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WORK MILL

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料理も仕事も、もっと自由でいい — クリエイティブ・クッキング・バトルから広がる可能性

“アリモノからおいしい料理を作ることは、生活の中で最もクリエイティブな行為である”を合言葉に、2018年にスタートした「Creative Cooking Battle」は、官公庁や大手企業、あるいは小学生や大学生などおよそ1000人が参加し、国内のみならずオランダでも開催されたユニークなイベントとなっています。

そのイベントを主催するのは、クックパッドの横尾祐介さんと、フードアレンジャーのキムラカズヒロさん。二人は「フードロスに関心のない人」もイベントに興味を持てるように、さまざまなしかけや工夫を凝らしました。

前編では「当たり前を疑う」ところからはじまるフードロス問題への理解や、Creative Cooking Battleが参加者にもたらす影響について語っていただきました。後編ではイベントから見えてくる「料理の本質」や、企業活動の起爆剤となりうる個人の活動について、掘り下げていきます。

認識が変われば行動が変わる

WORK MILL:Creative Cooking Battleに参加することで、フードロスへの関心が高まるだけでなく、普段の行動や仕事の取り組み方が変わる、というのは興味深いですね。

横尾:そもそもCreative Cooking Battleを企画した意図として、そういった行動変容が起こるように設計した、というのはあります。社会には多くの課題がありますが、それがなかなか解決しないのは、多くの人がそれを悪いこと、改善すべきことだと認識していても、自分自身のいつも通りの行動が悪いとまでは思っていないから。認識と行動に大きなズレがあるからだと考えているのです。そのとき、いちばん大きなハードルになっているのが、自分が「当たり前」と思っていることなんじゃないかな、って。

これまで考えもしなかったことが、実は本来、取り組んでいくべきことかもしれない。でもそれを「これはこういうものだから」と、自分の当たり前に押し込めることで、これからすべきことに気づく機会を失いつづけている。個人的なテーマとして、自分の当たり前を疑いながら、「なんでこういうことになってるんだっけ」と、問いかけられる人の数をどれだけ増やせるかどうかに関心があるんです。一事が万事なんじゃないか、と。

そう考えたとき、それに気づける人の数を高確率かつ効率よくできる方法があるとしたら、毎日の食事なんじゃないか、って。あまりに自分と遠い課題だと接点がないけれど、食事なら1日に2、3回は食べることになるし、それだけ気づくチャンスがあるということ。人の行動を変える力があるということなんです。

─横尾祐介(よこお・ゆうすけ)
クックパッド株式会社 コーポレートブランディング部 部長 / Creative Cooking Battle 代表
大手電機メーカー、トリンプ・インターナショナル・ジャパンを経て、2017年3月にクックパッド入社。2018年3月から現職。フードロスをテーマにした「クリエイティブクッキングバトル」など、社会課題を料理の観点から捉えた企画を生み出している。

WORK MILL:確かに、自炊するにしろ外食したり買ってきたりするにしろ、自分で何らかの意思決定を行いますからね。

横尾:いつも当たり前のように下している決断を、その都度考え直すクセがつけば、じゃがいもを見ただけで行動が変わるはずなんですよ。「じゃがいもは必ず皮をむいていたけど、よくよく考えればお祭りの屋台のじゃがバターは皮付きなのもあるし、別にむかなくてもいいじゃないか」って。

Creative Cooking Battleの演出や仕組みづくりで、使える食材や調理器具、時間に及ぶまで制限をたくさん加えたのは、「自分の当たり前」がどこにあるのか、いつもどおりが使えない状況で気づいてもらいたかったからです。いつも通りの行動をすると、勝負に負けますからね。自分の生き方やこれまでのロジックを再構築して、「新しい自分」にならなければ勝てない状況に追い込まれることで、自分の当たり前を再認識する。それが、僕らの狙いだったんです。

WORK MILL:横尾さんはコーポレートブランディングの責任者でもありますが、Creative Cooking Battleはどういった位置付けだと考えているのですか。

横尾:この企画はあくまで有志の集まりによって成り立っているものなので、クックパッドとしての取り組みではありません。とはいえ会社としては、料理を通じた社会課題の解決への支援ということで予算的な援助ももらいながら、オフィスのキッチンも使えますし、ニュース媒体で、コンテンツとして発信することもできました。PRとしてリリースできる情報も今後できますでしょうしいいことはあるかなと思います。自分が外に出ていくことで、いろんな人とつながることができて、結果として会社に還元できる仕事をつくることができるのが、理想的だと感じていて。

Creative Cooking Battleを通じて、とにかくいろんな人と出会えたんですよね。面白い人がたくさんいるなぁって。それに、毎回参加者が作る料理のアイデアを見て思うんですよ。「この組み合わせは見たことがないな!」って(笑)。料理人からすると、未知の組み合わせじゃないですか?

キムラ:そうですね(笑)。つねに料理人としての常識は覆されますね。でもだからこそ、良いのかな、って。プロの料理人は、どんな環境でも100点のものを提供しつづけなければならない。けれども一般の人がつくって食べる料理は、150点のものがあれば、40点のものがあっても良いと思うんです。それも体験の一つじゃないですか。

─キムラ カズヒロ(きむら・かずひろ)
合同会社ctl代表 / Creative Cooking Battle 実行委員長
1981年、兵庫県明石市出身。19歳からキャリアスタート。大阪、フィレンツェ、東京で腕を磨き、調理専門学校講師を経て独立。「食を通じて様々な課題を解決する」フードアレンジャーとして活動。与えられた課題を解決するだけではなく、その本質の問題を追究し発見、本来の目的にたどり着くためのサポートを行う。食のプロデュース、フードコンサルティング、マーケティング、レシピ開発、イベント出演、プライベートシェフ、ケータリング、撮影スタイリング、料理教室など食に関わる事業を展開。
著書『サルベージ・パーティから生まれた「使い切る」ための4つのアイデアと50のレシピ:余った食材、おいしく変身。』

キムラ:つねに美味しいものを作りつづけることって、本当は難しいことなんです。「これとこれを組み合わせるとあまり美味しくないんだな」って、やってみて気づく。料理人は料理を研究して、失敗しながら成功確率を上げているけど、一般の人はそういう機会ってあまりないじゃないですか。失敗しないようにレシピを参考にするから。でも、レシピに頼っているからこそ、普段は使わない食材を買って、結局余らせてしまったり、その料理を作ったきり使わない調味料が出て、賞味期限切れにしてしまったりするわけです。実際にやってみて、「これはちょっと無理があったかな」と体験として知っていくのも、料理がうまくなって、楽しくなるきっかけの一つなんです。Creative Cooking Battleは、それを体験できる貴重な機会だと思います。

「答えあわせ」になっているから料理がつらくなる?

WORK MILL:Creative Cooking Battleは「レシピに頼らない」ことを推奨していると考えると、クックパッドの事業と相反するところがあるかもしれませんね。

キムラ:実は最初に「だからこそ、やる意義があるんです」って、プレゼンしたんですよ(笑)

横尾:いや、意外と食い違ってはいないと思うんです。レシピには材料と作り方、それに美味しそうな完成写真が載っているじゃないですか。すると、多くの人はその通りに作ろうとする。でも、なぜか完成写真とは見た目も色合いも違っていて、食べてみると美味しいは美味しいけど、なんか物足りなかったり、ちょっと失敗だったな、と反省したりする……。

「料理をするのがつらい」という声をよく聞くんです。どうしてつらいんだろうと考えると、その理由の1つに料理が答えあわせになっているからというのがあると思うんです。レシピの食材表には「小松菜」と書いてあるから、小松菜を買いに行ったら、たまたま売り切れていたからそのレシピが作れない。レシピに書かれた食材がないと不安だし、つねに減点方式だから、完成写真通りにできれば「セーフ」だけど、できなかったら「ダメだった」となってしまう。いやぁ……これはつらいよな、と。

WORK MILL:確かに。

横尾:小松菜がなければ、別の葉物を使えばいいじゃん、と思えたらいいのに、答えあわせの価値観だからそれに気づくことができないし、そんな減点ばかりしていたら、いつまで経っても自分を褒めることができない。これは、レシピの使い方としてどうなんだろうか、と。どの食材をどう美味しく食べるかを考えるためにレシピがあるとすれば、その美味しさの指標は自分自身にあっていいと思うのです。レシピをアイデアソースとして、「今日は小松菜がないから、ほうれん草でやってみよう」とか、家の冷蔵庫にある食材を見て、「たけのこはないけど、ピーマンとシメジがあるからこれで青椒肉絲風にしちゃおう」とか、いろいろと考えてやってみるほうがきっと楽しいはずなんです。

だって、世の中の誰もが正しい答えを求めるなら、クックパッドも「正解のレシピ」だけ残してあとは切り捨ててもいいってことになってしまう。でもそれは一人ひとりが生きていくうえでの尊厳を奪うことにもつながると思う。もっと、みんな自由になってもいいんじゃないかなぁって。たくさんの人がレシピを投稿して、組み合わせ次第で無限のアイデアがあって、どれも本人にとっては正解。いろんな人の工夫を知ることで触発されて、もっとこうしてみよう、こんなことしてみようと広がっていくのが、料理のおもしろさの本質なのではないかと思うのです。

WORK MILL:働く人にとって、料理を考えたり作ったりすることは業務には関係ないことかもしれませんが、最近、オフィスにキッチンを常設しているところも増えてきましたよね。これはどういう意味があるのでしょう?

横尾:やっぱり、「同じ釜の飯を食う」ってことじゃないですか。チームビルディングや心理的安全性を保つためには、弱みを見せたほうがいいって言いますけど、つまりはどれだけ人間らしさを共有できるか、ということ。食べることは人間の三大欲求にもあるくらいだから、根源的なことですよね。しかも料理を作る行為は、生かされているのではなくて、自ら生きるっていう能動的なこと。すぐに食べられる状態のものがそのへんに落ちているわけじゃないし、行為として調理して美味しく食べられるようにするわけだから。その「生きる」に根付いた体験を上司や同僚と一緒にやるというのは、かなりインパクトのあることなんじゃないでしょうか。

キムラ:僕もそう思います。人間を生物学的に見れば、群れから離れて行動すると死ぬんですよ。生存するための本能的な行為としてコミュニティを作って、そこで役割分担しながら暮らす。そこで一緒に料理を作れば、それがいちばんシンプルに体験できて、「一緒に生きている」と感じられるんだと思います。

WORK MILL:そうすると本当に、Creative Cooking Battleの仕組みって「発明」のように思えてきました。

キムラ:ありがたいことに、いろんなところからかなりオファーをいただくようになりました。とはいえ、二人だけでは抱えきれないので、どうしようかなと、今いろいろと作戦を練っているところです。

横尾:これからいろんな企業や団体、個人でも楽しんでもらえるように、Creative Cooking Battleの仕組みをフォーマット化しようとしているんです。ロゴもマニュアルも、使うツールもセットにして、「これさえあればできる」みたいなものをフリーで渡せれば。そうすれば、もっとみんなスムーズにはじめやすくなるだろうし、もっと多くの人にフードロスのことを考えてもらえるようになるんじゃないかと考えています。

まずは外へ出て、やりたいことをやってみる

WORK MILL:世界的な動きを見ると、企業が主体的にSDGs(国連の持続可能な開発目標)の達成に取り組んでいくことが求められつつありますが、どんなところからはじめればいいのか、悩んでいる日本企業も多いと思います。お二人はどうお考えですか。

キムラ:やはり、はじめは企業のトップが関心を持って、取り組みをはじめるところは多いと思うんですよね。僕もあるIT企業の社員食堂の立ち上げからディレクションをお手伝いしていますが、そこでは経営者が「健康経営」に積極的に取り組んでいて、サスティナビリティや健康を考えた料理を提供しています。それ自体はとてもいいことなんですよね。ただ、その食材がどんな背景でどんな意義があるのかを、どう伝えるか。すべての社員の方が社会問題や健康に関心があるわけではないので、十分に理解してもらうには難しい部分もあるな、と感じています。もっと一人ひとりの動機づけや意識改革というか、社員側からの発信や取り組みが起こるようになるといいんじゃないかと思います。

横尾:そういう意味では、僕らはボトムアップ型の取り組みなんですよね。スタートは仕事かどうかは関係なくて、やってみたいことをやって、会社に所属しながら外部の人と一緒に活動して、そこで得た知見や関係性を会社に持って帰ってくる。結局のところ、仕事って社員本人がやりたいかどうかでモチベーションも変わると思うんですけど、僕の場合、自分でやる仕事は自分で決めたいタイプなんです。だから、はじめは土日とか営業時間外に時間を捻出して、まだ会社の仕事にならないうちから先行投資をしてみる。そうして、これは会社としても取り組む価値がありそうだと思ってもらえるところまで企画を持っていければ、堂々と仕事としてやる。そうやってどんどん自分のやりたいことで業務時間が埋まっていけばいいな、って。

WORK MILL:会社の中で「自分の企画がなかなか通らない」「上司に認めてもらえない」と悩む人も多いと思いますが、まずはできる範囲でやってみる、ということですね。

横尾:「自分のやりたいことができないから、辞める」でももちろんいいけど、会社に所属しているからこそ活用できるリソースや知見もありますから、会社にいるならいるでそれを存分に活かせばいいと思うんです。中が息苦しかったら、もっと自分から外へ出ていけばいいんじゃないかな。誰かから認められたり褒められたりするのを待つんじゃなくて、自分でやると決める。やるかどうかは自分の意志で。やってみて、会社の事業とも絡めたストーリーを描けそうなら、具体例作って上司を説得すればいい。そういうやり方って、なんか「パンク」みたいでカッコいいんじゃないでしょうか。

2020年3月10日更新
取材月:2019年11月

テキスト:大矢 幸世
写真:黒羽 政士
イラスト:野中 聡紀