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特別なことはしない。会社員でありながら「年間150日を、旅をしながら働く」を実践するために行ったこと

1年のうち、半分を海外、もう半分を日本で暮らす生活をしている梅中美緒さん。新しい働き方を実践する彼女の生き方はフリーランスにも見えますが、実際のところはなんと会社員。日建設計で建築・空間デザインの仕事を続けつつ、旅をしながら働いているのだといいます。

 

本記事の前編では、「私は気ままな旅人ではなく、通常業務を行いながら働き方の実証実験をしている」と語る梅中さんに、会社員と旅とをかけ合わせた背景をうかがいました。後編では、現在の働き方に至るまでに所属企業やクライアントとの間で、どのような調整があったのかに迫ります。その中には、働き方を模索するすべての方のヒントになり得るTipsもありました。

 

・記事前編_働き方の実証実験として「旅」を取り入れる挑戦 ー 日建設計NAD室 梅中美緒さん

 

「旅をしながら働く」実証実験を行うため、ロジカルに会社とコミュニケーションを取っていた梅中さんの、工夫や考え方を紐解いていきます。

 

特別なことは何もしない。ただ、旅を言い訳にしないことだけ守り抜いている

WORK MILL:旅と仕事とをかけ合わせる実証実験に、会社員として取り組まれているとのことですが、具体的に実践に至るまでのお話を教えてください。突然、メンバーが旅先で働くとなると会社には戸惑いが生まれるのではないかと感じました。実践する上でのハードルはありませんでしたか。

 

ー梅中美緒(うめなか・みお)
株式会社日建設計 Nikken Activity Design lab(NAD) アソシエイト。2008年日建設計入社後、設計部門に在籍。音楽大学キャンパスや各企業の研修施設などを担当。2016年よりNAD室に在籍し、三井不動産「WORKSTYLING」プロジェクトの空間ディレクターをはじめ、多くのワークスタイルデザインを手掛ける。世界100ヶ国以上を旅するバックパッカーで、2018年よりWorking Travelerとして『旅をしながら働く』の実証実験中。東北・熊本の復興支援、イラストレーター、旅ライターとしても活動。工学院大学建築学部非常勤講師。

 

梅中:一見すると難しいことに取り組んでいると思われるかもしれませんが、実は社内の調整で難しかったことってないのです。なぜなら、既存の仕組みや担当プロジェクトの枠組みの中でできることを実行しているから。特例や、業務フローを大きく変えたわけではありません。

 

WORK MILL:驚きです。大きな組織の中で、どうしてそのようなことが可能なのでしょうか。

 

梅中:むしろ組織だからできるのではないかなと思いますね。たとえば、フリーランスの場合、仕事を受注するのも自分自身、稼働するのも自分自身、リスクヘッジをするのも自分自身。すべてが自分の責任ですし、それはつまり「属人的な仕事」だとも言えます。もちろん組織人も自分で受託をしたり責任を負ったりすることもありますが、そもそも会社って誰が倒れても経営が持続できるように体制を整えておかないと成り立ちませんよね。それができているという安定感が、クライアントが組織に依頼する大きな魅力でもあります。誰かひとりがチームからいなくなることで仕事が止まるような組織は、そもそも健全ではないはずです。

 

WORK MILL:組織としてのあるべき姿を実現してさえいれば、働く場所が変わっても働く方法は大きく変えずにいられる、と。

 

梅中:そう思います。そして、そういう体制を実現するために行ってきたことは、大きく2点あります。ひとつは、会社の規則を確認し、勤務時間と休日の関係性をきちんと把握しておくこと。もうひとつは、中長期経営計画などを理解し、組織がどんな目標を立てていて、そのために部署、各プロジェクト、あるいは個人に何が求められ、何を行わなければいけないのかを理解しておくこと。どちらも、旅の実証実験を行うために始めたわけではなく、常日頃から意識的に行ってきたことですが。

 

 

WORK MILL:1点目は、旅をするからといって特例を設けるわけではなく、会社の規則の範囲内でできるよう工夫をする、ということですね。2点目は、もう少し具体的にいうと……?

 

梅中:自分やチームが、プロジェクトを遂行する上で目指すべき指標や目標を明確にしておくのです。旅をしながらだとしても、会社である以上は、成果を残さなければなりません。その成果は、いつまでに、どのようにして残すのか。経営計画を理解することで、会社が目指しているべき方向性が把握できるので、施策立案に活きてくるんです。そして、それは、そのままチームの動き方を考える上で役立ちます。

 

WORK MILL:「旅をしているから仕方ない」の言い訳を作らないための工夫ですね。クライアントとの調整はどのように?

 

梅中:現在は自分が担当しているシェアオフィス「ワークスタイリング(三井不動産)」の価値向上に資するということで、OKを頂いています。単にリモートワークができる場をつくるだけでは、真の働き方改革にはなりません。それに、場所にとらわれず働くことが万人にとって素晴らしい、と短絡的に言えない部分も含めて自ら体感した上で、戦略や空間をデザインするべきだと思っています。ありがたいことですが、長年担当している継続的なプロジェクトである関係上、クライアントも理解を示してくださっています。

 

実際の働き方としては、キックオフや検査など立ち会いが必要な場合を除いて、オンラインでミーティングを行ったり、メッセージでやり取りしたりしながらプロジェクトを進行しています。むしろ、旅を組み込むことで生まれた唯一の弊害は、チームメンバーのモチベーションコントロールが難しいことかもしれません。

 

 

WORK MILL:オフィスにいれば、いつでもメンバーの様子は見えますもんね。仕事に行き詰まっているとか、悩んでいるとか、落ち込んでいるとか。

 

梅中:そうですね。私自身もそこに関して明確な答えが出ていないのですが……ただ、リモートワークで顔が見えない分、チームメンバーの表情を見ながら相談したりする場面は減っています。オフィスで時間をともにすることで「今、話しかけても大丈夫だろうか?」とか「忙しいのかな」と相手の様子を気にかけてしまい、伝えたいことを伝えず飲み込んでしまうことってありますよね。距離があるからこそ「いつでも連絡してね」と伝えているし、日本にいる間もそういう雰囲気を作ってきたつもりなので、比較的なんでも相談してくれるメンバーは多いです。

就業時間中はデスクへ。ときどき、電波の入らない場所でただ「考える」時間を

WORK MILL:実際、旅をしている間はどのように働いているのですか? 建築物や景色などを見ながらインプットすることが多いのでしょうか。

 

梅中:基本的には、働く場所を変えているだけなので、日本にいるときとあまり変わりませんよ。旅先でも(日本時間の)就業中は、宿やカフェやコワーキングスペースなどでデスクに向かって仕事をしている場合が多いです。時差の関係で、旅先のお昼〜夕方に就業時間が終わることもしばしばあるので、そういうときは仕事終わりに街へ散策しに出かけることもありますね。

 

WORK MILL:なるほど。海外だからこそ実践している働き方もありますか? 

 

梅中:ありますね。自然を目の前にして、PCは広げずにひたすら「考える」だけの時間を取ることがあります。いろいろと余計な情報を入れることなく、いわば「空気に溶けている」状態だと、思考が捗るのです。今後の計画や長期の目標など実務ベースの思案を行うことが多く、これまでの傾向からしても、プロジェクトの核心をつくようなひらめきが下りてくる瞬間は、大体が「空気に溶けている」ときでした。

 

WORK MILL:ステークホルダーの多い仕事だからこそ、常に電波のある環境を求めるのかと思っていたのですが、その限りではないのですね。旅先で働くことのメリットやデメリットなどは見えてきていますか?

 

梅中:メリットは、自分が働く内容に合わせて最もはかどる場所や時間を常に選択しているので、アウトプットのクオリティが間違いなく高くなります。それに、日本では当たり前にあるような定例会議が、必要なときのみに制限されるので、拘束時間が減ったのも嬉しいです。その分もらった連絡には即レスができるので、クライアントやメンバーにとっても良いことなのではないかなと思います。

 

 

梅中:デメリットというか、日本と違って気を遣うのは、海外だからこそのリスクを考えて行動しなければならない点。たとえば、Wi-Fiが安定した場所をゼロから探さなければならないこともありますし、交通機関の遅れやストライキや停電などの想定外にも注意しなければなりません。随分と慣れてはきましたが、それでも日本とは勝手が違うので、常にトラブルやリスクを意識しながら過ごしています。ただ、結果的にリスクヘッジがとてつもなく上手くなるし、たいていのことは何とかなると人一倍体感しているので、プロジェクト等で壁にぶつかっても落ち着いて対処できるようになりました。同時思考能力を常に磨いている状態なので、より良い方向へ導く方法を迅速に考えられるようにもなったと思います。

海外にいる日々が刺激的なのではなく、むしろ日本が刺激的に映るようになった

WORK MILL:お話をうかがっていると、旅を仕事の中に組み込むことは、決して「自由」を手に入れるためではないように思えます。むしろ、日本では気にせずにいられることに、気を取られるのではないかなと。その上、旅を言い訳にはできないからこそ、孤独なときでもひとりでなんとかするしかない場面が多い──それでも、梅中さんは旅を続けたいと願うのですよね。

 

梅中:もちろん。旅する生活が身体に浸透してきた今、「心が震える瞬間が年々減っているかもしれない」と思うことがあります。今でも一番最初に訪れた街であるアムステルダム以上に感動することはない。だからでしょうか、今は日常と非日常とを強めに横断をしながら暮らしたいと思っています。常に、非日常の状態に身を置くことで得られるインスピレーションを求めて、旅をしているのかもしれません。

 

WORK MILL:マンネリ化は避けては通れないのですね。最近は、どんな横断に強く感銘を受けたのですか?

 

梅中:海外に1か月以上いるとその生活が「日常」化しているため、日本での生活が逆に「非日常」になっているんです。だから久しぶりに日本に帰ってくると、ずっと日本にいた時よりもやる気に満ち溢れている。今までは日本の当たり前の中で過ごしていたけれど、海外の空気に触れていると「私たちの当たり前ってなんだったんだろう」と思うことが多いです。会社の組織体制やオフィスのあり方など、日本のワークスタイルの面で疑問を抱くことも増えていますね。

 

 

WORK MILL:海外の事例を多く目にすることで、日本の当たり前を第三者の視点から見ることができるようになった。そしてそれは、そのままワークスタイルデザインの本業にもインスピレーションを与えてくれている。

 

梅中:そうですね。とは言え「海外のこんな所が良い」と、一言では表せないのです。他国の観光地や建築物を見たからアイデアが浮かぶわけでもないし、突然自分自身が変化するわけでもない。でも、その国の空気に身を溶かすことで、自分自身の価値観や物の見方がグラデーションのように変化しているのだとは思います。その延長線上に、新しいアイデアや思想があるのかもしれません。

 

実証実験で見つけた成果から、より「経験欲」を満たす働き方を模索したい

WORK MILL:梅中さんとお話していると、現状のスタイルのままこの先も働いていくとは限らないように感じました。未来の働き方について、ご自身として考えているのはどんなことですか?

 

梅中:実は、現時点で明確に目指している姿ってないんです。このワークスタイルを自分の身体に馴染ませたり、R&Dとして成果を残すことに邁進してきたので。実証実験を継続していけば一定の結果が出ると思うので、そこから未来のことはまた改めて考えたい。むしろ落としどころのアイデアがあったら教えてほしいし、興味を持たれる方がいたら協働したいとも思っています。

 

ただ、人の行動様式、いわゆる「エスノグラフィー」への関心が今は強くなっているので、研究として詳しく掘り下げたいと思っています。前編のお話にも登場しましたが、公園にある大きな木の役割ひとつとっても、国や地域によってさまざまなのです。待ち合わせの目印になっていたり、昼寝の人気スポットになっていたり、魔除けの役割を担っていたり。新しい街へ行って構造を把握し、空気に溶けて人々の営みを観察し続ける生活は「エスノグラフィー」そのものですよね。日本企業のワークスタイルデザインの仕事も、企業文化や習慣を丁寧に観察するところから始まるので、『観察力』を磨くことは仕事のクオリティに還元されるとも思っています。

 

WORK MILL:旅によって新たに見えるものがあり、それによって経験欲が満たされていくことこそが、梅中さんにとっては何よりの喜びなのですね。

 

梅中:はい、それはずっと変わらないと思います。「旅したい」わけではなくて「経験したい」という目的があるから、旅を選んでいるだけ。旅を実践してみると、たしかに大変なこともありますし、楽しいばかりではありません。想像される以上にしんどい。でも、きっとみんなが思うほど難しいことでもない。働くことそのものに、どんな意義を見出して、そのためにどう行動するのか。それを考えさえすれば、どんな人にでも、成し遂げたい働き方は作れるのだと思います。

 

 

更新:2020年2月4日
取材月:2019年11月

 

テキスト:鈴木 しの
写真  :黒羽 政士
イラスト:野中 聡紀
撮影場所:ワークスタイリング 東京ミッドタウン

 

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