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「建設って、楽しい!」 ─ 前田建設工業の「夢を現実にする」オープンイノベーション施設

「建設業界」と聞くと、どんなイメージが浮かびますか。高度成長期から40年余が経ち、都市部では至るところで再開発が進み、真新しい高層ビルが建ちならびます。一方で、かつて「3K」と言われたように、ときに危険な作業を伴い、労働者人口減少による人手不足も手伝って、ネガティブな印象を持つ人も多いかもしれません。ところが──「建設って、楽しいんですよ!」。そう、前のめりで答えてくれたのは、前田建設工業の岩坂照之さんです。

前田建設工業は1919年創業の老舗総合建設会社で、青函トンネルや東京湾アクアライン、福岡ドームなど大規模な公共インフラや建造物などを建設してきました。そんな前田建設工業が2019年2月に開設した「ICI総合センター」は「総合イノベーションプラットフォーム」を志向し、「ICIラボ」「ICIキャンプ」のふたつから成る共創施設。「第32回日経ニューオフィス賞」(主催:日本経済新聞社、一般社団法人ニューオフィス推進協会(NOPA))にて、ニューオフィス推進賞を受賞しました。

建設会社がオープンイノベーションに取り組む裏には、どのような背景があったのでしょうか。そしてそこで実現しようとしている未来とは? ICI総合センターでインキュベーションセンター長を務める岩坂さんの言葉から探ります。

前編では、ICI総合センター立ち上げのきっかけや、現在の取り組みについてうかがいました。

閉校した小学校の旧校舎をリノベーションした「大人の学校」

WORK MILL:ここはもともと、小学校だったんですね。

岩坂:そうなんです。2016年3月に閉校した取手市立白山西小学校の旧校舎を改修させてもらいました。そして、ここと隣接する敷地……2019年2月に先行して「ICIラボ」として開設されたところは、もともと当社のグループ会社が運営するゴルフ練習場だったんですよ。

その社有地に、技術研究所を発展させた形でオープンイノベーション施設を作ろうとプロジェクトが始まった際、取手市から「小学校の校舎も活用してもらえないか」と打診をいただいて。そこで、ここを「ICIキャンプ」としてリノベーションすることになりました。

─岩坂 照之(いわさか・てるゆき)
前田建設工業株式会社 ICI総合センター ICIラボ インキュベーションセンター長 兼 インキュベーションセンター 企画グループ長。工学博士。経営企画、広報、CSR・環境部長を経て現職

WORK MILL:ICIラボとICIキャンプはそれぞれどのような違いがあるのですか。

岩坂:ICIラボは、オープンスペースとインキュベーションスペースを兼ね備えた研究施設で、オープンイノベーションを志向する法人や公的機関を中心にさまざまなプレイヤーが社会課題解決やビジネスに取り組んでいます。一方、ICIキャンプはより個人に焦点を当てて、一人ひとりがイノベーティブな能力を発揮できるような、きっかけづくり、人材深耕ができればと考えています。「大人の学校」と言いますか、さまざまな人が集まることで刺激し合い、学びが生まれるといいなぁ、と。

「シアター」。中央の雛壇型のスペースに座る

WORK MILL:そういえば先ほど教室……部屋の一角を拝見したのですが、地元の方が主宰する絵画教室のお知らせが貼ってありました。

岩坂:そう、地元の方々とのネットワークも、大切にしているもののひとつです。イノベーションというと、「世の中にないスゴいものを生み出す」と夢見てしまいがちですが、実は身近な人の「こういうことに困ってるんだけど」という悩みや「こんなことが面白いよね」といったアイデアから、普遍的な価値をもたらすものが生まれる可能性もあるんじゃないかと思うのです。

たとえば、取手市には東京藝術大学のキャンパスがあって、学生の皆さんにチョークアートを描いていただいたり、藝大出身の造形作家の方に作品展を開いていただいたりしたのも、その一環。これまで私たちは、高層ビルやスタジアム、空港などさまざまな施設を建設してきました。けれどもいまや、施設や建物そのものだけでなく、その付加価値も求められている。

卓球が楽しめる「ピンポン」。黒板のチョークアートは東京藝大生によるもの

「建物を造る」役割から「付加価値をつけ、サービスを提供する」へ

WORK MILL:そもそも、総合建設会社である貴社がオープンイノベーション施設を造ることになったのは、何かきっかけがあったのですか。

岩坂:これは個人的な経験や解釈を踏まえての話になりますが、当社は基本的に国や地方自治体、企業からの受注をもとにダムや発電所、トンネルなどさまざまなものを建設してきました。これまで「こういう事業計画と図面があります。工期と品質、予算を守って造ってください」といった依頼に応えることに特化していたわけです。

ただ、日本自体の人口が減少し、税収も市場も縮小していくなか、新たな価値を提供していかなければならない。より上流工程から価値創造を考えていくために、経営戦略のひとつとして2009年に「MAEDA環境経営宣言」を、2010年に「MAEDA生物多様性行動指針」を制定し、まずは明確にCSRへ取り組む方向性を打ち出しました。

ー「ライブラリー」。前田建設が手がける歴史的建築の移築現場の写真が並ぶ

一方、国の施策としても2011年に「PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)」が改正され、新たに「公共施設等運営権」という権利が追加されました。つまり従来であれば、我々建設会社が建てた公共施設を行政が運営していましたが、そのまま建設会社が運営に携われるようになったのです。

これを「コンセッション方式」というのですが、当社はいち早くそれに乗り出し、東急さんや、あるいは森トラストさんなど他の企業と共同で様々な会社を立ち上げ、仙台空港や愛知県国際展示場「Aichi Sky Expo」、セントレアラインを含む愛知県有料道路といった公共インフラを運営するようになりました。

WORK MILL:事業領域が、「造る」以外にも広がってきたのですね。

岩坂:ちょうどそのころ、私はCSR・環境部長を務めていたのですが、部署柄、現場と経営の両サイドからさまざまな声を聞くことが多かったのです。現場としては、これまでも公共性の高い発電所やダム、トンネルなどを造って、しっかりと社会貢献をしてきた、という自負がある。一方で経営としては、公共インフラの運営をするにあたって、よりさまざまな企業と手を組んでサービスを提供していかなければならない、という課題意識がある。

そのような中CSRとしても、ボランティアや災害支援など社会貢献活動やCO2削減など環境保全活動に取り組むだけでなく、公共施設のある周辺を含めた地域活性化、あるいは、少子高齢化による労働人口の減少など社会課題を踏まえたうえで、その解決を図るような事業に取り組むことが、本来的なCSRの意義なのではないかと。つまりCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)ですね、これの重要性を会社も、また個人的にも考えるようになりました。

技術研究所を「新・技術研究所」として、より開かれた場所……オープンイノベーションの場にしていこうという構想が生まれたのは、全社的にもそういった課題意識、CSV経営への意識が生まれてきたタイミングだったと思います。だから、最初は横で見ていて「あぁ、いい感じですね!これから大事ですよね!」なんてあおっていたのですが、まさか自分が担当することになるとは思いませんでしたね(笑)

WORK MILL:先ほど「建物に付加価値が求められるようになった」とおっしゃっていましたが、これまで「建造物を建てて、発注元に引き渡す」ことで仕事が完結していたのが、より持続的にさまざまなステークホルダーと関わりながら、サービスを提供することが求められるようになった、ということですよね。

社内の研修、講義などに使われる「研修室」

岩坂:そうですね。コンセッション方式で公共施設を運営するなかで、当然、前田建設単独ではできないようなサービスを提供する場面も出てきました。そこで愛知県有料道路では、運営中の道路をイノベーションの実証施設として開放する「愛知アクセラレートフィールド」を展開し、新たなサービスを開発しています。我々が造る建物も、「as a Service(サービスとして)」の部分を踏まえて価値を提供していかなくてはならないのです。

WORK MILL:実際、XaaS(X as a Service)、EaaS(Everything as a Service)という言葉も出てきて、あらゆるものがネットワークやテクノロジーと融合して、プラットフォーム化していく時代ですからね。

岩坂:インターネットによって、ユーザー一人ひとりに合わせた提案ができるようになりましたしね。こないだもあるアートの先生と話していたんですが、その方曰く「交通標識って、もっと楽しくなれるよね」と。確かに、私の若いときなんて、交差点ごとに行先表示板があって、左に行けば駅、直進は隣町で……って、それを見ながらドライブしていたけど、カーナビが普及して、そこまで標識を頼りにしなくてもよくなった。そこにおそらく、アートの関与する余地があるでしょうし、それに関わる方々のアイデアを参考に、これからのインフラのあり方を考えていくことが重要なのだと思います。

「バルーン」。球体のバルーンは、カーテンを閉めれば簡易的な個室になる

「建設現場で働く」のイメージを変える──建物から広がる可能性

WORK MILL:まだICI総合センターが開設されて間もないので、これからの部分も多いとは思いますが、現在どのようなプロジェクトに取り組んでいるのですか。

岩坂:当社は2019年1⽉に創業100周年を迎えて、その5月に中長期ビジョンとして目指す姿を「総合インフラサービス企業」と打ち出しました。つまり、「インフラ」というと建造物と捉えられてしまうけど、エンジニアリングとサービスを融合させ、多くの方の生活を支える事業をやりますよ、ということです。

ただ、私たち自身がなんでもやるわけではなく、ベンチャー企業を含めさまざまな企業やパートナーと組んで形にしていく。空間に付加価値を持たせるために何ができるか、あらゆる可能性を考えていくつもりです。

「たたみ」。憩いの場としても使われる

たとえば、「建設業」を切り口に社会課題を考えると、大きくふたつが挙げられます。ひとつは労働人口が減って、働いてくださる若い方が減ってきていること。もうひとつは、今、実際に働いている方たちの労働環境を、さらに安全で快適なものに整えていくか、ということ。

WORK MILL:確かに、2020年に向けて急速に建設ラッシュが進んできたなかで、人手不足による工費の高騰や納期の遅れがさまざまな形で問題化しましたね。

岩坂:これは建設業全体の課題です。でも、だからと言って「人の代わりにロボットを現場に入れればいい」と単純に話は進みません。建設に関わる様々な企業の収益も考えながら、人間とロボットが共存し移行する過程を上手くマネジメントしなくてはならないのです。私も若いころ、東京湾横断道路(アクアライン)で当時の先端技術を担当していたからわかるのですが、現場は温度や湿度や圧力の条件が厳しく、土砂や水があって、センサーや電子部品がすぐダメになってしまうから、使えるロボットに育てるのが大変なんですよ。すると作業している方から「使えねぇ!」とすぐ捨てられる(笑)。ロボットを育てる感じで開発すれば、かなり重宝されるはずです。

一方で「建設現場は過酷だ」というイメージもある。もちろん、そういった体力・筋力的に厳しい側面があるのは確かですが、その見方を変え、「建設現場に行くと健康になる」というようなパラダイムシフトが起こっても楽しいと思うのです。実際、ミツフジ株式会社という着衣型ウェアラブル端末を開発する企業と共同で、働く人の健康状態をモニタリングしたり、現場の危険性を早期発見したりする作業服を開発しました。ゆくゆくは、働きながら健康状態も把握できて、腰痛ほか故障防止器具を装着しながら快適に作業すると、適度に身体が鍛えられ──「前田建設工業の現場に行くと頭も身体も使うから、健康寿命が伸びるらしい」なんて世界も、夢ではないかもしれない。「アスリートを目指す人は、工事現場で働いたほうがいいぞ」って。

WORK MILL:なるほど! 「現場で身体を動かすのがトレーニングになる」と。

岩坂:そうそう! モニタリングとかVRとか、あるいは集めたデータをAI診断するとか……そういう技術はもう現実化しつつあるじゃないですか。今後5G通信が広がっていくと、テレワークの手段も多様化して、プロを目指すトップアスリートや障がい者の方が建設現場で働ける未来は実現するかもしれない。また、そういった方々が現場の中で活躍するようになると、周りの作業員や僕らの意識も変わると思うのです。

WORK MILL:実際、障がい者の方が遠隔でロボットを操作して、接客してくれるカフェの実証実験も行われていますからね。

岩坂:これまでは「必要なものを造る」でしたが、これからは「好きなことを好きなときに、好きな分だけ提供する」時代になると思うのです。無駄を省く「好きな分だけ」が大事で、そのわかりやすいサービスの一例がシェアリングサービスなんでしょうが、これをインフラで実現しようとすると、なかなか難しい。たとえば道路空間だって、いまは単なる道路かもしれないけど、自動運転が実証化され、人とモノの移動が最適化されて完全にコンピュータ制御できるようになったら、ある時間帯は駐車場になって、ある時間はイベント会場になって、あるいは車以外のものが走ってもいいかもしれない。

WORK MILL:そう考えると、入口部分は建設でも、その先にさまざまな可能性が広がりますね。

岩坂:そう、楽しいですよ!(笑)「建物を造ろう」と考えるとそれだけで終わってしまいますが、「そこを訪れた人が驚くような、喜ぶような建物ってなんだろう」と考えると、どんどん夢が膨らんでいく。だから、私の役職は「インキュベーションセンター長」ではありますが、こんなバカ話をしてみんなを盛り上げて、「あのおっちゃんがあんなこと言ってるなら、もっと突拍子もないことを考えてもいいのかな」と思ってもらうのが、重要な役割なだと思っています。


前編ではここまで。後編では、岩坂さんが発起人のひとりである「前田建設ファンタジー営業部」の取り組みから、「夢を現実にする方法」とその意義を探ります。

更新:2020年3月17日
取材:2019年12月

テキスト:大矢 幸世
写真  :黒羽 政士