が多かった。この理由は、グループに参加する中で人とのつながりが生まれ、誰かと会話することが健康の維持・増進に効いたのかもしれません。このように社会と関わること自体が健康を維持する上で重要だというエビデンスの蓄積が進んでいます。

 

花里:三つ目のテーマは「感じる」です。イギリスで2001年から2005年にかけて、自然の緑が多い(少ない)地域と死亡率の関係性について調査が行われました。その結果、「緑が多い地域」に比べて死亡率が2倍にもなった「緑の少ない地域」があることが分かりました。緑のある公園が近くにあればそこで運動ができますし、誰かと運動すれば会話が生まれるかもしれません。そうしたことが健康の維持・増進につながり死亡率が抑えられたのでしょう。さらに同調査では興味深い報告がされています。緑の量と死亡率の関係性に所得の多寡を加えて分析したところ、緑の恩恵を多く受けるのは低所得者層だったのです。高所得者層は緑に触れなくてもフィットネスクラブなどで運動することができるからかもしれません。そうしたことのできない低所得者層にとって緑地はゼロ次予防のきっかけを得るための重要な要素だったのです。

 

最後に「人」を感じるとメンタルヘルスにいい効果がある可能性が示されたJAGESの研究を紹介します。この研究(Tsuji et al., 2018)では、高齢者を対象に抑うつのリスクを調べてみたところ、ここでも運動グループへ参加することによってリスクを軽減できることが分かりました。さらに興味深いことがありました。回答者の住んでいる地域が、運動が盛んにおこなわれている地域である場合、本人が運動に参加していなくてもリスクが軽減されていました。周りで運動している人を見たり、感じることには、私たちの気持ちを穏やかにする効能が隠されているのかもしれません。少年野球でもジョギングでも、アクティブな行動をしている誰かを見て感じることがメンタルヘルスの改善につながっていく可能性が示されました。

 

クロストーク(花里真道 × 上西基弘)

いきいきと働けるオフィスづくり

上西:「歩く」ことが健康に良いとの話を受けて、明治安田厚生事業団さんとの共同実証実験としてオフィスで働いている人の歩行数を調べた結果を紹介してみます。私は今「考動ラボ(CO-Dō LABO)」と呼ばれているオフィスで働いています。そこは自らが考えて行動することを奨励しているオフィスで、働いている人たちの様々な活動は記録され研究対象となっています。「考動ラボ」での現在の働き方はABW(Activity Based Working)と呼ばれるもので、8割の人間は自席を持たずその日その時の仕事の内容に応じて一番仕事をしやすい場所を自らが選んで働いています。毎日動きながら働いていますので、そのような働き方になる前よりも歩行距離が増えたのではないかと考え、事前事後の一定期間、各自に活動量計を着けてもらって検証してみました。

 

 

上西:その結果、すべての職種において一日の歩数が増えていることを確認することができました。もちろんこのことだけからABWの採用が歩行距離を延ばし健康増進に寄与したとか、「ゼロ次予防」の一つだなどと結論づけることはできません。それでも、入居者への主観調査で、仕事へのモチベーションが向上したとする人が6割以上おり、ABWが健康面へ良い影響を与えていると考えている者が5割近くいたことと合わせて考えると、ABWはいきいきと働くことに少なからず貢献しているように思われます。

 

花里:歩行距離を延ばすことができているのなら、働いている方々の健康の維持・増進につながっていく可能性はあると思います。ただ本当の効果が出てそれを検証するには数年という期間が必要になりますから、継続してデータを取っていくといいかもしれません。私は、勤務時間中の休憩行動とワーク・エンゲイジメント(いきいきと働いていることの評価指標)との関係を竹中工務店さんと調べています。研究の一例では、勤務時間中に休憩行動としてオフィス内や屋外を歩いている人は一年後にワーク・エンゲイジメントが高くなっていました。ここでもやはり「歩く」ことの良い影響を考えることができます。

 

日々働いている中で体を動かすと言えば、立ったり座ったりする行為があります。上西さんのオフィスでは上下昇降できるデスクを使っていらっしゃいますが、そちらの利用状況はいかがでしょう。

 

上西:「考動ラボ」は一年前にできたオフィスですが、その際に自分で天板の高さを昇降できるデスクを使い始めました。こちらも活動量計を使って一日の座位時間を計って事前事後を比べたところ、平均すると一人当たり約30分座っている時間が減っていました。

上西:先ほど花里先生から「座りがちの生活を送る人」は健康リスクが高いという話がありました。座りすぎは健康に悪いということは今や世界の常識になりつつあるようです。本来仕事は座って行うものと考えられてきましたし、それはこれからも変わらないと思います。しかし仕事で同じ姿勢を取り続けることは身体に負担をかけることが分かってきています。姿勢を変え気分も変えたいと考えた人が簡単に作業面を好みの高さに調節ができるデスクは、身体的にも精神的にも健康リスクの低減に寄与するのかもしれません。

 

次に「話す」に関して調査した結果をお話しします。オフィスの中のカフェコーナーを窓から外の景色が見えるところに移し、自然を感じさせる内装にしたところ、利用率が倍増し会話の発生回数は8倍にもなったのです。健康のために「話す」ことが役立つとの話でしたが、オフィスの中に休憩するための場所をつくるのであればきちんとデザインされた空間にし、みんながそこに自然と集まり和やかな時間を過ごせるようにしたいものです。

 

花里:空間づくりの話題になりましたので、いきいきと働いていくための「健康オフィス」について触れておきましょう。働く人やそこを利用する人の健康を維持・増進させるオフィスであることを認証する制度が作られ普及しようとする動きが始まっています。代表的な認証制度には、米国の公益企業IWBIが開発し国際認証制度になっているWELL Building Standard(WELL認証)、米国のCDC※1とGSA※2が開発したFitwel、日本にも国土交通省の支援を受けて、開発されているCASBEE-WO(Wellness Office)があります。三つの制度の評価項目は細かく見れば異なりますが、上西さんから話があった、立って仕事のできる環境があることやゼロ次予防的な要素が組み込まれていたりします。健康経営が叫ばれる我が国において「健康オフィス」への関心は今後さらに高まっていくことでしょう。

 

上西:WELL認証は世界で100件以上のオフィスが既に認証登録されていると聞いています。日本でも4件が審査をパスしているそうです。健康オフィスであることが公開されることにより、企業は新卒採用を有利に進められるかもしれませんし、学生側も就職先を考えるときの基準の一つに加える可能性もありそうです。
人生の1/3はオフィスで過ごすとよく言われます。長い時間を過ごすオフィスなのですからそこから私たちが受ける影響は小さいものではありません。オフィスの中で緑を感じられたり、歩きやすくする工夫が施されていたり、何かしらの手立てを行うことで、働く人たちがいきいきと元気に過ごせるオフィスをつくっていきたいものです。今後シニアの存在が高くなったとき、彼ら・彼女らのためにも、安全で居心地が良く、自然と健康になってくれるようなオフィスのあり方を研究・開発していかなければならないと考えています。

 

※1 CDC(Centers for Disease Control and Prevention): アメリカ疾病管理予防センター
※2 GSA(General Services Administration):アメリカ共通役務庁

 

ゼロ次予防と健康づくり

環境はそれぞれが特定の情報を持って存在している。私たちはその情報を認識することで,それらの持つ意味や価値を見出すことができる。かつて米国の知覚心理学者ジェームズ・ギブソンは、アフォーダンスという概念を提唱しました。知らず知らずのうちに健康になるための行動を促すゼロ次予防。その事例として紹介されたACTIVE DESIGNなどはアフォーダンスの考え方を実践したものだと言えそうです。

 

ゼロ次予防は環境に埋め込まれた仕掛けであり、設計者から利用者に向けて発せられたメッセージです。そのとき情報を受け取る対象者は不特定多数の人間であるためゼロ次予防の対策は普遍的なものにならざるを得ません。つまりゼロ次予防は万人を健康にする土台づくりなのだと思います。しかし言うまでもなく私たちの心身の状態は人それぞれ。ですから健康になるための道筋は人によって異なるはずです。ゼロ次予防は健康づくりの最初の一歩。それだけですべてがうまく行くわけではないことを心に留めておく必要がありそうです。

 

ですが(冒頭で書いたように)健康になることに積極的ではない私にとって、ゼロ次予防のアプローチは素晴らしい!通勤で朝家を出たところからオフィスまで、そしてオフィスの中もゼロ次予防が施された環境に早く誰かがしてくれないかしら。こんな不遜なことを考えている私。私の健康寿命はきっと短いに違いありません。

 

今回も最後までありがとうございました。次回まで失礼します。ごきげんよう。さようなら。(鯨井)

2019年4月11日更新
取材月:2019年2月

テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史

 

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