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コロナ後も愛される場の条件とは ー 都市戦術家と働き方研究者が対談

テレワークが広く一般化した現在、在宅勤務だけでなくサテライトオフィスやワーケーションなど、働く場の多様化がますます進んでいます。コロナ以降を見通して長期的なリモート勤務体制へ移行する企業が増える一方、改めて「人が集うこと」の重要性も問い直されるようになりました。働き方の自由度が高まる中で、人が集い、愛される場所を作るためには何が必要なのでしょうか。「オフィス家具業界の預言者」と呼ばれ、場の居心地やチームワークについて研究を重ねているオカムラの池田晃一が、愛される場づくりのプロフェッショナルたちにお話を伺います。

前編に引き続きご登場いただくのは、日本大学理工学部建築学科助教やコミュニティメディア「ソトノバ」の編集長を務めながら、「都市戦術家/プレイスメイカー」として活躍する泉山塁威さん。「短期的で低コスト、かつ拡大可能なプロジェクトを用いたまちづくりのアプローチ」として注目されるタクティカル・アーバニズムの概念を日本に紹介し、個人が主役となって進める新たなまちづくりを支援しています。

行政や大企業に頼るのではなく、その街を愛する人たちが自発的に場の活用法を提案する――。「そのノウハウや考え方はビジネスにも生きるはず」と泉山さんは語ります。場をきっかけにして個人の当事者意識を高めていくための秘訣を聞きました。

「道路計画変更」にまで至った、一人の主婦のアクション

池田:これまで、まちづくりというと行政や大企業が中心で、「誰かが旗を振って進めていくもの」という認識でした。しかし今ではタクティカル・アーバニズムの考え方に基づいて、個人が主体的にまちづくりへ参画する動きが広がっています。「とにかく活動を大きくしたい」とか、「とにかく世の中で注目を集めたい」といった動機がなくても、街は変わっていくのだと感じます。

泉山:タクティカル・アーバニズムで何を変えていきたいのか、プロジェクトのゴールをどこに置くかによって、活動をスケールアップしていくべきか否かも変わります。あくまでも「タクティカル」は都市や街に長期的な変化を起こすための戦術。その目的によっては「ただ静かに継続させていけばいい」という活動もあるんですよ。

池田:「長期的な変化を起こすための戦術」という視点は、企業で働く個人にとっても非常に重要ですよね。多くの人は自分の任された仕事については責任を持っていますが、本来はそれだけではなく「会社として社会にどんな価値をもたらすのか」「どんな影響を与えていくのか」まで考える必要があるはずです。

しかし実際には「それは社長が決めることでしょ?」「理念や社是に書いてあるんじゃない?」と、どこか他人ごととして捉えてしまいがちです。会社という共同体がどうあるべきかについて、もっと個人が働きかけていくべきではないかと思うんです。

泉山:たしかに「この部署に配属されたからこの仕事をやる」だけで終わるのは、職業人としてもったいないですよね。理念や社是を変えるまではいかなくても、会社を長期的に変えていくために、自分の身の回りにあるものに対してできる範囲で動くことは大切だと思います。その観点はタクティカル・アーバニズムに共通する部分です。

池田:その意味では、会社はまちづくりでいうところの行政のような存在なのかもしれません。オフィスという場を用意し、「この場所はこうあるべきだよね」と示してくれる存在ですね。それに対して、個人として「こんな活用法もあるんじゃないか」と声を上げていくためには何が必要なのでしょうか。

泉山:海外に参考になりそうな事例があります。オーストラリアのメルボルン郊外にあるポイントクックという街での取り組みです。

ーポイントクック取り組みの様子 (画像提供:泉山塁威さん)

この街は移民によって急激に人口が増加し、住宅地の開発が進んでいました。「住宅とショッピングセンターしかない」というエリアもあるほどです。その状況に対して声を上げたのは、地元の1人の主婦でした。彼女は、住民同士で希薄だったコミュニティを形成するために、ショッピングセンターの敷地内に人工芝を敷くことで、住民たちが集まり、くつろげるスペースをつくりました。実験的な取り組みではありましたが、次第に集まってきた人たちがそのスペースを活用する取り組みを自発的に企画し始めるなど、大きな賑わいを見せ、行政の道路計画が変更されるという影響もありました。

池田:地元行政が当初から協力していたということですか?

泉山:いえ。行政は当初、政策の方向性にない個人の活動にはまったく興味を示さなかったそうです。しかしその主婦は、地元の街への思いを共感の連鎖へと広げていきました。個人的な動機をアクションに変え、仲間を増やしていった結果、行政から許可を得るまでに至ったんです。

タクティカル・アーバニズムは、ほとんどのケースにおいて個人の小さなアクションから始まります。個人の内発的なモチベーションが非常に重要なのです。

「よそ者」だからこそ、しがらみに縛られず客観的に考えられる

池田:そうした新しい取り組みが広がりやすい街には、どのような特徴がありますか? 企業でいうところの「新しい提案を歓迎する風土」に近いのでしょうか。

泉山:さまざまなケースがあります。もともと長く地元に住んでいる人が多い街でも、若い人が新しいアクションを起こした際に応援してもらえることもありますし、逆に潰されてしまうこともあります。

会社でも「この部署では改革的な提案が通りやすいけど、他の部署ではやりづらい」といったことがあると思います。若い人の新しい動きを尊重しようという空気があるか。こればかりは、アクションを起こして確かめてみるしかないですよね。それにまちづくりの場合は、アクションを起こそうとしている当事者が「よそ者」であることも少なくありません。

池田:「よそ者」が地元で長く暮らす人の理解を得ていくためには、何が大切なのでしょうか。

泉山:まずは「いきなりよそ者が騒いでもしょうがない」という前提で、地元の人たちや行政がどんな課題を抱えているのか、何を実現したいと考えているのかを理解する必要があります。

よそ者のいいところは、客観視できること。地元の人はほとんどの場合、何らかのしがらみに縛られてその土地で暮らしていますが、よそ者はしがらみに関係なく客観性を持って考えることができます。

私がまちづくりに関わる際には「俯瞰図」を作成しながら考えることもありますよ。その街のキープレイヤーとなる人たちの情報を聞き出し、それぞれの間の関係性を客観視しながら、「誰を応援していくか」を考えるわけです。

池田:なるほど。企業で言えば組織図や配置図をにらみながら、パワーバランスなどを客観的に見て、誰にアプローチしていけばいいかを考えればいいわけですね。

泉山:はい。加えて大切なのは、小さなアクションの一つひとつをメディア化し、発信していくことです。新しい場を作っても、興味のない人はなかなか来てくれません。でも地元紙に取り上げられるようなことがあれば、「この活動を応援しないとまずいかもしれないぞ」と考えてくれるようになるんですね。私たちが『ソトノバ』というメディアを運営したり、アワードを開催したりしているのも、発信を強化していくための取り組みの一つです。

自分たちで思いきり「場の活用」を楽しみ、その姿を見せていく

池田:2020年以降は、新型コロナウイルスの影響で「人が集まる場」が大きく変わりました。企業によっては「オフィスにはほぼ誰もいない」という状況が続いています。リアルな場の役割は確実に変わりつつあると感じているのですが、泉山さんが現在の状況をどのように捉えていますか?

泉山:コロナ収束後を見越して考えれば、オフィスに出社して働くという以前の状態に戻すのか、あるいはテレワークなどをさらに発展させて劇的に働き方を変えていくのか、働く個人のニーズによってはどちらもあり得る選択肢ですよね。

ただ私は、「人が集まる場」の価値が失われることないと考えています。むしろコロナによって、集まる場の価値が再認識されているのではないでしょうか。オンラインでは偶然の出会いや雑談など、「目的を持たないものや意図しないもの」を発生させることが非常に難しい。しかし、そうした部分にアイデアのヒントがあるのも事実です。完全にコロナが収束した暁には、「みんなで集まろう!」という動きが一気に盛んになるような気もします。

一方では、「人が集まること」の意義がより問われるようになっていくのではないでしょうか。大学でも「この講義はわざわざ出席する価値があるのか」「この内容ならオンラインでいいじゃん」と、学生たちは以前よりも厳しく授業の質を判断しています。同じようなことはビジネスの現場でも広がっていくでしょう。

池田:「その場所はわざわざ足を運ぶ価値があるのか」も問われるようになっていくのかもしれませんね。改めて、「愛される場」をつくるためにはどんなことが必要だと思いますか?

泉山:愛される場になるためには、誰もが参加できる公共空間であることが必要だと思います。そのためには、パブリックライフ(都市生活)の3要素が参考になるかもしれません。

1つはまさに「空間」です。公園で例えるなら、樹木や通路のような工事をしないとできないものです。

2つ目が「場」。場を自由につくるためには、簡単に動かせる家具やピクニックシートなどを一人ひとりが持ち込むことが大切です。「お昼休みに気軽に座って読書したい」と思うなら、自分で椅子を持ち込む。そうやって一人ひとりが設備を持ち寄り、場をつくっていくことが重要なんです。

そして3つ目に「人」。その場をどのように活用できるのか、誰かがお手本を見せる必要があります。例えば池袋の路上でオープンカフェを開いた際には、最初の1週間は誰も席に座りませんでした。しかし、場づくりに関わった人たちが実際にオープンカフェを利用し、場の活用方法を見せていったことで、2週間からは人がどんどん足を止めて座るようになっていきました。

池田:場に関わる人々が自分の意志で空間を活用し、アレンジして、その価値を見せていくことが愛される場につながるのですね。この3つの要素は、ビジネスにおける場づくりにも大いに参考になると感じました。

「空間」については会社の意思決定に頼らざるを得ない部分もありますが、コロナ禍でオフィスに空きスペースが目立ち始めている今なら、新しい提案ができるかもしれません。「場」については個人の工夫次第でいろいろなものを持ち込めそうです。そうしてつくった場を、自分たちで思う存分に活用していくと。

泉山:はい。結局のところ、人は「誰かが座っている場所」に魅力を感じるものなのかもしれません。まずは小さなアクションを起こして小さな場をつくり、自分たちで思いきり場の活用を楽しんでいくことが大切なのだと思います。

その姿を見て「自分もこの場を活用したい」と言ってくれたり、「こんな場のつくり方もありそう」と提案してくれたりする。タクティカル・アーバニズムの取り組みはそうやって広がっています。働く場においても、同様の変化を起こせるはずです。

プロフィール

-泉山塁威(いずみやま・るい)都市戦術家/プレイスメイカー
1984年北海道札幌市生まれ/日本大学大学院理工学研究科不動産科学専攻博士前期課程修了/明治大学大学院理工学研究科建築学専攻博士後期課程修了/博士(工学)/認定准都市プランナー/アルキメディア設計研究所、明治大学理工学部建築学科助手、同助教、東京大学先端科学技術研究センター助教などを経て、2020年4月より現職。専門は、都市経営、エリアマネジメント、パブリックスペース。タクティカル・アーバニズムやプレイスメイキングなど、パブリックスペース活用の制度、社会実験、アクティビティ調査、プロセス、仕組みを研究・実践・人材育成・情報発信に携わる。
主な著書に、「ストリートデザイン・マネジメント: 公共空間を活用する制度・組織・プロセス」、「アナザーユートピア: 「オープンスペース」から都市を考える」などがある。

-池田晃一(いけだ・こういち)株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 チーフリサーチャー
入社以来、テレワークを含む柔軟な働き方の研究に携わる傍ら、自身もリカレントとしての国内留学、休職中に大学教員を経験。博士(工学)。専門は場所論、居心地、チームワーク分析。将来、地元玉川学園で寿司屋をひらくのが夢。著書:『はたらく場所が人をつなぐ』(日経BP社、単著)、『オフィス進化論』(同、共著)、『オフィスと人の良い関係』(同、共著)

2021年6月29日更新
2021年5月取材

テキスト:多田 慎介