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「前田建設ファンタジー営業部」が変えていく、現実の未来 ー 前田建設工業 岩坂 照之さん

前田建設工業は青函トンネルや東京湾アクアライン、福岡ドームなど、大規模な公共インフラや建造物などを建設してきました。前編でご紹介した総合イノベーションプラットフォーム「ICI総合センター」(2019年2月開設)に先駆けて、同社が取り組んだユニークな企画があります。それは「前田建設ファンタジー営業部」です。

前田建設ファンタジー営業部は2003年にスタート。アニメやゲームに登場する建造物を実際に受注して建設するとしたら、工期や工費がどのくらいかかるかをシミュレーションし、WEBコンテンツとして公開された連載は、書籍や舞台、映画にもなりました。

後編では、ファンタジー営業部発起人のひとりで、現在は ICI総合センターでインキュベーションセンター長を務める岩坂照之さんに話をうかがい、当時を振り返りながら、オープンイノベーションの成功のカギを探ります。

「マジンガーZは作れないけど、地下格納庫なら造れるかもしれない」

WORK MILL:前編だけでも夢のような話ばかりで、ワクワクしてきました。実は、前田建設工業さんに興味を持ったのは、「前田建設ファンタジー営業部」がきっかけだったんです。

岩坂:そうなんですね、ありがとうございます。一応、私が発起人のひとりでございます(笑)

─岩坂 照之(いわさか・てるゆき)
前田建設工業株式会社 ICI総合センター ICIラボ インキュベーションセンター長 兼 インキュベーションセンター 企画グループ長。工学博士。経営企画、広報、CSR・環境部長を経て現職

WORK MILL:「マジンガーZの地下格納庫」や「銀河鉄道999の発着用高架橋」など、アニメやゲームに登場する建造物を実際に受注して建設するなら、工期や工費はどうなるのか、マジメに検討する……というWEBコンテンツで、最近、映画にもなりましたね。

映画「前田建設ファンタジー営業部」。2020年1月に公開された 

岩坂:2003年2月に連載をはじめたのですが、最初は純粋に業界のPRのつもりだったんですよ。きっかけは1997年くらいだったと思いますが、ホンダの「P3(ASIMOの前身)」のデモンストレーションを観に行ったら、小さい子からお年を召した方まで、キャーキャー言ってるんです。同じものづくりの人間として、嫉妬しまして(笑)。あぁ、あんなふうに建設にも興味を持ってもらいたいな、でもロボットは作れないしなぁ……と、ぼんやり考えていたのです。そんなときに、もともと私自身がテレビっ子だったもので、「そういや、マジンガーZの格納庫なら造れるんじゃないか……?」と閃いたんですよ。

当時、私は経営企画にいたのに、余計なことを言い出したものですよね(笑)。でも広報やほかの同僚に話してみたら、「岩坂さん、それ、絶対やったほうがいいです!」って乗ってくれて。大真面目に企画書を作って会議に上げたのですが……忘れもしない、会議室で、目の前に上司たちが5人並んで、みんな困った顔をしているわけですよ。ようやく口を開いた部長が、「岩坂くん、なんでウチがマジンガーZを作らないといけないんだろうか……?」って。

WORK MILL:……眼に浮かぶようです(笑)

岩坂:「いやいや、マジンガーZは作れないので、それに出てくる格納庫です! それと、本当に造るわけじゃないんです!」って、何度かプレゼンしてもわかってもらえなくて。結局、「どんなWEBページを作りたいのか、試しに持ってこい!」って言われて、サンプルを作って見せたんです。そこでやっと「なんかよくわからないけど、一生懸命だから、やらせてみるか」って、OKが出ました。それで東映アニメさんのところに行って、版権の許可をいただいて……と、話はまだまだ続くわけですが。

WORK MILL:そこから、他の作品をモチーフにしたり、他の企業とコラボしてプロトタイプを作ったり……、番外編の「未来の百貨店」は、アパレルメーカーや自動車デザイン会社といった他の企業も参加して、アイデアを出し合っていて、いわゆる「アイデアソン」ですよね。ある意味、オープンイノベーションを仮想世界で実行していたようにも見えます。

岩坂:ええ、逆に教えてもらったんですよ。確か2008、9年頃、大手広告代理店の方から言われたのです。「岩坂さんたちがやっていることって、『オープンイノベーション』ですよね。どんなふうに実現したんですか?」って。当時はまだその言葉を聞いたことがなくて、調べてみたら「あぁ、なるほどね」と。もしかしたら、私たちがやってきたことは、広報や採用以外にも何か意味があるのかもしれないと考えるようになったのです。

「面白そう」からはじまるオープンイノベーション

WORK MILL:他企業を巻き込むとなると、きちんとした企画提案や目的、あるいは成果につながるかどうかなど、シビアに考えてしまいます。どんな風にして他社に声をかけたのでしょうか?

岩坂:代理店の方にも言われました、「他社さんにタダで見積もってもらうって、普通ありえませんよね?」と。ただ当時、少しこだわったところがあって、ウチの正規の営業ルートは使わずに、全部問い合わせメールから、あるいは本当に手書きの手紙で送ったんです。「当社のWEB企画で、マジンガーZの地下格納庫を造るにあたって、工期と工費を見積もりたいのですが」……企画趣旨と思いを綴った「ラブレター」みたいなものですよ。

我々の業務の合間をぬって、国内の名だたる機械メーカーにはほとんど出したと思います。当然、ウチの営業からは「岩坂さん、なんか取引先から聞かれたんですけど、何してるんですか!?」って怒られましたけどね。でも、正規のルートだとどうしても日頃の付き合いが影響するじゃないですか。「前田建設さんがこんな企画したいって言ってて、悪いんだけど○○ちゃん、やっといてくれない?」という感じになると、「やらされ感」が出てしまう。

そうじゃなくて、「面白そうだな」と思ってくれた人が、「やりましょう!」と言ってくれるかどうか。これで手が挙がらなかったら仕方ない、グループ会社で機械メーカーの前田製作所さんに頼んでみるか……と思った矢先、乗ってくれた会社があったんですよ。いやぁ、あのときは鳥肌が立ちましたね。

WORK MILL:「面白そう」と思っている時点で、「前向きに考えてくれている」ということですからね。

岩坂:おそらく実際のオープンイノベーションでも、最初の動機が大切だと思うのです。具体的にどんなことがしたいのかというビジョンを掲げて、しかもそれが面白いほうが人も集まってくれる。ただ、あまりアドバルーンにし過ぎてもダメで、「しょせん夢物語に過ぎないよね」と思われてしまうと、なかなかモチベーションが続きません。

WORK MILL:イベントやワークショップをやると、みんなも盛り上がって「やった感」が出るけど、それきりで終わってしまうこともありますよね。となると、「面白そう」だけではなかなか続けるのが難しそうです。

岩坂:そういう意味もあって、私たちがファンタジー営業部をはじめたとき、「撤退ルール」を決めたんですよ。「1年間だけやって、前田建設公式サイトよりもアクセス数を集めることができなかったら、辞めます」って。自分たちで言い出した以上、自分たち自身に厳しくしなければならないと考えていました。

自分のアイデアって、愛おしいじゃないですか。どうしても甘く見ちゃうんですよ。だから、プロジェクトを成功させるには、部下や後輩、あるいは他社さんが出したアイデアにも、率直な意見をぶつけたり、データや資料を用いたりして、地道にフィードバックしていく。お客様からいただいた意見や感想は、すぐに共有する。まさに「伴走」というか、そういう姿勢が必要なんじゃないでしょうか。たとえるなら、「スーパー事務局」みたいなものです。

WORK MILL:「スーパー事務局」ですか。

岩坂:人でもお金でもモチベーションが高いものをかき集めて、見込みのあるお客様も巻き込んで、事務局自ら率先し調整役として汗をかく。根気よくやるしかないんです。それで、結果的に良いものが生まれたら、楽しいじゃないですか。

社会課題解決のカギは「スーパー事務局」が握る

WORK MILL:お話をうかがえばうかがうほど、ファンタジー営業部が、リアルな世界でのオープンイノベーションのための「滑走路」になっていたように思えます。アニメやゲームでは夢のような話だったのが、実際にAIやAR、VRが登場して、「起こりうる未来」になってきましたね。

岩坂:そうなんです。これまでは「会社の広報だから」って言い訳をしていたけれど、間違いなく社業にも関わってくることになりますからね。経営陣からも、「これからは『リアルファンタジー営業部』だから」と念押しされていますし。実際、ICI総合センターには5つのセンターがあるのですが、ファンタジー営業部の発起人のうち、先進技術開発センター長の上田(康浩さん)と私で2人もセンター長を務めている、トンデモない組織です。私は楽しいことをワイワイ言いながら、何かの種を生み出せればいいですが、あとのセンター長はそれを実現しなければならない。 大変だと思いますよ(笑)

WORK MILL:そうですね(笑)。これから、どんな未来を実現しようとされているのでしょう?

岩坂:いろいろと考えながらですが、やっぱり「社会課題」。これは外したくないんですよ。ファンタジー営業部で言うと、キーワードは「驚き」とか「ワクワク」だったんだろうけど、そちらはゲームとかアニメとか、それを本業とされている会社がある。やはり前田建設がやることを考えると、軸は社会課題なんです。前田建設がこれまで造ってきたのはインフラ、まさに社会基盤となるものですから。

ただ「インフラ」の意味も、広く捉えられます。道路、水道、発電所……と、これまではハードウェアとして造ってきたものですが、そこにソフトウェアが組み合わさると、まったく新しいものが生まれるかもしれない。それも含めてインフラだと考えているんです。道路を自転車で走りやすくなったり、急な豪雨でもスムーズに排水することができたり、ピーク時に備えて各家庭で蓄電していた電力をスマートにシェアしたり……「インフラの付加価値向上」をテーマに据えて取り組んでいきたい。そこで、「そう来たか」「こんな会社と組んだんだ!」と思ってもらえるような、ワクワクしてもらえる変化球を投げてみたいですよね。

たとえば、これから自動運転が当たり前になって、道路も通行する人やモノのデータがすべて管理できるようになると、移動体は究極的には「スーツケース」みたいになると思うんです。それぞれの届け先ごとにまとまっていて、瞬時に届けられるような。だって、いちいちトラックに積んだり降ろしたりするのも大変じゃないですか。家で荷物を詰めて、「おじいちゃん家に行ってきて!」って指示すると、「はい!」ってそのまま走り出すスーツケースがあったら、愛おしいですよね(笑)

WORK MILL:面白い(笑)

岩坂:飛行機だって、だいたい市街地から少し離れたところに空港があるけど、技術が進化したら、地上走行の延長により東京駅の真横で発着させることだってできるかもしれない。もちろん、環境負荷もクリアしたうえでね。そう考えるとインフラって社会のあらゆる部分に影響を与えるし、自治体やインフラを運営する会社も含めて、さまざまな想いも介在しているから、しっかりと調整もしなければなりません。それは、私たちがずっとやってきたことですしね。

WORK MILL:そこで企業と企業、あるいは個人も含めて関わり合うことで、新しい解決策が見いだせるかもしれませんね。

岩坂:実際、他の企業やベンチャーの方と話していると、「そんなことすぐにできますよ」って、驚くほどすぐに解決策が見つかることもあるんです。一方で、ビジネスを生み出すような課題を見つけることのほうが最近、難しいですよね?

WORK MILL:少子高齢化対策、地域活性化……と、社会課題として明白なテーマは、既に多くの企業が取り組んでいますからね。

岩坂:そうなんです。だからそこに「ワクワク」「面白い」の可能性があるんじゃないかなぁって。幸い、このICI総合センターがある場所は、すぐそこに取手市役所があって、市内には他の大企業の工場や拠点がいくつかあって、東京藝大もある。それぞれ背景の異なる人が集まって、「あ、ここが課題だったの?」とか「これとこれを組み合わせると、すごく効率が上がりそう!」と、お互いの課題を持ち寄って、深いレベルで話せば、面白いビジネスが出てくるのではないかと思うのです。

だからやっぱり、必要なのは「スーパー事務局」なんですよ。人のつながりを思い通りにデザインするなんて、できっこない。まずは組み合わせてみて、出てきたアウトプットをいかに編集して、実現させるか。そこから始まるのではないでしょうか。

更新:2020年3月24日
取材:2019年12月

テキスト:大矢 幸世
写真  :黒羽 政士
イラスト:野中 聡紀