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無駄が多いから、おもしろい − 八清・西村孝平さん【クジラと考える ー 日本らしい働き方 ー 第四話】

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井康志による連載「クジラと考える─日本らしい働き方─」。日本の伝統文化に携わるキーパーソンへの取材を通じて、時代に左右されない「日本らしい働き方」の行方を鯨井が探ります。

 

第四話となる今回は、八清(はちせ)の西村孝平さんを訪ね、京都へと向かいます。京町家を現代のライフスタイルに合わせてリノベーションし、さまざまな方法で活用している西村さんの話から見えてきたのは、効率だけを求めていると見逃してしまう、無駄の楽しみ方でした。

 

日本の家は30年で価値がなくなる、は迷信だった

 

京都駅周辺の大通りには、大きなビルや商業施設、そしてホテルが建ち並んでいます。

 

せわしなく人が行き交う烏丸通りから1本入ると空気が変わり、小さな神社や寺院、そして木造の家や商店がある、昔から変わらない路地の風景が残っています。

 

五条駅からほど近いところにある「ヨリアイマチヤ」と名付けられた大きな町家も、古くから残る町家のひとつ。ここは八清が改装を手掛け、レンタルスペースとして運営した後、現在は賃貸物件として運用しています。

 

 

戸を開けると目に入ってくるのは、どっしりとした木の梁や柱。奥行きがあり広々とした室内には、使い勝手のよさそうなキッチンやモダンな襖、家具などが並び、和と洋がほどよく折り混ざった心地よさを感じることができます。

 

「ここは昭和初期のスタイルでつくられています。だいたい80年くらい前のものですね。昔は呉服屋さんだったので広いんですよ。ええでしょう」

 

建物に見惚れる私たちを嬉しそうに案内してくれたのが、西村孝平(にしむら・こうへい)さん。

 

ー西村孝平(にしむら・こうへい)株式会社 八清 代表取締役 CEO
2000年以降、京町家を中心とした中古再生販売を主軸に事業展開しながら、都市居住推進研究会や京町家情報センターなど市民団体に参画し、京町家と町並み保全に関する提言等を行政に対して行う。また、京都市の空き家相談員としても活動する。京都不動産コンサルティング協会、佛教大学、龍谷大学、その他業界団体の研修やセミナー等の講演も、本業の傍らこなしている。趣味は月に100キロ走るジョギングで、会社の行き帰りなど片道5キロは日常茶飯事。 

 

西村さんが代表を務める株式会社 八清(はちせ)は、昭和31年に西村さんのお父さまが繊維製品の卸会社として立ち上げた会社。設立後に始めた建売住宅の販売事業が大きくなり、西村さんも不動産事業を担うようになりました。

 

「分譲販売を担当していました。そのなかで買って建て替えようとした古い家が防火地域にあり、木造の建物を新しく建ててはいけない区域にあることがわかったんです。間口も狭いし、これは改装して売ったほうが手間が少ないんじゃないかという事で、初めて改装に挑戦しました。最初は、そこまで深く考えていたわけじゃないんですよ」

 

平成11年当時はまだ、「リノベーション」という言葉が日本で一般的ではない時代。改装という選択肢を選ばざるを得なかった物件を売り出してみると、あっという間に買い手が見つかったそうです。

 

「不動産業界に入ってから、木造の家は30年で評価がゼロになると聞かされていました。けれど、値打ちがないと言われていた建物を改装したらすぐに売れる。ヨーロッパに行けば80年や100年使っている家があるでしょう。日本の家は30年しか価値がないなんて、誰かにつくられた迷信なんだと気がつきました」

 

 

予想外だった反応を手がかりに、古い家を改装し、販売する物件を少しずつ増やしてみることに。どんな家をどう改装すると需要があるのか、ターゲットやコンセプトを変えながら様々な改装を行い、お客さんの反応や販売できる価格などをリサーチしていきました。

 

その中でも反響が大きかったのが、町家をリノベーションした住宅だったそうです。

 

「古いものを大切にした町家に興味を持つ人が多いとわかってきた。それで、町家のモデルハウスをつくってみたんです。3ヶ月のあいだで200人くらいの方がいらして。みなさんにアンケートを書いていただきました」

 

町家にもシステムキッチンがあったほうがいいか。ユニットバスはどうか。車を停める場所がないことはどうなのか。町家を扱うにあたって自分たちが気になっていることを確認する中で、さまざまな発見がありました。

 

 

「最初は古い感じをなくして、全てきれいに新しくしようと考えていました。けれどお客さんの反応を見ていると、どうやら古さに値打ちがある。古さを残しながら改装していくことが好まれるんだってわかってきたんです」

 

「木製の建具を使っていたほうがいい。大量生産でつくったものは飽きられる。モダンな町家が好きな人もいれば、昔のままの雰囲気が好きな人もいる。そうやって一つひとつ需要を確認していくうちに、だんだん八清らしい改装の基本ができてきました」

 

無駄が個性になり、魅力になる

ー八清 西村さん(左)とWORK MILL 鯨井(右)

 

お客さんから求められる声に対応しながら、今の時代に求められるかたちに町家を改装していく日々。ニーズを気にするあまり、「京町家らしさ」を見失ってしまうことはないのでしょうか。

 

「京町家って定義があるわけではないんです。外観でそう感じる人もいれば、レイアウトを町家らしいという人もいる。私たちが改装するときには、京町家っぽさをなくさないように気をつけています」

 

たとえば壁を仕上げるときは、ビニールクロスは使わずに、もともと使われていた土壁を活用する。塗装することもあれば、風合いのある和紙を貼るなど、空間の質感を変えないようにしているそうです。

 

「手間のかかる方法を選ぶので、壊すより高くつくこともあります。他の業者さんが聞いたらびっくりする金額で改装しているんですよ。それでもテイストを落としたら、町家を求めるお客さんには応えられなくなると思います。バランスは難しいですよ」

 

町家らしさを感じさせるもののひとつが、家のあちらこちらに使われている建具。細かな木の格子がはまっているものもあれば、腰板に丁寧な彫刻が刻まれているものも。

 

 

建具にはめ込まれている型板ガラスにも「ささ」や「なると」、「こずえ」などさまざまな模様があって、今ではつくられていないものも多くあります。

 

「こういう建具は、今新しくつくろうとすると10万円くらいかかります。なかなかつくれないんですよ。多少曲がったり反ったり、使っていると割れることもありますけど、それが自然なことなんです。一つひとつが違っておもしろい。人の手でつくったものがいいと感じる人は、増えているんじゃないでしょうか」

 

「効率を求めて大量にものをつくってきた時代との、ギャップみたいなものを感じます。町家を改装して使い続けるというのは、その象徴だと思うんです。町家ってすべて手づくりで、すごく無駄が多いんですよね」

 

典型的な町家の一例として、“おくどさん”と呼ばれる台所の上が吹き抜けになっていて、薪の煙が上がるようにつくられている“火袋”という場所があります。2階の床面積は狭くなるけれど、今の住宅にはないつくりを味わいだと感じ、気にいる人が多いそうです。

 

 

「今の家は全部効率を考えてつくられていて、機能性を追求しているから無駄がない。だから似たようなものになっていきます。おもしろくないんですよ。無駄が個性になるんです」

 

「町家を買う人は、町家を買わなくてもいいんですよね。家を買うなら、マンションも買えるし、広さがほしければその広さのものを探せる。それでも町家がいいっていうのは、マンションにはない良さがあるんでしょうね」  

 

自然が生活に入り込んでくる家

 

ほとんど釘を使わず、木を組んでいく骨組み。腐りやすい柱の根本だけを変えていく根継ぎ。竹や藁を使ってつくりあげる土壁。
京町家で施されている当時の大工や左官の技術は、今見てもすばらしいと言えるもの。古くから積み重ねてきた技術でつくられた建物からは、学ぶことが多いといいます。

 

「特徴のひとつが、柱が石の上に置いてあることです。地震があってもふんばらない。力を加えたら横滑りしたらいい、もとに戻せばいいという考え方なんですね。柱が折れたら家が潰れる、潰れたら人が死ぬ。今の建物は鉄筋コンクリートの基礎にしっかりと固定して動かないようにしますから。真逆の発想です」

 

「当時の大工さんは、地震に抵抗する家をつくるのは無理だと思ってつくったんでしょうね。自然の力に抗わない。それはある意味、本質的なんじゃないかと思います。阪神大震災のときは、瓦が落ちる家はあっても、崩れるようなことはなかったように思います」

 

空間のいたるところから、長い時間をかけて育まれてきた技と知恵を感じることができる町家。さらにもうひとつ、「自然との距離が近いこと」も大きな魅力だといいます。

 

 

「外の自然が伝わってくるので、冬は寒いし夏は暑いんです。京都の蒸し暑い夏に対応できるように、風が抜けやすい間取りになっていたり、涼しく見せる演出があったり。工夫が至るところにあるんです。よく考えられていますよね」

 

外の温度や音を遮断するのではなく、環境が生活に入り込んでくる家。1年中同じ環境でいられる快適さとは異なるけれど、季節の変化を感じ、自然に合わせて行動していく暮らしならではの豊かさがあるのかもしれません。

 

八清の元には、町家での暮らしを求めて全国各地から問い合わせが集まってきます。

 

「感覚的には10人に2人くらいが、町家をいいと感じる価値観を持っています。住宅のほかにも、宿や店舗など、いろいろな用途の問い合わせも年々増えていますよ。シニア世代は懐かしさを、若い人たちは目新しさを感じているんだと思います」

 

誰か1人にフィットする、ありきたりでない空間を

八清ではリノベーションして販売するだけでなく、自分たちで宿やシェアハウス、コワーキングスペースを運営するなど、率先して町家の活用に挑戦してきました。

 

物件をリノベーションするとき、具体的にはどのように空間ができていくのでしょうか。

 

 

「基本的には担当者に任せます。物件が出てきたら、あなたが売りやすい、そして求める人がいるコンセプトを提案してもらう。溜め込んでいたアイデアを試す人もいれば、設計士と相談しながら決めていく人もいます」

 

社内会議でアイデアが通れば、あとは工務店と相談、改装し、価格を決めて販売。

 

同じ物件はふたつと無いので、物件に合わせてその都度プランを考えていきます。ときには思いきったアイデアで改装し、なかなか買い手が見つからないこともあるそうです。

 

「そんなうまいことばっかりは行きません。玄関入ってすぐのところにガラス張りのお風呂をつくってみたり、幅3メートルくらいの大階段をつけてみたり。これ町家か?ってくらいの大改装をして、全然売れないこともありました」

 

「1軒1軒違うので、誰か1人に気に入っていただけたらいいんです。ありきたりのことはおもしろくないと思っていますから。担当者がやりたいことをやるのが一番いい。歯車でやるより、全部任せたほうがおもしろいでしょう。それがすぐ売れたりした日には、思い通りだったって自信にもつながりますよ」

 

合理性ではなく、らしさを残す

 

京都には現在、約4万件の町家があると言われています。そのうち毎年800件、1日に2棟のペースで解体されているそうです。

 

「この状況がずっと続くと、50年でゼロになるわけです。いくら町家の町並みがいいと言っても、現実的には潰す人のほうが多いんですよ。合理性を追求したら町家は潰れますから」

 

観光客の増加も相まって、土地の値段が上がっている京都。低層の町家を人に貸すよりも、ビルやマンションにするほうが利益を生み出すことができます。使っていない町家を壊してしまおうと考えるのは、ある意味道理が通っていることなのかもしれません。

 

八清では2018年、伝統構法を使って「新築」の町家をつくることに挑戦しています。1軒5000万円を超える町家は、完成後のオープンハウスでたくさんお客様が見学に来てくれました。伝統構法の分譲住宅は日本でも稀な販売物件です。

 

 

「これまでやってきたように、潰すのと直すだけじゃ追いつかない。大工さんたちの技術も、こうして実際につくる機会がないと続いていかないんです」   

 

町家を壊さずに活用していけるよう、京都市、そして八清をはじめとする京都の不動産会社が協力しながら、さまざまな取り組みが行われています。

 

そのひとつが、京都市の町家を保全・継承していくための条例づくり。西村さんたちが京都市に働きかけ2017年に制定されたもので、京町家を解体する際には、1年前に届け出をすることが義務付けられました。

 

「その間に、私たちが潰さなくても活用できる方法をアドバイスさせてもらえるようになりました。ちょうど今日、その仕組みで活用が決まった第1号物件の引き渡しがあったんですよ。いい場所にあって、家賃120万円の立派な町家です」

 

 

「ようやく成功例ができましたが、まだまだ潰されてしまう町家が多いのが現状です。届け出があった時点で売り先が決まっていたり、潰す決意が変わらないことのほうが多いんです。条例だけではなく、もっと潰さなくてすむような強い仕組みが必要だと思っています」

 

京町家を残すため、求められるニーズに合わせて改装したり、自分たちで物件を活用したり。さらには行政と協力しながら仕組みづくりに関わるなど、さまざまな活動を続けてきた西村さん。改めて、なぜ京町家を残していこうと考えているのかうかがいます。

 

「150年前くらいに八坂神社から四条通りを撮った写真が残っています。どれも瓦屋根で、京都らしい町並みが伝わってくるんですよ。けれど今や、そこから見た町並みは、どこにでもある町になっているんです。放っておくと、どこの町かわからなくなってしまいます」

 

「京都には歴史があって、文化がある。それが肌に合うから人が住んでいたり、他の町にないものを楽しみに人が訪れたりするわけですよね。京都らしくあるためには、町並みを残さないと。そうじゃないと……うちも商売あがったりですから(笑)」

 

今回のキーワード「価値の認識と発掘」

室町、江戸、そして近代とそのときどきの世情に応じて姿を変えてきた京都の町家。一歩足を踏み入れると、木と土のぬくもりにつつまれ自然を取り入れて生活してきた先人たちの息遣いを感じることができます。

 

戦後の高度経済成長のさなか、大量生産された工業製品によってもたらされるアメリカナイズされた生活に多くの人が憧れ、それを目標にして頑張り実現してきました。そして、物質的な豊かさをある程度手に入れた今、私たちは立ち止まって本当の豊かさとは何だったのかを考え直すようになり、精神的な豊かさの大切さを改めて再認識するようになったのだと思います。

 

心の豊かさは利便性や効率性をしのぐ価値がきっとある。京都の町家に住んでみたいと思う人は、そのことに気づいた人たちなのでしょう。一つひとつ人の手によってつくられ時を重ねてきた家屋には、反ったり、歪んだり、割れたり、凹んだりしている部分がたくさんあります。一見すると無駄と思えるようなところだってある。そんなデメリットだと思われるところこそが実は本当の豊かさを感じさせる源なのかもしれません。京都の町家は、量産される建売住宅にはない魅力に満ち溢れていると私には思えます。

 

今後、高層マンションで生まれ育つ人が増え、畳の生活を経験せずに大人になる人だって現れるに違いありません。日本の伝統的な家屋を知らないそうした人たちの目に京都の町家はどのように映っていくのでしょう。八清の西村さんによれば、現在、住居を構えようとする人の中で町家に価値を感じる人は2割ほどとのこと。この決して多くない割合が今後減っていかないことを願うばかりです。(もっとも、私が住んでいる東京の神楽坂には古民家を改修した居酒屋やカフェがどんどん増えていて、若い人にとても人気があることを考えると、伝統的な住環境を求める人が減る心配は杞憂にすぎないのかもしれませんが・・・)

 

京都の町家はことさら価値のあるものにしようとして建てられたものではありません。そんな古い町家に価値を見いだしてビジネスにつなげている西村さん。住まいや街並みに抱く日本人の想いを形にして、京都の町にそしてこれからの世代に残していっていただきたいと思います。応援する人は全国に大勢いるはずです。

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

 

■クジラと「日本らしい働き方」を考えるシリーズ 過去掲載記事
【第壱話】イノベーションは成長ではなく変化 ー 能楽師・安田登さん
【第弐話】日本人はもっと、自由でいていい ー 着物デザイナー・キサブローさん
【第参話】「徒弟制」から「チームワーク」へ ─ 錦山窯・吉田幸央さん

2021年1月21日更新
2020年12月取材

テキスト:中嶋希実
写真 : 大坪 侑史
イラスト:うにのれおな
写真提供:八清

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