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出る杭は打たれる国のスタートアッパーたち ― Pond, Startup Guide

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて」(2018/3)からの転載です。


1月、デンマークの空にはどこまでも雲が広がっていた。私たちは起業家や大企業社員、クリエイターたちに話を聞いて歩いた。幼稚園からビジネススクールまで、学びの現場を訪ね、一般の家庭にも上がり込んだ。そして探した。幸せの源泉は、働き方の理想郷は、どこにあるのか―。 

「ヤンテの掟」と呼ばれる「出る杭は打たれる」文化をもつデンマークで、起業家をするのは簡単じゃない。若き起業家たちに聞いた、デンマーク・スタートアップシーンのいま。

デンマークの人々と話すと、時折「Jante Law」(ヤンテ・ロー/ヤンテの掟)という言葉を耳にする。デンマーク生まれの作家アクセル・サンデモーセの小説に由来するこの掟は「自分を特別だと思ってはいけない」という教訓を説いたもので、北欧社会に根付く「個人よりも集団を優先しなければいけない価値観」を指す。日本でいう「出る杭は打たれる」である。

一人ひとりが高い税金を負担することで社会システムを支える現在の福祉国家が築かれた背景には、少なからずこうした価値観が影響しているといわれている。が、自身のパッションを追求して「出る杭」にならなければいけない人たち──つまりデンマークの起業家たちは、こうした社会の価値観をどう思っているのだろう?

シゼル・ハンセン Startup Guide創業者兼CEO

「嫌な掟だと思わない?」と言うのは、ベルリンやコペンハーゲンなどの17 都市で「起業家のためのガイドブック」をつくっているStartup Guide創業者のシゼル・ハンセン。「ヤンテ・ローとは基本的に、『自分自身にワクワクしてはいけない』というものなの」。

そんなデンマークでは、起業家を支える環境がまだまだ弱いと考える声もある。オーフスを拠点にするバイオマテリアルスタートアップ、Pond創業者のトーマス・ブローセン・ペダーセンは、「資金調達するためにオランダまで行かなければいけなかった」とのエピソードを教えてくれた。『Startup Guide』コペンハーゲン特集の前書きにも書かれているように、「ここのスタートアップシーンはまだ若い」というのが大方の見方のようだ。

トーマス・ブローセン・ペダーセン(右)Pond創業者兼CEO、パニラ・アルバーグ・ペダーセン(左)Pond事業開発責任者

しかしいま、そんな状況が変わろうとしている。コペンハーゲンを拠点にするベンチャーキャピタル、by Foundersマネジングパートナーのエリック・ラギアは2017年9月、『Business Insider Nordic』の記事で次のように語っている。「デンマークには、ユニコーンスタートアップを育むための重要な要素がたくさんあります。高い水準の教育を受けた人材の大きなプール、無料のヘルスケアといったサポートシステム、ジェンダーの平等に重点を置き続けていることなどです」。

16年にコペンハーゲンで行われた投資件数は、ストックホルムに次いで北欧第2位。各国のビジネスのしやすさを評価する世界銀行のレポート「Doing Business 2018」にて、店舗設立のしやすさや輸出入にかかるコストの小ささが評価されたデンマークは、ニュージーランド、シンガポールに次いで第3 位だった。ライフスタイルが注目されがちなこの国は、実は企業にとっても魅力的な国なのだ。

それに加えて、若い世代のマインドセットも変わりつつある。シゼルはヤンテ・ローを批判しつつも、「多くの若い人たちはこの古い習慣から抜け出そうとしています」と語る。「私たちは、自分のやることに誇りをもっていいのです」。

世界のミレニアルズと同様、デンマークの若者たちもお金以上の意義を「働く」に求めている。そんな彼らにとって、セーフティーネットの充実した社会とは、安心して挑戦ができる社会でもある。Pondの事業開発を率いるパニラ・アルバーグ・ペダーセンは言う。「人々を守る社会のしくみがあるからこそ、私たちはより大きなことに集中できるのです」。

2020年7月8日更新
2017年1月取材

 

テキスト:宮本裕人
写真:デイビッド・シュヴァイガー
※『WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE02 THE DANISH WAY デンマーク 「働く」のユートピアを求めて』より転載